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俺らVS伝説の男/玲夜の小説

俺らVS伝説の男

8,532文字17分

よだつかが御挨拶に行く話。
アケウラジブラザーズ大捏造しました。

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 司兄の恋人が挨拶に来るらしい。つまり、そういうことだ。俺達が知らない相手とそういう関係まで秒読みってことだ。
 両親を介してそう告げられた俺は普段より少しばかり小綺麗な服を身に纏い、それに合わせて帰省した誠兄と緊張しながらもちらちらと玄関の方を気にかけている。父も母も緊張しているようで、変なところがないかと互いに何度もチェックし合っている。
 ピンポーンと来客を告げる電子音が鳴り、俺達家族は揃って一瞬ピシリと固まった。先に復帰した俺と誠兄とで来客を出迎えに震える足を叱咤し、居間から玄関までの短い距離を歯を食いしばって歩みを進める。
 ドアノブに手を掛けようとした瞬間、相手の方が待ちきれなかったのか唐突に下がり、鍵がかかっていなかったドアが無遠慮に開かれる。びくりと肩を揺らし、恐る恐るドアの向こう側に視線を向け――。

「肇兄かよ!」
「ビビったわ!」
「は? お兄様のお帰りだぞ。もっと丁重に出迎えろよ」

 あーあ、緊張して損した。無駄に凝り固まった筋肉を労ってほしい。
 ドアの前に立つ俺達を蹴散らすように司兄程ではないが十分デカい図体で押し退け、俺達兄弟のやりとりに穏やかに笑っている義姉さんも軽く挨拶を交わしてから中に入っていった。
 義姉さんが入ったのを確認してドアを閉めようとするも、何故かそれが敵わない。何か引っ掛かっているのだろうか。ドアノブに集中していた目線を外に向ける。

「健、まだ閉めないで」
「うおっ!」

 肇兄に気を取られて全然気付かなかった。思わず漏れた悲鳴に凛々しい眉がへにゃりと情けなく下がる。
 ドッドッドッと荒ぶる心臓を宥めながら、およそ十年ぶりに顔を合わせた司兄を見上げる。童顔なのか面差しは最後に見た高校卒業の頃と大きく変わったように見えないが、あの頃とは違ってムキムキである。憧れの逆三角形体型である。正直言って格好良い。可能なら俺もこうなりたい。
 お遊び程度に運動はしているが、大学生のゆるゆるキャンパスライフに慣れ親しんだ身では自分の身体を苛め抜き、理想の身体に持っていくのは中々想像し難い。正直言ってレポートとバイトと遊びで手一杯だ。

「健?」

 ぼうっとムキムキに仕上がった司兄を見上げ続けているのを不審に思ったのか、司兄はこてりと小首を傾げる。俺と小学校も被らないくらいには年が離れてる癖に、なんでその動作が様になってんだよ。
 取り繕うようにぶっきらぼうに家に入るよう促し、くるりと司兄に背を向けて居間の方へ向かう。一緒に出迎えに向かったはずの誠兄は肇兄夫妻と共に戻っていたらしく、既にこの場に姿は無かった。
 大した距離も無いのに気まずく、少しだけ早足で家族が待つ居間に入る。……そういえば、司兄に意識が持っていかれたせいで司兄の相手の顔を見忘れた。
 居間と廊下を隔てるドアを開けると、待っていた肇兄夫妻を除く三人が口をあんぐり開けた。見事な阿保面のテルツェット。久しぶりの司兄とはいえ、この反応はおかしいだろ。だとすれば、その驚愕の行き先はお相手しかいない。
 さっきまで座っていた位置に腰を下ろし、司兄の後ろに立つほぼ確定の婚約者を視認した。今度は俺も加わって阿保面のカルテットである。顎が外れるかと思った。
 第一印象はとにかく黒。そして、恐ろしくスタイルの良い司兄の隣に並んでも一切見劣りしない素晴らしいプロポーション。顔小っさ。足長っが。
 そして、男である。昨今の時代背景的に性別云々でどうこうは言わないが、誠兄曰く学生時代に無自覚でモテ街道を突っ走っていた司兄の相手がまさかの彼氏。想定外だ。まあでも家族に紹介するくらいなのだから本気なのだろう。
 伏せられていた鬱蒼とした睫毛が持ち上がり、月を思わせる鮮烈な金の瞳が映し出された。瞬間、血が沸騰したかのように怒りが満ちた。ギリ、と奥歯を噛み締める。

