みいちゃんと山田さんの作劇的な話
例の騒動に関しては持論を各人が言い尽くした、となれば落ち着くと思う。個人的にだが、あの手の騒ぎは持論を展開し、更に反論がつき、それがまた拡散して色んな人が持論を放出し、の連鎖なので三週間持てば長い方という気はする。
アニメ化反対、というのは分からんでもないけど、来年開始というなら制作陣としてはもうのっぴきならない状態であって、中止となると結構なお金が飛ぶ。
よっぽどでなければ撤退しないと思う。
まだ企画段階だというならともかく。
そもそもこの動きが一年続くかと言ったら続かないのがSNSの特質で、それは最大瞬間風速がSNSの娯楽として主だからというのもある。
世の中には物申したいことなんぞ次から次へと沸いてくるのである。
撤回しろ、作り直せ、という動きは「言うこと、やること」に殆どの意図・意味があって、ぶっちゃけた話、結果はどうでもいいし結果がどうなるかには余りおもしろがない。
海外ではデモ騒動にまで発展した「ゲームオブスローンズの最終シーズン作り直せ」というのがあった。作り直すわけねえだろ、俺が言いたいんだよ、と自覚した上での遊びというから典型に近い。
さて前置き終わり。
俺は前からみいちゃんと山田さんについては作劇のお手本という気がしている。感心すらしている。俺も南斗五車星の一人、まんが読みのキョウジとしてそちらの話をしたい。
まず最初に「一年後に死にます」というフックを提示する。
これが絶妙で、ロングテールの話にはしないよ、という提示でもある。どんなにストーリーが盛り上がっても一年間のエピソードである。これがかなり大事で、ケツが分かっていると読者としては付き合いやすい。
これは上記の騒ぎが起きやすい設計なのだが、短い間ですが、というのはもうSNS中心ともなれば手段の一つである。
プロモーションのテクニック、と言って差し支えない。
とかくSNSは飽きやすい。これは当たり前のことで、次から次へと話題は供給されるのだから仕方ない。次々に持論を展開出来る。そしてバズる。バズらなくなった話題はもうやめて次。仕方ない。そういう設計の娯楽なのだ。これはかつての2chからは変質したなあ、とも思っている。
設計段階から間違っている、とは言わない。実際、取捨選択の問題で、企画選択肢のひとつだから間違ってはいない。
実際、280万部というのはそうそうあることではない。
倫理観を10円で叩き売ったぐらいで280万部なら成功も成功で、どうせ短期間しか責められないし、アニメ化という話がなかったうちは誰もここまで言及しなかったのもある意味、瞬間的に消費される話題だからであると思う。
俺はよくウシジマくんをつい引き合いに出してしまうが、いわゆる露悪的な作劇としては共通することがあるよなあ、というのもあり分かりやすいからそうしているだけで全然、別のもので本来比べるようなものでもない。
障害を持ったキャラで数字を出している、そもそもリアルじゃない、誤解を招き世論が云々、なんてのも今さらかよが正直なところだ。
別にリアルに拘ることは作品として必須ではない。
リアル加減というのは取捨選択するのが当たり前で、作劇上、邪魔で余計なリアルというのは切り捨てて当たり前だ。
作中で人が死ぬたび括約筋が緩んでうんこ漏らす、とか「それを描きたいんだ」という意思でもない限り、いちいち描く人いないし、それは作劇上、邪魔というなら余計なリアルになる。
フィクションは当たり前だがルポルタージュではない。
それにしても「みいちゃんと山田さん」は相当な戦略で売り出している代物で、しかもデカい成果を出している。
これは「そういう戦略がメインスリームなんだなあ」とぼんやり思っている。
ストーリーとしてはかなり薄いがそこは薄味にしてあると思う。敢えてのことだろうと思う。そういう調理法だ。その癖、一つ一つの具材が強い。全体を捨てて一点的な破壊力の連鎖で構築されている。
