強がりな君へ
司が体調崩してほんの少し無理する話。
よだつかは未交際。矢印は仄かにお互い向いている程度です。
おまけに狼嵜 光の逆行(展開や設定)を載せています。最後のページなので読まなくても結構です。
一応🏅専用のX垢もあります。SSと妄言載せています▷ https://x.com/xxss55ss?s=21&t=SkFlOgTdJcauFcH-ZNB8nA
素敵な表紙素材お借りしました▷illust/94839806
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今朝、鬱々とした気持ちで司は目を覚ました。珍しい己の感覚に嫌な予感を覚えて、まだはっきりとしない脳を徐々に覚醒させるために枕元に置いた携帯を手に取る。
時刻は午前五時過ぎといつもの起床時間よりも二時間ほど早い。嫌な時間に目が覚めたと思いつつ、喉の渇きを覚えて水だけ一杯飲んでから二度寝をしようと上体を起こした時だった。
「いっ……!」
ツキンと刺さるような頭痛に咄嗟に頭を押さえる。持続する痛みに顔を顰め、波が引くまで一切動くことが出来ない。数秒、数分、数十分にも感じられる頭痛がようやく落ち着いた司は、真っ暗な部屋で一人ため息を吐いた。
ここ数日、忙しい日が続いていたので体調を崩す予感は本人も感じ取っていた。いのりはこれからの飛躍のためには色んな場所を飛び回り、付き添いである司の海外遠征の費用も馬鹿にならない。選手の一部は強化選手として費用免除はあるが、コーチには適応されないので自身で稼がなければならないのだ。そのため、個人レッスンの入っていない日は専ら割のいい肉体労働や夜勤勤務が中心の生活になっている。
いくら人より体が丈夫で元気の権化のような司でも、寝不足と疲労の回復出来ない日が続けば体調を崩すのは火を見るよりも明らかであった。
「まじかぁ、あぁー……」
明らかな症状は体が危険信号を出している証拠である。幸いにも本日の労働はないのでその辺りは良かったのだが、代わりにいのりの個人レッスンが入っていた。自分が仕事を休むだけであれば休息の選択肢を選んだのかもしれないが、いのりや両親の予定も関わってくるとそう簡単に休むことは出来ない。
いのりは優しい。恐らく司が休みを選択すれば顔を真っ青にして全力で心配をしてくれるのが目に見えるほどだ。だからこそ、余計な心配をかけたくない司が“休まない”選択肢を選ぶのは必然であった。
「司先生! こんにちは!」
「こんにちは、いのりさん……と狼嵜さん?」
「こんにちは」
ギリギリまで自宅療養をしていた司がスケートリンクに到着すると、普段は明港ウィンドの専用リンクにいるはずの狼嵜 光がいた。お淑やかなお辞儀とともに挨拶をしてくれているが、相変わらず司にそこまで興味がなさそうな態度である。当然、いのりは気づいていない。
「光ちゃんのいつものリンクが点検で使えなくて困ってたんで誘ったんです!」
「そうだったんだね」
いのりの話してくれた理由に納得した司は頷くが、その言葉の後に沈黙の時間が続いて「あれ?」と不思議に思う。正面にいるいのりは眉尻を下げて心配そうな表情を浮かべていた。
「先生、元気ないですか?」
的を射た指摘にぎくりとしてしまう。家で時間の許す限り眠っていたものの、体調が回復する兆しは見えず未だに頭痛は残っている状態だ。更に僅かな吐き気も抱えているので、いのりの指摘通りいつものような溌溂な挨拶や言動が無意識に控えられてしまっていた。ハッとした司はこれ以上悟られないように、両腕でコブを作るポーズをして元気なアピールを見せた。
「そ、そんなことないよっ! 元気だから今日も一日頑張ろうね!」
「は、はいっ」
有無を言わせない姿勢に今度はいのりが頷くことしか出来ない。結局、いのりの不安は残ったまま個人レッスンは開始されることになり、そんな二人に光は少しだけ視線を送ってすぐに滑ることに専念するのだった。
