焼肉店での恒例の打ち上げ、飛び込み参加一名あり(後)
焼肉店での恒例の打ち上げに夜鷹が来る話。
身体の関係だけだと思ってる司と、そうじゃない夜鷹と、わちゃわちゃするアシスタントコーチ三人と、苦労の多いヘッドコーチ二人。
この話【novel/28360089】の続きで完結です。
主成分
・ラブコメ
・恋愛がわからないよだじゅん
・でも嫉妬はするよだじゅん
・兄貴分な五里先生
・よだじゅんの親のような慎一郎先生
・超マイペースなあっくんとツッコミの倫太郎と慎一郎先生の負担を増やすなの輝ちゃん
・よだじゅんが五里先生をなんと呼ぶかは不明なのですが、慎一郎先生が「誠二くん」呼びだったので同じにしました。
・五里先生が「慎一郎」「純」と呼んでるのが好き。現役時代はフォローしてたんじゃないかな〜という妄想です。
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二つのテーブルがしんと静まり返る。
ちらちらとこちらの様子を伺いながら肉を食べていた千羽たちも、唖然とした顔で箸を止めている。
時を止めたような空間に、盛大にむせる自分の声だけが響き渡った。
真っ先に我に返ったのは、この場で最も夜鷹への耐性が高い男・鴗鳥慎一郎だった。
いつも穏やかな彼が、このときばかりはひどく慌てた顔でいった。
「純くん! 二人の関係を公にするのは、明浦路先生と話し合ってからじゃなきゃ駄目だといったよね!? ライバル選手のコーチ同士なんだから、純くんがいいと思っても、明浦路先生の同意がなくては駄目だといったよね? きちんと承諾を得たのかい?」
「……いいんだよ」
「純くん、それは……! 明浦路先生にだって都合があるんだよ!?」
正面に座る鴗鳥から眼をそらすように、夜鷹が露骨にそっぽを向く。
その様子に、五里が、ようやく状況を理解したといわんばかりの顔になった。
いや待ってほしい、何もかもが誤解である。恋人ってなんの話だ!? 夜鷹の壊滅的な言葉選びが『セフレと書いて恋人と読む』みたいなことになっているのだろうか? 鴗鳥まで珍しく夜鷹語を解読できていないのか?
だけど訂正しようにもウーロン茶が窒息死させようともくろんでくる。ゴホゴホとむせ続けていると、五里が青い顔になっていった。
「バッカ、お前、純! こういうのが破局の原因になるんだぞ!?」
「別に……、慎一郎くんは知ってるんだから、誠二くんが喋らなければ大丈夫だよ」
「そりゃ喋らねぇけどな!? そういう問題じゃねえんだよ!」
そこで五里はハッとしたように隣のテーブルを見た。
「敦士たちも黙ってろよ? 聞かなかったことにしろ、いいな?」
五里にいわれて、王仁たちが頷く。
「ウッス、努力しま~す」
「あっくん、言い方!」
「コイツは黙らせておきますんで、安心してください」
「輝也くん……、ありがとう。いつも苦労をかけてしまいますね」
直立して頭を下げる鴗鳥に、雉多もまたすっと立ち上がっていった。
「とんでもない。慎一郎先生のためならこのアホの一人や二人、海に沈めてみせます」
「こわ~~~い。あ、そのカルビ食っていい?」
「あっくん、好きなだけ食べていいから黙ってて。頼むから空気読んで」
千羽が制止役に回っているのは『夜鷹純』が得体が知れなすぎるからだろう。突然現れた伝説の金メダリストがどういう人物なのか測れない。司の恋愛という本来なら真っ先に囃し立てているネタを前にしても、夜鷹への恐ろしさが勝る。
……そう思われているのだろうと察しつつ、ようやくウーロン茶との戦いに終止符が打たれそうなところまで咳が落ち着いてきた司は、声を出そうとしてまた咳き込んだ。喉が荒れている。潤すために再びグラスを手に取り、今度は注意して少しずつ飲もうとした。
しかしそのとき、非常にマイペースな王仁がいった。
「でも司先生と夜鷹純って意外な組み合わせっすね。性格合わなそう」
「ゴホッ、ぐっ、ゲホッ」
「あっくん~~~!!!!! 黙って!!! カルビを食え!!!!!」
ウーロン茶との戦いラウンド2が始まってしまった。
