焼肉店での恒例の打ち上げ、飛び込み参加一名あり(前)
焼肉店での恒例の打ち上げに夜鷹が来る話。
身体の関係だけだと思ってる司と、そうじゃない夜鷹と、苦労の多いヘッドコーチ二人。
主成分
・ラブコメ
・肝心なことは言わないよだじゅん
・でも嫉妬はするよだじゅん
・兄貴分な五里先生
・よだじゅんの親のような慎一郎先生
・夜鷹が五里先生をなんと呼ぶかは不明なのですが、慎一郎先生が「誠二くん」呼びだったので同じにしました。
・五里先生が「慎一郎」「純」と呼んでるのが好き。現役時代はフォローしてたんじゃないかな〜という妄想です。
・前半は文庫メーカーでアップした話です。
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賑やかな店内、ぱちぱちと火の爆ぜる音、食欲をそそるいい匂い。
焼肉店の一角で、司は今や恒例となった大会後のコーチ陣の打ち上げに参加していた。
ただし今夜は一つのテーブルを皆で囲む形ではない。千羽、王仁、雉多、五里、鴗鳥、そして司といういつもの六人だったら一つのテーブルでもよかったけれど、まさかの飛び込み参加があったのだ。七人ではさすがに狭いため、通路を挟んだ二テーブルに別れて座ることにした。千羽たち3人のアシスタントコーチで一テーブル、ヘッドコーチ二人に異例の飛び込み一人、プラス司の四人で一テーブルだ。
司は心底思っていた。なんでこの配置に───?と。アシスタントコーチ3人の席に自分も混ざるのが普通じゃないのか。今すぐ千羽たちのテーブルに移りたい。この際、千羽に根掘り葉掘り聞かれることも受け入れるから。どうして自分だけこのテーブルにいるのか。
いやまあ、どうしても何も、自分の隣に座る人に視線だけで命令されたからなのだけど。
「純、サラダ食べるか?」
「いらない」
「どうせ肉は食べないんだからサラダくらい食べろよ」
「いらない。誠二くんが頼んだんだから自分で食べなよ」
「お前に食わせるために注文したんだよ」
「……慎一郎くん」
「ごめんね、純くん。僕も自分のサラダがあるから」
夜鷹は露骨に嫌そうな顔をしながらも「わかった」といって五里からサラダを受け取ると、そのまま司の前に置いた。
「食べなよ、司」
「えぇ……」
「オメーが食べろよ、純!」
五里が叱りつけるものの、夜鷹はまるで聞いていない顔で煙草を取り出した。
「スポーツ関係者の前で吸うな! 副流煙って言葉を知らねぇのか!」
「慎一郎くんは気にしない」
「慎一郎はお前を甘やかしすぎなんだよ!」
「司もいいっていう」
「司先生も純を甘やかし……、んん? ……司ってお前、純、司先生と付き合いがあったのか……?」
戸惑った顔の五里に、司の背中から滝のような汗が流れた。
※
夜鷹と司の間には付き合いがある。
身体の関係も含めてある。でも恋人ではない。
だからといって爛れた関係というわけでもないし、大人の火遊びなどでもない。あえていうならこれはそう、スケートをやってみたいけど一人では勇気が出なくて友達を誘ったみたいな、そんな関係だ。たぶん。
事の始まりはあるリメイク映画だった。
オリジナル版の作中曲が人気を博しており、現代まで様々なアレンジ曲が作られていて、フィギュアスケートのプログラムでも使われることが多かった。リメイク映画が作られたなら一度は見ておきたいところだ。しかし劇場公開中はシーズン真っ只中だったため映画館へ足を運ぶ暇はなく、気づけば上映が終わっていた。……と、そんな愚痴とまではいかない軽いぼやきを夜鷹に零したことがあった。そのときは「ふうん」という気のない返事が返ってきただけだったけれど、実際はきちんと覚えていてくれたらしい。
サブスクでの配信が始まったその日に夜鷹に呼び出されて「見るよ」といわれた。
はて、いつものスケート動画鑑賞だろうか? と最初は思った。夜鷹のマンションで一緒に動画を見たことは今までも何度もあったからだ。ただ大抵は貸切にお邪魔した後のことで、動画のためだけに呼び出されるのは珍しかった。だから映画が始まった途端、夜鷹さんが自分なんかの話を覚えていたんだ!? という驚きで司はわたわたしてしまった。
しかしその動揺も、映画が最初の山場に差し掛かるまでのことだ。
