不本意と未分類とゴリ押し、同意有り
原作軸なんとかしてよだつか成立できないもんか時空の話です
☀が🦅を好きなのは重々承知しており、そして🦅もなんか☀のことはアレなのはそうなので
そこを二次創作不思議パワー(と慎一郎くんのゴリ押し)でうまいことをしたかった
なんとかなれ!!!たのむ!!!
※単行本未収録分へのネタバレは含まれませんが本誌を引きずっている人間が乱れた情緒で書いています
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春も終わる、もう教室の半分は半袖だ。
午後の授業は眠たい。
「それでは教科書を開いてください。皆さん、」
先生の声もどこか遠く感じられる。
そうか、彼は僕が好きなのか。
ある時夜鷹は気づいた。
はあ、と純度の高いため息を漏らす。
他人から熱のこもった視線を向けられる事に、夜鷹は慣れている。
わずらわしいが、仕方がないとも思っている。
だが明浦路司の視線については少し違う。
「ねえ」
「はい?」
「君は僕のことを好きだね」
「えっ」
「答えて」
答えて、と言っておきながら夜鷹の言葉は質問の形式をとっていない。
別に
明浦路司は観念したように口を開く。
「はい、俺は……あ、貴方が……好きで」
「いいよ」
「えっ」
「いいよ」
「えっとぉ……」
そういうことになった。
明浦路司は夜鷹純のファンである。
ファン、FANとはfanaticの略称で……とかなんとかがあるがそれはさておき。
司は自分が夜鷹純のファンなことを別に隠しているわけではない。隠していないというか、バレる。
自身の代演として司の演技を見た鴗鳥理凰少年はこう感じた。
「この人、ジャンプ以外のスケーティングが、夜鷹純そっくりだ」
夜鷹純に憧れた過去は理凰にとっては消したい過去だが、そんな彼にはすぐにわかった。
明浦路司。
太陽のような、と言われる彼がリンクで踊る姿はまるで別人だ、月になったように静かだ。
朗らかで快活、元気で賑やかさはするりと奥に引っ込む。
騒がしさや雑味のようなものはどこにもない、ただ滑らかに、抜けたところなどありえない。
スケーティングはトーストにバターを塗るように!これはとあるコーチが発した言葉だそうだがそれもわかる。
ひとつひとつ丁寧だが、頼りなさとは無縁だ。まばたきや呼吸がもったいなくて見入ってしまう。
踊っている時は手や脚だけじゃない。内臓や髪の毛の先まで集中を行き渡らせて!全身とは、からだのすべてだ。
それは美しい。
明浦路司のスケートを見れば、彼が誰に憧れているか語るまでもない。
語るまでもない、普段は自分でもちょっとどうかと思うぐらい好きだから司もあまり語らないようにしている。
でも、うっかり語ってしまう。それがしかも素面だとしても。
司の一番弟子である結束いのりはそれが少し不満だ、
「いのりさん、この動画見て、さっきのところこれが参考になるんじゃないかな?」
タブレットにはジュニア時代の夜鷹純の動画がうつっている、いのりはキッとにらんだ。
「なりません!」
「え、」
「なんで司先生は夜鷹純さんをお手本にするんですか!」
ウーッといのりは地団太を踏んだ。
「私は先生がいいのに!あの人じゃなくて、司先生のお手本がいいのに!」
理凰はそっくりだ、と言ったが、不思議なことに司の一番弟子である結束いのりは夜鷹のスケートに対して惚れこむところがないのが面白い。
夜鷹純は結束いのりを「あの子供」とか「つまらない子供」という。
結束いのりはそれを知っているわけでもないのに夜鷹純を「あの人」と言った。
変なところで似通うところがある二人である。
「ご、ゴメン!どうしても、俺の中で一番きれいでかっこいいスケートって言ったら夜鷹純になっちゃって……」
とりなされていのりはますます面白くなさそうに、唇を尖らせた。
「司先生って、本当に、夜鷹純さんが好きですね」
「ヴ!……うん。好きだよ」
いのりは茶化したりしない。事実を指摘しただけだ。だから司も誤魔化さない。
いのりは悔しい。
悔しいことに、夜鷹純の話をする司が一番きれいに見えるのだ。許せないことに。
『夜鷹純に恋してるみたい』
最初にこれを言ったのは誰だったのか司は忘れた、それは中学生のころ、忘れるぐらい昔のことだったからだ。
からかいの意味もあったと思われる、しかし、その言葉は司の瞼にちかりと刺すような光をもたらした。
「そ、そうかも……」
