20260802
精神的に疲れている。最近は外に出て人に会ったりすることが増えている。何故疲れてるかというと、外に出ている結果、人や人々が喋ってたり会話したりしてるのを聞いてたり、ましてやそこにいて喋らねばならないという場合が増えているからだ。耳にノイズキャンセリング機能をつけたくなる。脳に、心にノイズキャンセリング機能をつけたくなる。今更思い出すまでもなく、僕は社会不適合だ。別に人々や誰かが極度に嫌いなわけじゃないが、そういうふうな気持ちになると、1人になりたくなる。ゆるりとした体勢ですっかり自閉したり、何かしらの(退屈を覚えないような)作業に熱中することを許される状況なら逃げようを見つけられるが、バスや電車とかで会話が盛り上がったりしてる場合は最悪だ。すぐに心が限界になってしまう。
1人でいても結局疲れることには疲れる。が疲れを強く感じることはない。少なくとも好きなだけの量や質の時間を好きに過ごせるから、気が紛れる。ドラッグや酒はもっと気が紛れる。が、すぐ身体的な意味で気分が悪くなるので、その手のものを摂取せず、シラフでいれるならシラフでいる方が良い。身体的に壊れ始めると、簡単に精神的にも参ってしまう。何にせよしんどい状態は嫌なのだ。つまるところ僕の精神は弱いので、あらゆる「しんどさ」というものに耐えられないのである。しんどさがしんどさを呼び、そのしんどさがしんどさを呼ぶ。歓びがあるともっと歓びが欲しくなる。よって、何もないのがマシだ。ひとりでいたいわけじゃないがひとりでいる方がマシだし、何もないのが最も望ましいわけじゃないが、何もない方がマシである。
何かしていかねばならない。何もしてなさすぎるので何かしていかねばならない。無すぎる。やらねばならないことはいっぱいあるし、やりたいこともそれなりにあるのだが、うまく動けない。
こんなことばっか書いてるな。毎回似たことしか書けないのに手慰みで文章を書き出すとこうなってしまい、結果書く意味がないと感じる。クソ同じことばかり書いてしまう。だから訳詩だの何だのというのを拠り所にして文章を書き始めねばならないのだ。そうでないと、ただでさえクソみたいな文章なのに一層クソみたいな内容になってしまう。クソみたいな文章だなと思いながらそれでもその文章を書き続けるのはそこそこ苦痛だ。何故書いてるのか。そもそも文章を書くこと自体大体が苦痛だ。何故書いているのか。何故書くのか。
終活したい。諸々終わらせたい。終わらせる準備をしたい。ずっとそう言ってるが、それも出来てない。就活も含めたあらゆることはだるく面倒だからだ。何も出来ない。終活したいという気持ちだけがずっとある。そのうち始めようとずっと思っている。ずっと思ってんなとも思っている。本当は終活などしたくないのか、単に何事にもやる気がなくだから終活が出来てないのか、どちらだろうかと考えている。頭はいつでも何らかの思いや考えを抱えてぐるぐるしているが、そこから抜け出すことがない。考え込むばかりである。終活どころか生活も出来ない。いまさら思い出すまでもなく、僕は健常で健康とは言い難い状態である。
いつも日記を書けば書いているようなことはここまでで大体書いてしまった。ほとんど頭も心も動かさず手癖だけで書けるだけのものはもう書いてしまった。これ以上書くには何を書くか考えねばならない……。
続けてみよう。やはり人の輪というものに加わり、思考が諸々促されてくると、考えてることや喋りたいことが湧き出てくる。でも僕はそれを喋る、口にするだけの能力がなく、口にするだけの状態にないから、ひたすら抑圧するだけ抑圧し続ける抑圧地獄に身を置くことになる。これは世界や誰かが悪いわけではなく、僕という人間が捩れ、壊れてしまっているからである。自分へのムカつきがどんどんと募っていく一方で、ひたすらにストレスがかかる。これは上で書いてきたようないわゆる疲れ、ダウナー系ではなく、どちらかと言えばアッパーで、混乱していて、気が狂いそうになるタイプのアレだ。一度この状態に入ると逃げ方が分からない。少しだけでも喋り、少しだけでも会話が弾めば解消されるのかもしれない。一度でいいから脳が緩めばそれで何とか寛解へと向かうのかも。しかし僕はそれでもやはり喋ることができない。脳がぐちゃぐちゃのまま加速していき、臨界点に達したとき高速すぎる高速で動いているそれは止まっているように見え、そこからは次第にすべてどろんとしていく。どろどろになった脳はもはや考えることや感じることをやめ、僕は僕にまつわるあらゆるものの主体たる僕というのがよく分からなくなってくる。ぬるぬると僕の認知から僕というのが滑り落ちていく。もはや何も分からなくなり、ただストレスばかりが残る。僕は出来損ないだ。
結局これもいつも書いてるようなことじゃないか。僕という人間がまるで成長せず展開しないので、書くことも変わらないのだ。僕というのはずっとずっと同じところでぐるぐるしている。
うんざりだ。世界とか他者とかではなく、僕という人間ただそれだけが。
と、いう文章を僕が書いていた。それを今僕は読み返し、誤字脱字を訂正し、文章を整え、とりあえず書いたのだし、noteに投棄しておこう、と考えている。体も心も疲れている。別に今日が悪い1日だったということはない。良い1日だったかといえば疑問は残るし、上に書いていることは今日の僕にも当てはまりはする。僕が出来損ないだというのも変わらない。とはいえ,こんなものをわざわざ書く意味も、書くからにはネットに投棄しておこうという精神もよく分かんないなと思う。この文章を書いていた僕の気持ちを汲み、それを継ぐ形で今日の今の僕が、責任を持って投棄だけはしておくこととする。加えて、次からは書けることが少しは増えるよう、日々の生活を多少なりとも充実させてはいかがか、という提案も添えておこう。



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