「……夜鷹、純」

 俺が世界で一番嫌いな男の名だ。


 *


 共働きで忙しい両親やアルバイトに奔走する肇兄に代わり、俺のことを見てくれていた司兄のことが大好きだった。
 今思えば歳の離れた兄弟の世話など面倒だっただろうに司兄は嫌な顔一つせず、まだまだ我儘で駄々捏ね祭りを不定期開催し、地団駄の舞を踊る俺を宥め、慈しみ、可愛がってくれた。自分の時間を消費してまで、だ。
 当時の俺は司兄からそれを受け取るのが当たり前で、だからこそ司兄の一番は自分なのだと驕っていた。おそらくだが誠兄も似たような考えを抱いていたと思う。
 俺の一番は司兄で、司兄の一番も俺。それがこの世の摂理で、幼い俺が何の根拠もなく信じていた理想だ。

 ある日を境に司兄の目に俺が映らなくなることが増えた。それが気に食わなくて、司兄の気を引こうと全身で「俺を構え」と表現して、それでも響かなかったのか困ったように笑まれただけだった。
 俺が小学校高学年に上がった頃には弟よりも別の何かを優先し始め、帰宅時間が遅くなることが増えた。両親に司兄のことを聞いても何も知らないようで、首を傾げながらも「暫くしたら帰ってくるから心配しなくていい」と言い聞かせてきた。
 俺が求めていた回答はそんなものじゃなかったし、司兄の一番であるはずの俺よりも優先すべき物が何なのか知りたかったし、それから司兄を奪い返したかった。所詮、ただの嫉妬だ。
 だが当時の俺は幼稚で、愚かで、馬鹿だった。この激情を精査せず、名前を付けようともせず、俺を蔑ろにする司兄に厳しく当たった。両親も肇兄も俺を咎めたが、愚行は改善するどころか悪化した。
 家族で唯一司兄の行動を喜んでいた肇兄には特に厳しく叱られた。歳の離れた一番上の兄の発言は絶対で、本当に怖い存在で、それに味方される司兄へ更に見当違いの怒りを抱いた。理不尽な怒りを口にするたびに司兄は困ったように眉尻を下げ、しかし何も言い返さなかった。それが情けなく見えて、俺が大好きだった司兄は死んだのだと感じた。
 〝大好き〟を〝嫌い〟で上塗りし、もう兄弟関係の取り返しがつかなくなった頃に司兄は家を出た。そこからずっと家に寄り付かなくなったし、連絡も一切無かった。
 俺は俺が大好きだった司兄を殺したフィギュアスケート、そして最たる原因である夜鷹純を恨んだ。
 勿論、見当違いの逆恨みだ。頭では間違っていると分かっていても、どうしてもその二つを許すことができなかった。「俺の司兄を返せ」と未だに心に棲む幼い俺が泣き喚くのだ。

 ぐっと腹に力を入れ、直立する黒い男を睨み付ける。司兄と似た色合いの、しかし冷え冷えとした瞳が反射なのか俺を睨み返す。
 舌が急速に乾く。震えそうになる声を無理矢理落ち着かせ、鋭い視線から目を逸らさずに口を開く。

「……認めねえ」

 俺のその言葉に夜鷹純は目を眇めた。両親は驚いたように俺の方を向き、同類の誠兄は同意するかのようにしっかり頷く。肇兄は俺の返事が想定内だったのか呆れような目を向け、とりあえず席に着くよう立ったままの二人を促した。
 司兄は顔色を青くし、縋るように夜鷹純の手に触れた。夜鷹純もそれに応えるように指を絡ませ、所謂恋人繋ぎに変化した。は? 触んな。
 ガルガル唸る俺と顰めっ面をした誠兄の頭を肇兄が軽く叩き、顔を強張らせたままの司兄を座らせ、味方だと言わんばかりにその隣に腰を下ろした。夜鷹純も肇兄に促され、軽く頭を下げてから腰を下ろした。

「まずは自己紹介しましょうか。俺とははじめましてじゃないですけど一応。司の兄で長男の肇です。ご存知かと思いますがうちは四人兄弟で司が次男、不貞腐れてる奴が三男の誠、態度が悪いのが四男の健です」

 教育が行き届いてなくてすみませんと朗らかに、されど俺達を窘めるように笑う肇兄に、夜鷹純は気にしていないと言う風に小さく首を振った。
 ずっと上の空状態だった両親は肇兄に促され、少々ぽやぽやしたまま挨拶を交わした。義姉さんとは顔見知りだったようで、こちらは緊張感も無く流れるように済んだ。今度は司兄が口を開こうとするも、夜鷹純が手で制して小さく口を開いた。
 
