私が感じる学生の変化について(期間限定公開)
数日前、授業アンケートから始まる一連の投稿をXで行ったところ、予想をはるかに超える反響をいただきました。
多くのご意見をいただきましたが、一人ひとりに返信することはできませんでしたので、ここで私の考えをまとめてお伝えしたいと思います。
今回書くのは、研究成果ではありません。あくまで授業を担当する中で感じてきた変化についての私見です。統計的なデータに基づくものではなく、私の印象をまとめたものです。また複数の大学での経験であり、特定の大学を示しているわけではありませんので、その点をご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
コメントシートから見えてくる学生の変化
私は普段、大学が実施する匿名の授業アンケートだけでなく、毎回の授業後に提出してもらう記名式のコメントシートにも目を通しています。
匿名の授業アンケートは大学を通じて授業とは別途でウェブ上で実施されるため、どうしても形式的な内容が多くなります。今回紹介したものは、その中では比較的珍しい例でした。
一方、コメントシートは、記名式とはいえ、手書きで授業後すぐに教室で書いてもらうためか、その日の授業を受けて感じたことや疑問が率直に書かれることが多いです。そのため、学生がどのような情報に接し、どのような考えを持っているのかが垣間見えることがあります。
今回Xで紹介したのは大学の授業アンケートでしたが、私自身の感覚では、学生の変化を知る上ではコメントシートの方が参考になることが少なくありません。
数年前まで見られた反応
2020年前後までは、右派的な歴史認識や政治的言説に触れていることがうかがえる学生が、今より多かったように記憶しています。
コメントシートに「自分はネトウヨです」と書いてきた学生もいましたし、日頃からそうした言論に接していることが伝わる記述もありました。もちろん人数を数えたわけではありませんが、体感としては一定数の学生がネット上の右派的言論の影響を受けているという印象でした。
ところが、現在ではそのようなコメントを見る機会はほとんどなくなりました。
むしろ、日本の加害行為のように受け止めにくい内容でも、「知らなかった」「知ることができてよかった」などの好意的なコメントがつくことも少なくありません。
私なりの仮説
なぜ変わったのか。
これはあくまで私の推測ですが、ネット環境の変化も一因ではないかと考えています。
当時はネット上で右派論壇の存在感が非常に大きく、学生との会話でも、そうした番組や言論に日常的に接していることが分かる場面が少なくありませんでした。
しかし近年は、当時大きな影響力を持っていた番組が終了したり、ネット空間そのものも以前とは変化してきました。また、誹謗中傷に対する社会の目も厳しくなり、開示請求など法的対応も一般に知られるようになったことで、以前よりネット環境が落ち着いてきたように思います。
こうしたネット環境の変化は、私自身の経験からも感じています。もちろん、これはあくまで私自身の印象なのですが。
これは、右派言説が衰えたという意味ではありません。
学生がネット上から影響を受けるテーマが変わったのではないかということなのです。
以前は歴史論争的な話題に関心を示す学生が目立ちましたが、最近では外国人政策をめぐる話題など、その時々のネット上で注目されるテーマについてコメントする学生を見ることがあります。
このように、学生はネット上で流通する話題の影響を受けやすいのではないかというのが、現時点での私の印象です。
誤解のないように付け加えると、こうしたネット上の言説に影響を受けている学生は全体から見れば少数です。
学生の柔軟性
一方で、学生は別の視点に触れることで、柔軟に考えを変えていくことも少なくないと感じています。この点は、学生は価値観がまだ形成途上にあることが関係しているかもしれません。
ネットで得た情報をそのまま受け入れている学生も、授業で別の資料や視点を知ることで、「なるほど、そういう見方もあるんですね」と考え方を変えていくケースも少なからずありました。
ただ、一時的な流行りの言説に簡単に影響を受けるのであれば、それはそれで怖いなとも思います。
なにか特定の方向性の言説がネットで強い力を持てば、その方向に一斉に動くことも考えられるからです。
ネットのアルゴリズムによって、特定の言説のみに触れる危険性については、様々な場で論じられています。だからこそ、多角的な視点に触れる機会を増やしてほしいと思うのです。
もう一つ、大きく変わったと感じること
もう一つ、私が大きな変化を感じるのは、慰安婦問題や占領期のRAA(特殊慰安施設協会)など、女性の人権に関わる問題への反応です。
(なお、慰安婦やRAAは、第一次世界大戦後の国際条約や占領期の政府の対応との関連で限定的に扱うテーマであり、この点については限られた経験に基づく印象であることをお断りしておきます。)
以前は、「かわいそうだけれど仕方がない」「お金をもらっていたのだから」といった反応を見ることもありました。
ところが近年は、そうした制度そのものに強い違和感や嫌悪感を示す学生が増えました。
これについては、歴史認識の変化というよりも、社会全体でセクハラや性暴力、人権問題への意識が大きく変化したことが背景にあるのではないかと私は考えています。
現在の学生は、国家であれ企業であれ、たとえそれが強制ではなくても、立場の弱い人が搾取される構造そのものに以前より敏感になっています。
最後に
私がこのnoteで言いたかったのは、数年前とは学生の反応が確かに変わってきたと感じる場面があり、その背景にはネット環境や社会全体の価値観の変化も影響しているのではないか――こうした現時点での考えです。
Xでは「日本軍の加害行為を授業で扱うのは左翼だ」「反日だ」といったご意見もいただきました。こうした点についても、私の考えを述べておきたいと思います。
日本政治史、とりわけ占領期を学ぶ以上、日本軍の加害行為は政治過程と切り離して考えることはできません。同様に、他国の残虐行為についても、政治史を理解する上で必要であれば授業で扱います。
ただ、批判を避けるためだけに、授業内容とは直接関係のない事例まで加えて「バランス」を取る必要はないと思うのです。
必要な歴史的事実を教えることをためらうような空気が生まれてしまってはならないと思います。
そうなると、それは、歴史教育ではなくなってしまいます。
私自身は、この数年で、歴史の授業は以前よりやりやすくなりました。
もう少し具体的に言うと、歴史論争的な反応が減り、人権という視点から歴史を考える学生が増えたことで、以前より議論がしやすくなったと感じているのです。
イデオロギー対立とは距離を置きながら、これからも歴史的事実を政治過程と結び付け、「そういう背景があったのか」と考えてもらえるような授業を行っていきたいと思っています。


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