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この作品「それでもきみは、」は「明浦路司」「メダリスト(漫画)」等のタグがつけられた作品です。
それでもきみは、/平日曰の小説

それでもきみは、

8,338文字16分

そこを選んだ。

モブから見た☀️の話。特にカプ要素はありません。

何かあればこちらまで
☀️が能力使ってこんなことしてたよ〜という目撃証言があれば欲しいです。見なよ、俺の司を……。をして欲しいです。よろしくお願いします。
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運動神経があって、自分の体をうまく扱えて、かつ人の動きを見る目がある。スポーツ選手として恵まれていると思います。多分どの競技に行っても成功するだろう人間。そんな☀️がスケートを選んだという事実が、すごい好きだな〜と思っていたら一本できました(?)

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 春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山――そんな一首が似合うような夏が近づいてきた。国語教師は生き生きとしてこの句の解説をしている。クラスの大半は午後一番のこの授業を忌み嫌っていて、すでに脱落者は多数いるようだ。それを気にも留めずに黒板に向かう教師は幸せそうに見えた。……俺も早くこの授業が終わらないかなと忌み嫌っている側なので、ほとんど白いノートにペンを走らせるでもなく、くるくると回して暇をつぶしていた。
 くぁ、と欠伸を噛み殺さなくてもきっと熱弁中の先生には気づかれやしないだろうから。こんな時ほど一番後ろの席でよかったと思わずにはいられない。周囲を見回しあとでからかうネタにして、目下の悩みの解決方法につなげられないか考える。
 斎藤……あいつはバスケ部だった。井上、は軽音だっけ。羽田は、だめだ。運動音痴だった。この前の体育の試合はあいつがいたせいで散々だったことを思い出す。女子には頼れないので除外して……。と一人一人品定めをして時間をやり過ごす。
 はぁ、こんなことなら入学の時に人を誘ってはいればよかったなと後悔をせずにはいられない。部活に入ってなさそうなやつの方が誘いやすいよな、と頭の中の友達リストを検索して、白いノートに書きだす。隣のクラスの真島は部活入ってたっけ。うーん、わかんね。うんうん唸らせた結果としては思わしくないものだ。書いた名前に横線を引いて、候補から外す。結局真島は弓道部だった。
 夏を目前にしてどの部活動も大会に向けて熱が入り始める。かくいう俺に所属している部活――バレー部だってそのはずだった。はずだった。部員の一人がけがをして全治2か月。理由は帰り道に階段から飛び降りて着地に失敗したから。チームで大いにののしって、とりあえずうっぷんを晴らした。これが強豪校ならそいつが外されて終わりだが、何せうちは人数6人ぎりぎりの弱小もいいところの部活だったので。ということで一人脱落者が出て5人。はてさてどうしようか。弱小すぎて助っ人を頼むにしてもハードルが高い。夏なんて遊びたい盛りに決まっているのに、そうじゃなくてもほかの部活だって大会真っ盛りでそっちに専念したい人ばっかりだ。
 まずは経験者で探した。部活に入ってないってことは時間が余っているはずだと目星をつけて、必死に頼み込んだ。結果は惨敗。箸にも棒にも引っかからなくてすげなく断られた。まぁ、部活なんかより遊びたいか。バイトだってあるし。
 次に運動部。バレーはできなくても運動神経があれば何とかなる、ハズという素人考えで片っ端から声をかける。これも撃沈。なんなら、うわ、バレー部だ。と後ろ指さされそうになるまでになってしまった。こっちだって必死なんだよ。と舌を出しておく。
 最後に、未経験で部活にも入ってない人。――一番確率は高いが、一番事故りそうな感じもある。というか絶対事故る。でももうとりあえずあと一人が欲しくてなりふり構っていられない状況にまで陥ったので、その事故は仕方がないものだと思おう。という部員5人の共通認識のもと助っ人探しパート3が始まった。
 これで大会に出られなくなったら大変なのだ。何せ先輩の引退試合。一人しかいない先輩を快く見送りたいと思う後輩心を汲み取って誰か助っ人になってくれはしないだろうものか。はー、と深いため息をついて机に突っ伏した。一応頑張ってはいるけれど、どことなく諦めムードが漂う雰囲気が5人の中にはあった。もとはといえば馬鹿な真似をしてけがをしたやつが悪いが、松葉杖をついてコートには立てない。これが腕くらいだったらまだ何とかなってたのかもしれないのに。
 時計の針はゆっくり進んで、あと25分。ようやく半分。先生の声はよく響いているのに、ペンを走らせる音がやけに少なくて笑えた。今度のテスト絶対ここから出るんだろうな~。そう思うのにペンを動かす気にはなれなくて、誰かにノート見せてもらおうと心に決める。それよりも、助っ人探しの方が重要なので。