「はじめまして、夜鷹純です。司くんとお付き合いさせていただいてます」

 綺麗なバリトンが言葉を紡ぎ、見せつけるかのように司兄の左手薬指にぴたりと嵌った指輪を白い指先が撫でた。「つまらない物ですが」と形式ばった言い方で渡された菓子折りにもいちいち腹が立つ。俺でも知っているような超有名店の物だ、全然つまらなくない。
 夜鷹純から出るオーラに両親はたじたじで、赤べこを思わせる動きで頭を下げながら菓子折りを受け取り、母はそそくさとお茶を淹れに席を外した。

「その、貴方程の人が何故司を……?」

 無言に耐え兼ねたのか、父が徐に口を開いた。父の発言が気に食わなかったのか夜鷹純は一瞬眉を顰め、すぐさま元の無表情に戻った。
 肇兄を除いた俺達家族は司兄のスケートに関しては無関心だった。だが、司兄には選手として誇れるような経歴が無いことは知っている。だからこそ、栄光のスポットライトを浴び続けていた夜鷹純と栄光の影に押しやられて燻っていた司兄がどうにも結び付かない。

「彼のスケートを見たことは?」
「お恥ずかしながら一度も……」
「そう」

 スッと目が細められ、けぶるような睫毛によって金の瞳に影が落ちる。
 司兄は何でも出来た。何でも出来たからこそ、態々スケートの道を歩まなければ成功していたはずだ。形に残る経歴だって残せるはずなのに。

「たった一度だけ見た彼のスケートを、世界の猛者達と戦ってきた夜鷹純がずっと忘れられなかった。それだけこの子には価値がある」

 何より、と言葉を切り、俯いていた司兄を自分の方へ顔を向けさせる。は? 甘い雰囲気出すな。
 俺の言葉にしてない思いなど届かず、夜鷹純は司兄の頬を愛おしげに優しく撫でた。司兄はその接触に慣れているようで、戸惑うことなくそれを享受している。腹立つ。

「氷の上でしか息が出来なかった僕に、司くんは陸での呼吸の仕方を教えてくれた。温もりを与えてくれた」
「純さん……」
「……形式的に挨拶に来たけど、貴方達に何を言われようとも僕は司くんを手放す気は無いよ」

 そりゃ俺はスケートのことなんか欠片も分からない。心底嫌いだ。興味も湧かないし、ザッピングしている時にスケートの放映を引いた瞬間にチャンネルを変えるレベルだ。理不尽と分かりつつも恨んでさえいる。
 ぐっと拳を握り締める。俺の馬鹿な行いのせいで司兄との兄弟関係は気まずいものに変化してしまった。目の前の男のように素直に懇願できていれば、今の関係とは大きく違っていたのかもしれない。……たらればに意味なんて無いけれど。

「将来的に司くんには僕の苗字夜鷹になってもらう。だから今日はその宣言に来た」

 ――僕のものだと対外的に分からせるために。
 そう語った男の金の瞳がゆるりと細められる。司兄もそのことを知らなかったのかぱちぱちと目を瞬かせ、理解したと同時にカッと顔を紅潮させた。

「へ、えっ、純さん!?」
「司くんは嫌?」
「嫌、じゃ……ないですけどぉ!」

 司兄が、明浦路司が〝夜鷹司〟になる……?
 嫌に心臓がうるさい。この男はスケートで司兄を奪っただけでなく、身も心も、俺達の繋がりを示す苗字さえも奪おうとしているのか。
 脳が茹だったかのように熱い。視界がチカチカする。ハッハッと獣のように息が切れ、荒い呼吸でどうにか酸素を脳に回す。そして落ち着かなかった激情に身を任せ、脳直で言葉を発した。

「表出ろ夜鷹純!」
「司兄は渡さねえぞ!」

 タイミング悪くお茶を持って戻ってきた母は何事かという風に困惑した声を出し、父はこれまたあんぐりと口を開いている。義姉さんは驚いたように目を瞬かせているも、俺達をよく知る長兄の肇兄だけは呆れたように溜息をついた。
 当事者である夜鷹純は眉根を寄せ、司兄の方を見る。司兄も理解が追いついていないのか、金魚のようにパクパク口を開閉し、間抜けた声を漏らした。

「司くん、聞いてた話と違う」
「え、だって誠と健は俺のこと嫌ってるはず……? あれ?」
「見た限りではそんなことはなさそうだけど」

 今にも飛び掛からんとする俺と誠兄の首根っこを手早く引っ掴んで俺達を御している肇兄は再び大きく溜息をついた。
 肇兄、手ェ離せ! クソみてえなことを宣うあの白い喉笛掻っ切ってやる!

