【狼竜】女装が似合うのだーれだ?
竜一が女装を迫られる話です。
公式様から竜一は女装すると誰もが振り返る美少女になるのだ、みたいな設定提供されてんの改めて考えるとすごいですよね。
ところで、なぜかうちの地域ではアニメ14話が放送されないんですけど、何かあったんですかね……? おかしいな、ネットでも全然感想見ないなあ。14話見た人詳細教えてくだs……泣きたくなってきた。
続きました→novel/9530519
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「じゃあ、こん中で誰が一番女装似合うと思う?」
人差し指を立てて、いい考えだとばかりに提案したのは嘘川だった。眼鏡の縁が光って、指を立てた手と逆の手には髪の長いカツラが握りしめられている。
――めんどくせえな。
くだらないことでバカ騒ぎできるクラスメイトたちを、俺は目を細めてあきれ顔で見ている。鹿島も隣で笑ってはいるが、頬を掻きながらのそれは明らかに引きつっていた。
山奥の宿泊施設の夜。俺たちは学校の行事で、勉強合宿に来ていた。昼間は登山をさせられて、到着した宿泊所で勉強。そうして勉強からようやく解放された今、疲弊した顔を見せながらも男連中はどこか浮足立っていた。
その気持ち悪いくらいそわそわした男たちがしょうもない企てを発起しだしたきっかけは、嘘川の一言。
「よし、女子の部屋行くぞ」
俺たちの部屋にクラスの男子一同で集ったかと思うと、嘘川の鬨の声に皆拳を振り上げる。こいつら勉強で頭おかしくなってんのか。
そもそも男女の宿泊部屋にそれぞれ行き来するのは禁止だった。そんなのを守るやつではないだろうが、その規則がなかったところでこいつらが大挙して女子の部屋に押しかけたら門前払いだろう。
「み、みんな、男女間の部屋の行き来は禁止なんだけど」
困ったように笑いながら皆に声をかけたのはやっぱり真面目な鹿島で、俺はもうほっとけなんて思うけどこいつはそれも許せないんだろう。
「そんなの守って、青春してられっかー!」
嘘川の威勢だけは良い声にそうだそうだと皆が加勢する。こんな会話あの猪又が聞いてたら発狂するところだった。
しかし、一度は同意した他のやつらも、さて現実に帰る段階になってから不安げな声を上げる生徒が出てくる。
「いや、行くのはいいけど、先生たち巡回してるんだろ……?」
「見つかったら課題三倍とかありそうだよなあ」
到着するなり勉強漬けにさせられたこいつらには、よっぽどそれが恐ろしく思えるんだろう。まあ、俺も勉強しなくてすむならさぼりたい。ただこいつらは自分からそんな危機に乗り出そうとしているわけで、だったら止めときゃいいもんだが、女子の部屋に行くことに無駄な執念があった。
ふっふっふ、と誰かがわざとらしい不気味な笑い声をあげて、部屋の中心に腕を伸ばして何かを掲げる。
「そんなこともあろうかと、これを用意してきた!」
その手に持っているのは、長カツラ。続いて、今どき女子でも履かないような丈の短いミニスカートまで出てくる。
「姉ちゃんから借りてきたんだ。カツラかぶってスカート履けば、先生が来ても男だとバレない」
「おおー」
一同から歓声と拍手が上がる。
「アホかこいつら」
「あはは……」
俺の心の吐露が聞こえたのは鹿島だけのようで、相変わらず苦笑いを零している。
一着しかねえし、そもそも女装して女子の部屋に押しかけでもすんのだろうか。それこそ門前払いだろ。
拍手と歓声があがったものの、一度間を置いて冷静になったのか、ひそりと誰かが声を上げる。
「そもそも、カツラとスカートだけで女に見えるもんなのか……?」
「……試してみればいんじゃね?」