これはウシジマくんよりGQuuuuuuXなどで例えた方が実はいい。
何処がだよ、というのは露悪の有無にしかない。
大体、同じ設計だ。
最初にシャアを出しておく。
視聴者はいつシャアが出てどう絡むんだよ、と期待する。結果、見る、付き合う、となるから毎回荒れ狂う台風だ。今、GQuuuuuuX熱く語ってる人、います? と言われれば何処かにはいるんでないの、という答えかたしか出来ない。
280万部売れました、というのはGQuuuuuuXがヒットしたのと同じで、両者は作劇がほぼ同じだ。
「積み上げて積み上げて匂わせて匂わせてついにシャアが出る」はストーリー重視かつお付き合いいただく作劇だ。
今はそういうの、あんまりウケない。
とかく精神系の話は話題になりやすい
これは生まれつき手足がありません、と同義に近いのだがそっちは騒ぎにならない。共感性が薄い。精神系は心当たりや自覚というものが発生しやすい。ここはこうだったよ自分も、という心当たりなど多かれ少なかれ誰でもある。そういうのはトラウマになりがちなので見せつけられているという感覚が強くなる。
同じテーマで描かれたものなど無数にある。
これはキャラというのは大きく誇張した方がいいからであって、上述した地味なリアルはいらないんだよ、に繋がる。
トットちゃんなどほぼ同じで、でもハッピーエンドじゃん、なのは黒柳徹子がいるからで、ハッピーエンドが最初から提示されているから耐えられる。黒柳徹子ありきの作品だと思って間違いない。
トットちゃんにだって露悪やトラウマ一撃の描写などたくさんある。みいちゃんは最初からバッドエンドなので見る方の心証が変わる、というだけの話だろう。
言うまでもなくハッピーエンドにしなきゃならない理由は全くない。
この手の話はホアキン版のジョーカーがそうだ。
あの映画はジョーカーというキャラが前提にあるから娯楽として耐えられる。いきなり拳銃落として大変な空気になって「なんで持って来たんだよ」というゾクゾクした感じ。みいちゃんはあれしかないだけだ。
最後はバッドエンドです、を提示した作品、しかもみいちゃんとかなり似通っているものならシャーリーズセロン主演の「モンスター」という作品がある。のちに連続殺人で捕まり死刑になっちゃう人がモデルだ。
連続殺人鬼なんて死んで当然だろ、と思うかもしれないが「モンスター」は精神的な人が何故そうなったのかを丹念に描いている。
みいちゃんは自分がクリエイターや女優に向いていると力説している。それがまたあるあるで、あの手の人はそういうこと言いがちで、何故ならそこぐらいしか居場所を造れそうにないという客観的な話で、それをただ本人が自己評価高すぎるという話で同じことだ。
「売春婦なんかやめて真面目に働こう」と決めたシャーリーズセロンだが(アイリーンだが)なんか貧乏くさいキメ服を身に纏い、面接先があろうことか弁護士事務所。なんで採用されると思った? という共感どころか可哀想な動物を見ている悲しい気持ちになる。
そのあとも凄い。
ハローワーク的なところで工場勤務とかどうですか、と言われてキレる。
いえ工場勤務は立派な仕事だし定期収入だし。
単にかっこよくないし大金も望めないからで、いやそもそもその望みがなんでかなうと思ったの? という感じで、これはみいちゃんが何の仕事も長続きしないのと大変良く似ている。
ついでにムウちゃんがホチキスで満足なのにも似ている。
「モンスター」は世界的に評価されている。
あんな映画作るな、という評価は聞いたことがない。単に「後味が悪い」という部分で評価が割れているていどだ。
モンスターでもウシジマくんでもなんでもいいが、そういう代物はストーリーありきで、キャラは後回しにしている。その上でこのキャラでなければストーリーがない、という設計で、みいちゃんは順序が逆というだけだ。
ここに俺は現代のSNSは大きく関与していると思っている。