咳き込む自分の背中を、夜鷹が慣れない手つきでさすってくれる。
お礼をいおうと、声を振り絞ろうとしたところで、夜鷹が先に口を開いた。
「司から誘ってきたんだよ」
「純くん!!!!!」
「黙ってろ純!!!!!!」
なぜか誇らしげにいう夜鷹に、鴗鳥と五里の悲鳴混じりの制止が飛ぶ。
「純くん、そういうプライベートなことはね、勝手に喋ったらいけないんだよ」
「お前、純、司先生にこの場でフラれても文句はいえねぇぞ!? あー、いや、司先生? 純はこの通り無神経でデリカシーもないんだけど、いいところもあるから……、あるよな……? えーっと、そうだ、スケートが上手い!!!」
「ウケる。性格じゃないんだ」
「あっくんは黙って!!! 肉を食え!!!!!」
「お前の口にコーラを突っ込むぞこのアホ」
王仁を黙らせようとする千羽と雉多、ハラハラと心配している様子の五里と鴗鳥。混乱する焼肉の席にあって、実は誰よりも疑問符を飛ばしていた司は、ようやくウーロン茶との第二ラウンドに勝利すると、おずおずと隣の男に向き合った。
「あの、夜鷹さん……?」
「なに」
「……俺たち、付き合ってないですよね?」
シーンとその場が静まり返る。
先ほどよりもいっそう深く重い沈黙だった。賑やかなはずの店内で、その2テーブルだけが真空空間に放り込まれたかのようだった。
「……どうしてそんなことをいうの」
夜鷹が不機嫌そうに尋ねてくる。
司は身振り手振りをまじえて懸命に弁解した。
「だって俺たち、付き合おうとか、そういった交際に関する話をしたことはないですよね? 夜鷹さんから好意を伝えられたこともありませんし。そもそも夜鷹さんって俺のことを好きじゃないですよね?」
「……べつに、嫌いじゃない」
「あぁ、はい。それはわかってます。でも特別に好きってわけじゃないですよね?」
夜鷹が黙り込む。
正面に座る五里と鴗鳥が顔面蒼白になっていくのがわかった。しかし司としてはホッとしていた。万が一にも、夜鷹からきちんと交際を申し込まれていたのに自分が忘れていたなんて事態だったらそれこそ真っ青になるところだった。自分の認識が間違っていなかったことが確認できたので、司は安心して続けた。
「確かにその、そういう事はしましたけど、夜鷹さんは一度経験してみたかっただけですよね? ほら、一人じゃできないからっていってたじゃないですか。深い意味はないって、俺はわかってるからいいですけど、恋人なんていうと鴗鳥先生や誠二先生に誤解されてしまいますからね!!」
ぶんぶんと無駄に大きな身振り手振りも付けながら訴える。
すると夜鷹は眼つきを悪くしていった。
「ちがう」
「え?」
「司がセックスしたことがないっていうから、経験してみたいなら抱いてあげてもいいっていったんだよ」
「あっ、はい。そうでしたね」
相変わらずツッコミどころが多いけれど、会話の流れとしてはそうだった。夜鷹もちゃんと覚えていたらしい。ホッとしつつも、念押しのようにいう。
「だから、俺たち付き合ってませんよね?」
「……どうして」
長い前髪の奥の瞳が不快そうに歪む。眼差しという威圧がかけられる。
その凄まじいプレッシャーにとっさに口ごもったとき、隣のテーブルからあっけらかんとした声が上がった。
「そりゃただのセフレだわ」
「あっくん~~~!!!!! 思っててもいうな!!! 気持ちはわかるけど!!!」
「いや、さすがにこれは……、司先生も付き合い方を考え直したほうがいいですよ」
王仁、千羽、雉多が口々にいう。
固まっていた鴗鳥と五里もハッと我に返った様子で夜鷹を見た。
「純くん? 恋人だといっていたよね? 恋人らしいこともしてきたんだよね? 明浦路先生を大事にしていると、僕にいったよね!?」
半ば悲鳴のような声を上げる鴗鳥の隣で、五里も口をわなわなと震わせた。
「オイ、どうなんだ、純!? 今のところお前が最低だとしかいいようがねぇが、デートや食事やプレゼントはしてきたのか!? それ次第でお前の味方になってやるかどうか決めるからな!?」
焦る友人と先輩に対して、夜鷹はふんぞり返っていった。