二度に渡る六十分の個人レッスンを終え、その頃にはいのりの不安も消えてしっかりと練習に打ち込むことが出来た。司も個人レッスンが始まるとスイッチが入り、頭痛はほんのりと主張していたが嘔吐欲はほとんどなくなっていたお陰で問題もなかった。
無事終えられたことに安堵した司は今日の練習の要点を伝えて、二人は礼儀良くお辞儀をして解散することになる。いのりはこの後も閉場時刻まで滑るため、にこやかに手を上げて光のいるところまで颯爽と滑っていった。
いのりがこちらに背を向けた途端、鳴りを潜めていた不調がじわじわとせり上がってくるのを感じて冷汗が流れる。意識しなければ気にならなかった頭痛が、吐き気が一斉に雪崩れ込み司はゆっくりと後ずさりをする。 ゆらりとした動きでくるりと回り、 なるべく目立たないように何ともない風を装って休憩室に置かれている椅子へと腰を落とした。
ドッと疲れが出たのか次に立ち上がるのも億劫で、回る視界に気分は如実に悪くなっていく。指導する中でヒートアップしたせいでかいた汗が冷えて、いつもの高い体温もみるみるうちに低下しているのが分かるほどだ。長袖越しに腕を摩っても一向に温まらず、寒いスケートリンク内に留まるのは得策とは言えず悪循環である。
個人レッスンを終えた今この場にいる必要はなくなったので、今日ばかりはこのまま帰ろうと司は気持ちを引き締めて身支度を整えていく。傍から見れば普段の司からは想像のつかないほどのんびりとした動きだが、今の時間帯は高峰も個人レッスンが入っているので気付く者は誰もいない。
荷物を持ってリンクの方へ少しだけ顔を出し、タイミングよく高峰がこちらを見ていたので申し訳ないと思いながらも大声を出す元気はないので会釈で挨拶を済ませる。手を挙げて反応を返してくれたのを確認してから、司は若干ふらついた足取りでスケートリンクを後にした。
施設の出口へ向かう途中、司は己の体調不良の悪化を察していた。今朝の起床時とここへ来たときとは比べ物にならないほどの倦怠感と頭痛、いつもの微熱気味の体は冷たくて足先の感覚も鈍い。階段は上がりきれたもののこの体調で帰宅は厳しいことは明白で、一旦人気のないスペースで症状が落ち着くまで三角座りでいることにした。
大の大人が蹲っている姿は目を引くが、一般の人はあまり寄り付かない死角なのでよほどのことがない限り人が来ることはない。経過とともに酷くなる頭痛、そして目を瞑っていても感じる眩暈。普段体調を崩さない司にとって、精神面を削るには十分の要素だった。
寂しい、苦しい、辛い──死ぬはずがないと分かっていても怖くて、慣れていない故に対処法が思い浮かばない。このまま意識を飛ばすことが出来れば楽になるのかもしれないが、自分の知らない間に大事になるのは目に見えている。高峰やこのスケートリンクに迷惑をかけるわけにはいかない、そうなると症状に耐える方法しか司は選べなかった。
「自分の体調の管理も出来ない人が、いのりちゃんを成長させられるなんて到底思えないですね」
凛と発せられた言葉に俯いていた顔を跳ねるように上げると、数年前の大会後の夜に起きた二人の本音がぶつかった出来事──雨の降る河川敷で向けられたあの当時と同じ冷ややかな目をした光が立っていた。
黒い髪を揺らして不服そうな彼女はスケートシューズのままで、おおよそ司の様子が気になって見に来たのが分かる。
「ごもっともです……」
反論する気力も立場もなく司は力なく呟いた。病人のそれに光は面倒くさそうにため息を吐いたが、そのままその場にしゃがみこんで司の前髪を上げて額に手を当てる。いきなり近くなった距離と思ってもみない行動にぎょっとして、ただ当の本人は特に気にした様子もなく「熱じゃなさそうですね」と興味のなさそうなままだった。
「……はぁ、いのりちゃんのためです。大人の人呼んでくるのでそこで大人しくしててください」
