びおるんの人生
まず初めに、この文章は人生で起きた事を、箇条書きで書いたものをChatGPTにまとめてもらったものになります。
誕生
1999年1月3日に愛知県蒲郡市で生まる。
保育園時代
保育園では砂場で泥団子を作ったり、友達と仮面ライダーごっこをしたりして遊ぶのが大好きだった。毎日外で遊ぶことが楽しく、元気に過ごしていた。
一方で、この頃から自分の意思はとても強かった。
遠足の日には「行きたくない」と駄々をこね、結局みんなが遠足へ行く中、先生と二人だけで園内の砂場で遊んで過ごしたことがある。
また、一人で公園へ遊びに行きたくなり、大人に何も言わず勝手に出かけてしまったこともあった。幸い友達のお母さんに見つけてもらい、大事には至らなかったが、周囲をとても心配させる出来事となった。
小学生時代
小学校低学年までは、休み時間や放課後になると友達とサッカーやバスケットボール、鬼ごっこをして毎日のように走り回っていた。
しかし学校生活では授業に集中することが苦手だった。
先生の話を聞かずに教科書へ落書きをしたり、練り消しを作って遊んだりと、授業中でも自分の好きなことばかりしていた。
そのため勉強はほとんど身につかず、成績表には1や2が並ぶことが多かった。
学年が上がるにつれてゲームに夢中になっていく。
『モンスターハンターポータブル2nd G』を遊び、兄が遊んでいた『Call of Duty: Modern Warfare 2』では兄の練習相手として何度も対戦した。当時は勝つことなどほとんどできなかったが、この経験がFPSというジャンルに興味を持つきっかけとなった。
同じ頃、家庭では両親の仲が悪く、喧嘩が絶えなかった。
母は酒を飲むと感情的になり、私たち子どもへ暴言を吐くことがあった。また、不倫もあり、家庭環境は不安定だった。
小学4年生の時、両親は離婚した。
最初は母が親権を持ち、祖母の家で暮らすことになったが、その後「もう育てたくない」という話になり、父が迎えに来て父との生活が始まった。
しかし父との生活も決して安定していたわけではなく、約束を守らなかったり、光熱費を払い忘れて電気やガスが止まることも珍しくなかった。
この頃から漠然と「早く家を出たい」という気持ちを抱くようになった。
中学生時代
中学校では卓球部へ入部した。
そこで仲良くなった友達の影響でアニメを見るようになる。
最初はおすすめされた作品だけを見ていたが、やがてそのクールに放送されるアニメまで毎週追いかけるようになった。
同じ頃、『Call of Duty: Black Ops II』にも夢中になり、夜遅くまで、時には朝までゲームやアニメを楽しむ生活を送っていた。
その影響で授業中はほとんど寝ており、勉強には全く集中できなかった。
宿題もやらなかったため、終わるまでは部活動へ行かせてもらえず、夏休みのほとんどを登校して課題を終わらせる生活となった。
高校時代(定時制高校)
中学生までほとんど勉強をしてこなかったこともあり、定時制高校へ進学した。
最初は昼間に普通の高校生活を送る友達を羨ましく思っていたが、定時制でもすぐに友達ができ、その気持ちはなくなっていった。
高校1年生では勉強についていけず、授業にも身が入らなかった。
その一方でスーパーの品出しのアルバイトを始め、初めて自分でお金を稼ぐ喜びを知る。
しかし学校よりアルバイトを優先した結果、留年することになった。
留年が決まると学校へ行かなくなり、ゲームセンターで『ファンタシースターオンライン2(PSO2)』を毎日のように遊んでいた。しかし、そのことが親や先生に知られ、厳しく叱られた。
もう一度1年生をやり直すことになったが、新しいクラスにもすぐ馴染み、一度学んだ内容をもう一度学ぶだけだったため、思っていたほど苦ではなかった。
ただ、同じように留年した友達の中には学校を辞めてしまう人もいた。
2年生になる頃には少しずつ勉強するようになり、赤点を取ることはほとんどなくなった。
生活はアルバイト、学校、帰宅後は『Black Ops II』『Black Ops III』を遊ぶという毎日の繰り返しだった。
3年生ではエディオンで人生初のパソコンを購入した。
『艦隊これくしょん -艦これ-』『PSO2』『Counter-Strike: Global Offensive(CS:GO)』などのPCゲームを始め、高校後半には『レインボーシックス シージ』にも夢中になった。
4年生になると、一足先に卒業する元同級生を見送り、自分も卒業まで頑張ろうと考えるようになった。
同じ頃、月ノ美兎をきっかけにVTuber文化に触れ、当時人気だったVTuberやにじさんじ2期生までの配信を数多く視聴した。特に樋口楓を応援していた。
就職活動で有利になると聞き、生徒会長選挙へ立候補する。
全校集会で演説をした際、極度の緊張から途中で意識を失ってしまうという出来事があったが、それでも当選した。
高校生になる頃には「家を出たい」という気持ちはさらに強くなっていた。
家庭環境の影響もあり、とにかく自立して一人暮らしをしたいと思っていた。
就職先は「家を出られること」と「親友の近くで暮らせること」を優先し、愛知県豊川市の工場へ就職することを決めた。
社会人時代
高校卒業後、愛知県豊川市の工場へ入社した。
入社後1週間は社会人研修で礼儀作法を学び、その後は測定器具の使い方を覚え、製造ラインへ配属された。
配属から1週間ほどで毎日3時間の残業が始まる。
