よだつかラブレスパロ
X(旧Twitter)に載せていたラブレスパロ二篇を再録し、ネタみたいな一篇を追加しました。師弟Ifと同年代Ifと師弟ifでの戦闘機とサクリファイスが逆のバージョンです
基本的にインモラルなので、なんでも許せる方のみどうぞ
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師弟if
夜鷹は出来損ないだった。
今でこそ、不敗の王者と称えられるが、夜鷹は生家では出来損ないとして扱われていた。その理由はただ一つ。サクリファイスであるにも関わらず、本当の名前が発現しなかったからだ。十を超える頃には体のどこかに浮き上がるという”本当の名前”が夜鷹には現れず、サクリファイスである事実のみが彼の立場を宙ぶらりんにしていた。だが幸いにも、夜鷹はそうした超能力者じみた力を振るう事には関心がなく、氷上で生きる事の方を好んでいたので、穏便な無関心の元家族とは疎遠となった。金だけはある家だったので、落ちこぼれである夜鷹にも存分に資金はかけられ、彼は日本が誇ると枕詞を付けられるフィギュアスケートの選手となり、オリンピックでの輝かしい栄光を手にした。
だが、常に感じていた飢えはそこが限界だった。サクリファイスには対となる戦闘機が必ずこの世のどこかにいる。家系で脈々と受け継ぐそれらだが、中には普通の家庭にひょっこりと生まれる者もいる。サクリファイスと戦闘機は二人で一つ。どうしようもなく惹かれあい、互いの心の形がぴたりと合わさるただ一人の相手。その相手を長年欠くと言うのは、思った以上に夜鷹の心身に負担をかけていた。引退を宣言した後、ふらふらと宛もなく街を歩いていた夜鷹は、何かに操られているかのように脚をすすめた。なぜ自分でそちらに行こうと思ったのか、分からない。分からないが、本能が彼を導いていたのだろう。
サクリファイスと戦闘機は二人で一つ。どちらを欠いては生きられないほどの絆を互いに持つのだから、超常の力を生み出す互いを、無意識に感知していたのかも知れない。
そして黄昏迫る公園で、夜鷹は自分の戦闘機と出会った。まだ幼いミミ付きの、ランドセルを背負った少年だった。
夜鷹の金属質な瞳と、少年の夕焼けに染まった太陽の瞳が合わさったと同時に、胸が痛む。突き刺すような熱に思わず胸を抑えてしゃがみ込んだ夜鷹の目の前で、少年も同じように崩れ落ちた。
刻まれたと、本能的に理解した。
シャツのボタンを外し、胸元をくつろげればそこには”BELOVE”の文字が。少年も、呆然と襟を引っ張った服の下を覗き込んでいる。愛されるもの。確かに夜鷹は氷に愛されていた。
顔を上げて、こちらを見上げる瞳に、夜鷹は手を差し出した。言葉は要らなかった。
運命という言葉は、二人にはあまりにも陳腐に感じられたから。
そうして二人は片割れを得た。
夜鷹純がコーチ資格をとったらしい。
そんな噂はスケートファンの間にも密かに流れていた。
氷上の神様。
東洋のオム・ファタール。
現役時代の彼はそれはもう、すごかった。真っ黒いミミの可愛い子供のはずなのに、ひたすらに冷たく美しい、人形のようだった。氷の上で恐ろしく美しく踊る彼は、人ではないように思えた。それこそ、氷の妖精が気まぐれに人界に遊びにきたのだと、本気で信じている頭のおかしいファンだっていた。彼の周りには、彼の初めてを願う人間が男女問わず常に取り巻いていたが、夜鷹はそれらには目もくれず、ひたすら輝かしくも恐ろしい銀盤に向き合っていた。そして、二十歳でミミ付きのままに現役を引退した。金メダルしか取らない伝説として、あまりにも美しい終わり方をした。
だからこそ、彼が再び氷の上に戻るのかと、地方の小さなブロック大会にも関わらず噂を聞きつけ詰めかけた人間は多い。そして、スケートリンクの脇に姿を現した彼に、会場がざわめきで揺れた。
ない。
ないのだ。
あの艶やかで美しいミミが!
夜鷹純はミミを落としていた!