 結局、国語の時間では助っ人の目星がつけられなかった。あーこのまま本格的な夏が来たら先輩も引退してしまう。どうにかしようにも人数ってのはどうしようもできない。チャイムの音が鳴って放課後の合図がした。今日も練習だが、それよりも助っ人が欲しい。練習しても大会に出られないんじゃ意味がないのだから。
「……安田? 大丈夫か?」
 声のした方を向けば、明るい茶髪のクラスメイト―明浦路司がいた。ほうきを手に持っているので掃除の時間になったらしい。
「ごめん、すぐどくわ。机移動させなきゃ」
「いや、なんか疲れてそうだったし俺が運んどくよ。安田部活あるだろ?」
「そ~そ~、今度大会で~忙しいんだよね」
 部活が、というよりも勧誘でとは言えない。そっか、と返事をする明浦路はガタガタと机を移動させようとしていた。勧誘するにしてもこういう優しい奴がいいな。なんて思って、ハッと気づく。じぃっとその背中をを見つめていると、振り返った明浦路がなんだよ、と照れ臭そうに笑った。
「……そういえば、お前、部活入ってる?」
「え? 入ってないけど。俺んち忙しいしさ、」
 それを聞いた俺は、天啓が下りてきたのかと思った。もしくは神の導き。がけっぷちの俺に手を差し伸べてくれたのは、ほかでもない、この明浦路という男だった。
「明浦路……いや、司! 俺と一緒にバレーボールやろう!」
「は?」
「本当に! 一回だけ! ちょっとだけだから!」
「言い方キモ! ほかにもあるだろ頼み方ってモンが!」
 男子高校生特有の悪ノリをしたら、いたく引かれてしまった。が、何とか頼み込んで明浦路を助っ人にすることができた。ちなみに先輩の話をしたらすんなり了承してくれた。なんで忘れていたんだろう。明浦路は体育でもバレーが上手かったのに。なぜだか運動部っぽいという理由で、かつまぁまぁ忙しそうだったので候補からすっぽり抜けていた。
 大会前1~2週間練習に参加して、そして大会に出てほしい。ラーメンを奢ることを条件に明浦路が頷いた内容だった。本当だったらひと月くらいは練習に参加して雰囲気に慣れてほしいけど、出てくれるだけで本当にありがたいのでそれ以上は言わない。
 頼み込んだその足で部活に連れていき、部員の面々にも紹介をして後戻りができない状態に持って行った俺は偉いと思う。でも、明浦路はなんだかんだやると決めたら最後までやってくれるタイプなので飛ぶことは心配していない。ただ、バイトとか忙しいからその予定次第だとは言っていたがそれもうまくやってくれるだろう。

