梨の日は7月4日を「な(7)し(4)」の語呂合わせで読み、鳥取県の梨産地が制定した記念日です。
実はこの記念日には制定年をめぐるちょっと意外な謎もあって、調べてみるとなかなか奥が深いんですよね。
梨の日って何?7月4日に定められた記念日の基本
まずは基本情報から整理していきますね。
制定した団体と年
梨の日は二十世紀梨の一大産地として知られる鳥取県東郷町(現在の湯梨浜町)の「東郷町二十世紀梨を大切にする町づくり委員会」によって、2004年(平成16年)に制定されました。
ちなみにこの年は二十世紀梨の苗木が鳥取に持ち込まれてからちょうど100年目という節目の年だったそうです。
地域の農家さんたちが自分たちの誇りである梨を、もっと多くの人に知ってもらいたいという思いで作った記念日なんだなと思うと、なんだか温かい気持ちになりますよね。
語呂合わせの由来
由来はいたってシンプルで、「7(な)+4(し)=梨」という語呂合わせです。
梨の本格的な出荷シーズンは8月から10月にかけてなので、7月4日はまだ少し早い時期にあたります。
とはいえ、梨は水分がおよそ90パーセントを占める果物で利尿作用や体のほてりを冷ます効果があるとも言われていて、暑くなり始めるこの時期に食べたくなる果物という意味ではなかなか良いタイミングの記念日だなと感じます。
梨の日誕生の背景ー二十世紀梨100年の物語
ここでは梨の日誕生の裏にある二十世紀梨の歴史をお伝えしますね。この物語を知ると、梨の日への見方がぐっと変わるはずです。
松戸覚之助と二十世紀梨誕生秘話
そもそも二十世紀梨のルーツは明治21年(1888年)、千葉県八柱村(現在の松戸市)の梨農家、松戸覚之助という当時13歳の少年にあります。
近所のゴミ捨て場に捨てられていたみすぼらしい苗木を持ち帰って育てたところ、10年後の明治31年に結実し、それまでとは格段に甘くて水々しい梨ができたそうです。
少年が偶然拾った苗木が、後に「日本一の梨」と呼ばれるようになるなんてちょっとドラマみたいな話だなと個人的には思います。
鳥取へ渡った二十世紀梨・北脇永治の奮闘
明治37年(1904年)、鳥取市で農業を営んでいた北脇永治という当時26歳の青年が、松戸覚之助から苗木を10本購入して自分の果樹園に植えたのが、鳥取県における二十世紀梨栽培の始まりです。
「みかんには寒すぎ、りんごには暑すぎる」
という鳥取の気候に悩んだ末に出会った品種だったそうでこの選択が後に鳥取を梨の名産地に変えるきっかけになりました。
黒斑病との闘いと産地化
明治43年頃からは梨の実を腐らせる黒斑病というやっかいな病気が全国的に大流行して、多くの産地が栽培を断念してしまいました。
鳥取県も一時は壊滅的な状況に陥ったんですが北脇永治が国や県を巻き込みながら防除組合を組織し、薬剤散布を県内一斉に実施したことで克服に成功したんです。
この時の取り組みが今の鳥取梨のブランド力につながっているんだなと考えると、けっこう感慨深いものがあります。
意外と知られていない梨の日の謎
梨の日は本当に2004年に始まったのかという点に、実は疑問符がつくケースもありそうなんです。
1993年の記念日データブックにすでに記載があった
日本記念日協会が発行した1993年の「ビジネス記念日データブック」や、同年の小学館『小学一年生』の付録カレンダーにすでに「梨の日」という記述が確認されているという調査結果があります。
ただこれらの資料には誰が制定したのかという肝心の部分が書かれていないんですよね。
ですから、鳥取県が2004年に制定したのは事実として広く伝わっているものの、それ以前から似た名称の記念日が一部で使われていた可能性は否定できないという、なんとも不思議な状況になっています。
独自の考察
あくまで自分の見立てですが鳥取県の委員会が公式に「梨の日」として制定・発表したのが2004年であって、それ以前の記述は語呂合わせを使った非公式なイベント名やキャンペーン名だったのかもしれないなという気もしています。
細かく検証されたわけではないので、あくまで一つの仮説として受け取ってもらえればと思います。
梨そのものの歴史も知っておきたい
梨の日を語る上で梨という果物自体の歴史も少し触れておきますね。
弥生時代から食べられていた梨
日本では梨は弥生時代から食べられていたとされていて、静岡県の登呂遺跡からは炭化した梨の種子が発見されています。
それだけ長い間、日本人の暮らしに寄り添ってきた果物なんだなと思うとちょっと感慨深いものがありますよね。
日本書紀に記された梨栽培
奈良時代に編纂された『日本書紀』(720年)には持統天皇7年3月の記述として、梨や栗などの草木を天下に植えるよう詔が出されたという記録が残っています。
梨のつく地名は日本全国に3000カ所以上あるとも言われていて、地域の暮らしと梨がいかに密接だったかがうかがえます。
この記事のポイント
- 梨の日は7月4日、「な(7)し(4)」の語呂合わせが由来
- 2004年に鳥取県東郷町の委員会が制定、二十世紀梨移入100周年の節目だった
- 松戸覚之助が偶然拾った苗木から二十世紀梨が誕生した
- 北脇永治が鳥取に導入し黒斑病の危機を乗り越えて産地化した
- 制定年については1993年の資料にも記述があり議論の余地がある(憶測含む)
- 梨自体は弥生時代から食べられ日本書紀にも栽培記録が残る
- ふなっしーの発信が知名度向上に一役買ったと言われている
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