カツラとスカートを持ってきたやつは、このくだらない集会で第一声をあげた嘘川の頭にカツラをかぶせる。嘘川は両手を合わせながら体をくねくねさせて、「どう、あたし女に見える?」と気持ち悪い声を出す。
「……ねえわ」
「きもい」
「ひっど!」
今のは俺の声じゃないが、まあ大体みんなが抱いた印象は同じようなもんだろう。
「女に見えねえんじゃ、意味ねえじゃん!」
嘘川は怒りの声をあげながら、むしり取るようにカツラを頭から抜き取った。
「まあ嘘川じゃなあ……」
「俺らも大差ねえだろうけど」
ようやく変な集団心理から現実に戻ってきたのか、乾いた笑いを零すクラスメイト達。初めから気付けよ。
しかし、話の脱線が得意な嘘川はそこで、いい考えを思いついたとばかりに眼鏡を光らせて言ったのだ。
「じゃあ、こん中で誰が一番女装似合うと思う?」
そうして冒頭に至る。めんどくさいことこの上ない。そもそも当初の目的忘れてんだろ、こいつ。
嘘川の言葉を契機にカツラが次々に渡されていくが、皆似たり寄ったりの気持ち悪さだった。
「こういうのは、元の顔がいいやつとかのが似合うんじゃね?」
「……狼谷とか?」
鹿島、なんでそこで真っ先に俺をあげんだ、巻き込むな。じろりと睨むと、思わず声をあげてしまったんだとばかりに片手でごめんとポーズを取る。
嘘川は一度戻ってきたカツラを、俺の顔に合わせるみたいにして手を伸ばしていた。
「んー……」
「狼谷じゃ、目つき悪くて無理だろ」
「案外行けそう……」
誰かが呟いた言葉に、しかし嘘川は眉間にしわを寄せ目を細めながら首を傾げる。
「やめろ、俺に合わせんな」
「……でも俺の好みではない」
「聞いてねえよ」
似合ってようが似合ってなかろうがどっちでもいい。
嘘川はそのカツラをそのままスライドさせると、今度は鹿島の方へと向けて目を細めた。じっと合わせたまま沈黙が長く訪れて、鹿島が落ち着かないようにそわそわしている。
「あ、あの、嘘川」
「……イケる」
「え?」
「鹿島、ちょっとカツラかぶってみて!」
嘘川が物凄い形相で目をギラギラさせたかと思うと、手に持ったカツラを投げて寄越す。鹿島は受け取りながらどうしようと苦笑を浮かべて、嘘川の言葉に期待に満ちた周囲からの熱い視線に動揺しながら――結局こいつは期待されて応えないわけがないのだった。
「やばいな」
「想像以上だわ」
嘘川や他の男子達が、鹿島を見て語彙力のない感想を述べる。
結局鹿島はカツラをかぶって、嘘川の多大な要求により太腿丸見えのミニスカートまで履いて恥じらいながら隣に正座している。男らのぶしつけな視線に耐えきれないように俯いて顔まで赤くしていた。短すぎるスカートの裾を必死に抑えて中が見えないようにしている。こんだけ恥ずかしがっときながらよく着るよなこいつ。
「あ、あの、流石に恥ずかしいんだけど……」
「声はちょっとハスキーだな」
「いや当たり前だろ男なんだから」
「あ、そうか、鹿島だった。鹿島だってこと忘れそう」
「……竜子ちゃん?」
馬鹿みたいな会話に鹿島は苦笑を浮かべている。男らの生々しい熱視線は止むことがなかった。
「いやでもほんと……男?」
「めっちゃ可愛い」
「正直好み」
「足綺麗すぎじゃね?」
「彼女にしたい」
「竜子ちゃんなら抱ける」
クソきめえなこいつら。
視線だけじゃなく言葉まで遠慮がなくなってきて、流石の鹿島も若干引き気味だった。
「ちょっとでいいから足触らせて」
「お、俺も俺も」
「や、あの、みんな怖いんだけど……」
獲物を捕獲するような獰猛な肉食獣の目付きをするクラスメイト達から、笑顔が消えて真っ青な顔の鹿島はじりじりと後退る。その後ろにいた俺の胸に頭がぶつかって、「あ、狼谷、ごめん」と俺を仰いだ。本人にそんな意図はないんだろうが、戸惑うようにさ迷う視線はまるで助けを求めるようにも見える。