 俺と明浦路は単なるクラスメイトだ。助っ人になってくれるのであれば期間限定のチームメイト。そんなに良くつるむ方でもないし、出席番号なんて最初と最後なものだから物理的にも距離が離れていることが多い。身長が170以上あってまだ成長痛で痛むらしい。うらやましいことこの上ない。俺はすでに168.3で身長が止まっている。(170になれなかったことが悔しすぎて小数点以下まできっちり覚えている)
「へー、安田は中学の時もバレーしてたんだ」
「そ、筋金入りのバレー好きですよ」
「あはは、誰に自慢してんの」
 明浦路は何とか予定を調節してくれたようで、律義に2週間前から練習に参加してくれた。苗字が書かれた真っ白いTシャツは、体育で使っているにしてはやけに汚れているように感じた。黒い練習着に身を包んでいる俺らとはちょっと浮いていて居心地が悪そうだったが、それも時間が過ぎれば気にならなくなる。
 体育でプレーを見た時も思ったが、明浦路は筋がよかった。アンダーパス、オーバーパス、スパイクどれをとってもフォームがきれいで、中学含めて5年くらいやっている俺よりもうまいんじゃないかって思うくらいだった。
「俺がさお前に『経験者!?』って聞いたの、思い出したわ」
「あー、なんか、よく言われる。バスケもまつセンにお前はセンターで日本一が目指せる! って言われたときはビビったわ」
「あー! あれね! まつセンバスケ大好きだからな~。バスケはもともとやってたん?」
「いや、小学校からずっと帰宅部」
「クラブチームとか?」
「もないね。弟いるし、面倒見なきゃいけないから」
 そう言った明浦路の顔は、少しだけ悲しそうだった。やりたいことがあってもできないってことなのかな。でもセンスあるし、やりたいって言えば認めてくれそうだけど。まつセンは生徒指導の厳しい先生だけど、バスケに対しての情熱は人一倍だから、そのまつセンに褒められた明浦路のプレーは、お眼鏡にかなうものだったんだろう。
 部活の練習にすぐになじんだ明浦路は、練習日に欠かさず来てくれた。水曜日以外は明浦路が来て練習に混じる。最初は体育会系のノリに驚いていたがそれもすぐに馴染んだ。バレーはプレー以外のルールがなかなか厄介なのでそれも敬遠されてしまう理由の一つだったが、勉強熱心な明浦路はローテーションもポジションも理解が速かった。ちなみにセッター対角のライトになっている。
 今は顧問が席を外し、サーブの練習中で少し話しながらネットに向かってサーブを打つ。明浦路は最初はアンダーハンドサーブをしていたが、いつの間にかフローターサーブに切り替えていた。ネットの上すれすれを狙う、お手本みたいなきれいなサーブだった。明浦路の真似をすれば俺もうまくなれんのかな、とボーっとしていると、明浦路が隣でポーンと片手でトスを上げて、助走を始めた。あ、ジャンプサーブだ。俺らの中にジャンプフローターはおろか、ジャンプサーブを打つ奴なんていない。長い手足がぎゅんぎゅんと動いて、高く飛んだ。しなる体から繰り出されたサーブは、勢いと精度を持ってコートにたたきつけられる。ラインぎりぎりを狙ったであろうそれは、9×9のコートの角へと伸びていった。
「入ったー?」
「おーう!」
 対角線のチームメイトからの返答にやった、と言って笑ったその顔は、無邪気そのもので。
「……どこで練習してたんだよ」
「誘われてからバレーの試合見てみたんだよ。かっこよくってさ。こう、ボールがギュンッてなっててびっくりした」
「全日本? なら○○選手?」
「そう!」
 顧問がいなくてよかった、と心底思った。初心者でジャンプサーブなんて、普通は打てない。ましてや経験者でだって一朝一夕でできるようなものでもない。ボールを上げる高さとか、助走の間隔とか、少しずつ調節して納得のいくサーブが打てる。それなのに、明浦路は、見ただけで試してみたらできました、って。なんだそれ。
 俺も見よう見まねでボールを上げた。タタ、と細かく足踏みして飛んだ。挑戦したことがないとは言わないが、成功したことも少ない。ボールの最高到達点とジャンプのタイミングがかみ合わなくて、手のひらとボールが一瞬触れて、離れた。ネットにすら届かないサーブ。隣でナイッサーと慣れたように声出しをしている明浦路はこちらを見ていなくて、こいつがバレー部に入らなくてよかったと思った。きっと顧問がいたら、興奮して何がなんでもバレー部に入れるだろう。そしたら真っ先にコートに立てなくなるのは俺だ。紛れもない現実。
「明浦路~」
「ん、なに?」
「大会ではジャンプサーブ打つなよ、けがしたら危ないからな」
「こんなんで怪我なんかしないって」
「大切な助っ人様がお怪我をしたら我々はどうしていいか……」
「あーあーわかったって、いいからそのノリやめろ!」

