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【サンプル】あなたの名前を教えて/たたみの小説

【サンプル】あなたの名前を教えて

44,040文字1時間28分

9/21 「チャレンジャー!34」にて頒布予定となります、
グリ×セイカ小説同人誌「あなたの名前を教えて」という作品のサンプルになります。

恋人同士のふたり。
セイカがグリのコードネームではない本当の名前を知らないことに気がついて思い悩み、
グリもまたフレア団という過去を背負いながらセイカを愛することに葛藤し、
そんなグリセイがすれ違った末にふたりでミアレで生きる決意を固めるまでのお話です。
ハピエンになります。

【サンプルあらすじ】
セイカとグリはプリズムタワーの暴走事件を通じて惹かれ合い、のちに恋人同士になった。
ある日、セイカはポケモンから受けた技をきっかけに眼科を受診するとそこにはグリーズがいた。
グリーズが呼び出しの際に違う名前で呼ばれたことに気がついてそれを尋ねると、「フレア団の一員にはみんなコードネームがあるんだよ。さっきのはわたしの本名。グリにだってあるだろ?」と言われる。
それをきっかけに、自分は彼の恋人であるのにグリの本当の名前を教えてもらっていないと気がつく。
一方、時同じくしてグリはひとりヌーヴォカフェで仕事をしていると偶然、五年前に学び舎を共にしていた旧友だということに気がつくが、その旧友とともに歩いていた別のミアレ市民から未だに拭われないフレア団関係者への不信感を耳にすることになる……。

頒布対象は全年齢です。
※グリやフレア団関係者の過去や素性、セイカの出身地を捏造しています
※サンプルの内容はだいぶ重たいです

キャプションを読み、少しでも苦手と感じた方は閲覧をお控えください。

ポケモン垢はこちらです。
https://x.com/drunkin_pk?s=21&t=0ttt42sYZIR6B4subPPXFg

また、感想等ございましたらこちらにいただけますと嬉しいです。
原稿途中のため、激励等をいただけますと大変励みになります!
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プロローグ


ミアレシティの朝は、いつも中心にあるプリズムタワーの巨大な輪郭を白く縁取る陽光から始まる。
ミアレ最大の危機と呼ばれたプリズムタワー暴走事件から早数ヶ月。その激動の渦を過ぎて、街は何事もなかったかのように活気にあふれている。しかし、中心地にそびえ立つタワーには、今もなおあの日の爪痕が残されている。華やかさを失い、どこか寂しげに苔生した姿を晒す鉄塔。それでもプリズムタワーは、かつてカロス地方を守る要として組み込まれた末に制御を失って暴走したアンジュの名前ではなく、ずっと人々の心に根づく親しい名前で呼ばれ続けている。
そんな、ミアレの象徴たるモニュメント——そう、英雄になった少女がこの街を愛する過程の最たる建物を見上げるようにして、メディオプラザのキッチンカーは今日も街を見つめていた。
ヌーヴォカフェ1号店。
この街は眠りを知らない、と言いつつも、朝のこの時間にキッチンカー前の簡素な店構えに腰を据えている客は少なく、ミアレの太陽をまっすぐに浴びるこの店舗はきらきらと、街の美しい喧噪が包んでいる。石畳に落ちる街灯の影が長く伸び、朝の冷たい空気と街路樹や花々に艶めく朝露の香りが広場を優しく包み込んでいる。
そんな朝の空気を破るようにして、トントン、と軽やかな足音が近づいてきた。

「グリ、きみ目当ての熱烈なお客さんが今日もお出ましみたいだぞ」

彼より先にその足音に気がついたのは、店頭でいつもと変わらずに凛と背筋を伸ばしていたグリーズだった。
キッチンカーの中でコーヒー豆のハンドピッキングをしていたヌーヴォカフェのマスター——グリが顔を上げると、そこにはこの街ではすっかり見慣れた、そして彼の誰よりも愛おしい少女の姿があった。