「生脚……」
「ちょ、ま、待って!」
突然伸ばされた腕に、鹿島は驚いたように更に後退って俺の後ろに隠れた。背中の服を咄嗟に掴むと、「か、狼谷、ごめん」と俺を見上げる。しかしその手は離さない。そんだけ嫌ならほんとなんで着たんだよお前。縋るような掴み方と見上げる瞳に、突き放す気は到底起きないが。
「あ、ずりいぞ狼谷!」
「俺たちの竜子ちゃんだぞ!」
「お前らきめえな。流石にやりすぎだろ」
素直な感想。男相手に何欲情してんだよこいつら。そもそも女子の部屋に行くっていう当初の目的はどうしたんだよ。
「きもいとは失礼な!」
「狼谷だって、この鹿島なら抱けるしキスしたいと思うだろ!?」
「キモいこと言ってんじゃねえよ」
「なら抱けねえの!? キスできねえの!?」
そもそもなんで抱けるか抱けねえかの話になってんだよ。後ろに隠れる鹿島を横目で伺うと、長カツラの隙間から不安げに揺れる目が覗いていて、俺の視線とかち合う。変わらず必死にミニスカートの裾を抑えていた。確かに違和感無いほど似合ってるかもしれないが、目鼻立ちも変わってないのだからどう見ても鹿島でしかない。
「カツラかぶったくらいじゃ変わんねえだろ」
「お前の目は節穴か!?」
「お前らの方がおかしいんだろ」
いい加減にお前ら落ち着けよ。鹿島が人に頼って隠れるなんて珍しくて、それだけ今こいつらが異常なんだってことが分かる。
「っつか、竜子ちゃ……鹿島はなんで狼谷のとこ隠れてんだよ!」
「俺たちじゃダメなのか!」
「やっぱり女だけじゃなくて竜子ちゃんも狼谷の方が……」
「え、えっと……狼谷はそういう目で見ないからかなあ」
あははと苦笑を零す鹿島は冷汗までかいて明らかにこいつらにドン引いてた。俺がいいとかじゃなくて、お前らがダメすぎんだろ。
しかし、嘘川は対抗するように立ち上がって、俺に人差し指を突きつける。
「いいや、違う、違うぞ竜子ちゃん! 狼谷はなあ、こう見えて実は内心『竜子ちゃんかわゆすハァハァ。ベッドで抱いて俺のモノにしてやりたい』とか考えてるしムッツリなんだ!」
「は?」
「……そうなのか?」
いや、なんで鹿島はそこで俺に向かって首傾げんだ。嘘に決まってんだろ。っつか、疑うなら俺の腕を掴むその手を離せ。
呆れながらも溜息をついて、俺が口を開きかけた時だった。
「お前ら、遅くまで何騒いでんだ」
突然部屋のドアが勢いよく開いて、乗り込んできたのはどこぞの男教師。厳格そうな顔はうちのジジイに似てなくもない。学年主任だかなんだか知らないが、悪い奴ではないものの古風な考えで融通の聞かないやつだとババアが言っていた気がする。悪巧みをしていただけで特別悪いこともまだしてないクラスのやつらも、反射的にびくっと体を跳ねさせていた。
「明日もあるんだから早く寝る準備……ん?」
そいつは俺の方――っつか、鹿島の方か――に視線を向けると、眉を寄せていかつい顔をさらに険しくさせて眉根に皺を作った。
「お前……どこのクラスだ? 男女間の部屋の行き来は禁止されてるはずだろ」
「え……いや……」
鹿島が俺の陰に隠れながらも目を丸くする。こんだけ他の奴らに女扱いされといて、自分が女に見られていることを想定もしなかったのか、反応がやや遅い。嵐のようにやってきた教師に何も言えないでいる男子達と鹿島に構わず、そいつはずんずんと部屋に入ってきたかと思うと鹿島の肩に手を乗せた。
「え、あの……」
「こっちに来い、部屋に戻れ」
「あー、先生セクハラ!」
「うるさい、決まりを破ったこいつが悪い」
周囲のびくびくした反応と違って、こういうときまで空気読めない嘘川ってある意味すげえな。叱られて急に情けない声上げてびびりみたいに引っ込んだけど。
