【狼竜】姫をさらった王子様
――その顔を見たら、今度は俺の方がキスしそうだったから。
文化祭の女装コンテストに出場させられる竜一くんのお話。
これ(novel/9462050)が続きました。
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「それではお待たせしました、これよりミスミスター森ノ宮コンテストを開催いたします!」
司会者の宣言を皮切りに、耳をつんざくような歓声が上がる。満員の講堂に数多の叫び声が反響して、会場を熱気が包み込んだ。
文化祭最終日を終えた、後夜祭。一般参加客が帰り、先輩も後輩も関係なく一年から三年生まで、周囲の目を気にせず最後の気力を絞り尽くす勢いで軽音部のライブを楽しんだ後。続いて告げられたミスミスターコンテスト……いわゆる女装コンテストは、ライブの熱気の名残をまだ纏ったうちに始まった。
――どうしてこんなの引き受けちゃったんだろう。
舞台の裾で俺は一人、溜息を吐く。顔は入念なメイクを施され、長い茶髪のカツラは肩下まで伸びて、裾に行くほど広がるスカートは足元がスースーして落ち着かない。同じような格好をしているのは俺だけではなく、周囲には十人前後の人がスカートや厚い化粧で飾られていて、しかもそれは全員男だった。そう、ここにいるのは皆女装コンテストの出場者で、俺、鹿島竜一もその出演者の一人として待機しているのである。
どうしてこうなってしまったか、記憶を辿れば簡単で、話は少し前に遡ることになる。
文化祭終了の放送が鳴り、後夜祭までの間隙の時間。形式上自由参加の後夜祭は、後片付けに奔走する生徒や騒ぎごとが苦手な猪俣さんのような一部生徒は見送ることもしばしばあるそうで、俺は前者の用事で保育ルームにいた。ベビーシッター部として開いていた模擬店『おやさい喫茶』の後片付けを子供たちと兎田さんだけに任せるわけにもいかず、狼谷と一緒に床へ零れたジュースの拭き取りや、意外に器用な兎田さんが作ってくれた野菜の気ぐるみの袋詰めをする。模擬店には、正直あまり人は来なかったけど、みんな頑張ったねと褒めてあげれば、子供たちも笑顔で一緒に片づけをしてくれた。
雑巾で床を掃除していると、狼谷と手がぶつかって、ごめんとお互いぎこちなく目を逸らす。いやこっちこそわりいと離れる狼谷に気付かれないように、触れた手をそっと抑えて深呼吸した。そんな俺を笑ってみている兎田さんの視線は物言いたげだったけど、何も口にすることはなかった。
先日の勉強合宿以来、狼谷といるとたまに気まずい空気が流れてしまう。一緒に行動するし会話もするし普段と変わりないけど、時々心構えなく目が合うと逸らしてしまって、だけど避けたい訳ではないから一緒にいれば、そんなことが幾度となくあるのだ。
どうしても浮かんでしまう、狼谷にキスをしたときのこと。
クラスの男子が持ち込んだカツラとスカートを身に着けさせられていた俺は、巡回に来た先生に女の子だと勘違いされてしまい、俺の彼女だと狼谷が庇ってくれた。なら証拠を見せてみろと言われて咄嗟にとった俺の行動は狼谷にキスすることで、後になってもなんで俺はあんなことしたのか思い出す度恥ずかしくて仕方ない。
それから二人で逃げ出して、別にキスされて嫌じゃなかったとか、他の人とは違って狼谷は触れても嫌じゃないなんて、むず痒いことを話しながら、そのときずっと、もう一回キスしたいと思っていたこと。なんでそんなこと自分で考えているかもわからなくて、俺はどうかしちゃったんじゃないかって恥ずかしくなってくる。
ひと騒ぎ起きた宿泊所は、先生が見つけたはずの女の子はどこにも存在しないことがわかって、すっとぼける狼谷とクラスメイトたちに、結局だだの先生の見間違いで何も無かったのだということになった。勿論先生は納得していなかったけど、実際にそんな女子生徒が存在していないのだからしょうがないと渋々引き下がっていった。
みんなの前でキスしてしまったことについては、クラスメイトたちはまるでその話題を腫れ物を扱うように避けていて、俺としても変な言い訳を考えなくていいからありがたい。狼谷はあのときのことをどう考えているのか分からなくて、少しだけぎこちない気もするけれどあまり表情に出ないし、俺だけが気にしてるんじゃないかって思えてくる。
今、後片付け中の保育ルームには、まるであの宿泊合宿のことを思い出させるかのように、女性もののカツラが残されていた。諸事情あって熊塚先生が持ち込んだものだったけれど、でもその肝心の先生が演劇部の片付けに出ていていない。奇凛ちゃんを迎えに来た時に返せばいいのかもしれないけど、下手に置いておくと傷つけてしまいそうで、置き場所に困っているところでもあった。
「とりあえず竜ちゃんが一個かぶってて」
カツラの毛が絡まないように櫛を通しながら、一番長いそれを兎田さんが俺の頭にすぽりとかぶせる。少し邪魔だけどもう他のお客さんはいないしまあいいか、となすがままに受け入れる。
「お前抵抗なさすぎだろ」
「まあ、他の人いないし……」
呆れたような狼谷に、指摘されると改めて恥ずかしくなるのを笑って誤魔化し、また掃除の続きと髪を耳に掻き上げた時だった。