「おはよう、グリ!グリーズ!」

緑のブルゾンの裾を揺らしながらハットを押さえて走ってきたセイカが柔らかく微笑む。
軽快なあいさつに触れて、グリはコーヒー豆を漁っていた手を止めて彼女の方を見た。彼のまぶたは閉じたままでも、その奥の炎の瞳は彼女に向けて火の粉のような温かな熱を渡している。

「いらっしゃいませ、セイカ」
「今日の注文は? 朝のいつもの?」
「うん! ひのこローストにアツアツのクロワッサンをお願い!」
「あいよ! ちょっと待ってな」

セイカはそう告げると、キッチンカーの傍らに用意された簡易的なテラス席に腰を下ろした。そこは、朝日に照らされるプリズムタワーが一番よく見える特等席でもあった。ふぅ、と息をついて彼女が深く腰掛けたのを見るとグリは静かに頷き、手慣れた手つきで彼女のための朝食を用意し始めた。
浅煎りのひのこローストの豆をミルに投入すると、がりがりと硬質な音と共に芳醇な香りが弾ける。フィルターをセットし、挽きたての粉を丁寧に均す。細口のドリップポットから細く、一定の線でじっくりと湯を注ぐ。
最初の一滴が落ちるまでの数秒間、グリの意識は豆の蒸らしに集中していた。それから湯を注ぐと、水分を含んだ粉がドーム状に膨らみ、香ばしく濃厚なアロマが朝のメディオプラザの冷涼な空気の中に溶け出していく。まるで、香りのアドバルーンを膨らますように。
同じくして、今朝フラダリカフェに備えたオーブンでグリが焼き上げたばかりのクロワッサンを温め直して真っ白な皿へと載せた。最後に、愛情と共に抽出したコーヒーをカップに移して、セイカ専用の朝食の完成だった。

「グリーズ、ここはおれが」

いまこの時間に、ヌーヴォカフェに客として佇むのはセイカだけだ。そんな朝の閑散とした時間と、それから——この時間に会いにきてくれる愛おしい客の特別な人としての特権を利用して、グリは特別にキッチンカーから出る。もうこの習慣を、グリーズも口元で笑いながら柔らかな目で応じるようになってから、しばらくが経つ。
そう、グリとセイカは、恋人同士。
カントー出身の彼女が、異邦人としてこのカロスの地にやってきてから、それなりの時間が経っていた。あのプリズムタワーの暴走を止めるため、互いに命を懸けて戦ったランクアップ戦。しがらみを越えて心を震わせたあの事件を経て、ふたりは今、こうして恋人という形に収まっている。

「お待たせしました。ひのこローストとクロワッサンです」
「ふふ、ありがとう、グリ」

嬉しそうに目を細め、セイカは目の前に置かれたカップを両手で包み込んだ。温もりを確かめるようにしてから小さく息を吹きかけ、ゆっくりと口にする。

「んー、」

苦味と、適度な酸味が彼女の体を内側から温めていく様子を、グリは静かに、けれどひどく愛おしげに見つめていた。続いて、彼女は艶を纏ったクスネ色に美しく焼き上がったクロワッサンを小さくちぎる。サク、と小気味良い繊細な音が響く。

「今日のお味は?」
「いつも最高だよ。コーヒーもクロワッサンも、もうこれなしの朝は考えられないってくらい、ミアレで出会ったものの中で一番好きかも……」
「それは光栄ですね」

人がいないのをいいことに、グリは朝食を食べるセイカの目の前に腰かけて、背筋を伸ばして彼女の食事風景を見つめた。もう一片クロワッサンを千切り、口の中に放り込んではまだほどけ切らないうちにコーヒーを流し込む。
苦味の中にバターと小麦の甘みが溶けて、まさしく幸福と言えるべき味が広がるのだ。
しゃく、と咀嚼しながらセイカはんー、ともう一度感嘆を漏らした。

