GNU/Hurdが「ほぼ完成」した話
36年かけて開発されてきたGNU/Hurdが、2026年のFOSDEMで「ほぼ完成した」と宣言された。誰も信じなかった夢が、静かに実現しつつある。
2026年2月1日、FOSDEM 2026の発表で、サムエル・ティボーは開発の現状を明かした。その内容は、長年「永遠に完成しない」と揶揄されてきたこのプロジェクトにとって、初めて本格的な「光の見える」報告だった。
何が変わったのか
最も衝撃的なのは、Debianのパッケージの約75%がGNU/Hurd上で正常にビルドできるようになったことだ。XFCE、GNOME、KDEといった主流のデスクトップ環境も含まれる。
もっとも、この75%という数字には前駆体がある。2025年8月10日にリリースされた「Debian GNU/Hurd 2025」の時点で、既に約72%のアーカイブがビルド可能だった。つまり、この数ヶ月で若干の改善があった——という話だ。
そのうえ、gcc、glibc、LLVM、Rustといった主要なツールチェーンへのサポートが上流プロジェクトに統合された。オープンソースの世界で「上流に認められる」は、プロジェクトの信頼性そのものを意味する。
なぜ今、進展できたのか
長年の悩みであったハードウェアドライバの不足は、NetBSDのrump層を活用することで大幅に改善された。rump層とは、既存のドライバコードをユーザー空間で動行させる仕組みのことだ。LinuxやNetBSDで長年に渡って磨かれたドライバを、そのまま流用できるようになった。
これは巧みな選択だと思う。自分でゼロから書き直すのではなく、枯れた技術を別の文脈で再活用する。それが、Hurdの開発を劇的に加速させた。
64ビットとSMPの支援
x86_64のポートは「実質的に完成した」と報告された。MIG RPCレイヤーの修正と、各ソフトウェアの認識の問題を解決するのが主な作業だった。ルカ・ダリズ、フラビオ・クルズ、セルゲイ・ブガエフらの地道な修正によって、長年の32ビット制約が脱破された。
SMP(マルチコア)の支援も追加される。ただし、実態はまだ発展途上にある。2025年第4四半期の開発報告では、x86_64でSMP対応のコンパイルは可能になったものの、「SWAPGS命令に関する課題が残っている」と明記されていた。現段階では並列コンパイルなどの用途には対応しているが、完全な多コア利用はまだ先の話だ。
「全てを今すぐ完全にする」のではなく「まず動く状態にしてから、そこから拡張していく」——その現実的なアプローチが、プロジェクトの成熟を示している。
エコシステムの拡大
GNU/Hurdの世界は、Debianだけではなくなった。
GNU Guix 1.5.0(2026年リリース)では、Hurdカーネルの実験的サポートが正式に盛り込まれた。インストーラーの選択肢にもなっており、Thinkpad X60でも動作が確認されている。つまり、Guix/Hurdは「進行中」ではなく「リリース済み」の段階にある。
Alpine Linuxベースのポートも開発が進んでおり、セルゲイ・ブガエフが先駆けとなった。2024年時点で約299パッケージが利用可能だった。まだ初期段階だが、Debianの엄格なパッケージポリシーとは異なる、軽量で柔軟な環境としての可能性が見えている。
さらに、AArch64へのポートも実験的に進んでいる。GNU Mach自体がAArch64で動作し、主要なHurdサーバー(ext2fs、exec、authなど)も稼働を確認した報告がある。まだ実用には遠いが、「x86のみ」という制約の終わりが見えた。
Hurdの本質、今に生きる
GNU/Hurdの設計思想は「カーネルは最小限に」だ。タスク管理、メモリ管理、IPCのみをカーネルが行い、ディスクドライバやネットワークスタックまで全てユーザー空間に置く。
この設計は長年、強い批判を受けた。「非現実的」「遅いだろう」と。しかし実装が安定した今、改めて問い直すべき問いがある。モノリシックカーネルが全てを独占するアーキテクチャは、本当に唯一の正解だったのか。
「GNU/Hurdはほぼ完成した」——その言葉の重さは、まだ多くの人が実感していないかもしれない。だが、あとは時間だけの問題になった今、このプロジェクトの行方は注目に値する。
ソース
他参照
https://guix.gnu.org/en/blog/2026/gnu-guix-1.5.0-released/ GNU Guix 1.5.0リリース情報
https://www.theregister.com/2025/08/18/debian_hurd_13/ Debian GNU/Hurd 2025のレビュー
https://www.osnews.com/story/144152/gnu-hurd-gets-dhcpcd-port-further-smp-improvements/ Q4 2025開発報告
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