「ほら、何してるんだ早く立て」
「……あ、あの、せん、せ」
鹿島の声は弱々しい。年上相手には強く出れないんだろう。この教師は鹿島が喋っても女だと信じて疑わないようで、鹿島のその細い腕を引っ張る。
無理矢理引っ張られるように腰をあげながら、鹿島は俺を振り返った。少し潤んだ瞳がかち合う。無意識なんだろう。けど、どう見たってその目には「助けてくれ」って書いてあったんだから仕方ない。きっともともと俺は鹿島に頼られると弱いんだろう。
舌打ちをする。
「離せよジジイ」
反射的に体が動いていた。立ち上がって、鹿島を掴む手首を逆につかむ。
「あ? ジジイとはなんだ、教師に向かって」
最初に突っ込むとこそこかよ。周囲のヤローたちが、「ひえっ」と情けない声を出して戦々恐々としているのが視界の端に映った。鹿島は不安げな顔で俺を見上げている。
「ジジイはジジイだろ。せめて人の話聞けよ」
「なんだ生意気に、さてはお前の彼女か? 色気づいて偉そうに」
「うるせえな、大体こいつは」
女じゃねえだろ、言いかけて、鹿島が顔を青くして俺を見ているのに気づいた。何かを言いたいかのように口を開きかけて、諦めて閉じる。
周囲を見渡す。阿呆ヅラしてる男達、女だと信じて疑わないジジイに、気付けばこいつの怒鳴り声が耳に届いたのだろう、女どもが部屋の入口からこっそりと中を伺っている。事情を知ってる男どもは置いといても、この目の前の頑固ジジイと女どもは経緯を知らない。
めんどくせえな。そう思いつつ、結局付き合ってやる自分は鹿島にだいぶ悪影響を受けてるんだろう。頭を掻く。
「彼女だったらどうだってんだよ」
「狼谷……!?」
うるせえ鹿島、お前が助けを求めてきたんだからちょっとはこの茶番に付き合え。鹿島は横でオロオロと俺を見上げている。刃向かったところでどうなるか知らないが、策もなく口走っちまったもんはしょうがない。男らは口を開けて一層阿呆ヅラしていて、外からは小さい悲鳴が上がった。このクソ教師、俺らなんか相手してねえであいつら追い返せよ。女は男の部屋に来ちゃダメなんじゃなかったのか。
「ほう、つまりお前がこいつを連れ込んだんだな?」
「だったらこいつは悪くねえだろ」
流石に鹿島から手を離したのに合わせて、俺もそいつから手を離す。無性に睨んでくるもんだから、条件反射で俺も睨み返した。
「いや、だったら二人ともまとめて処罰に決まってんだろ」
別に人をいたぶるのが趣味とかそういう訳では無い、ただ規則だから当たり前だと言う風にしれっと言ってのける。なるほどババア、確かにこいつはいけ好かないクソめんどくさい頭の硬い頑固ジジイだな。
「いや待て、そもそも、ほんとに彼女なのか? さっきからずっと怯えてるみたいだが、無理やり連れ込んだんじゃないのか? だったら始末はお前だけだが、軽い罰程度じゃ許されないぞ」
怯えてんのはお前に対してだよ。ほんとに心配して親切心から言ってるんだろうけど、そもそも前提からして見当違いも甚だしい。鹿島が一層怯えたみたいに俺の後ろに隠れているが、どう考えても無理やり連れ込んだ奴に対して取る態度じゃねえだろ、よく見ろジジイ。庇いはしたものの、流石に重い罰は勘弁だ。
「だから彼女だっつってんだろ」
「だが、さっきからずっと黙っているしな……」
声出すと男だってバレるからだろ。お前は気付いてなかったみたいだけど。
「彼女だって証拠もないし、怯えているし、俺から見たらお前が無理やり連れ込んだように」