 試合はあっけなく一回戦敗退。先輩の最後の夏はすんなりと終わった。試合後の集合で、せっかく、俺のために助っ人くんを呼んでくれたのに……明浦路くんも勝たせてあげられなくてごめん。と泣く先輩に明浦路はそんなに泣く? ってくらいもらい泣きをしていた。ちょっと先輩引いてたぞ。
 いいやつだと思う。こうやって助っ人なんて面倒なことを引き受けて、その部活の先輩の引退も一緒になって泣くことができる。性根がいいとしか言えない。明浦路のこと、助っ人に誘ってよかったなぁ、って思った。
「……ありがとな」
「え、俺もまぁ楽しかったし、誘ってもらってよかったよ」
 大会の帰り道、ラーメンを奢る最後の約束を果たすために二人で帰路につく。未だにズビ、と鼻をすする明浦路においおい泣きすぎだろ~と突っ込んだが、思ったような反応は返ってこなかった。
「本当に、お前がいてくれてよかったよ。もともと木島が怪我しなきゃよかった話だったんだけど。せっかくなら勝ちたかったな~、先輩に一回でも勝ってほしかった」
「……」
「ま、人数ぎりぎりの弱小校はこんなもんだよ。仕方ないよな。……明浦路、ごめんな、付き合ってもらっちゃって」
「……仕方なくなんかないよ。安田はすごいよ」
「なになに~? 慰めてくれんの?」
「慰めなんかじゃなくて……! ちゃんと、勝ちたいって思う気持ちがあるって、それができるって、すごいことだから」
 だから、お前はすごいよ。安田。
 じっと見つめられた瞳は、今すぐ泣きそうなくらい潤んでいてまだ泣き止んでなかったのかよとかお世辞はいいよとか、茶化してやろうと思っていたけれど、それが真に迫っていた表情だったから。
 クラスの中では笑って、話の中心にいることが多い明浦路は部活にも入ってないし進学を目指しているわけでもない、強いて言うならバイトを頑張っているらしいということしか俺は知らなかった。けれど、2週間、たったの2週間の深い付き合いだったが、その言葉は明浦路が心の底から思っている言葉なんだと分かった。部活を何もしてないのにやけに柔らかい関節とかやけに出来上がりつつある肉体とか足にできてたまめとか、見えてないところで明浦路は何かを努力していた。多分、それを誰にも言ってないだろうことも。
 俺に対する声かけは、そういうところから来ているんだろう。
「……勝ちたかった」
「うん」
「勝ちたかったよ。もしかしたら勝てるかもって思ったよ、」
「うん」
「でも、やっぱ弱かったなぁ……! 俺たちじゃ先輩を支えてあげらんなかった!」
「……」
「最後、俺が、俺がミスしなきゃ、先輩ともっと試合できたのに……」
 お前だったら、ミスしなかったのかな。最後のセットで、俺がサーブミスをしなきゃ流れはこっちのものだった。明浦路が練習で一度だけ見せた、あのサーブが脳裏にチラついて、タイミングがズレた。欲が出た。俺があのサーブを打てたら、このセットは楽に勝てるのだろうかと、夢を見てしまった。
 ひとしきり泣いた俺は、正気に返って恥ずかしくなった。ごめん、こんな泣いて、と顔を上げたら明浦路が静かに、思った3倍涙を流していた。
「……やっぱ泣きすぎだろ」

 結局、明浦路はその2週間で助っ人をすっぱりやめたし、一応バレー部に勧誘したがすげなく断られた。わかっていたことだが。
「バレー続けたらお前は天才になる」
「なにそれ? どの立場の誰?」
「お前のチームメイトの俺」
「はいはい……」
 夏休み前にあった大会を挟んで9月、久しぶりに見た明浦路は夏だったというのに少し白っぽくなっている気がした。軽口のように部活に勧誘しているが、結構本気でバレー部に来てほしいと思っていた俺は、けどこれで最後だと思っての勧誘だった。毎回申し訳なさそうに断る明浦路の顔に耐えかねてのことだった。あと半分は、俺の未練。
「マジな話だけど……お前がいれば、つーか、お前ならエースになれると思う! 経験者から見てもマジでうまいし、あれだけチームに合わせられるって才能だから、部活何もしないのもったいねぇよ」
 もう高二の夏が過ぎても、明浦路なら今からでもできると、そういう確信があった。あのサーブの軌跡をなぞって練習をした回数は数知れない。そのおかげかちょっとジャンプサーブがモノになってきている。
「そんだけ言ってくれてありがとな、安田。でも……俺、やりたいことあるんだ」
 最後にそれを明浦路の口から聞けて良かったと思う。お前のやりたいことが、あの時の俺への感情の源だとしたなら、俺はお前がちゃんとやって勝ちたいと、思える場があればいいなと思う。お前が誰にも言わずに努力することを、俺は何も言わずに見守っている。
 お前がプレーする姿を頭で一つ一つなぞるようにして動く。そうするとなぜだかうまく動けている気がした。実際顧問にも褒められることが増えたし、この分なら後輩が増えてもコートの上に立っていられそうだった。相変わらず明浦路は忙しそうにしていて、放課後はすぐに教室を出て行ってしまうことが多かった。3年になればクラスも離れて、そのまま卒業になった。気になって、こっそり明浦路と同じクラスのやつに話を聞いたが「フリーターらしいよ」ということしかわからず、連絡先を交換もせず、俺は大学に進学した。

