坂本真綾×奈須きのこ対談|「FGO」にとって坂本真綾は“輝ける一番星” 11年の旅の「余韻」を込めたベストアルバム

坂本真綾がスマートフォン向けゲーム「Fate/Grand Order」(以下、「FGO」)のために手がけてきた主題歌を収録した「『Fate/Grand Order』主題歌ベストアルバム 余韻」が、7月29日に発売された。同作は、2015年の「FGO」リリースに合わせて発表された「色彩」から、2025年末に展開された「FGO」第2部終章の主題歌「時計」まで、坂本と「FGO」11年間の歩みを1枚にまとめたベスト盤だ。

コミックナタリーではベストアルバムのリリースを記念して、坂本と、「FGO」のシナリオや総監督を務める奈須きのこ(TYPE-MOON)の対談をセッティング。収録楽曲についてはもちろん、「FGO」と坂本がお互いに与えた影響や、今だから話せる「逆光」「時計」のエピソードをたっぷりと語ってもらった。なお2ページ目以降には、「FGO」第2部終章のネタバレが含まれるため、未プレイの方はご注意を。

取材・文 / 伊藤舞衣撮影 / 小川遼

歌手活動の3分の1をともに過ごした「FGO」

──「『Fate/Grand Order』主題歌ベストアルバム 余韻」(以下、「余韻」)には、これまで坂本さんが手がけられた「FGO」の主題歌が集約されています。ベストアルバムを制作することになった経緯をお聞かせください。

坂本真綾 「色彩」リリースから11年、「FGO」との出会いによって生まれた曲がこんなにできて、第2部終章も終わって1つの節目を迎えました。第2部終章まで終えたマスター(ユーザー)の皆さんが、音楽で11年を振り返りながら思い出──余韻に浸っていただけるようなアルバムがあってもいいんじゃないかなということで、このタイミングで主題歌すべてをまとめたアルバムをリリースしました。

──これまでの主題歌が1枚のアルバムとなってみて、どんな思いを持ちましたか。

坂本 あっという間の11年でしたね。私が歌ってきた曲の中でも、「FGO」のために作った“漢字2文字シリーズ(※)”の楽曲が1つのジャンルのようになっていて。「FGO」を通して私の音楽を知った人もたくさんいると思います。私が歌の活動をしてきたこの30年の中で、3分の1を一緒に過ごしてもらった私の軸の1つだなと改めて感じました。

※坂本が手がけた「FGO」の主題歌のタイトルは、「色彩」「逆光」などすべて漢字2文字で統一されている。

奈須きのこ 3分の1と考えるとすごいですね……。坂本さんとは「FGO」リリースの1年半以上前に「色彩」の打ち合わせをしたので、「FGO」には本当に初期から関わってもらっていて、このアルバムも「FGO」の原初から新曲までが入っていて、通して聞くと11年間の道のりが明白に思い出されます。ゲームクリエイターとして私物化するわけではありませんが、「FGO」のためのアルバムでもあるんだなと感じて幸運に思いますし、僕としても感慨深くもあります。

坂本真綾

坂本真綾

──私もいちユーザーとしていろいろと思い出が蘇る1枚でした。「余韻」というタイトルも、漢字2文字でまとめられていて「FGO」らしいですよね。

坂本 漢字2文字にするのは、本当になんとなく思いつきで始めたんですが、アルバムも漢字2文字にしようと思って。最初は「網羅」っていうのを考えてたんですよね(笑)。

奈須 急にちょっとストロングになりましたね!?(笑)

坂本 「終幕」などいろいろ思い浮かんだんですけど、ひと区切りついたとはいえこれから「FGO」に出会う方もいるだろうし、まだ途中の方もいるので「終わりだけど終わりじゃない」という感じがあるといいかなと思って「余韻」にしました。

──まさにユーザーの心象にピッタリだと思います。初回限定盤のジャケットも、マシュ・キリエライトの歩みが凝縮された1枚になっていると感じましたが、イラストはどのように制作されたのでしょうか。