頭の固いおっさんが何か言っているところで、裾がちょいちょいと引かれる。一体どうしたんだと鹿島を振り返ろうとすると、「狼谷、ごめん」と小さい言葉が聞こえた。その謝罪が何に対してか考える前に、俺の両頬は鹿島の両手に掴まれ、引き寄せられて――目の前、吐息が触れるほど近くに鹿島の顔がある。周囲が息をのむ気配がした。吐息が触れるどころじゃない、その隙間がないくらいに近づいた顔は、唇に柔らかい感触があって――鹿島の伏せた長い睫毛が見える。俺の頬を支える手は震えていて、少し背伸びをしているだろうか。
キスをされていた。それは否定しようもないくらい、唇に触れる感触と目の前の光景が告げている。
理解すると同時に離れて、鹿島の潤んだ瞳が俺を見上げる。頬は赤く染まって、息を求めるように唇が半分開いていた。
「かし、ま……」
呆然と目を見開いて名前を呼ぶ。鹿島は真っ赤になりながら、それでも俺から目を離さない。一瞬の静寂が訪れた後、それを破ったのは外から聞こえてくる甲高い悲鳴だった。同時に慌ただしい足音が聞こえて、部屋の外にいた女どもが一斉に押しかけてくる。
「狼谷くんに彼女!?」
「狼谷くんがキス!?」
「誰よ誰よー! 私の狼谷くんなのにー!」
「ちょっと押さないでー!」
あっという間に部屋の中は知らない女どもで埋め尽くされて、男たちは呆然とその波にのまれている。
「お、お前たち、男子の部屋に入室禁止だろ! 部屋に戻りなさい!」
焦る頑固ジジイの声でようやく我に帰る。ぼっとしてる場合じゃねえ。おどおどと見渡して女子の波に飲まれそうになっている鹿島の手を握りしめた。
「おい鹿島、今のうちに行くぞ」
「え、か、狼谷?」
「手離すなよ」
人混みに溢れた部屋の隙間を掻き分けて外に出て行く。手は決して離さなかった。こんなところで置いてったら色んな意味でどういう扱いをされるか分からない。掻き分けるたびに女どもに声をかけられたが、頭も混乱していたし聞いている余裕もなかった。ただ必死に手だけは離すまいとして、部屋から抜け出ると「狼谷くん待ってー!」とうるさい声を背中に受けながら鹿島の手をひっつかんで必死に駆け出した。
人のいない廊下に出て、追いかけてくる声に近くの部屋に入る。宿泊所はいくつか部屋が余っていて、誰も使っている気配はない。部屋の壁に背を預けながら、近くを通りかかる足音と姦しい声を耳にする。その音がようやく遠くに去ると、ようやく俺は一息ついた。
「……か、狼谷、手」
「あ、ああ、わりい」
それまでずっと黙ったままだった鹿島が呟くと、俺はずっと握ったままだった手に気づいて鹿島を解放する。
冷静に返ると、何をやってんだ俺たちは。っつか、さっきのは――間違いじゃねえよな? 確かに俺は、キスをされた。
鹿島も鹿島で何か言えばいいのに、黙ったままで気まずい空気が流れている。俺はらしくなくハッキリ聞き出すこともできなくて、そんな自分に溜息を吐いてから、口を開いた。
「……さっきの、なんだよ」
「ご、ごめん……咄嗟に」
鹿島は並んで壁に背を預けているが、俯きがちで長い髪が垂れ下がっているのもあって顔が見えづらい。
「んなもん、もうつけてる必要ねえだろ」
「あ……」
手を伸ばして鹿島のカツラを取ると、頭に触れたのにまで敏感になって鹿島は顔を赤くした。さっきの鹿島の突飛な行動もあって調子が狂う。カツラをどっかに放り投げて、その手で頭の後ろを掻いた。鹿島はもじもじと落ち着かない様子でミニスカートを押さえながら、それでもさっきの俺の問いに口を開く。
「……な、なんか、狼谷だけが酷い罰受けるのだけは嫌で、彼女だって証拠見せないとって思ったけど、でも喋ると男だってバレちゃうし、どうしたらいいかってぐちゃぐちゃ考えてたら、気付いたら」
「それでキスしたのか」
鹿島は答える代わりに顔を赤くした。頭一杯になって気づいたら行動してたんだろう。避けられなかった俺も悪いのかもしんねえけど。
「ご、ごめん、嫌だったよね。俺なんかと」
「……別に嫌だなんて言ってねえだろ」
