コンドームを手に取る障害がある若者。手作りしたキットを用いて使い方を学んでいた(昨年12月24日、京都市北区・プエルタ)=撮影・山本陽平

コンドームを手に取る障害がある若者。手作りしたキットを用いて使い方を学んでいた(昨年12月24日、京都市北区・プエルタ)=撮影・山本陽平

障害がある人の性を取り巻く現状を話す門下さん。教育を学ぶ学生たちが真剣に聞き入っていた(昨年12月23日、京都市伏見区・京都教育大)

障害がある人の性を取り巻く現状を話す門下さん。教育を学ぶ学生たちが真剣に聞き入っていた(昨年12月23日、京都市伏見区・京都教育大)

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 「コンドームの話をします」

 「ん? 大阪ドーム?」

 若者たちがどっと沸いた。昨年12月下旬、京都市北区の障害者自立訓練事業所「プエルタ」で、性の知識を伝える講座が開かれた。知的障害がある10~20代の15人が机に向かい、コンドームを一つずつ手に取る。菓子の空き箱で手作りした模型を使って装着や外し方を体験する。

 「プエルタでゼロから学んでいます」。京都市の男性(28)が充実した表情を浮かべた。

 講座は毎月1回。プライベートゾーンや生理といった自分の体についての他に、告白の仕方やデートDV、出産、さらに自慰行為や性交までを題材にする。自分で性について考え、自ら選択するための知識と気付きを提供するという考えからだ。

 講座を始めたきっかけは、卒業生が性のトラブルに巻き込まれかけたことだった。海外の研究では、障害者は性被害に遭うリスクが障害がない人より3倍も高いという調査がある。津村恵子施設長(63)は「知的障害のある彼ら彼女らは他人を信じやすく、誰かに頼まれるといやと言うのが苦手だ」と性被害に遭いやすい事情を説明する。その一方で、興味を持ったことに近づきやすいため、周囲から「セクハラでは」と誤解されるケースもある。

 津村施設長は「被害者にも加害者にもなり得る」と性の知識を伝える重要性を説き、こう付け加えた。

 「何より、ここに来るまで性について教えられていない」

     ◇

 京都新聞社が優生保護法下(1948~96年)の強制不妊手術の公文書を公開するよう求めた裁判で、8割の開示を命じる判決が確定したのを受け、多くの県が手術の申請理由を記した箇所を公開する方針に転じた。和歌山県が既に開示した文書に次のような記述がある。

 最近性器に関心を持ち、自慰行為がみられる(1970年、脳膜炎後胎症の10代男性)

 夜おそく迄(まで)帰宅しない 異なる男性との間に性的交渉をもつ(64年、統合失調症の20代女性)

 自慰行為や性交渉を断種の理由に挙げていた。そこにあるのは、障害者の性を認めようとしない冷たいまなざし。若い頃に性に関心や欲望を持つのはごく当たり前のことなのに、性教育や生活指導を行うという発想はそこから読み取れない。

 では、現代は障害者に性の知識を十分に教えているといえるのか? 学習指導要領は小中学校の保健体育と理科の単元に、性交などは取り扱わないと解される「歯止め規定」を設けている。高校の指導要領も自慰行為や性交など具体的行為への言及はない。特別支援学校もこれに準じている。

 ただ指導要領はあくまでも基準であり、地域や子どもの実情に合わせて各校がカリキュラムを組む。ところが、障害児への性教育は積極的に行われてこなかった。

     ◇

 理由の一つがバッシングだ。知的障害がある子どもたちに歌や人形を使って男女の体の仕組みなどを教えていた東京都立七生養護学校(当時)で2003年、視察した都議らが「感覚がまひしている」と批判した。これを受けて都教委が関係職員を処分し、訴訟に発展する事態になった。この問題を機に障害児教育の現場は性を教えるのを躊(ちゅう)躇(ちょ)するようになったといわれている。

 もう一つの理由が就労への注力。学校基本調査によると、特別支援学校高等部の卒業生のうち、25年度に大学・短大に進学した人は1・6%、知的障害に限ればわずか0・5%に過ぎない。片や障害者の法定雇用率は引き上げが続き、06年の1・8%から今夏は2・7%になる。