もともと恋愛要素のある映画ではあったけれど、オリジナル版は愛憎混じりの人間模様を描いたヒューマンドラマだった。後から考えれば製作当時の規制の影響もあったのかもしれないけれど、ベッドシーンは一切なかった。
それが、リメイク版ときたらどうだ。
俳優たちが服を脱ぎだしてから10分経ってもセックスシーンが終わらない。
司は気まずさで死にそうになった。
一般的に『家族で映画を観ている最中にベッドシーンが始まると気まずい』といわれるけれど、夜鷹と見るベッドシーンはその比じゃないな……!!! と心の中で滂沱の涙を流した。自分はクッションに座っているので、背後のソファに座っている夜鷹の表情はうかがい知れない。案外、気にしていないかもしれない。何も感じていないかもしれない。そうだといいな~!!! と祈りながらも、悪い方向に想像してしまうのは人間の性というものだ。
そして気まずい空気に耐えきれずにおかしなことを口走ってしまうというのも、よくある話で。
「あっははっ、長いですねえこのシーン! 俺なんかスケートばっかりで恋人もいなかったから経験ないんですけど、こんなに時間をかけるものなんですねえ!」
口に出した端から後悔することが人生にはある。今がまさにそれである。
消えたい……と思いながら心の中でさめざめと泣いていると、不意に夜鷹がいった。
「僕もない」
思わずぐるんと勢いよく振り返ってしまう。
夜鷹は画面を眺めたまま、煙草を片手にいった。
「興味がなかったから」
「な、なるほど……」
夜鷹純がモテないはずがない。今だってこの格好良すぎる美貌である。現役時代には観客席のファンが幾人も失神したとか、出待ちするファンが多すぎて夜鷹だけ警備が大増員されたとか、そんな夜鷹純伝説だってネット上にはごろごろ転がっている。
「引退した後に、『普通のこと』をいろいろ試したときもあったけどね。セックスは一人じゃできないだろう? だからやらなかった」
「そうだったんですねえ……」
この人らしいなとしみじみ頷いていると、夜鷹が煙草を灰皿へ押し付けた。
それから身体を屈めると、両手でこちらの顔を固定するように掴んでくる。
「夜鷹さん?」
「一人じゃできないけど、二人ならできる」
「そうですね……?」
「司とならしてもいい」
「……はい?」
「司はしたことがないんだろう? 司が経験してみたいなら、僕が抱いてあげてもいいよ」
───横暴と書いて夜鷹純と読む。
そんなフレーズが頭をよぎってしまうくらい、むちゃくちゃだった。
抱いてあげてもいいってナニ? 親切な申し出ぶった言い方でナニをいい出してるんですか??? 上から目線でいってるけど俺が突っ込まれる側なのは決定なんですね???
……と、さまざまな反論が浮かんだものの、同時に察してしまってもいた。
(夜鷹さんって、他人に触られるの嫌いだもんなぁ……)
基本的にパーソナルスペースが激広な人である。
セックスに興味があっても、お金を払ってプロに頼むことも、あるいはその容姿を活かして遊び相手を見つけることも、この人には難しかったのだろう。ある程度、懐に入れた人間でなくては、セックスどころか握手すら厭わしい人なのだ。そして夜鷹が気を許す相手というのはごくごく狭い範囲に限られている。
(……俺、夜鷹さんがセックスしてもいいと思うくらいには、親しい人間になれていたのかぁ……)
つい、喜んでしまった。こんな最低な誘い方だというのに。
司の中の常識的な部分は『せめて「僕が経験してみたいから」というべきでは??? 「司がしたいなら付き合ってあげてもいい」みたいな言い方って最低じゃない???』としきりに訴えている。それはまったくその通りだ。なにが正しい選択なのか、今このときばかりは夜鷹より自分のほうがずっとわかっている。
だけど、目の前に夜鷹がいる。山ほど欠点を知っているのに、どうしようもなく好きな人がいる。だから言葉が零れてしまった。
「じゃあ、試してみますか……? 夜鷹さんが嫌になったら、いえ、飽きたら中止ということで」
夜鷹は鷹揚に頷いた。
※
夜鷹との肉体関係はそんな風に始まった。
……自分にとって最大の誤算は、夜鷹純という人の粘り強さをわかっていなかったところにあるのだろう。