自分のやったことが悪いみたいにシュンとする鹿島を見てると、そうじゃねえと言いたくなって思わず口走っていた。実際嫌だったかどうかといえば、別に嫌でもなんでもないのも事実だ。
「でも狼谷、さっき、べ、別にキスしたいと思わないって」
さっきってのは嘘川がなんか変な事言ってた時のあれか。
「あれは、お前が女装したのを見てわざわざしたいと思わないってだけの話で、嫌だなんて言った覚えもねえよ」
別に嘘を言っているわけではないが、鹿島がいちいち変なところを気にしてくるから、俺が気にしてもなかったし特別考えてもなかったことを無理やり言わされている気分になる。実際口に出してからそう思ってたんだろうと理解する。
むず痒くて仕方ないし、照れながらもそんなことを話題にする鹿島に調子が狂う。
「え、じゃあ、今の俺ともキスするのも、嫌じゃないって……こと……」
鹿島は気付いことがそのまま口から漏れたとばかりに言葉にしながら、段々と更に赤くなっていく。
なんでそうなるんだよ。でも実際俺の言ったことはそういうことで、否定しようにも否定できない。
溜息を吐きながら鹿島を見ると、さっき取ったからカツラはもうかぶってない、いつもの鹿島だ。だけど照れたように頬は赤く、潤んだ上目で俺のことを窺っている。ミニスカートを抑えるのは忘れ、床に投げ出された生足があどけなく晒されている。唇は半開きになって、小さく息を吸っているのが分かった。
先ほどの唇に触れた感触を思い出す。俺は思わず目を逸らした。自分の顔が熱くなっているのが分かる。誤魔化すようにつぶやく言葉。
「お前されてえのかよ」
「え、い、いや、そんなことな」
俺の方に身を乗り出すように突いた手が俺の手に重なって、「ご、ごめん」と鹿島はどかそうとした。――確かめたかったからかもしれない。俺は逃れようとするその手を逆に握り返して捉えた。
「か、狼谷……?」
鹿島の声は無視して、指を絡ませる。抵抗はなかった。鹿島の手は女の物じゃない、指は細く俺より手のひらも小さいものの、確かに男のそれだった。
お互いの片手は変わらず絡み合ったまま、中央で固く結ばれている。俺は自分でもどうしてこんなことをしているのか分からなかった。
沈黙を挟んで、狼谷、と名前を呼ばれて、なんだよ、と言葉を返した。間をおいて、鹿島がもう一度口を開く。
「さっきさ、嘘川たちに触られそうになったとき、すごい嫌だったんだ」
「……まあ、あいつらきもかったしな」
「ははは……でもさ、狼谷に触られても、嫌じゃないよ」
「……そーかよ」
振り返ることは出来ない。きっと鹿島は真っ赤になってるだろうし、俺もらしくなく赤くなってるんだろう。片手は塞がれて顔を隠すこともできない。
心臓はうるさくて、多分鹿島も同じだった。
――どういう意味で言ってるか、こいつ分かってんのか。
分かってなくてもいい。そのうちどうしようもなく気づいてしまうことなんだろう。多分今は、そのカケラを知っていればいい気がした。
例えば、他人なんてめんどくせえと思ってる俺が、結局鹿島のことを助けていること。自分が巻き込まれると分かっていながら、頑固ジジイに突っかかったこと。キスされても嫌じゃなかったこと。触れても嫌じゃないと言われて嬉しく思う事なんて――考えればすぐに分かることなんだろう。
「あのさ、狼谷」
「んだよ」
「やっぱり、そんなことあるかも」
「……どの話だよ」
鹿島の零すような笑い声が聞こえる。やっぱり俺は振り返らなかった。
その顔を見たら、今度は俺の方がキスしそうだったから。
とんでもなく好きです…。 お身体に気を付けて、これからも頑張ってください。 PS、おこがましいかもしれませんが、続きが見たいです。検討のほど、よろしくお願いします。