何度でも生き直せばいい。
病気を患って寝たきりの生活を送っていた時、三年寝太郎の物語に励まされた。三年寝ても大丈夫だった男がいると思うだけで、少しだけ気持ちが楽になった。寝たきりの日々は、自分が社会から取り残されたような心許なさや、もう二度とまともな生活を送ることはできないような絶望感が、常にあった。そんな時、三年寝太郎の物語を思い出すことで、慰められた。しんどい時は、三年でも、三十年でも、寝ていればいいのだと思った。
風邪が治らず、体調不良の日々を過ごしていた。病気の記憶があるから風邪程度では動じなくなったけれど、家を開放しているので「こんにちは」と、突然やって来るお客さんがいる。一応、熱海の家に来る時は、事前に連絡をしてもらうようにお願いをしている。だけど、本当に切羽詰まった人に、そんな余裕はない。私も、病気の時はそうだった。病気の苦しいところは、病気のことしか考えられなくなって、余裕を失うことだと思う。私もまあまあ大変だが、私以上に大変な人が来た時は「どうしましたか?」と言って、話を聞く。
東京在住の女性A様は「親との関係がうまく行かなくて」と言った。家出をして来たのだろう。大きな荷物を抱えている。話を聞きながら、話している内容云々より、A様の身体が冷えているように感じた。夏と言えども、エアコンなどで、身体は想像している以上に冷えている。私は「騙されたと思って、一緒に温泉に行きましょう」と言った。家の近所に、源泉掛け流しの温泉がある。冷えを取るのは、感覚的に、循環式ではない源泉掛け流しの温泉がいいと思う。老老介護ならぬ病病介護みたいな感じで、A様を温泉にお連れした。
風呂上がりに「どうでしたか?」と尋ねたら、A様は「体調悪い人の家に突然押しかけて身の上話をするなんて、冷静に考えたらめちゃめちゃ失礼なことをしてしまってごめんなさい」と言った。最初は取り乱していた人も、冷静になれば、みんな礼儀正しくなる。冷静にさえなれたら、本来の自分を取り戻せる。落ち着けば、大概の問題はどうにかなる。もしかしたら、この世の中には、冷静になれる時間が少なく、もしかしたら、人々の冷静さを奪うような時間が多いのかもしれない。
A様は「もう一度、親とちゃんと話そうと思う」と言って、帰った。苦しい状況に置かれた時、なんで自分だけこんな目に、と思うことがある。神から見放されたように感じるが、見放したのは自分だと思う。愛し易いものを愛することは簡単。愛し難いものを愛することが、運命愛だと思う。愛されたいと思う時、ハンドルを明け渡してしまっている。自分から愛する時、世界を征服する。素晴らしい人生だから愛するのではなくて、この人生を愛する。しんどい時は、三年でも、三十年でも、寝ていればいいのだと思う。元気になったら、また、何度でも生き直せばいいのだと思う。
おおまかな予定
8月3日(月)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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