 「支援学校は就労にかじを切り、性教育にまで手が届いていない」と津村施設長。こうした状況にあって、プエルタで性の学びに力を入れるのは「障害のある彼ら彼女らは初めてのことが苦手だけれども、経験が力になる」と考えるから。

 障害のある人は友人や近い世代とのつながりが希薄で、同世代のコミュニティーから性について教わる経験を持ちにくい。SNSを中心に真偽不明の情報が氾濫している時代だからこそ、「学びの必要性はより高まっている」と話す。

        ◇

 「プエルタ」で、性の知識を伝える講座を受け持つ平木真由美さん(69)は、性器の名称を意識的に口にする。障害のある参加者だけでなく、共に講座に参加している支援員や支援者に慣れてもらうためという。

 平木さんは元養護教諭。「学ぶのは障害のある子どもたちであり、周囲にいる大人。むしろ、変わらないといけないのは大人なんです」と強調する。

 3月13日に開かれた、強制不妊手術の被害者団体と政府との定期協議。団体側は、性交などは取り扱わないと解される学校指導要領の「歯止め規定」の削除と、自分の体や性に関する決定は自分で行う「性と生殖に関する権利(=リプロダクティブ権)」の教育を含めた性教育の実施を求めた。

 一部の学校では性教育に力を入れる動きがある。市立鳴滝総合支援学校(北区)は2022年から助産師を招いた授業を開いている。昨年12月には生徒がコンドームの使用方法や妊娠の仕組みを学んだ。高田加寿子校長は「子どもたちには知る権利がある。障害のある子だけを分けるのは違う。オブラートに包んでいては伝わるものも伝わらない」と話す。

     ◇

 性教育が専門の門下祐子京都教育大講師は、障害者の性教育が十分行われているとはいえない状況に、個々の教員の裁量に委ねられている点に加え、「『寝た子を起こすな』という考えが今も残っている点が大きい」と分析する。具体的に言えば、障害のある子に性の知識を教えることで別のトラブルが起きないか、教えない方が本人のためではないか-という見方があると考えている。

 そして、こうした考え方は優生保護法下の障害者観に通底していると見る。「優生手術は、障害のある子が生まれることで苦しむ人を増やさないため、社会のため、という『良心』を基に、当事者の思いを置き去りにしたまま実行した権利侵害だった。それは、迷惑を避ける、それが本人のためになる、という空気として今も残っている」

 昨年10月に始まった強制不妊手術の国会検証では、かつて障害者の学校が、健常者の言う通りにしなさい、かわいがられる存在になりなさいと教えたことが問題の背景にあるとし、「いやだ」「いいえ」を言うことができる力を育む大切さを訴える意見が出た。

 門下さんも、知識を教えるだけでは十分でないと考えている。「守られる客体から、権利の主体となるよう、障害者をサポートするのが性教育だ」と話す。

     ◇

 門下さんは、研究職に就く前は特別支援学校で教員をしていた。教員時代つぶさに目にしたのは、障害者の子育て支援の不十分さと低い収入、そして、障害がない人と別の学校に通い交流が乏しくなることで関心が寄せられなくなるという現実だった。当事者が悩み葛藤していても、その声に耳を傾けられることがないまま生きる姿が今も心に残っている。

 大学で「障害者の性」をテーマに授業をすると、学生たちから率直な感想が寄せられる。

 「性を学ぶと過剰な興味を持つなど、悪影響があるかもしれない」

 「優生保護法がある時代に生きていたら、自分とは関係ない、そういうものだ、と納得していたかも」

 今、その一つ一つの声とまっすぐに向き合い、熟慮を重ねる。

 昨年12月下旬。門下さんは学生を前に、優生保護法の歴史を踏まえて、今も障害のある人の妊娠や出産を否定する声が根強いことに触れた。「当事者のことを一生懸命考えている人たちにも、そう思わせてしまう社会に原因はないか。親や支援者だけが悩む問題ではないはず。自分事として一緒に考えてほしい」

      ◇

 障害者への断種を推し進める根拠となった優生保護法が改正されて今年で30年。連載第4部は障害者の性を取り巻く現状を見つめる。(「隠れた刃 黒塗り記録」取材班)