「みんな、おしゃべり!」ムラト・チチェクさん追悼上映会に伺いました。
ムラトさんはクルド人の俳優・脚本家です。今年6月、都内で交通事故後に警察に身柄を拘束され、その後留置施設で亡くなりました。その際の医療対応が適切だったのかを巡って疑問が示されており、事実の究明が求められています。
映画の舞台は、さまざまな言語や文化、障害の違いを持つ人々が暮らす地域です。日本人、クルド人、ろう者、聴者。それぞれが誤解や偏見を抱えながらも、おしゃべりを重ねることで少しずつ相手を理解し、距離を縮めていきます。
「差別する側」と「差別される側」という単純な構図では描かれておらず、差別を受けている人も、別の誰かに対して無意識の偏見を持ってしまうことがある。そのことに気付き、お互いに学び合うことの大切さが丁寧に描かれていました。
監督自身がCODA(Children of Deaf Adults)、耳が聞こえない親を持つ耳の聞こえる子どもとして育った経験から、ろう者と聴者、日本人とクルド人など、異なる言語を話す人たちが一緒の空間で楽しめる映画を作りたいという思いで制作されたそうです。
今回、この映画を観たことで、私にとってムラトさんは、知らない国の知らない人ではなくなりました。
映画の中で活き活きと笑い、家族を思い、温かさを演技に滲ませる父親役だったムラトさんが、現実の世界では、急病で痛みを訴えながら、留置施設で苦しみと孤独の中、命を落としたという事実がとても悲しいです。
本日登壇されたクルド文化協会の理事の方の「外国人も人間です。人間として扱ってほしい」という言葉が胸に刺さりました。
また、ムラトさんは「クルド人として生きること、それ自体が政治的なんです」と語っていたそうです。
この映画から伝わってきたのは、言語や文化が違っても、お互いに歩み寄り、相手の痛みを理解しようと努力することの大切さでした。
私たちは、それぞれ異なる背景や価値観を持ちながら、同じ社会で暮らしています。
外国人だから、障害者だから、自分より弱い立場だからといって、命や尊厳を軽んじていい理由にはなりません。「これは差別ではなく区別だ」という言葉で、人を傷つける行為が正当化されることがあってはならないと思います。
これ以上、社会全体の排外的な風潮が広がらないことを願うとともに、ムラトさんの死の真相が、一日も早くご家族が納得できる形で明らかになることを願っています。
警視庁高尾署でクルド人俳優が急死 邦画に出演 勾留中に腹痛訴え「便秘」と診断も…死因は腹膜炎
:東京新聞デジタル tokyo-np.co.jp/article/501428