ソフトバンク強力打線の陰に打撃投手あり…「常に変わらない球」を投げ「ポンポン打ってくれる時が一番の快感」
小久保裕紀、城島健司、井口資仁、内川聖一、松田宣浩――。球史に残る打者たちを担当してきた濱涯さんは、バットの出し方などを見て「気持ち良く振れるところ」を探り当ててきた。柳田選手ならベルト付近の内角高めだ。「言わなくても分かってくれている」と柳田選手。あうんの呼吸がそこにはある。
濱涯さんは40歳を超えた辺りから、2月の春季キャンプ中には選手よりも2時間早く球場に入り、シーズンを戦い抜く体力作りのために走り込んでいる。10月で56歳。「常に一定で、一緒の球。今も目指すのはそこ」。一年でも長く「天職」を続けるため、年々変化する体とも戦っている。
投手の球を映像付きで再現する高性能打撃マシン「トラジェクトアーク」の普及が広がるなど、球界にも最先端のテクノロジーの導入が進む。それでも、柳田選手は言う。「マシンと戦うならマシンでいいけど、試合は人が投げる。そこが変わらない限り、(打撃投手は)絶対になくならない」。職人が投げる「生きた球」は、打者にとって欠かせない存在ということだ。
◆はまぎわ・やすじ=鹿児島県串木野(現いちき串木野)市出身。鹿児島商工(現樟南)高から九州国際大に進み、1992年春に記録したシーズン9勝と同119奪三振は、現在も九州六大学記録。休みがあればコースに繰り出すほどのゴルフ好きで、柳田選手とは競馬の話に花が咲く。1メートル77、75キロ。左投げ左打ち。