「してきたよ。当たり前だろう。司は何を勘違いしてるの」
「えっ、ええ……? いや、だって、デートなんかしたことないですよね……?」
「貸切に呼んであげた。一緒に滑ったよね」
「えっ、あれデートだったんですか!?」
自分が気づいてなかっただけか!? と一瞬思いかけたけれど、すぐに鴗鳥から制止が入った。
「待った、純くん! それは付き合う前からしていたよね? 僕も一緒にいたよね?」
「はぁ。貸切の後で司は僕のマンションに来たよ。二人きりで過ごした」
「一緒にスケート動画は見ましたけど……。えっ、あれデートだったんですか!?」
「お前、そんなの慎一郎とだって観るだろうが! スケート以外になにかねぇの!?」
「プレゼントもしたよ。服を贈った」
「まさか、夜鷹さん? 俺の服をゴミ箱に入れた件についていってます!?」
「純くん……! いくら恋人でも他人の物を勝手に捨てたら駄目だよ……!」
「ゴミを着ていたからだよ。でも、司が二度とするなと怒ったから、次からは現金を渡しただろう。それなのに受け取らなかったのは君だ」
「あ───っ! あれ!? いきなり夜鷹さんから万札の束を渡されて、俺が『身体を売った覚えはありません』とキレたときのあれですか!?」
「司はなにか勘違いしていたけど、僕だって君の身体を買った覚えなんてないよ。ただのプレゼントだ。慎一郎くんがエイヴァによく贈り物をしていたから真似しただけだよ」
「僕はエイヴァに現金を贈ったことはないよ、純くん!!!」
鴗鳥が頭を抱えていう。
夜鷹は不機嫌そうに煙草を取り出し、火をつけて一度吸い込んでからいった。
「それにセックスしてるんだ。恋人だろう」
王仁が「わー、サイテー」と呟いた声だけが、静まり返ったテーブルに響く。
千羽と雉多が勢いよくカルビとコーラを突っ込んで黙らせたものの、もはや地獄のような空気は変えようがなかった。
鴗鳥は真っ青になっているし、五里は片手で顔を覆っている。
「純……、司先生とよく話し合え。悪いことはいわないから、現状に対する認識のすり合わせをちゃんとしろ」
「恋人だ」
「オメーだけがそう思っててもダメなの! 司先生も、嫌なことは嫌っていっていいんだからな!? 純が金メダリストだろうと気を遣わなくていいんだよ? むしろコイツははっきりいわないと伝わらないから。遠回しないい方で納得する奴じゃないからさ、バシッといってやってくれ!」
五里の勢いに押されて、コクコクと頷いたときだ。
鴗鳥が眉間に皺を寄せながらも口を挟んできた。
「待ってください、誠二くん。たとえ方法がズレていても、純くんは純くんなりに明浦路先生を大事にしようとしているんです。どうか明浦路先生にもそれをわかっていただけたら……」
「だから純の親ムーヴはやめろっていってんの、慎一郎! お前は純の実家か!?」
「ちがいますが、誠二くんだってわかるでしょう! 純くんがこれほど誰かに執着できるなんて初めてのことなんですよ?」
「執着だけあるのがなお悪いんだよ! 愛情と誠意が一緒になけりゃただの暴力だからな!?」
「そこまでいわなくてもいいでしょう!」
「いうわ! 執着だけぶつけられる司先生の身にもなれ!」
司はとっさに「おっ、落ち着いてください!」と両手を突き出して、尊敬する二人のヘッドコーチを宥めた。
「大丈夫です、ちゃんと話し合いますから! どうかご心配なく! お任せください!」
途端に二人は気まずそうな顔になった。後輩たちの前で言い争いをしてしまったと思っているのだろう。しかし夜鷹だけは我関せずといった顔で煙草をふかしている。いやあなたが一番気にするべきですよね!? と思うものの、この場でこれ以上口に出すのも揉めるもとだ。
焼肉を食べましょう? と勧めると、鴗鳥がなんとも申し訳なさそうな顔をしていった。
「すみません、明浦路先生。……それでもどうか、純くんのことを」
「よろしくしなくていいからな、司先生。ビシッといってやれ」
五里がぼそりと口を挟む。鴗鳥がじろりと隣を見た。再びヘッドコーチ同士の対立が始まりそうだったので、司は大慌てでカルビを二人の皿に取り分けた。