『夏季』

「サイゼからトニックウォーターがなくなっていた。どうしてくれる?」

「それを、あたしに叱責するのはおかしくない?」

 サマースーツ姿のヴィンドが漏らした不服に、アーディが目を細めながら訴える。

 金曜夜のオフィス街は、退社したサラリーマンで賑わっている。魂が抜かれたように疲れ果てた者、駅前の格安酒場に癒しを求める者、家族に帰りの知らせを送りながら足を早める者と様々だが、向かう先は決まって駅方面。

 大きな人の流れに身を任せながら、サイゼ愛を語るヴィンド。

 二百円台の低価格メニューもあるため、小腹を満たす時にもよく利用するが、料理はどれも、ワインが飲みたくなる絶品ばかり。それでも毎回飲酒できるタイミングでもないため、そういう時に頼るのがトニックウォーターだった。そのトニックウォーターが消えた今、推しメニューの一つである、マルゲリータピザの相棒が分からないという。

 アーディは「この前、ブドウスカッシュを炭酸水で割る人を見たよ」と笑いつつ、共に駅を目指す後輩を見つめた。

「しかし最近の大学生は忙しいよねぇ。夏休みでもインターンか」

 大学生のヴィンドは、インターン先としてアーディの企業を選んでいた。

 本来、インターン生と社員が社外で交流すべきではないが、アーディは、ヴィンドが所属するキャリア研究サークル『鳳』のOGでもある。元々の先輩後輩として、インターン中はよく帰路を共にしていた。

「ヴィンドくんなら間違いなく採用だよ。あたしより優秀だもんね!」

「そう堂々と宣言できるプライドの低さが稀に羨ましくなる」

「後はあたしのように騙されないでね! 『インターンは本選考に関係ありません』『就活解禁日は6月1日です』『説明会は服装自由です』とか! よくも……よくもぉ‼」

「お前の就活が難航したのは、分かった」

 なにやら私怨を込め始めたアーディに、ヴィンドは短くツッコミを入れる。

 アーディは「本当にさすがだよねぇ」と頬を掻きながら笑う。

「あたしの在籍時より、ずっとサークルはしっかりしているよ。昔は適当だったよ」

 ヴィンドは「一緒にするな」と即答した。

「夏休みだろうと、休んでばかりはいられない。ゼミの研究も手は抜けないし、就活と並行して起業にも挑戦したい。海外ボランティアに参加しやすいのも今だけだし、クノーはやはり院に興味があるらしく試験対策も――」

 淡々とヴィンドが語っている時、アーディが微かに眉を寄せた。

 一応「すごいねー」と賛辞を告げてくるが、他に伝えたい本音があるようだ。隠しているつもりらしいが、気を遣って堪えているらしいのはバレバレだ。

 ヴィンドは静かに「くだらない」と頷いた。

「安心しろ。お前が心配するようなことはなにもない」

「え? なに? 思っていること、バレちゃった⁉」

「当然だ。どうせ神経を張り詰めすぎていないか、とか考えていたんだろう」

 図星を突かれて目を丸くするアーディ。

 やはりか、と呟き、ヴィンドは小さく頷いた。

「緩める時は緩めているさ。つまるところ――オレたちだって所詮は学生だ」

 そう伝えてから、ヴィンドは語り出す。

 キャリア研究サークル『鳳』の夏休みを――。


◇◇◇


 夏休みは、前期試験が全て終了した夜、ファルマのメッセージから始まった。

《大ニュース! リサイクルショップでSwitch発見!》

 すぐさま集まったのは大学近くで一人暮らし中のキュールの部屋。

「スマブラだろうが」「スプラです♪」「クノー殿、大変でござる! 早速リアルファイトを!」「……是。いつものことだ。おれは酒を用意してくる」

「こういう時、集まるのは普通男子の家だろうがあああああぁ‼」

 キュールの叫びを無視し、1DKの部屋で徹夜ゲーム祭りが繰り広げられた。



 サークル活動に関係なくとも、『鳳』が集まる日も多かった。

《急募っ! 研究の被験者がみーんな、バックレた! このままじゃレポートが詰む!》

 キュールの悲鳴に等しい書き込み、彼らはすぐさまに行動する。

「心理学部は大変だねぇ」「ふふん、ここは現役JKに任せるでござる」

 大活躍をしてみせたのはラン。彼女は最近知り合ったという大量の女子学生を引き連れて、大学構内を訪れた。

「美味しい学食目当てにリリィちゃん参上!」「で? ボクたちに大学構内を案内してくれるのは誰?」「ふふ、イケメン大学生がコーディネートしてくれるって聞いたわよ?」「ランから聞いた。飯も奢ってくれるんだろ?」「ちょうどオープンキャンパスの日と重なってよかったですね……」

 集まったやけに騒がしい女学生を、『鳳』全員で対応する羽目になった。



 夏の熱気がそうさせるのか、なぜか剣呑な揉め事に巻き込まれる日も多かった。

「クノー。お前の研究室にセメントはあるか?」

「……是。どうした?」

「ビックスが女絡みのトラブルだ。知り合った女の元カレが、逆恨みした挙句脅迫してくるらしい。元カレは、かつて恋人に暴力を振るい続けた輩だそうだ」

 夏休みの深夜でも研究室に籠り続けるクノーの下を、ヴィンドが訪ねる。

 クノーはすぐに研究室が管理する倉庫の鍵を取り出した。

「……是。おれは農学部だ。セメントはもちろん、人目もつかない山も知っている」

「今、ビックスが相手を家の前で足止めしている。少々痛い目を見てもらおうか」

 忙しい彼らは、警察の手を借りて事情聴取されることを好まない。

 多少の揉め事ならば、自力で解決できるのだから。


 ◇◇◇


『鳳』の夏の思い出をあげれば、キリがない。

 サークル活動の合間には、しっかり夏休みを堪能している。軽音サークルから頼まれ、体調不良で欠席したバンドの代わりにライブをこなした。大学OBであるクラウスに告白してフラれたキュールを慰めるべく、駅前の居酒屋で始発が来るまで飲み続けた。大学内のフリーペーパーからコラムの寄稿を依頼され、大学近くの中華料理屋を巡りヴィンドが爆食いし続けた。

 そうアーディに語り続ける途中にも、ヴィンドのスマホにはメッセージが届く。

《明日は、ランちゃんの誕生日だそうです》

 キュールからヴィンド個人に宛てられていた。

《今から日付が変わるまで、レンタカーで北上しないかってファルマちゃんが提案しています。ランちゃんの保護者にも了承済み。目標は、海まで!》

 ヴィンドはスマホの画面を、アーディに見せた。

「ついてくるか? 明日は土曜日だろう?」

「もちろん参加しますとも」

 アーディは笑顔で頷いた。

 そこにはもう、先ほどまでの不安は一抹も残っていない。

「キミたちが大学生活を満喫できているか、先輩としてチェックさせてもらいます」

「何を言っているんだ。チェックするまでもないだろう」

 ヴィンドは短く答えながら、駅に向かうスピードを微かに早めた。



コードネーム「らん」さんより  

『鳳メンバーが大学生だったら、それぞれ夏休みをどんな風に過ごすか』

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