黒いコートに黒いセーター、手袋も黒くて、真っ白い顔が目立つ夜鷹純は、純潔を失っていた。押し殺そうとして失敗した悲鳴が会場のそこかしこで聞こえてくるのに、主役となるノービスの選手たちが可哀想なほどに狼狽えている。
本当に申し訳ないと思うが、私も手を口元に宛てるので精一杯だった。
だって! あの完璧な美が崩れたのだ!
ミミを落としたという事は、あの夜鷹純が誰かと性行為をしたのだ。あの夜鷹純の初めてを!誰かが!貰い受けた!相手に対する羨ましさと憎らしさで、生き霊になって人を殺せそうだと思ったのは初めてだった。
そして前言撤回。ミミを落としても夜鷹純は完璧に美しい。
生徒らしき金髪の少年の肩を抱いて何かを言っている夜鷹純に、会場が注目しているのが分かる。あぁ、ノービスで今日演技する選手たちには心底申し訳ないけれども、夜鷹純はダメだ。彼がいるだけで、色々ダメになる大人で本当に申し訳ない。ノービスの選手そっちのけで夜鷹純にばかり注目していたが、とうとう彼が前に向かって歩き出したものだから、会場は水を打ったように静かになった。客席のざわめきが一気に消えた事に、横にいる選手は驚いたようだったが、スケートリンクの出入り口で背をかがめ、選手に目線を合わせる夜鷹純というとんでもないものを見るのに忙しい観客にそれを構う余裕はなかった。
教え子らしき生徒を送り出す夜鷹をこの生涯で見ることが出来ようとは!
金色のミミを持つ、可愛らしい少年だった。
スケートリンクに降り立つ選手からエッジカバーを受け取って、背を屈めた夜鷹が何かを言うのが見える。何を言っているんだろう。ここからでは聞こえないが、選手が頷いているのを見るに、何かアドバイスとかをしているのだろうか。
現役の時には全然コーチにアドバイスをもらうところなど見た事なかったが、やはり自分がコーチともなれば違うのかも知れない。夜鷹が黒い手袋を徐に外すので、なんだろうと思っていれば、白い手で選手の頭を撫でるのに目が飛び出そうになった。そんな接触今まで他の選手としているところなんて一度も見たことなかったよね!?
アナウンスが流れて、金色の子供がリンクの中央に飛び出す。
音楽が流れ、子供が動き出した瞬間、息を呑んだ。
その滑りが、動きが、手の、指先の動作が、夜鷹そっくりだった。初出場のはずの選手のスケーティングのレベルの高さにも驚いたが、その金色の子供の滑りの何もかもが夜鷹にそっくりな事に息を呑んだ。
夜鷹が、氷上に舞い戻ってきたのかと思うほどに、その子供の滑りは夜鷹そのものに見えた。だが、夜鷹が明けない夜を連れてくるならば、この子供は夜明けを連れてくる。まるで太陽の落とし子。
氷よりも太陽に愛されているように見えた子供は、見事に観客も審査員も、そして選手をも焼き尽くして、夜の元に帰還した。
新しい絶対王者誕生の予感に、リンクは喝采と動揺で大きく揺れた。
「おかえり、司」
「はぁ、はぁ……、俺どうでした!?」
頬を紅潮させて自身の元に帰ってきた小さな太陽に、夜鷹は思わず口元が緩んだ。初めての大舞台もあって、色々大目に見ようとは思っていたが、現時点での百点満点中九十点まで叩き出してきた司に夜鷹は満足していた。
「良かったよ。お疲れ様」
エッジカバーを手渡し、司が付けている間に荷物を持つ。一緒にキスクラへ向かえば、会場の大きなモニターに二人の姿が映し出され、観客席からの騒めきが大きくなる。引退時から全く変わらない美しい顔を横に向け、自分の生徒に何かを話かけている様子に、口を抑えて失神している人もいるほどだった。
点数の発表を見て表情を分かりやすく明るくした教え子に、夜鷹は頷くだけだった。
そうして、夜鷹純がコーチとして氷上に戻った事は知れ渡った。
「純さん、これもう外して良いですか?」
頭上のミミを触りながらそう言う司に、家の鍵を閉めた夜鷹は頷いた。盗撮できるほどの高度ではないといはいえ、カーテンも締め切っている。
「良いよ」
「やったぁ」
