堕ちてきた君が悪い
金メダリストになった後にコーチになります!と言って電撃引退した世界線の明浦路司&そんな彼の演技に灼かれたまま情緒が狂ってる夜鷹純。
※書きたい所だけ書いたので割と途中で終わります
※よだつかパートは短いですが一応タグ付けしてます
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その男はスケート界に朝をもたらした、と言われた。夜鷹純の喪失によって訪れた夜を彼のその圧倒的な才能を持って夜明けへと変えたのだと。
夜鷹純を彷彿とさせるスケーティング、しかしその技術は彼以上とも言わしめた。繊細で力強い動き、音にピタリとハマりながらも緩急のあるリズム感、宙に浮いているかのように取っ掛かりのない滑らかなステップ、これぞ美しいスケーティングの極致だとさえ今なお語り継がれている。そしてジャンプにおいては4回転サルコウを主軸とし、姿勢から着氷のタイミングに至るまで完成度の高いそれは当時は多くのスケーター達が手本とせんと目を凝らして刮目していた。そして彼の代名詞、4回転アクセル。着氷に成功したのは数えるほどではあるが、多くの選手が挑戦し破れてきたその実績を踏まえると、彼の成功率の高さは正に異次元であった。
やがて夜鷹純の再来だと言う声は次第に、彼以上なのではないか、いずれ彼を抜くのではないかと囁かれる様になった。そうして訪れたオリンピックにて彼は男子シングルにおいて、夜鷹純以来となる金色のメダルを獲得することになる。残念ながら僅かばかり彼の打ち立てた記録には届かなかったが、それも時間の問題だと多くの人々がこれからの彼に期待していたのだ。それなのに、
「引退してコーチになります!」
晴れやかな笑顔で宣言されたそれは、勝利の美酒に酔いしれ何処か浮き足だった会見の場を静まり返らせるに十分な威力であった。伝説となった王者が引退を宣言したあの会見を脳裏に過らせたものも少なくないだろう。誰しもが声を出せず、しかし一拍置いて湧き上がったのは怒涛の質問と怒りと、嘆きと悲しみの声であった。何故、どうして、まだ若いのに、貴方の演技を待っている人がまだいるのに、コーチなんて、せめて次のオリンピックまで!!
四方八方から寄せられるその声達に、しかし彼は穏やかに微笑んだまま微動だにしなかった。それが彼の強固な決心を表しているようで、会場からは遂に泣き出す者まで現れた。
「辞めないで、アポロン」
喧騒の中でポツリと溢れたその言葉は、しかし何故かこの会場に重々しく響く。アポロン、それは彼に付けられた渾名であり彼自身を表すかのような名前でもあった。人当たりが良く常に笑顔を浮かべている太陽のような彼は、しかし一度氷の上に乗れば人々の目を焼き尽くさんばかりの美しいスケートを魅せつけた。多くの人々の心を惹きつけ、その心を燃やし尽くし、目を焦がし、熱に狂わせた。彼のスケートを熱望するものは今でも世界中にいる。それなのにどうして。
「ごめんなさい……俺のスケートを愛してくれて、ありがとうございました」
寂しげに、それでも何処か清々しく笑う彼に先程までの喧騒がパタリと止む。あぁ、彼は本当にもう戻ってこないのだと。もう二度と氷上で命を燃やして戦う彼は見られないのだと絶望した。せめてアイスショーへの出演はと記者が募るも、それもコーチ業に専念したいので確約はできないと彼は首を振る。そうして皆の太陽は、多くの人々の心を焼き尽くして舞台から去って行った。
そうして、アポロンこと明浦路司は4年もの間行方不明となる。