第6話

「……食事中に聞く内容じゃねぇな」


 ジビアがラジオを切ろうと立ち上がった。


「どうせ昨晩と同じだ。内容も新聞に掲載されるしな」

「気を遣わないでいいよ」モニカが睨みつける。「切らないでいい」

「うるせぇ。あたしが、耳障りなんだ」

「ボクが聞きたいんだ」


 躊躇うジビアの前では、ラジオはアナウンサーの言葉を流し続ける。



 ジビアは静かに息を呑んだ。

 それもレゲンス党の思想の一つだった。


《子を産まない、伝統的家族を破壊する異分子として同性愛者を謗り、公職や神職などからの追放を提言しました。一部の支持者には、財産の没収や国外追放への――》


 ジビアがラジオのスイッチを切った。

 あまりに聞いていられない。


 ディン共和国でも同性愛者は決して快くは思われていない。性行為を行った者は処罰対象――だが、レゲンス党はそれを一層過激化した思想を訴えている。


「そう特別なことじゃない。出産数=人口=国力――論理は明瞭。膾炙しやすい」


 モニカはラジオを見つめ、静かに言葉を吐いた。


「怖いさ。ガルガド帝国が世界を席巻する未来なんて」


 前髪を弄るフリをして、その表情を隠している。

 一体今彼女がどんな顔を見せているのか、ジビアは想像するだけで息が苦しくなる。


「大丈夫だ」


 必死に声をあげた。


「帝国にはクラウスがいる。アイツがそんな真似をさせない!」

「さぁね。レゲンス党を裏で操っているのは、どうせクラウスさんでしょ?」

「事情があんだ! お前が傷つくことをアイツが認めるかよっ‼」

「ジビアさ、改めて同居してくれてありがとね」


 モニカは前髪から手を放し、微かに顔をあげた。


「三人でルームシェアしていれば、まだ怪しまれない気がしたんだよね」


 その諦念が宿った笑みを見た時、ジビアは拳を握りしめていた。

 集合住宅の近隣住民には、あくまで農村からの出稼ぎ労働者として偽っている。二人で同居していれば、カップルを連想する者が現れかねないかもしれない。


 ――いいんじゃないか?

 モニカの顔を見た時、脳裏で悪魔が囁いた。


 ――ガルガド帝国なんて滅ぼしてしまえば。

 それで愛すべき国民と、守りたい子どもを――なにより傷つけられた親友の不安に寄り添えるのならば、《暁闇計画》は何も間違っていない。成就を願う傀儡になればいい。

 だが、それはガルガド帝国で生きる子どもさえも――。


「今ジビアが抱えている葛藤が――」


 一度定めた覚悟が揺らぎそうになった時、モニカが皮肉気に微笑んだ。


「――マイヤーハームさんが抱える戸惑いなのかもね」


 どうなのだろうか、とジビアが言葉を紡ごうとした時、チャイムの音が響いた。


「ほーい、ただいま帰りました、リリィちゃんでーす」


 すぐに聞こえてきたのは緊張感のない声。言うまでもなくリリィだった。

 が、そこでようやくジビアが深く息を吐けた。


 悪魔の声は、もう消えている。

 その囁きに従えば、ジビアはガルガド帝国の子どもを殺める虐殺者に堕ちる。それは阻止のために動くクラウスを見捨てる選択でもある。身を委ねてはいけない。


「……どこに行っていたんだ、リリィ」


 ジビアは何事もなかったように笑顔を浮かべた。


「なんだ? サプライズパーティーでも企画してくれるのか?」

「期待されても困りますよ。このリリィちゃんの前では仕方のないことですが」

「言うほど期待してねぇから、早く言え」

「しかし、その期待を超えていくのがリリィちゃんクオリティ」


 リリィは、ダイニングテーブルそばにあった紙袋を手に取った。

 その中身は首脳会談前、マイヤーハームから渡された物。今後展開するという『救国者ちゃん』のお手本として渡された、陸軍広報室のマスコット。

 間抜けな顔の犬のヌイグルミを手に取り、リリィは堂々発表する。


「なんと――大人気『クラクラちゃん』の秘密を突き止めましたっ‼」

「「……………………はい?」」


 なんだそのどうでもいい情報は。

 そう呟きそうになる二人に、リリィは告げる。


「これのモデル――クラウス先生ですね」

「「はああああああああああああああああああ⁉」」


 そして、もたらされた真実に驚愕する。

 慌ててヌイグルミを掴み上げるが、一瞬理解はできなかった。間抜け面に、死んだような瞳、育ちが悪そうなぼさぼさの毛並み、威圧的に握るバール。

 が、すぐに理解する。あくまで伝聞ではあるが、知っている。


 ――少年期のクラウスだ。

『焔』にスカウトされた直後の彼は、バールを振り回していた男だったという。


「なんで陸軍広報室のマスコットに⁉」「陸軍関係ない男じゃん!」


 それでも納得しきれない真実に、ジビアとモニカはリリィに詰め寄る。

 リリィ自身も不思議そうに「ですよねー、なんなら仲悪いですしね」と笑った。


「……だから若干悪意ある顔なのか?」「どういう経緯か、調べてくれたの?」

「どうやら『焔』メンバー、『煽惑』のハイジさんがデザインしたそうな」

「あの人か……やりそう」「なんでもやってるね。あの人」

「そうグレーテちゃんに教えてもらいました」

「さすがだな。元気してた?」「うん、気になる」

「最近、回復したそうです。今更知った事実を悔しそうに、グッズを買い漁っています」


 今のグレーテは、クラウスの過去を収集している。

 その中で突き止めたという逸話の一つのようだ。陸軍広報室がマスコットの公募をしていたところ、ふらっと事務所を訪れた純白の女性が持ち込んだらしい。


『このワタシが、陸軍に愛しい弟の加護でも与えてやろうではないか』


 名前まで勝手につける横暴ぶりだが、結局そのまま採用されたという。

 後日、港町アランクでは、純白の女性を叱責する長身長髪の男性が確認されている。


「いや、確かにニュース自体は、衝撃的ではあるが――」


 ジビアが持ち上げた『クラクラちゃん』を置き、大きく息を吐いた。


「――そんなこと、わざわざ調べた意味はなんだよ?」

「もちろん『救国者ちゃん☆凱旋ハッピーパレード』に関してですよ」

「ん? それは断るって結論じゃ――」

「――と思いきや、このリリィちゃんに一計あり」


 呆気に取られるジビアとモニカの前で、彼女は堂々とプランを発表する。

 ある意味それこそが、彼女一番のサプライズだった。

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