正直にいえば、夜鷹のことだから、どうせ途中で嫌になると思っていたのだ。そもそも自分のようなムキムキでホカホカの男相手に夜鷹が興奮できるのかも大いに疑問だったし、まあそこまで行く手前で、それこそ多少の触り合い程度で「飽きた」と言い出すだろうと思っていた。夜鷹は面倒になったり嫌気がさした場合は素直にそう口にすることはなく、すべて「飽きた」の一言で済ませる男だ。どの時点で飽きたといわれても笑顔で対応できるように心を決めていた。
……だというのに気づいたらベッドの上で夜鷹を見上げていた。全裸の夜鷹を画面越しではなく生で見た瞬間だった。
とはいえ、男同士の初めての夜である。気持ちいいどころか艱難辛苦を乗り越えてのゴールだった。ベッド上で祝♡初完走したときには『もはやこういう競技なのでは?』と思うほどに疲労困憊していた。ただし夜鷹は余裕のある顔をしていたので、現役時代に称えられていた絶対王者の驚異的な体力を目の当たりにすることになった司は慄いた。これで八歳年上なんて嘘では? という気分だった。
そして、初夜というよりハードなスポーツをこなしたような心地にはなりつつも、この一夜を一生大事に胸に抱えていこう……と少々センチメンタルなことを考えていたところで、三日後、再び夜鷹にベッドに引きずり込まれた。
ぽかんとして見上げた自分に、夜鷹は不機嫌そうな顔でいった。
「今夜はちゃんと司を気持ちよくさせるから」
あぁ~と納得してしまった。天を仰ぎたい気分だった。これはアレだ、夜鷹の負けず嫌いが発動している。初夜の艱難辛苦っぷりが悔しいのだろう。最初から気持ちよくなっちゃう♡みたいな展開を期待されていた可能性もある。なにせ夜鷹も初めてだったのだ。セックスに夢見がちになってしまったとしても仕方ないだろう。まあアラフォーのおじさんではあるんだけども。
でも悔しがっている夜鷹を可愛いと思ってしまった。だから二度目も三度目も応じた。四度目辺りから雲行きが怪しくなり、五度目は気持ちよくなっちゃう♡をリアルに体験してしまった。翌日、正気に戻ってから恥ずかしさで泣いた。
しかしこれでようやく夜鷹も満足したことだろう……と思っていたら六度目があった。七度目もあった。八度目以降からは数えるのをやめた。
だって気づいてしまったのだ。自分が気持ちいいということは夜鷹も気持ちいいのだろう。実際、ベッドの上で夜鷹は機嫌のよい顔をしている。獲物を捕らえた捕食者のような満足げな眼をしている。こちらを鳴かせるのも泣かせるのも実に楽しそうにやっている。勘弁してほしい。
おそらく、氷の上以外のほとんどが不快な夜鷹にとっては、セックスの心地良さは例外的なことだったのだろう。自分が察するに、この人は今セックスにハマっているのだ。
おかげで夜鷹のマンションを訪ねるたびにベッドへ連れ込まれるし、最近では「ここに住みなよ」だの「いつ引っ越してくるの」だのいわれる始末だ。ヤりたいだけのくせに住居を変更させようとしないでほしい。エーン。司はしくしく泣いた。しかし胸の内で苦情を述べても口に出せたことはない。セックスの後に夜鷹が柔らかい表情を浮かべているだけで、まぁいいかと思ってしまうからだ。この人がひとときでも穏やかな心地でいられるのなら、自分の身体くらいいくらでも差し出せる。
※
まあそんな感じで本日まで来ているのだけど、それはそれとしてほかのコーチたちに公言できるような関係ではない。いくら自分の心情としては違っていても、客観的に見てセフレとしか思えないのはわかっている。夜鷹がプライベートなことを喋るとは思わないけれど、この人の言葉選びが壊滅的なことも知っている。だから五里の「付き合いがあるのか?」という問いかけに対し、滝のような汗を流しつつもすぐに口を開いた。
「鴗鳥先生に誘っていただいて、ときどき貸切にお邪魔させてもらってるんですよ!」
五里があぁと納得の顔になった。司が夜鷹の大ファンだという話を思い出しているのだろう。加えて鴗鳥が司に深く恩を感じていることも。しかしそれを夜鷹本人の前でいっていいのかと迷う気持ちもあったらしい。五里は曖昧に頷いて、話題を変えるように網の上のカルビをトングで掴んだ。