「おい、ブラコンも大概にしろ」
「ブラコン……? 誰が、誰に対して?」
「この馬鹿弟二人が、司に対して」

 元より大きい目をきょとんと丸くし、パチパチと瞬いて俺と誠兄の方を順番に見つめる。俺とお揃いの蜂蜜のような甘い色をした瞳に十年以上ぶりに自分が映ったことにじわじわと歓喜が上り詰める。
 今度こそ肇兄の手を振り切り、こんな状況でもイチャイチャに余念のない青白い手を司兄から引き剥がす。法が許すのならこの手を切り落としてやるのに!

「セクハラだぞクソ野郎!」
「同意の上だよ」
「触り方がいやらしいんだよ!」
「恋仲だからね」

 クソが! 事実陳列罪やめろ!
 無表情なりに司兄の所有を語る瞳が憎らしい。そりゃ俺は素直な言葉で司兄と対話できなかったし、何なら関係悪化までさせたのだからそんなこと言う資格はないんだろうけど。

「大乱闘アケウラジブラザーズの開催を宣言する!」
「だい、あけ……何?」
「こちとら伊達に男四人兄弟してねえんだよ。これなら夜鷹純に勝てる!」
「勝たんでいいし、まず挑むな馬鹿! 素直に祝え!」

 興奮気味に夜鷹純に詰め寄った俺と誠兄の頭が良い音を立てて叩かれる。肇兄の高身長に見合った腕をフルで使い、しなりながら振り下ろされる平手打ちは中々の威力を誇る。痛む箇所を抑えつつ、ぎろりと肇兄を睨み上げる。
 祝えったって、そんなの素直にできるわけない。久々に司兄と顔を合わせたと思ったら、世界で一番嫌いな男に奪う宣言をされたのだ。そりゃ司兄には幸せになってほしいけど、俺は一生この男を認めることなどできないと思う。
 キュッと下唇を噛み締める。

「俺と純さんは男同士だし思うところはあると思う。けど、流石にそこまで否定されるのは傷付くなぁ」
「ッ、男同士とかはどうでもいい!」
「え、そうなんだ」

 そりゃ驚きはしたけど、司兄は人格からして性別関係無くモテるタイプだろうし、意外ではあったけど全然受け入れられる。……相手が夜鷹純でなければの話だが。
 正直言って夜鷹純に白旗を上げるみたいで口にしたくないのだが、しょぼんとした司兄の反応は居た堪れない。素直に甘えられなかったせいで散々傷付けてきた覚えがあるし。
 カラカラになった喉を無理矢理生成した唾を飲み込むことで潤し、ぐっと腹に力を入れる。これ以上司兄を傷付けるのは本意ではないのだ。

「兄弟よりも恋人の方が大切なのは分かるけど、司兄の中で夜鷹純は別格じゃん。人生変えた存在じゃん。……俺らに勝ち目無いじゃん」

 そうだ、勝ち目など無いのだ。
 何事にも熱中することがなかった司兄の心を射止めた夜鷹純のスケート。家族でさえ司兄の心を大きく揺り動かすことなんてできなかったのに、一目で司兄の何もかもを奪ったのだ。
 言葉にしてしまえば、その事実を実感してしまうのも簡単だった。成人年齢も越えて夜遊びしても大して咎められない年齢になったというのに、泣きたくなんかないのに、じわじわと涙が込み上げてくる。決壊してしまえばもう取り繕うことなどできない。

「た、健」
「ゔぅ〜ッ、づがざに゙ぃ〜!」

 鍛えられた逞しい腕に縋り付けば、司兄は夜鷹純に構うのをやめてみっともなく泣く俺を慰めにかかった。ぼろぼろ落ちる涙が手慣れた様子でティッシュで拭われ、背中を優しく撫でられる。司兄の温度に安心して、更に涙が溢れてくる。
 恥も外聞もかなぐり捨ててえぐえぐと咽び泣く俺に家族は慣れっこで、何なら母以外全員同類の感情爆発野郎のため誰も介入してくる気配はない。

「夜鷹さん見てください、これが明浦路に生まれし男の号泣です」
「うん、司くんにそっくりだ」
「ちなみに俺も誠もこんな風に泣きます」
「……本当に兄弟なんだね」

 司兄に構ってもらえて嬉しくてだばだば涙を溢れさせていたが、突然ティッシュ箱がスコーンと頭を直撃した。その衝撃でぴたりと涙が止まり、箱が飛んできたであろう方向を見れば、青筋を立てた誠兄が投擲フォームで固まっていた。
 は? 突然の裏切りである。

