第6話

「俺様っ、コイツを他チームに送り届けますっ!」

「の! ティアお姉ちゃんは気を付けて帰ってほしいの!」

「あるいは、お店に新設置した拷問椅子の実験台にでも!」

「なんだか物騒な設備が増えているの⁉」


 賑やかにアネットとエルナが襲いかかってきた刺客を運び、サラは別の車を手配してくれた。普段ティアが使用している車は、『創世軍』に割れてしまっていたようだ。


 そのまま陽炎パレスに戻った時、自室まで辿り着けなかった。

 階段に上がることさえ億劫になって、広間のソファに倒れこむ。



「……………………………………もう、疲れたわ」



 それは決して周囲には見せなかった本音。

 一国の命運がかかっている事態ゆえに一分一秒とて休めない。


 しかし、これまでとは比較にならないほどの責任と任務を背負わされている。上司に叱責され、暗殺者には命を狙われ、他諜報機関のトップに恫喝される。

 つまりは――もうティアは限界だったのだ。


(……それはそうよね――元々私のメンタルは、そんなに強くない)


 陽炎パレスで一人になった時、ふとそんな本音が漏れだした。

 天井を見上げながら、他人には隠している想いがあふれ出す。


(あの『紅炉』の後継者――そして『燎火』の後釜、楽なはずがない……)


 夢を描き、辿り着いた地位は、苦難に溢れている。


(……もっと準備できるものだと思っていた。万全の備えと、手堅いサポートと、そして、バックアップがあって、初めてボスになれるのだ、と……)


 いつか『灯』のボスになる――かつてマルニョース島でサラに誓った夢。

 まさか、こんな突然に叶うなど考えもしなかった。


(なんで、そんなありえない前提に縋ってしまったのだろう――⁉)


 人生に準備期間はない――それは誰の格言だったか。

 理性ではわかっている。今、自分は休むべきだ。一秒でも早くモニカからの報告を確認し、就寝。疲れをとる。それが最善。しかし、どうしても体が動かせない。


(こんなんだから――恋人がほしくなるのよ)


 嫌でも認識する――ティアにとって恋愛は依存なのだ、と。

 モニカやグレーテのような熱とは異なる、と次第に分かり始めていた。


 ――支えてほしい。

 ――アナタがつらい時は支えるから。

 ――ともに辛い時は、そばにいるから。


 それこそがティアにとっての恋の形だと、追い詰められ、向き合い、初めて理解する。


 だからこそ任務の最重要な局面において、ティアは無意識に恋人を探す。

 最大限に追い詰められた時、一番そばにいてほしい人物の名を呼んだ。



「クラウス、先生……」

「――極上だ、ティア。よくやっているな」



 ソファに横たわるティアの頭を、何者かが撫でた。

 気づけば涙で滲んでいた目元を拭った時、クラウスの姿が見えた。


 最初は、信じられなかった。

 別れた時と変わらない姿で彼がソファに腰を掛け、ティアの頭に手を乗せる。


「僕がディン共和国を離れることができたのは、お前の成長を確信できたからだ」


 ずっとティアに向けてくれた優しい瞳で、彼は告げる。


「ボス――『紅炉』の後継者として、お前は溢れんばかりの才覚を宿している」

「クラウス、先生……? どうして……?」

「苦労かけたな。今は、身を休めるといい。厳冬に耐え忍ぶ、シマリスのように」


 そのまま彼は穏やかに、ティアの頭を撫でてくれた。

 まるで我が子を労わる父のような手つき。


 ティアは考えることをやめ、その指先に心を委ねた。目を閉じ、彼の声を聴き、小さく聴こえてくる振り子時計の音の心地よさを認識し、ゆっくりと呼吸を整える。ほんのわずかに目を開けた時、クラウスの顔がそばにあって少し顔が赤くなる。


 自身の頭を撫でる手を、ティアは甘えるように握り、そのまま頬に押し当てた。

 伝わる体温を堪能し、少しずつ挫けかけていた心を落ち着かせる。


 しばしの時間が流れ、ようやくティアは再び目を開けた。


「……どうしたの、グレーテ。もう部屋から出ていいの?」

「ティアさんが、心配でしたので……」


 聞こえてきたのは、グレーテの声。カツラとマスクをはぎ取り、クラウスの変装が解かれて表れたのは、こちらを心配する仲間の顔。


 もちろん騙されたとは思わない。すぐに正体は悟っていた。

 それでも悪い心地ではなかった一時を噛みしめ、ティアは体を起こした。


「…………ねぇ、グレーテ。今の本気?」

「本気とは……?」

「クラウス先生が、私にそんなことを思っているってこと」


 じっと顔を見つめると、グレーテは優しく微笑んだ。


「……はい。間違いなく……」

「ありがとう。アナタが言うなら、間違いないわね」


 あまりに都合のいい言葉だったが、グレーテが保証するなら納得できる。


「ボスは、『焔』が守り抜いたディン共和国を愛しております……」


 グレーテは、優しい言葉を足した。


「誰かが代わりに守ってくれる――そんな確信もなく、去らないでしょう……」


 その『誰か』が自分ということならば、これほど誇らしいことはない。

 彼を想った時、ささくれだった心が落ち着いた。


 その事実を受け止め、言葉が漏れる。 

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