 彼女のいとこの娘さんがフィギュアスケートをしていて、大会に出るらしい。フィギュアのフの字も知らない俺は誘われるがままに会場にいた。スケートリンクは季節を問わず寒い。マジで寒かった。思ったより寒くて彼女に震えてる? って聞かれた。震えてたよ、俺は。スケートなんてオリンピックで見る程度。なんだか日本は強いらしいというおぼろげな記憶。氷の上よりも高く飛ぶことを目標にしていた青春時代だったのでまったくもってノータッチだったのだ。冬季よりも普通のやつの方がよく見る。
 だから、フィギュアスケートはこんな小さな時から大会があるだなんて知らなかった。回転数に違いはあれど、その基準は大人と変わらない。年齢でネットの高さが変わるバレーとは大違いだ。小さな女の子たちが氷の上をくるくる回るのは見ていて楽しい。笑顔で最後まであきらめずに踊りきるのを見るとよかったねという親心にも似た気持ちがあふれてくる。俺も親になる年かな。
 彼女のいとこの娘さんは、2、3個転倒して演技を終えた。そもそも大会に出る心意気が素晴らしいことなのでそれだけで満点なのに最後まで滑ってえらい! と彼女は滑り出す前から涙ぐんでいて、フィニッシュした瞬間に涙腺が崩壊していた。ハンカチを2枚持ってきておいてよかった。大判のふわふわハンカチを差し出しながら次の選手の滑走を見る。テレビで見るのとはまた違った趣があって、こういう試合観戦も趣味にしてみたら面白そうだとあたりをつける。彼女もなんだかんだでスケートに興味があるみたいなので。
 娘さんは残念ながら3位にも残れなかった結果だった。その次の子は2位についていた。演技の良し悪しが素人目には全くわからずただただ眺めている時間になりつつあったが、さて次に滑る子は、とリンクサイドに目を向ける。コーチだろうか、ひときわ大きな男性がいた。若そうに見えて思わず目を凝らす。――明浦路だ。明るい茶髪と快活そうな雰囲気。顔を見たら一発で分かった。大声で何か言っていたようだが聞き取れず、でもその声にも聞き覚えがあった。リンクにすい、と滑り出てくるのはこれまた小さい女の子(こう言うと変態っぽく聞こえるが、それ以外に言いようがない)だった。いとこの娘さんとそう年齢は変わらなそうだ。曲がかかれば優雅に踊りだす。その小さな子――結束いのりちゃんは氷の上にいるのが楽しくて仕方がない、と転んでも笑顔を絶やすことなく完走した。結果は1位だった。
 表彰が終わり彼女はいとこの娘さんの元へと向かっていった。俺は、明浦路に声をかけようかと思って、やめた。それは野暮だったし、俺が泣いた夏の日の挑戦は高校で終わりにしていたから無駄に感傷に浸るものでもないと判断した。それと同時に理解した。お前はこれのために、一人で頑張っていたのだと。今勝ちたい、と思うことがこれなんだ。それが、できるようにあの子に教えているんだ。スケートリンクを去ったあと、結束さんの元にいた明浦路は目元に涙を湛えて迎えていた。
 2週間、たった2週間。しかも青臭い青春の1ページにもなりようがない記憶を俺は何度もなぞっていた。誰にも言ったことがない。せめてお前がいたい場所にいられることが願いだった。それはなんとか叶ってるようで、教室からすぐに出ていってしまう明浦路の背中を眺めていた俺が、ようやく安堵のため息をつけたような気がした。今でも俺の中にはあの入道雲がのぼる夕暮れで俺のために泣いてくれた明浦路がいた。

コメント

  • ゆー
    2025年7月2日
  • Lilith
    2025年3月25日
  • 藤紫咲
    2025年3月20日
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