言うなり、司は茶金の、髪の毛と同じ色のミミを頭から落とした。それを、ひどく暗い色で見る夜鷹の前で、わざとらしくターンをしてみせた司は、ぎゅっと自分のサクリファイスに抱きついた。
「純さん、俺は純さんと一緒にミミを落とせて嬉しかったですよ」
「……」
何も言わず、まだ小さな丸い頭を撫でる夜鷹が、その見た目よりもずっと優しい人だと知っている司は、もっと撫でてとでも言うかのようにぐりぐりと頭を押し付けた。
生まれてから、ずっと満たされなかった心の隙間を埋める人。司のために傷付く人。そんな夜鷹を傷つけたくなくて、司は自分が持っている物は全部あげようと思った。遅く生まれてごめんなさい、ずっと見つけてあげられなくてごめんなさい。司は幼くても戦闘機だ。本能が闘争を知っている。言葉の持つ力の偉大さも恐ろしさも。
夜鷹は戦闘機とサクリファイスが二人一組で行う戦闘「スペルバトル」を行うつもりはないと言った。時には権力闘争のためにそれらを行う本家に関わる気はないとも。だが、司は戦闘機だ。自分のサクリファイスは自分で守りたい。一度だけ見せてもらった戦闘動画で、負けた相手の戦闘機に雁字搦めに拘束されるサクリファイスを見た時は、まだあったミミも含めて全身の毛が逆だったほどだ。万が一にも夜鷹をそんな目に遭わせてなるものかと、得意だった国語をますます勉強するようになったし、辞書も読むようになった。
だから、夜鷹が罪悪感と嫌悪に濡れた瞳で手を伸ばして来た時、迷いなくその身を委ねたのだ。サクリファイスと戦闘機が求め合うのは、本能に近い。その本能を二十年も抑えてきた夜鷹が、自分ただ一人だけの戦闘機と出会って、なおも強固な理性で持ってその衝動を抑えるのは、はっきり言って無謀だった。だから司は自分の意思で望んでミミを落としたし、夜鷹のミミは司が落とした。体だけではない、心の奥底から満たされた翌朝に、ベッドの下にある2対のミミに青ざめた顔をした夜鷹の為に司は付けミミを付けている。本物と同じように動き、本人の手でしか取れない、特性の付けミミを。
「ね、純さん。ミミのない俺は嫌ですか?」
「ううん」
「はい、俺もミミのない純さんも大好きです。でも、純さんが困っちゃうから、スケートでも学校でも、この家以外ではずっと良い子にミミを付けますよ。成人年齢が引き下げられて良かったです。俺は18でミミを取れるので」
ぐりぐりと押し付けた頭をあげて、司は大輪の向日葵のように笑った。
「ね、純さん、そんな困ったような顔をしないでください」
甘えるように、甘やかすように言う司は、夜鷹の動かない表情筋から色々と読み取れるらしい。
「俺は全然後悔してないですし、むしろ純さんと暮らせて幸せです。スケートも出来ますし。それに、付けミミを付けるようになってから気づいたんですけど、結構付けミミの子いますよね」
「……そうなの?」
「はい! ほら、今日試合で一緒だったあの選手とか、あとジュニアのあの選手。学校も、早い子はもうミミを落として登校してますし、そうじゃなくても付けミミの子、クラスにも何人もいます」
そんな爛れた情報は知りたくなかった。言葉もない夜鷹に、司はにっこり笑って、あぁ、純さんって名前の通りに純情で可愛いななんて思ったりした。四人兄弟の次男で、クラスでもリーダー格にいる司は、下世話な情報にも詳しいが、スケート一筋で生きてきた夜鷹はきっとそういう俗世の汚い事情はあまり知らなかったのだろう。
どこか、やっと巡り会えた自分の戦闘機に夢を見ている夜鷹を、司は年下の癖に可愛いなと思っていたし、そういう夜鷹の夢を壊さないようにあえて無邪気に振る舞っている部分もある。
「ね、だから純さん」
無邪気に腰に抱きついていた腕は伸ばされ、夜鷹の首の後ろに回される。
向日葵のような笑顔は、妖しい徒花に変わり、背伸びをした司は可愛らしくちゅ、と夜鷹の唇に口付けた。
「金メダルのご褒美をください」
ぎゅっと目を瞑った後に、再度開かれた夜鷹の瞳は猛禽の鋭さを纏い、司の肌をなぞる。
「……いっぱいあげる」
「はいっ!」
そうして夜は更けていく。