「健テメェ! つーくん独占してんじゃねえよ!」
「ア? 弟の特権だわ!」
「俺も弟だ! 退け! 俺にも弟を実行させろ!」

 司兄の腕から手を離し、今度は喧嘩を売ってきた誠兄と取っ組み合う。夜鷹純と大乱闘するつもりが、挑戦者はまさかまさかの徒党を組んでいた男である。
 成人男性二人が取っ組み合えば周りへの被害は凄まじいのだが、そこは四兄弟の明浦路家である。手早く周囲の物を撤収させ、困り切っている義姉さんと無表情ながらおろっとしている夜鷹純を避難させていた。

「純さん怪我してませんか?」
「うん」
「純さんって腕っぷしに訴えた喧嘩とかしたことなさそうですよね」
「スケートと無関係なところで怪我するなんて馬鹿馬鹿しいからね」
「馬鹿っつったか夜鷹純!」
「かかってこいや夜鷹純!」
「お前らうるせえ! いい加減にしろ!」

 ドスの効いた怒声の発信源と思われる肇兄の方を向くと、首を横に振られて司兄の方を指差される。目くじらを立てた司兄がフゥーッと息を鋭く吐き、取っ組み合った状態で固まった俺達を手早く引き剥がした。
 司兄に俺達の喧嘩から庇われていた夜鷹純は目を瞠っている。へえ、対兄弟の粗雑な態度は初見か。ちょっとの優越感に笑みを浮かべようと口角が上がるも、喧嘩両成敗と言わんばかりに鋭いチョップが脳天に落ち、笑顔が強制キャンセルさせられた。見事な手捌きである。流石明浦路四兄弟の二番目だ。

「くだらない喧嘩に純さんを巻き込むな!」
「くだらなくない!」
「これはつーくんの所有を決める戦いなんだよ!」
「それなら僕も参戦しないとだね」
「純さんも乗らないでください!」

 頭を抱える司兄を横目に、夜鷹純は肇兄の方を向いた。肇兄はぱちくりと目を瞬かせ、こてんと首を傾げた。司兄と違って全く可愛くない。

「肇くんは参加しなくていいの」
「んぁー……俺はもう夜鷹さんのだって十分分からせられたんで」

 肇兄は司兄の一番の味方で、そして一番の過激派である。俺達のことをブラコンだと言っていたが、正直肇兄には劣ると思う。
 司兄の障壁になると判断されれば歳の離れた弟である俺を容赦無く叩きのめしたし、司兄の友人を名乗る者は徹底的に品定めしていた。異常である。司兄のトップオブブラコンの座は間違いなく肇兄の物だ。
 だからこそ司兄の幸せを願って喜んで膝を折って夜鷹純の軍門に降ったのかと思えば、まさかまさかのすったもんだは起こしているときた。散々二人の味方面しておいて、知らぬところでまあまあやらかしているらしい。
 俺と誠兄の無言の圧に負けたのか、身長に見合ったでかい両手で顔を隠しながら叫んだ。

「司が好きなものは何かって聞いたら、迷いもなく『僕』って即答されたんだぞ! 事実だし、否定できねえし! 事実捻じ曲げてまで否定したら俺が司に嫌われるじゃん!」
「俺と義姉さんがパフェ食ってる時にアンタらそんなこと話してたのか!?」
「あのパフェ美味しかったわね〜」
「そうですねッ!」

 それに、と手で覆っていた顔を曝け出し、司兄に向けて柔らかい笑みを浮かべた。

「司が本当に幸せそうだから」

 ぐうっ、と喉が鳴る。
 肇兄に言われなくても分かっていた。司兄がスケートに出会う以前は何かに特別興味を持つことがなく、スケートに囚われてからは寂寥感が滲む目しか見なかった。
 それが今では全身から幸せオーラが溢れ出しているし、常に人が集まってくるのに孤独感を漂わせていた司兄の拠り所に夜鷹純がなっているのだと分かってしまう。それがどうにも悔しくて、しかしそれで夜鷹純のことを認めてしまいそうになる自分が心の片隅に居るのも事実だ。

「……つーくんのこと傷付けたら許さねえから」
「うん」
「司兄のこと、偶にでいいから貸せよな」

 俺は絶対良い弟じゃないし、司兄の手を煩わせるだけのクソガキだった。でも感情の意味合いは違えど、司兄のことを好いているのは夜鷹純と同じだ。
 だからまあ、認めてやらんことも――。

「嫌だ。僕の司だよ」

 は……? コイツ今、何て言った? 嫌、嫌って言ったか!?
 ……ッ!

「絶対ェ認めねえから!!!!」

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コメント

  • Shin_Hero
    3月20日
  • ginomi
    2025年12月26日
  • さすらいの読小人
    2025年8月12日
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