今は積み重ねによるストーリーは付き合って貰えない可能性が高い。一話でフックをガツンと入れてスクショして煽れて拡散し利用される。これは単話でドギツいコマを頻繁に入れていくという戦略だ。
別に否定することでも倫理観を10円で売っているのでもなく戦い方の問題で、モンスターやジョーカー、ウシジマくん、トットちゃん、みんなストーリー上で回収している。その回収にみんな興味がそんなにない。とにかくスクショさせれ、が今の世の中で、前フリ、インパクトがページを跨いでいるだけでもスクショしにくいから敬遠される。出来れば一コマが良い。
一年の話で、最終回は決まっている、全七巻。
ここに俺は講談社の試しを感じている。まあそれこそ勘ぐりだが。
試しにやってみる? というのにとても都合がいい。
しかも結果出た。
実験は成功。さあどんどんこの方向でいくか、という決断を責められない。責められないが、みいちゃんみたいなテロがそうそう成功するとも思えないのだが。
地下鉄サリン事件でも9.11でも古今例のないテロが繰り出されたが二度とは出来ない。徹底的な対策が施されている。
今回のみいちゃんで読者の心に対策が出来ている。
結構なヒネりが必要となってくる。ところがヒネらなくていい。ヒネった作品は無数にある。ヒネらずに素のままお出ししてみよう、とやってみたら280万部、凄い話だ。
言うまでもなくまんが出すにもアニメにするにも大金が動き、その金はスタッフが働く、生きていくためのお金に変換されているので制作費数億となってしくじったら大変なことになる。
280万部という数字はマルチメディア化を視野に入れるに充分だ。
それで給与的に救われる人たちが結構いる。
それでも俺は「講談社は正気かな?」と思っているのは、戦略上、大丈夫か? 博打でスる確率上がっているけど数億とか賭けて大丈夫なのか? というのは上記の大規模テロは二度続かないというのに似ている。
280万部売れたからといってアニメも当たるか? という判断で言うとこれも二度目のテロとなる。
280万人がもう知っているからだ。
ついでにアニメは尺の話とかあってサッと摂取できないし、ここはもう毎回勝手なアレンジをして(同意だろうけど視聴者はそう見ない)「ここがこう変わってる、日和った!」とかそういうので騒がせるしかないが、果たして騒ぐだろうか。アニメなんてグッズの売り上げもセットみたいなとこあるが、例えば「役作りのために20キロ太って眉毛抜いたシャーリーズセロンの無残な全裸アクリルスタンド」って欲しい? 欲しい! となったらそれこそ露悪趣味なので気をつけましょう。
つまり「みいちゃんと山田さん」はSNS時代における作劇の成功例として申し分ない。内容よりそういう作劇が好きじゃないな、という感じの評価が主であって、三週間ぐらいでみんな言い尽くすだろ、という俺の感覚のバックボーンでもある。そんなに語ることはない。
煽り画像としては長寿を誇りそうだが。
これは作劇として見た「みいちゃんと山田さん」の話なのは最後にお断りしておく。差別とかなんとか正直、巻き込まれたくない。
そういう話なら他にあるよ幾らでも! と言いたくなったので書いてしまった。単にみいちゃんと山田さんは目に付きやすい。理由は上記。これが言いたかったみたいなとこある。
まだ終わってないまんがだ。
最後にブチかます可能性だってある。
墓からみいちゃんがロボとなって蘇るとかね。
鉄鍋のジャン面白いよ。
カカカカー! っちゃんと言ってた。
声優さんは凄いなあ。
ちなみに次の純喫茶彼岸花は鉄鍋のジャンです。
8月9日20時から。
宣伝に使える! というのを忘れていたぜ
(オチをこれにする予定なかったから)
https://premier.twitcasting.tv/punkuboizz/shopcart/447346



https://note.com/ndde674/n/n081c2fdff03e アニメ化されたら「もっとひどい目に合う人」が出てくる可能性を唱える記事です