「いや、やっぱり一番は違うなぁ」
「なんです? 上げて落とすんですか?」
「だって一番はやっぱり、グリかなぁって」
「……言うようになりましたね」

呆れたような言葉とは裏腹に、グリの口元には隠しきれない笑みが浮かんでいる。セイカは悪びれもせず、残りのクロワッサンを小さくちぎって口へ運んだ。

「本当のことだもん」
「朝からあまりマスターを揶揄わないでもらえますか。仕事に支障が出てしまいます」
「ふふ。じゃあ、これくらいにしておいてあげる」

頬を緩めたまま、セイカは最後のひと口をコーヒーで流し込んだ。空になったカップをテーブルへ戻すと、プリズムタワーの方へと視線を向ける。まだ朝の早い時間とはいえ、のんびりしていればすぐに時間が過ぎてしまう——そんな、憩うように地に足がついてしまうような温かなヌーヴォカフェの空気がセイカは大好きだった。

「そろそろ行かなくちゃ」

名残惜しそうに腰を上げた彼女へ、グリも静かに席を立つ。

「今日はこれから、どちらに?」
「依頼なの。ワイルドゾーン8で、近頃いつもよりポケモンが増えてるんだって。モミジさんから、ちょっと調査してきてよって頼まれてて」
「ワイルドゾーン8ですか」

グリはわずかに眉を寄せた。ミアレに集まってきたポケモンたちを保全するために整備されたワイルドゾーンではポケモンが活発になること自体は珍しくない。砂場の多いワイルドゾーン8はじめんタイプのポケモンたちの巣窟だ。凶暴なワルビアルや、強力な技を放ってくるオヤブン個体のバクーダもいたはずだ、とグリは眉を顰めた。

「お気をつけて。きみの強さなら問題ないかと思いますが、もし技を受けたり、手持ちの体力が落ちたりした場合は、すぐ——」
「うん。ここから近いし、またコーヒーを飲みに来ちゃうかも」

ポケモンセンターへ行きなさい。
そう続けるはずだった言葉を食い気味に遮られ、グリはしばし口を噤んだ。心配をしている恋人の気持ちなど露ほども知らず、セイカはまた来る理由を見つけたことが嬉しいとでも言うように笑っている。

「おれのコーヒーは治療薬ではありませんよ」
「でも、元気は出るよ?」
「それとこれとは話が別です。怪我をしたときには、きちんとポケモンセンターへ行ってください」
「はーい」

返事だけは素直だったものの、どこまで真面目に聞いているのかは怪しい。グリが小さく息をついている間に、セイカは椅子の背に掛けていたソフトハットを被り直した。
店頭へ戻っていたグリーズがふたりの元にニヤつきながら割り込むと、蓋つきのカップを差し出した。

「ほら、持ち帰り分も必要だろ?」
「ありがとう、グリーズ!」
「礼ならグリに言ってくれ。サービス品だよ」

カップを受け取ったセイカがグリへ目を向ける。カップの中には、少し時間が経っても味わい損なわないように調整されたひのこローストが入っている。彼女がエムゼット団の仕事へ向かう朝には、こうしてもう一杯を持たせることも、いつしかふたりの習慣になっていた。

「ありがとう、グリ。これで今日も頑張れる」
「ええ。ですが、無理をしないこと。何か異常があれば、モミジさんかエムゼット団の皆さんへすぐ連絡してください」
「分かってるって。それじゃあ——」

セイカは数歩進んだところで振り返った。
朝の光を正面から受けたセイカの輪郭が明るく輝く。背後には、傷痕を残しながらもミアレの空へ立ち続けるプリズムタワー。片手にはグリの淹れたコーヒーを持ち、もう片方の手でハットを押さえながら、彼女はいつものように笑った。

「行ってきます、グリ!」

その声は、目覚めたばかりのメディオプラザを軽やかに響き渡る。
セイカは緑のブルゾンの裾を弾ませながら、ミアレの街へと駆け出していく。
鳥のようにどこまでも自由に、花のように迷いなく。

「行ってらっしゃい、セイカ。お気をつけて」

その姿が街の喧噪へ溶けて見えなくなるまで、グリは静かに彼女を見送っていた。

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