当時のラインチーフは非常に仕事ができる人で、自分の憧れだった。
しかし、自分の交代要員は仕事を怠けることが多く、生産数にも大きな差があった。その影響で自分まで注意を受けることがあり、やがてラインチーフと交代要員が口論となる。
結果としてラインチーフは別ラインへ異動となり、職場の雰囲気は大きく変わってしまった。
やる気を失い、仕事を休む日が増え、12月に自主退職した。
同年、一人暮らしも始めていたが、退職後すぐに新型コロナウイルスの流行が始まり、求人は激減した。
将来への希望を失い、「生きていても意味がない」と思い詰め、自ら命を絶つことまで考えるようになっていた。
そんな時、近くで働いていた姉が異変を感じ取ったのか、突然10万円を渡し、「立ち直れ」と背中を押してくれた。そしてそのままハローワークへ連れて行かれ、その場で見つけた派遣会社へ応募することになった。
数日後には茨城県へ向かい、半導体工場で働き始める。
毎日3時間近い残業があり、職人気質の仕事についていけず、半年ほどで別工場へ異動した。
次の職場は木材加工工場だった。
空調がなく、夏は猛暑、冬は極寒。木材を切断した粉塵が工場内を舞い続ける過酷な環境で、危険な機械も多かった。
この頃、ホロライブのファンとの交流が増え、多くの友人と遊ぶようになる。
その中の一人から誘われ、Webエンジニアとして独立することを決意し、愛知県へ戻った。
個人事業主として活動し、案件1件で約16万円の報酬を得られるようになった。
仕事がない時期に備えてクレープ店でもアルバイトを始め、二足のわらじで生活していた。
約1年半活動を続けたが、期限を守れないことや怠け癖などが原因で信頼を失い、友人とのチームは解散となった。
再び無職となり、ハローワークを通じて派遣会社へ入社する。
名古屋で約4か月間、機械・電気・機械保全の研修を受けた後、豊田市でトヨタ関連設備メーカーへ派遣され、施工管理として働くことになった。
平日は工事の段取りを行い、トヨタ工場が止まる土日に設備のメンテナンスを担当した。長期休暇には大型工事にも携わるようになった。
この頃、スタンミジャパンの配信をきっかけにVRChatを始め、VRヘッドセットを購入した。
始めて約2か月で「お砂糖」と呼ばれる恋人ができ、人生で初めて恋愛を経験する。
しかし恋愛経験がなかったこともあり、相手を大切にすることができず、交際中に他の人と親密な関係を持ってしまった。
自らその事実を打ち明け、別れることになる。
失って初めて相手の大切さに気付き、復縁を目指したが、付き合っては別れることを繰り返し、最終的には完全に破局した。
仕事でも大きな失敗が続いた。
約2,000万円規模の案件で失敗し、新車6台に傷を付け、その日のうちに社用車で駐車場のポールへ衝突する事故も起こした。
半年以上かけて改善を行い何とか立て直したものの、精神的には限界を迎えていた。
精神科へ通院し、薬による治療を受けることで精神状態は徐々に安定していった。
精神が落ち着いているうちに、自分には今の仕事が合っていないことを派遣会社へ伝え、転職を決意した。
その後、三重県の工場へ転職した。
しかし精神科へ通えなくなり、治療を中断すると、数か月後には再び「自分が社会で生きていても意味がないのではないか」と考えるようになってしまった。
振り返ると、社会人になってからも期限を守ることや注意を持続することは苦手で、遅刻を繰り返したり、仕事中に機械へ挟まれたり、材料の隙間へ転落して肋骨を骨折したこともあった。
そんな経験を得て、僕は人生の区切りを探すようになる。
その時にVketRealでみんなでオフ会をする事が決まり、ここを区切りにしようと考えました。
実際にVketRealを行ってみた感想は、今までオフ会とかも仕事で参加出来なかったから、凄く楽しかった。
あしゆくん達とは、あんまり遊べなかったけど、いみふん達と申し分ないくらいに、遊ぶ事が出来て本当に人生でで1番楽しかったと言えると思います。
まとめ
こんな拙くて読みずらいし、話も飛び飛びな文章を最後まで読んでくれてありがとうございます。
びおるん(鈴木リュウ)とは一旦、お別れになりますが、こんな文を最後まで読んでいる貴方は絶対に良い人なので、幸せに暮らして長生きしてください。
私、びおるんは自分以外、皆の幸せを願ってこの物語を終わりにします。
ご愛読ありがとうございました。
最高の親友、瑠樹亜くんへ
今まで、えぐいくらいに振り回してるし迷惑かけたと思います。本当にごめんね。
親友なのに色々抱え込んでるのを相談出来なくてごめんね。お前には謝る事ばっかりだな…
でも、高校の時に坂もっちゃん達とマック行って帰りにコンビニ寄ったら、雨降ってきて立ち往生してさその時にガッツリ初め話したよね。
あの時はまさかこんなに仲良くなるとは思ってなかったよ。
毎日、一緒にゲームして話して僕はマジで楽しかった!土手さんや唯さんに代わりによろしく伝えといてくれ頼んだぞ!今までありがとな!
ゆきつきくんへ
あなたへ僕はいっぱい酷い事をしたね。
本当にごめんね。謝っても許されるとは思ってないけど、謝らせて貰うね。
でも、ゆきつきくんと過ごした日々は僕にとって本当に毎日が楽しくてキラキラしてて充実した日々でゆきつきくんと出会えて本当に本当に良かったよ!ありがとう!


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