坂本真綾「『Fate/Grand Order』主題歌ベストアルバム 余韻」初回限定盤ジャケット

坂本真綾「『Fate/Grand Order』主題歌ベストアルバム 余韻」初回限定盤ジャケット

坂本真綾「『Fate/Grand Order』主題歌ベストアルバム 余韻」初回限定盤の三方背スリーブケース裏面イラスト

坂本真綾「『Fate/Grand Order』主題歌ベストアルバム 余韻」初回限定盤の三方背スリーブケース裏面イラスト

奈須 僕も特に相談はされず、ほとんど完成形になってから見たので、依頼された武内(崇)がノリノリで描いたんだと思います(笑)。どんな気持ちで描いたの?って聞いたら、「今までのマシュの旅路と、『時計』を聴いたときの一番初めの感想を素直に出した」って言ってたんですよね。「時計」に合わせてマシュの成長が描かれているんです。裏面は、「躍動」の在り方を見せたいという思いから、アルトリア・キャスターのイラストを描き下ろしたようです。

アルバムのために録り下ろした「透明」と「躍動」

──収録楽曲について、まずは坂本さんと「FGO」の始まりの曲となった「色彩」からお聞きします。「色彩」はTYPE-MOONさんから依頼して制作することになったんですよね。

奈須 「『FGO』のためになんとか1曲お願いできないか」とファン精神でお願いしましたね。打ち合わせ当時はゲームの形がまだできてない頃で、第1部のマシュのたどり着く結末とニュアンスだけを伝えて制作を依頼したんです。心苦しく感じながら「さすがの坂本真綾もこれは手こずるに違いない」と思っていたら、上がってきた曲が本当にめちゃくちゃよくて……。ゲームのリリース直前だったんですけど、「この曲があるなら間違いなく最後は成功する。この曲に相応しい物語を書かねばならない」と強いモチベーションが生まれました。執筆が第1部終章に入ったときはヘビロテして曲と一体化していたと思います。

──マスターたちのマシュへの思いが最高潮に達する第1部終章のラストバトルで「色彩」を流すのは反則だ!と当時は思いました。

奈須 「『FGO』ユーザーが『色彩』の本当の破壊力を知るのは第1部終章だ。思い知らせてやる!」と思いながら書いてました(笑)。

──奈須さんは坂本さんの30周年企画「MAAYA's BEST SONG~あなたの一番好きな坂本真綾の曲を教えてください~」で、「色彩」を選ばれていましたよね。

奈須 自分の人生で、一番創造力を爆発させてくれた曲ですからね。個人的には2010年頃、創作の苦しみを感じていた当時の自分に、「まだ戦える」と思わせてくれた「30minutes night flight」も挙げたいところではあったんですけど……。

坂本 そうだったんですね。うれしい……!

坂本真綾
坂本真綾

坂本真綾

──「余韻」には新録の楽曲2曲も収録されています。「劇場版Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット- 後編 Paladin; Agateram」の主題歌「透明」は、坂本さんが作詞、宮野真守さんが歌唱をされた楽曲ですが、なぜ今回セルフカバーしようと思われたのでしょうか。

坂本 劇場版では、前編の主題歌は私が歌って、後編は宮野くんが歌ったんですが、私は後編の楽曲に作詞家としてオファーいただきました。信頼を感じてうれしかったですし、おこがましい言い方ですけど、奈須さんをはじめ「FGO」を作っているクリエイターの一員として仲間に入れてもらえたような、すごく誇らしい気持ちだったんです。そんな思い入れのある曲だったので、「透明」も収録することになりました。

──宮野さんが歌われた「透明」は厳かな雰囲気でしたが、今回のセルフカバーはアレンジされていて、どこか温かみを感じました。どのようなことを意識して歌われましたか。

坂本 「透明」を初めて聴いたとき、降り注ぐ光のカーテンのような景色が思い浮かんだんです。タイトルの通り、透明感が大事な曲だと思っていたので、透き通った歌声で光が降ってくるイメージを表現できればと思いました。ライブでカバーしたときもアコースティック編成で歌っていたので、今回も生の楽器の温かみのある音で仕上げつつ、さらに弦のアレンジを加えて人肌感のある印象になるようにしました。