隠さない態度で告げられた言葉に一瞬体が強張る。もし高峰に告げ口をされると、今までの経験上多大なる心配をかけてしまい、今以上に気を遣わせてしまうことになるので出来ればやめてほしいと思う。しかし、他の選択肢を取るなど今の司に権限はない。加えて、他のスタッフが来たとしても高峰に連絡がいくのは必然であり逃げ道はない。ここで体調を崩してしまったことが一番の司の敗因であった。
もう考える気力もなくなっていた司は、光が連れてくる大人が来るまで大人しく目を瞑って耐え忍ぶことにした。
たった数分間のはずがうっかり眠ってしまっていたらしい。手で肩を叩かれ「ねえ」と声を掛けられたことで目を覚まし、おぼろげな意識のまま面を上げると真っ暗な人影が見えて、目を凝らして知人か確認してみる。
人影と思ったその黒は、黒髪に全身を黒の衣服を纏っていた夜鷹 純であった。
「よだ、かさん……?」
「立てそう?」
いつの間にか溢れていた生理的な涙のせいで視界はぼやけていて、その膜越しでも分かるほど表情は無である。それでも声色は幾分か柔らかい気がして、普段であれば緊張でそれどころではなくなるが今は心が落ち着いていくのを感じていた。
夜鷹の声掛けに頷いて体を支えてもらいながら立ち上がると、次に光にされたのと同じように髪を掻き分けて司の額に手のひらをあてた。突然の近い距離に居た堪れなくなった司は視線を逸らすことでいっぱいいっぱいになるが、ふわりと香るたばこの匂いによって更に距離感を自覚させられて頬に熱が集まる。
そんな司の葛藤を知る由もない夜鷹は、人より体温の低い自分より冷たい額に少し考える素振りを示した。
「僕より冷たいね。家まで送るからついてきて」
「え、いやでも……」
「光に君の事お願いされてるから拒否権はないよ」
通常であれば恐れ多いこの提案を全力で断るところだが、対抗出来るほど司の体力は残っていないため頷く選択肢しかないのであった。
「ご迷惑、おかけして…すみま、せん。でも、なんでここに」
「光の迎え、あと呼ばれたから仕方なく」
誰に? と一瞬思うもののすぐに分かった司は、一番に自分を探しに来た黒髪の彼女に頭が上がらなくなった。光は最初からこうなると予想していて、最悪の事態を想定して夜鷹へ連絡を入れていたのだ。
ただ一つの疑問は残る。例えそうだとしても、あの夜鷹がわざわざ来てくれる方が信じられず、光はどう丸め込んで彼を呼んでくれたのだろうかと司はそのことで頭がいっぱいになる。
「おんぶとかする?」
「い、いいいいえ!」
突拍子もない冗談なのか分からない提案にここぞとばかりに抵抗を示すと、夜鷹は少し間を置いたのちに「そう」とどこか残念そうに呟いた。
そうしてこの日、司は夜鷹に腕を引かれて車で送迎してもらうことになり、この恩はどうやって返そうと体調を崩しているにもかかわらずベッドの上で考え込むのであった。
実際のところ、当初の指摘通りいのりも司の不調に気が付いていた。しかし誰よりも司の気持ちを優先する少女は、彼が隠したいという気持ちを汲み取って必要以上に心配することをやめたのだ。ただそうは言っても気持ちが変わるわけもなく、個人レッスン後に光と滑っているというのにいのりはどこか心あらずな様子であった。
そんな優しい少女の心配を無下にするコーチへ光は不満を募らせるが、いのりを困らせたい感情は一切ないこともあり「実はね」と内緒話のように耳元でぽそぽそと話し始めた。
「いのりちゃんがレッスン受けてるときに夜鷹コーチに連絡したんだ。もう着くのとお願いしたから家まで送ってくれるよ」
「えっ、あの人が?」
信じられない、と顔に出ているいのりの反応は別段可笑しくはなく、寧ろ彼と関わった者なら全員がいのりと同じ反応をするだろう。それほど夜鷹のその行動は珍しく想像がつかないのだ。
未だに疑っているいのりに光は楽しそうな笑みを浮かべて、そうして隠し玉を見せるように意気揚々と最近気づいた夜鷹の変化を伝えるのだった。
「コーチ、明浦路先生の名前に敏感みたいなんだ」
fin.
あとがきと没ネタ(読まなくて大丈夫です)
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