保育ルームのドアがかがらりと音を立てて開かれる。文化祭はもう終わりの時間で、もしかしてまだ外部の人が残っていたんだろうかと、顔を上げると同時に大きな声が保育ルームに響き渡った。
「君こそスターだ!」
え? と思う間もなくその人――嘘川は保育ルームへずんずんと足を踏み入れる。嘘川の後ろには、同じクラスメイトである海老沢と鷺沼もいて、お邪魔しますと一緒に中に入ってくる。
嘘川は前のめりに床に手を突き、眼鏡の奥のぎらつかせた瞳を俺に向ける。訳が分からない俺は目を白黒させながら瞬きすることしか出来なかった。
「お前なんでまたそんなカッコしてんの?」
後からついてきた海老沢は、嘘川とは様子が違って面白がって笑っていた。諸事情で、と一言だけ伝えた俺に、ああやっぱ見た目あれでもほんとに声は鹿島だな、と頷いたのは鷺沼。二人とも合宿の際は周囲の熱気に充てられて様子がおかしかったけど、今俺が似たような恰好をしていても、大分落ち着いているようでほっとする。
「え、あの、っていうか、何?」
鼻息の荒い嘘川に俺が少し引き気味でいると、それには気付かないように嘘川は興奮気味に構わず口を開いた。
「鹿島、ミス・ミスターコンテストに出場して、豪華賞品を山分けしよう」
「え?」
嘘川の期待に満ちた熱い眼差しと、突如現れた聞き慣れないコンテスト名に、俺は理解できないままただ目を丸くするのだった。
嘘川(と、頻繁に入る海老沢と鷺沼の補足)によると、後夜祭のイベントの一つとしてミス・ミスターコンテストなるものが行われるらしい。ミス・ミスターコンテストとは、女性の格好をした男子生徒たちによるコンテスト、簡単に言えば女装コンテストだった。詳細は明かされていないが、優勝者には豪華景品が用意されているという。
嘘川たちが、俺たちが出ればワンチャンだとか、似合うわけねえなんて冗談を言い合っていたとき、偶然通りかかった保育ルーム。そういえば鹿島と狼谷はベビーシッター部の手伝いしてたし、今は片付けでもしてんのかな、と話しながら中をのぞいて見えたのは、以前に見た覚えのある可憐な美少女。なんというグッドタイミング、なぜ忘れていたのか、そういえばこんなところに逸材がいたじゃないか! と、嘘川は勢いに任せてドアをがらりと開け、中に踏み込んできたという訳だった。
「え、いや、俺なんかが出ても優勝とか無理だと思うけど……」
話を一通り聞き終えた俺は、女装コンテストに出されそうになっている事実に及び腰になる。引け目があるとか恥ずかしいとかもあるけど、それ以上に俺なんかが出ても優勝なんて到底無理だと思ってしまう。そしてなにより、以前女装したときの、クラスメイト達のぶしつけな視線が少しトラウマになっているのもあった。
兎田さんは気付けば掃除の手を止め寝転びながら一緒に話を聞いていて、いつものような、すべてを楽しむような、面白がっているような笑いを浮かべて横から口を挟む。
「いや、よっぽどいい対抗馬がいない限り、竜ちゃんが出たら本気で優勝狙えるでしょ」
「え?」
つかさ、とそれまで黙って隣で胡坐をかいていた狼谷が、呆れたように口を開いた。
「優勝したとして、お前らに景品山分けする必要なくねえか」
「そ、それはプロデュース料として!」
痛いところを突かれた、とばかりに途端に焦る嘘川と、やっぱそうだよなと同意する海老沢に鷺沼。
「りゅうにいちゃま、すたあになるんでしゅか?」
話を半分だけ理解している奇凛ちゃんが眼をきらきらと輝かせながら見上げてきて、俺はえっとと言葉に詰まる。
そうそう。おかしげに頷く兎田さんに、お前が口挟むとめんどくさいことになるから黙れ、と狼谷が辛辣に言い放つ。
「りゅう、こうくんみたいになる?」
「こうくんになる?」
そ、それは違うかなあ。なんと説明したものか、同じく期待の眼差しを向ける拓馬くんと数馬くんの二人に頬を掻いて誤魔化す。女装コンテストだけじゃ、二人の父親である狸塚恒介さんみたいな俳優にはなれないだろう。
「子供たちもこう言ってることだしさ!」
嘘川は流れを掴んだとばかりに、勢い込んで、子供たちと同じ期待するような眼差しを眼鏡の奥に宿した。
「竜子ちゃん、君ならやってくれるよな!」
「え、えっと……」
正直言えば女装してみんなの前に立つとか恥ずかしすぎてやりたくないし、優勝なんて到底無理だと思っている。そもそも竜子ちゃんって名前が定着してるけど誰って話で。
縋るように思わず狼谷へ視線を送って窺うと、どうせお前はやるんだろとでも言いたげに、呆れたような息が吐かれる。確かに、子供たちと嘘川の期待の眼差しを一身に受けて、お兄ちゃん気質の俺はどうしたって断ることもできないのは分かっていて。
「にちゃ、すたあちゃ?」
止めのように見上げてきた虎太郎の、ヒーローを見るような純粋な眼に、俺は。
「……わかった、出るよ」
溜息を吐きながらしぶしぶと頷いた俺に、報酬は山分けだからな、と既に優勝する気満々の嘘川はどこまでもがめつく天に向かって拳を振り上げたのだった。
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