──確かに楽曲がより身近になったような感じがします。また「余韻」には、「色彩」「逆光」「躍動」の「unplugged session」が収録されていて、「躍動」は新録ですね。

坂本 「unplugged session」は、もともとライブで披露するために制作したアレンジなんです。原曲をそのまま歌ってもカッコいいんですけど、ピアノとベースとパーカッションだけのライブのときに、全然違うアレンジで「色彩」や「逆光」を演奏してもカッコいいでしょ?って(笑)。そうして作ったバージョンをCDに残したくて「unplugged session」を録ってきました。「躍動」はこういったアレンジではまだどこでも披露したことがなかったので、私も新鮮に思いながらこのアルバムのために作りました。

奈須 なんて贅沢な話……新録ありがとう!

坂本 ライブでも歌い慣れた曲ですけど、だからこそ全然違うアプローチで歌うのは、ちょっと難しい部分もありましたね。

「躍動」は「FGO」の世界観の歌であり、あなたの歌

──「躍動」は、アルトリア・キャスターの曲だと以前奈須さんが明言されていましたが、当時制作にあたって坂本さんとはどんなことをお話しされましたか?

奈須 第2部後編の主題歌として依頼したところ、珍しく坂本さんのほうから「より詳しい情報が欲しい」と相談があって、「1年後の執筆になるんだけど、こういうものを書きたいんです」と第2部第6章のプロットをまとめて伝えました。「躍動」はもちろんアルトリア(・キャスター)のテーマではあるけど、それだけではなく、指導者や救世主のような人物がいたとして、偉業を成そうとする人物の動機も偉大でなくてはいけないのか。結果的に偉業になっただけで、動機自体は本当にどうでもいい、実は小さなこだわりでがんばっているだけなんだ。ということをテーマにしてほしいとお話ししたら、まさにピッタリなものが上がってきました。

坂本 「色彩」「逆光」で「FGO」らしい世界観ができてきたタイミングだったので、「躍動」では新たなテーマを考えるのが難しくて、生みの苦しみがありました。でも奈須さんとの話を通じて、改めて「FGO」に出てくるような偉人も普通の人間で、人生を一生懸命生きた結果、後世に何かが伝わったんだなと思って。自分たちが偉人になるとは思わないけど、自分も多分、偉人と同じように真剣にやってるだけ。誰かの歌というよりは、それが「FGO」の土台──世界観の歌なんだと。だからすごく「FGO」らしい曲になったんだなと、今振り返って改めて感じますね。

坂本真綾

坂本真綾

──アルトリア・キャスターだけの曲ではないというのは本当にそうですね。マスターをはじめ、現代の1人ひとりにも置き換えて聴ける曲だと思います。

奈須 アルトリア・キャスターって、プレイヤーのあなただから。そういう認識で書いてるので、今を生きる人たちにも励みになってくれればいいなとは、ずっと思っていました。

──第1部終章の執筆では「色彩」から力をもらったそうですが、「躍動」も奈須さんの力になりましたか。

奈須 「躍動」は「色彩」以上に力をもらったかもしれない。ドライブ中って一番アイデアが浮かぶんですが、曲ができてからの1年間は移動中ずっと「躍動」を聴いていました。歌の感動に負けないような、終わった後にユーザーが「躍動」を聴くたびに、ちょっと寂しいけど誇らしい気持ちになるような物語にしようとずっと思っていたので、僕も「躍動」には思い入れがあります。坂本さんの曲であえて一番を選ぶなら「色彩」を選びましたが、「躍動」はあまりにも自分の宝物すぎて。「この宝物は誰にも見せたくない!」みたいな気持ちでした(笑)。

坂本 あはは(笑)。