「よし、食べ頃だ。司先生、皿出して」
「俺は最後で構いませんから、どうぞ先に……」
「慎一郎はサラダ食ってるし純は食べないだろ? 俺も育てるのが好きなだけのオッサンだから肉はそんなに食えない。つまりこのテーブルの主戦力は司先生ってわけだ」
そこまでいわれては固辞もできない。おずおずと取り皿を出すとカルビがいくつもポンポン乗せられる。
「ありがとうございます、誠二先生」
「おう、じゃんじゃん食ってくれ」
さっそく熱々のカルビを口に運ぶ。肉の旨みがジュワッと舌に広がって、自然と顔がほころんだ。美味しい……と噛み締めながらせっせと食べる。誠二先生に何やら微笑ましそうに見られている気がしたけれど、カルビの美味しさの前には負けてしまう。ほくほく顔で取り皿分を食べ終わり、ウーロン茶に手を伸ばしたところで、不意に視線に気づいた。
恐る恐る隣を見ると、夜鷹が突き刺すような眼をこちらへ向けている。
「あの、なにか……?」
「君、馴れ馴れしいんじゃないの」
「えっ? な、なにがでしょうか?」
「誠二くんは司よりずっと年上だよ。『誠二先生』なんて下の名前で呼ぶのは馴れ馴れしいよね。礼儀がなってないんじゃないの」
「えっ、あっ……、すみません!!!」
つい反射的に謝った。
しかし正面に座る五里は、呆気にとられた顔で夜鷹を見てから、慌てたようにこちらに向かって手を振った。
「いやいや、いいんだよ、司先生! 俺は全然、名前で呼んでもらって構わないから! そんなの気にしたこともないよ! つか純! お前いきなり何をいい出しちゃってんの!? 礼儀!? お前が今まで礼儀なんて気にしたことあったか!?」
「僕は年上として当たり前のことをいっているだけだ。司に指導してあげただけだよ」
夜鷹は平然という。
しかし五里はこめかみをピクピクと引きつらせた。
「なーにが指導だ、そんな言葉を吐ける身か!? 自分の胸に手を当てて現役時代を振り返ってみろ! フィギュアスケート男子シングル史上最も強く最も礼儀知らずといわれた絶対王者は誰だった!?」
「知らない」
「お前だよ!!!!! 俺や慎一郎がどれだけお前のフォローをしてきたと思ってんだ!!! 慎一郎なんてお前の代わりに頭を下げすぎて、今じゃすっかり親みたいになってるだろうが!」
「誠二くん、そんなことは……。だけど純くん、突然馴れ馴れしいなんていわれたら明浦路先生も困ってしまうよ。伝えたいことがあるにしても、よくない言い方だよ」
「だって事実だ。司は礼儀にうるさいんだから、誠二くんのことも苗字で呼ぶべきだろう。誠二くんだけ特別扱いなんておかしいよね。僕は先輩として間違いを指摘してるんだよ」
「お前の辞書に『先輩』なんて単語があったのか!? 誰に対しても実力で黙らせればいいって態度だったお前に!? いいか、純。お前がしていることは先輩らしい指導じゃなくて、金メダリストの威光を振りかざしたパワハラだ。司先生に訴えられる前にやめておけ」
司はそこでようやく恐る恐る口を挟んだ。
「あの、確かに俺も、せい……五里先生に甘えすぎていたかと」
「がーっ!! いいんだよ、司先生! 純のいうことなんか気にしなくて! 俺は司先生に頼ってもらえるのは嬉しいよ!! 純は反省しろ!!」
きっぱりといわれる。五里こそまさに男気のある先輩といったところだ。
どうしていいかわからずに、ウーロン茶のグラスを両手で握って口をつける。夜鷹が突然呼び方に駄目出しをしてきた理由がわからない。もしかしたら夜鷹としては、自分の先輩である五里が司と親しくしているのが不快なのだろうか? 『誠二くんは僕の先輩なのに』みたいな感じか?
(誠二先生と夜鷹さんって、実は超仲良しな先輩後輩だったのか……!!)
知らなかった。ウィキにも書いてなかったから。まあウィキ、鴗鳥先生と親友なことも書いてなかったもんなと納得する。夜鷹の交友関係は未だに謎ばかりだ。
そうつらつらと思いながらウーロン茶を飲んだところで、夜鷹が苛立った声でいった。
「司は僕のことだって年上だからと名前で呼ばないんだ。恋人の僕が呼ばれないのに、誠二くんが呼ばれるなんてどうかしてる」
「───ッゴホッ、ゲホッ、うっ、ぐっ、ゲホッ」
ウーロン茶が勢いよく気管に入った。