―栄華1―

第1話

「………………あの、モニカちゃん」

「…………っ。どうしたのさ、リリィ」

「少々、お話したいことがありまして……」

「うん。なに?」

「例の脱獄の件……その、あの、手段について、なんですが……」

「――――――――――――――――――い」

「……い?」

「いや、ちょっと待って。その話、ボクはまだ受け入れる余力がない」

「そ、そうですか。やっぱり……!」

「……? やっぱり……ってなに?」

「いえ、その――やっぱり、めちゃくちゃ怒っていますよね?」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?」

「分かってはいたんです。モニカちゃんは、そういう距離感を大事にする方だと。でも、あの場ではアレ以上の手段も思い浮かばず……なんの予告もなく、あんな行為。『痴女』『キス魔』『ティアちゃん』とか罵られても仕方がなく……本当にごめんなさい‼」

「………………………………」

「アレ以来、モニカちゃんの態度も素っ気ないですし、正式に謝ろうと」

「………………………………」

「ただ、モニカちゃんが謝罪を受け入れる気もないのであれば、また後日に……」

「………………………………」

「……? モニカちゃん?」

「……あぁ、うん。とりあえずすべてを理解した」

「と、言いますと?」

「ボク、めちゃくちゃブチ切れているから」

「ですよねええええええええええええええ‼」

「怒り心頭。もう血管が千切れるくらい」

「分かっていますとも! 最近、目線を逸らされるばかりでっ‼」

「仕方がないね。じゃ、一緒に暮らすことで罪滅ぼししてもらおうかな?」

「それが贖罪ということなら――え? 一緒に?」

「断るわけ? ボクにあんなことしておいて」

「は、はい! それがモニカちゃんに許していただける条件ならあぁ‼」



「……………………………………………………ふぅ」



「という訳なんだけど、ジビア。キミも一緒だよね?」

「……………………………………なんで?」


 ◇◇◇


 ――世界は憂虞に塗れている。


 世界大戦と呼ばれる歴史上最大の戦争から十二年、世界の三大国は極秘裏にとある計画を推し進めていた。その名は《暁闇計画》。大量虐殺兵器の《叡智の実》を開発し、その圧倒的破壊力を抑止力として世界平和を成し遂げるという目論見だ。

 彼らはその抑止力を知らしめる犠牲者を、前大戦の侵略国・ガルガド帝国に定めた。


 すべては三大国の意のままに進む。

 経済大国・ムザイア合衆国から始まった大恐慌は、瞬く間に帝国経済を完全に崩壊させる。帝国は極右政党が台頭していき、新たな侵略戦争を始める気運が高まっていく。


 導かれていく第二次世界大戦と、開戦直後に行われる大量虐殺。

 ――そんな未来を食い止めるため、『燎火』のクラウスは一人で動き出した。


 彼は小国・ディン共和国に生きるスパイ。スパイチーム『灯』のボスだったが、部下を切り捨て、ガルガド帝国側についたのだ。その手段は『灯』の部下にも不透明だが、命さえ捨てる覚悟だとは察せられる。ゆえに一人で挑もうとしている。


『灯』の少女たちはクラウスに守られた。彼は、部下には平穏の日々を望んだ。

 しかし――そんな運命に抗うように、『灯』もまた動き出す。


 目指すのは、世界の運命を捻じ曲げる圧倒的な第三勢力。

 たとえ、それが祖国・ディン共和国を裏切る選択だったとしても。


 これは一年――正確には、十か月の準備期間――いずれ手放す、儚い栄光の記録。



 ◇◇◇



 ライラットでの革命任務が終わり、三か月が経過しようとしていた頃だ。


「初めまして、第八代ディン共和国内閣総理大臣レオポルト=カウフマンです」

「「「……………………………………」」」


 スパイチーム『灯』メンバーは、思わぬ大物を前に固まっていた。


 急遽、ボスである『夢語』のティアから「すぐに来て」と招集がかかったのだ。

 現在、『灯』のメンバーは別居している。

 ティアからの電話に駆け付けたのは三名。


 全身から溌剌としたエネルギーを漲らせる、銀髪の女性――『花園』のリリィ。

 アスリートのような引き締められた肉体の、白髪の女性――『百鬼』のジビア。

 瞳から超然とした威圧感を放つ、蒼銀髪の女性――『灰燼』のモニカ。


 駅で待っていたのは、優艶な魅力を纏う、黒髪の女性――『夢語』のティア。

 彼女は三人に会うなり「スーツに着替えて」と告げ、駅前の車に案内すると、「……アクセルは右……クラッチは左……」と呟きながら、ハンドルを握りしめる。なにを聞いても「運転に集中できない!」と怒鳴るティアに呆れ、車内で着替えを済ませること五分。


 車が向かった先は、まさかの官邸。

 通されたのは、まさかの総理執務室。

 待っていたのは、まさかの総理大臣だった。


「国家の平和と安定のために、誰にも知られることなく任務を遂行してきた諸君に、敬意を表します。どうか今後も矜持を胸に、我が国を守り抜いてください」


 そう、御年七十五歳の老首相がにこやかに声をかけてくる。

 小さく禿頭を下げ、リリィたちの手を順番に握っていく。


「今後の活躍も期待していますよ」

「はにゃ」「ふにょ」「へ、へぇ」


 全員が変な声を出した。

 隣ではティアが「もっとしっかり」と小声で叱責するが、三人の内心は一致。


 ――うるせぇ、説明をしろ。

 ――せめて、もっと事前に伝えろ。

 ――昨日の深夜まで任務だったんだぞ、コラ。


 自国で一番偉い人物に、さすがの彼女たちも動揺していた。

 それでもしっかりと頭を下げる三人に、老首相は微笑む。


「『燎火』が行方不明になった今、その教え子であるアナタたちが頼りです」


 クラウスの裏切りの件は、首相にはそう伝わっているようだ。

 ティアが「今後も努力して参ります」と伝え、全員、執務室から出る。


 そして、扉を閉めるなりリリィたち三人は一斉に「「「おい」」」とツッコんだ。


「……仕方ないじゃない。私だって突然、知らされたんだもの」


 ティアは悪びれることなく、肩を竦める。


「ぜひ首相から挨拶がしたいって。これからの任務で関わるからって」

「これから任務? それも聞いてねぇぞ」とジビア。

「だって正式に決まったのは昨日だもの――ライラット共和国との首脳会談」


 唐突に告げられた事実に、リリィたちは口をあんぐりと開けた。

 三人が即座に察し、そして驚愕した任務を、ティアは堂々と告げる。


「次のアナタたちの任務は――カウフマン首相の護衛よ」

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