【プレイバック’16】「助けてくれ」懇願にも耳を貸さず…『ダッカ・レストラン襲撃テロ』の残虐現場
FRIDAYデジタル7/19(日)12:00
「非常に残虐な方法」で殺害
10年前、20年前、30年前に『FRIDAY』は何を報じていたのか。当時話題になったトピックをいまふたたびふり返る【プレイバック・フライデー】。今回は10年前の’16年7月22日号『バングラデシュ襲撃テロ「残虐すぎる拷問現場」』を取り上げる。
イスラム教のラマダン(断食月)の期間中である’16年7月1日の夜、バングラデシュの首都・ダッカの外国大使館が立ち並ぶグルシャン地区でテロ事件が発生。ふだんから外国人などで賑わう人気のレストランを武装グループが襲撃した。日本人7名が犠牲となった『ダッカ・レストラン襲撃テロ』だ。犯行グループはなぜ普通の飲食店で凶行に及んだのか──(《》内の記述は過去記事より引用、肩書は当時のもの)。
コーランを暗唱できないと“拷問”
武装グループは多数の客を殺害。一部を人質に取って店に立てこもったが、7日早朝に軍や警察から成る治安部隊が突入し、鎮圧した。この事件では、日本人7人のほか、イタリア人9人やアメリカ人、インド人を含む20人と警官2人が死亡した。実行犯は7人とみられ、6人が射殺され、1人が逮捕された(射殺されたうちの1人は後に犯人ではなかったことが判明)。記事では事件の様子を次のように伝えていた。
《「犯人グループはTシャツや短パンなどラフな姿ながら、アサルトライフルや手榴弾(しゅりゅうだん)、ナタのような大きな刃物で武装していました。指示役の人物とともに目抜き通りに面した門から侵入し、『アラー・アクバル(神は偉大なり)』と叫びながら銃を発砲して威嚇。バングラデシュ人の客や従業員は1階に留まらせ、外国人は2階へと移動させられました。
『私は日本人だ、助けてくれ』との懇願にも耳を貸さず、日本人を含む外国人はコーランを暗唱するよう強要され、それができない人は〝拷問〟の対象となった」(全国紙外信部記者)
軍当局者は「鋭利な刃物で非常に残虐な方法で殺害された」としているが、その詳細については説明していない。本誌が入手した現場写真から伝わってくるのは、目を背けたくなるような凄惨さだ。手足をメッタ刺しにされた遺体、ノドを掻(か)き切られた遺体、顔が分からないほどに損壊されていた遺体、腹部が蜂の巣になった遺体……。まさに人間の尊厳を踏みにじる、鬼畜の所業ではないか》
犯人はいずれも裕福な家庭出身の10代後半〜20代のバングラデシュ人青年だった。教育水準も高かったという。指示役も逮捕されたが、背後にはさらに大きな支援グループも存在する可能性が指摘された。
アジアに拡散した『IS』勢力
2日夜には『IS(イスラム国)バングラデシュ』を名乗る過激派組織が犯行声明を出した。声明のなかでは動機について、『十字軍諸国の戦闘機がイスラム教徒を殺す限り、イスラム戦士からの攻撃が避けられないことを知らしめるため』としていた。『十字軍』とはISを空爆する有志国連合を指す。
バングラデシュは親日国として知られるが、イスラム過激派からしてみれば、“アルコールを飲み、露出度の高い服を着て街を闊歩する、イスラムの戒律を軽んじる存在”なのだ。当時、この国は日本人にとって、けっして安全とはいえなくなっていた。
バングラデシュ当局は声明に対して否定的な見解をとっていたが、この当時のISとバングラデシュの関係について、国際ジャーナリストは次のように指摘している。
《「ISは4月発行の機関誌『ダビーク』で、これまで存在しなかったはずの『ISバングラデシュ』の最高幹部を登場させ、バングラでの“始動”を予感させた。去年もラマダン中にテロを起こして、支部の創立を世界にアピールするというケースがあったが、今回はこれに当たるのではないか。ほかにフィリピンやインドネシアなどアジア各国で影響力を強めようとしているフシがある》
中東で劣勢が続くISは、“国土”が最大時よりイラクで約4割、シリアで約2割減少。支配地域外でのテロ攻撃に力点を移しており、忠誠を誓う組織が増加している。
「ISは宣伝映像で、マレー語でテロを呼びかけるなど明らかにアジア重視の傾向を強めています。インドネシア・ジャカルタでは今年1月にカナダ人1人を含む民間人4人が死亡するテロが起こり、6月に同国ジャワ島東部スラバヤでテロ計画を企てた3容疑者が逮捕された。同月にはマレーシア・クアラルンプールで8人が負傷するテロも。東南アジア諸国からは約1000人の戦闘員がシリアやイラクに渡っており、彼らが母国に戻って活動を始めた可能性も指摘されている」(前出・全国紙記者)》
このことは、日本人がテロに巻き込まれる可能性が、中東や欧州だけでなくアジアにも広がっていることを意味していた。ダッカのテロ事件で日本企業は当面、バングラデシュへの出張を控える動きが出ていたが、それ以外の地域にも気軽に旅行に行けなくなりそうな空気になっていたのだ。
支援事業で訪れていた日本人が犠牲に
記事では、事件の犠牲となった当時30代の男性の近隣住民が次のように話していた。
《「××ちゃんは本当にイイ子でね。幼い頃から、会えばハニカミながら挨拶をしてくれました。鉄道が大好きで一生懸命勉強して、その成果を『人のために役立てたい』っていまの会社に入って、『途上国の発展のために』っていろんなところに行って……。来年結婚するはずだったんだね。本当に悔しい、許せないよ」》
事件に巻き込まれたのはJICAが支援するダッカの都市交通整備事業の調査に携わっていたコンサル会社の社員など20〜40代の男女8人。うち40代男性1名が救出されたものの、あとは全員が犠牲になった。
人質となったバングラデシュ人の1人は、日経新聞の取材に対して〈日本人客は大半がすぐ殺された〉〈日本人男性の1人と冷蔵室に2時間ほど隠れていたが見つかり、自分は何もされなかったが、その日本人は射殺された〉と証言。亡くなった人たちはほとんどが外国人で、犯人グループは、従業員をはじめとしたバングラデシュ人に対しては礼儀正しかったという。グルシャン地区では事件の前年にも、ジョギング中のイタリア人男性が何者かに射殺される事件が起きており、警察は外国人を狙う犯罪への警戒を強めていた。
’17年10月に“首都”ラッカが制圧され、「国家」としてのISは姿を消した。だが、世界各地の支部が自律的に活動する国際テロネットワークとして地下に潜り、存続している。
犠牲となった日本人たちが手がけていた事業であるバングラデシュ初の都市高速鉄道は、’22年に一部が開業した。現在は市民の大事な移動手段になっているという。ダッカの都市鉄道展示情報センターには、日本人犠牲者7名を追悼する記念碑が建てられている。