知的障害児施設にいた女性が退所年齢に達した18歳で親族に引き取られた。親族に売春を強要され、翌年に自ら命を絶った-。
1968年、京都のフォークソング界の草分けとして知られる京都市東山区の中島光一さん(77)が自身の体験を基に歌を作った。題名は、「18才」。中島さんは高校時代、「障害者福祉の父」とたたえられた糸賀一雄の著作に感銘し、ボランティアを志願した。糸賀が滋賀県内で創設した知的障害児入所施設の近江学園や一麦寮に通った。そこで女性と知り合った。
優生保護法下(1948~96年)では、売春を強いられたり、性犯罪に巻き込まれたりしたことを理由に断種を強要された障害者がいたことが公文書の解読から明らかになりつつある。今、障害者への性暴力は根絶されたのか。
京都市東山区の中島光一さん(77)は、高校時代にボランティアで通っていた滋賀県内の知的障害児入所施設で一人の女性入所者と知り合った。彼女が18歳で退所し、親族に引き取られた後も文通を重ねた。
女性は手紙の中で親族から暴力を振るわれ客を取らされていると明かした。「こんなこともういやや」「しせつにかえりたい」、そして、「おにいちゃん、わたしをつれだして」。
中島さんは学生の身で、「頑張りや、としか返せなかった」。翌年、彼女は命を絶った。中島さんは彼女の無念を知ってもらおうと彼女の言葉を歌にした。こうして「18才」は出来上がった。
優生保護法下(1948~96年)では、売春を強いられたり、性犯罪に巻き込まれたりした障害者が不妊手術を強いられたという事実が、手術の申請理由を記した公文書の解読を通して明らかになりつつある。
暴力団に利用されて売春行為等の性的問題を繰返している(知的障害の20代前半女性)
土地の不良の徒に欺られて既に数回妊娠して居り家計も困難(知的障害の10代後半女性)
これらの記述は、性暴力を受けた障害者が被害を理由に断種を強要されたことを意味している。信じられないことに、この時代は性暴力と断種という二重の性的搾取にさらされた障害者が存在したことになる。
障害者への性暴力は過去の話ではない。2025年犯罪白書によると、18~22年に有罪となった性犯罪被害者のうち知的障害や発達障害がある人は176人に上る。性教育の乏しさを背景に被害の認識がない人や、そもそも性暴力が何かを知らない人も少なくない。知的障害などがある被害者のうち被害認識がある人は38%にとどまった。
2021年3月、滋賀県内の福祉施設に勤めていた40代の男が、利用者の10代女性の知的障害に乗じてわいせつな行為を重ねた。男は準強制性交罪などで起訴され、懲役6年の実刑が確定した。
取材班は刑事記録の閲覧を大津地検に申請した。非開示と不服申し立てを経て閲覧が許された供述調書には、男が犯罪に手を染めていった経緯が記されていた。
男は支援を通じて、女性が「徐々に心を開いてくれた」と思う一方で「性的欲求を覚えた」。「彼女は性的なことを理解しない。家族に話すことはない」と考えて、二人きりになるタイミングを見計らって犯行を繰り返していた。
調書から読み取れるのは、障害特性につけ込む動機の卑劣さに、障害があるが故の被害の潜在化、異性介助をさせながら対策を講じなかった施設の怠慢だ。男の犯行は障害がない人への性暴力から発覚した。女性は被害を申告していなかったとみられる。
障害者への性暴力では相談体制の脆弱(ぜいじゃく)さも指摘される。日本女子大の岩田千亜紀講師によると、性暴力被害者が支援や助言を受けられるワンストップ支援センターは全国に56カ所あるが、電話か面談での対応が一般的。聴覚や発達に障害のある人が使いやすいメール対応をしているのは半数、SNSは9カ所のみだ。「障害者は入り口が閉ざされていてすごく探してやっと見つかるという感覚。性被害は命に直結する問題。支援者が意識をアップデートしないと」(岩田講師)
先駆例がある。京都府の支援センター「京都SARA」だ。メール相談が可能で、全国でも珍しい障害がある支援員の香田晴子さん(64)と村田惠子さん(64)を置いている。
きっかけはベテラン支援員の井上摩耶子さん(87)の一言だった。SARAを紹介する講演で「まず電話で相談を」と話した井上さんに、会場にいた二人が反発した。「聴覚や言語に障害があれば電話はできない。障害者を性を持たない存在と見ていないか」。二人はその後、当事者同士の方が相談しやすいと考え、SARAの支援員になった。井上さんは「障害のある人への視点が欠けていた。相談のハードルを下げる環境が大切だ」と話す。
中島さんは「18才」の女性との出会いが原点になり、京都や大阪の障害者施設で働いてきた。1月下旬、大阪で障害者や施設の職員を前に「18才」を歌った。歌詞に彼女の真情をつづった一節がある。
おじさんもおとなもみんなわるいうそつきや こんなこともういやや