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成果を出しても自分を責めてしまう人へ 100年以上前の日本にも、同じ苦しみを抱えた男がいました。

なぜ乃木希典将軍は成功しても自分を許せなかったのか

乃木坂という地名の由来を知っていますか?

乃木坂46の「乃木坂」です。

六本木の東京ミッドタウンの近くにある、あの駅の「乃木坂」。

乃木坂トンネルの「乃木坂」

乃木坂神社の「乃木坂」

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乃木神社
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乃木坂神社の横の「旧・乃木邸」

実はこの名前、

日露戦争の英雄・乃木希典(のぎ まれすけ)から付けられました。

でも調べていて驚きました。

乃木将軍は日本を勝利に導いた英雄なのに、

本人は最後まで自分を許していなかったのです。


乃木希典という男

乃木希典は、日露戦争で日本を勝利へ導いた陸軍大将です。

教科書では「英雄」として紹介されます。

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乃木希典の像

でも実際の彼は、

もっと人間臭くて、

もっと苦しみ続けた人でした。

仕事では厳格で、

部下には容赦なく命令を出しました。

勝つために必要なら、

何万人もの兵士を危険な戦場へ送り込む。

そんな決断を何度も下しました。

ですが同時に、

誰よりも部下を愛していました。

兵士たちが泥水をすすれば、自分も泥水をすすっていました。

兵士たちが寒さに震えれば、自分も同じ地面で眠っていました。

司令官だけが安全な場所にいることを嫌ったのです。

だから部下たちは乃木大将を慕いました。

恐れられていたのではなく、

信頼されていました。


二〇三高地という地獄

1904年。

日露戦争。

日本は国家の存亡をかけた戦いの真っ最中でした。

ロシアの巨大艦隊、バルチック艦隊が日本へ向かっていました。

もし到着されれば、

日本は海を支配される。

負ければ日本が滅亡する。

そんな危機的状況でした。

そのためには、

旅順港にいるロシア艦隊を先に沈めなければならなかった。

乃木将軍は旅順要塞の攻略を任されます。

しかし旅順要塞は想像を超えて強かった。

攻めても攻めても陥落しない。

日本の兵士たちは機関銃で次々と倒れていく。

数日で1万5,000人。

やがて死傷者は最終的には6万人を超えました。

そして、

長男が戦死しました。

さらに次男も戦死しました。

普通の父親なら壊れてしまうでしょう。

ですが乃木将軍は止まれませんでした。

止まれば日本が滅ぶ。

だから命令を出し続けます。

そして最後に、

ある決断を下します。

二〇三高地。

旅順港を見下ろせる小さな山。

そこを奪えば、

港にいるロシア艦隊を砲撃できる。

しかし同時に、

敵の砲火が最も集中する場所でもありました。

つまり、

何千人もの兵士が死ぬことを意味していました。

それでも命令を出します。

「二〇三高地を奪え」

兵士たちは突撃しました。

倒れても、

倒れても、

また次の兵士たちが進む。

山は土ではなく、

死体でできていると言われるほどの地獄になりました。

そしてついに、

日本軍は山頂を占領します。

そこから砲撃を行い、

旅順港のロシア艦隊を壊滅させました。

日本は救われたのです。


日本中が英雄と呼んだ

国民は歓喜しました。

新聞は乃木将軍を称えました。

日本を救った英雄。

国家を守った男。

誰もがそう呼びました。

しかし。

ただ一人だけ、

そう思わなかった人がいました。

乃木希典、本人です。


英雄なのに「自分は無能」と言い続けた理由

乃木将軍は勝利を見ても喜べませんでした。

なぜなら、

彼が見ていたものは結果ではなかったからです。

国民が見ていたものは勝利でした。

乃木将軍が見ていたもの、

それは、

犠牲となって亡くなった部下たちでした。

乃木将軍は

「あの時、別の作戦を選べていたら」

「自分がもっと優秀な人間だったら」

「もっと早く作戦変更して、二〇三高地を狙えていたら」

そんな考えがずっと頭から離れませんでした。

日本中が英雄と呼ぶ。

でも本人だけは、

自分を無能だと思っていた。

勝ったのに。

結果を出したのに。

日本を救ったのに。

彼の心の中では、

自分は失敗者でした。


なぜ苦しみ続けたのか

乃木将軍は失敗したから苦しんだのではありません。

成功したのに苦しんだのです。

これはすごく不思議なことです。

でもよく考えてみると、

現代にも似た人はいます。

会社で成果を出した。

売上も上がった。

周囲から評価された。

でも自分では、

「もっとできた」

「自分のせいで誰かに迷惑をかけた」

「本当は失格だ」

そうやって自分を責め続ける。

乃木将軍も同じでした。

責任感が強い人ほど、

結果ではなく犠牲を見てしまう。

だから周囲から褒められても救われない。

明治天皇が崩御したとき、

乃木将軍は妻とともに自刃を選びました。

世間は忠義のためだと言いました。

でも彼自身の心の中には、

「死んでいった部下たちに顔向けできない」

という思いもあったのかもしれません。


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乃木夫妻や家の写真

現代にも残る「乃木将軍の病」

私はこれを勝手に

「乃木将軍の病」

だと思っています。

成果を出しても安心できない。

成功しても満足できない。

常に

「もっとできたはずだ」

と思ってしまう。

真面目な人ほど、

責任感が強い人ほど、

この病にかかりやすい。

だからこそ、

乃木将軍の人生は今も多くの人の心に刺さるのだと思います。


人は何のために責任を背負うのか

乃木将軍は最後まで自分を許せませんでした。

でも私は思います。

もし乃木将軍が本当に無能だったなら、

相手を降伏させ、旅順を陥落させることができなかったはずです。

日本は救われなかったはずです。

彼は確かに多くを失いました。

そしてその責任を一生背負いました。

でも、

責任を感じることと、

自分を許さないことは、

本当は別なのかもしれません。

結果を出しても自分を責め続ける人。

成功しても苦しみ続ける人。

そんな人にこそ、

乃木将軍の人生は問いを投げかけています。

あなたは、

過去の自分を許せていますか?

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コメント

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東京の街の違和感から、 歴史と人間を読み解く。 場所の裏にいる人間を追うnote✒️
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