なぜ眠らなければいけないのか──「脳が洗われる」機能の重要性
「昨日はよく眠った」。そう感じる朝がある一方で、十分眠ったはずなのに「まだ眠い、寝足りない」と感じる朝もある。忙しい日が続いて睡眠時間を削っていると、夕方になるにつれて強い眠気に襲われる。現代に生きる私たちは日々、「眠くなる」という現象を当たり前のように経験していると言ってもいい。
100年以上見つからない答え
しかし、よく考えてみると素朴な疑問に突き当たる。なぜ私たちは毎日、必ず眠らなければならないのだろう。食事をしなければエネルギーが不足する。水を飲まなければ水が不足して脱水になる。これらには明確に不足する対象がある。
では睡眠をとらないでいると、何が不足するのであろうか。なぜ脳は毎日、これほど長い時間を眠ることに費やさなければならないのだろうか。睡眠研究が100年以上続けられてきた現在でも、この問いに対する「完全な答え」はまだ見つかっていない。
眠気を引き起こす二つの要素
連載第1回で紹介したように、眠気に関わる二つの仕組みがある。一つは体内時計だ。朝になると私たちは目覚め、夜になると眠くなる。この一日のリズムは脳の視交叉上核(しこうさじょうかく)という小さな神経核が作り出している。
しかし、それだけでは説明できないことがある。例えば徹夜をすると、昼間であっても強烈な眠気に襲われる。逆に、昼寝をすれば、その後しばらくは眠気が軽くなる。これは体内時計とは別の仕組みが働いていることを意味している。このもう一つの仕組みを「睡眠圧(sleep pressure)」という。起きている時間が長くなるほど睡眠圧は高まり、眠ると睡眠圧は低下する。ちょうど空腹が少しずつ強くなり、食事によって満たされるように、睡眠欲求も一日の活動によって蓄積し、眠ることで低下していくのである。
眠らないと蓄積する物質
では、睡眠圧はどのように作られるのだろう。今から100年以上前、フランスの生理学者アンリ・ピエロンとルネ・ルジャンドルは、長時間眠らせなかった犬から脳脊髄(せきずい)液を採取し、十分に休んだ別の犬に投与する実験を行った。すると、投与された犬に眠気が現れたという。実はこれよりも若干早く、日本の生理学者である石森国臣も、独立して同様の結果を報告している。
これらの研究から、起きている間に体内へ蓄積し、一定量に達すると睡眠を促す物質が存在するのではないかという考えが生まれた。ピエロンはこれを「ヒプノトキシン」、すなわち眠りを引き起こす毒素と考えた。こうして、その後の睡眠研究では、断眠(意図的に睡眠をとらせない状態、または睡眠を制限する実験手法)した動物の脳や体液に蓄積する「睡眠物質」の探索が進められることになった。
これまでに多くの睡眠物質候補が報告されてきた。その中…
無料の会員登録で続きが読めます。
毎日IDにご登録頂くと、本サイトの記事が
読み放題でご利用頂けます。登録は無料です。
さくらい・たけし 1993年、筑波大大学院医学研究科修了。医師、医学博士。筑波大国際統合睡眠医科学研究機構副機構長。98年、覚醒を制御する神経伝達物質「オレキシン」を発見。文部科学省科学技術賞など受賞。