司は納得してしまった。そのことばに頷いた時、明浦路司は夜鷹純に恋をしていた。
それは呪いだった。
『あの月をあなたにあげます』
とある高貴な男が言って、
『はい』
そう深窓の姫君が答えれば、それで月は女のものだ。
呪(しゅ)とはそういうものだ、そうとある陰陽師は言った。
名前をつけて縛る。
司は夜鷹に恋という呪いにかかっている。
振り返って冷静に分析して見れば、あの感情はスケートへの憧れや熱望と混同されていたというのが正しいだろう。
司が本当に恋していたのはスケートなのか、夜鷹純なのか。
それはどうでもいいかもしれない。
だって司にとってスケートとは夜鷹純だし、夜鷹純というのは司のスケートへの衝動そのものなのだから。
その人のことで頭がいっぱい、考えるだけでぼうっとなってしまう、胸がドキドキする、その人に会いたいと思う、何でも知りたい。
その気持ちに誰かはわかりやすく名前を与えてしまった。
『恋』
夜鷹純への恋。
しかもそれを司は認めてしまった。そうかも。
「俺、じゃあ、夜鷹純に恋をしてるんだ」
恋というものには、うつろうだとか、はかないとか、散る、実るというような草木花の属性が紐づくことが多い。
実る事は決してない恋である、だって司が知った時にはもう夜鷹純は引退して世界には彼の栄光という影しか残っていなかった。
しかしスケートはある。スケートを求めて追いかけるということはそれは夜鷹への恋も続くと言う事だ。
実らない恋を司はすることになる。
しかしその恋は根強かった。実らないどころか、芽が出ないのに種があるせいだ。
そのため十四歳の司は、人生の半分近くを夜鷹純に恋をすることになった。
夜鷹純には恋をした瞬間から失恋が決まっていたようなものである。
だがスケートは追いかけることができた、恋は続く。
そのスケートへの恋もたった二年の現役では叶う事は無かったが。
つまり失恋のはずだった。
なのに、司の恋は終わらなかった。辛くても痛くても司は断ち切れなかった。
とある司とさほど近しくない人間は、そんな明浦路司を『おそろしい』と言った。10年ものの恋で人生を棒に振ったようなものだと。
その結果がどうだ、司は高卒で貯金も職歴もすっからかんの人間になった。
なのにまだスケートが好きだって言えるのかと。
そんなこと言われても司の恋が終わっていないのだから仕方がない。
俺ってスケートへ一生片想いをしていくのかな、なんて一応思いながら、司はショーキャストへの消極的な夢を追いかける。
一生を片想いで終える!という覚悟もないが、不安だけがあり、かといって止めることもできなかった。
そして。
明浦路司は結束いのりと出会った。
少女の細い声は司に火を点ける。
「俺がこの子のコーチとしてスケートを教えます!」
司はずっと誰かに見出して選んでほしかった。
できなかった自分にしか拾えない気持ちがある、できなかった自分だけが見つけられる才能がある。
いのりの助けを求める声に司が応えてくれた、いのりはそう思っているが、司からしたら司が挙げた手を取ってくれたようなもの。
助けてくれたのはいのりさんのほうだよ。
結束いのりはコーチという新しい夢へ司を導いてくれた。
この時、司は恋をひとつ終わらせたと言ってもいいだろう。
なのにその矢先、現実に夜鷹純が司の前に現れるのだから。
その上、夜鷹はたまたま司の全日本を見ていて、記憶に残る演技だったなんていう。
司は震えが止まらなかった、嬉しいという実感が遠かった、なにしろそれ以上に怖かった。
憧れすぎたスケートそのものを目の前にして、自分がどうにかなってしまいそうだから。
口を開けば自分でもこじらせた恋心をぶつけてしまうかもしれなくて。
だが夜鷹純はなまやさしい男ではなかった。
「一生かけようが君が光に勝てる事はないよ」
「よく考えてごらん。君自身のことも……この世界のことも何にも知らなすぎる」
いのりへ対して吐いたその言葉は、司の恋心をさっぴいてもあまりあるほどの怒りを生む。
「撤回してください」
貴方がそんなことを言うのは呪いになる、やめて。
そんな呪いを気軽に、しかもこんな子供に放ってはいけない。
知らなすぎる――そう、そっちこそだ。どんな思いで。
「『知らなすぎる』のは貴方の方だ。今のは簡単に投げ掛けていい言葉ではないはずです」
心臓がうるさかった、もはや夜鷹に言っているのではない、司は自分の覚悟を己に問うている。
「貴方に未来は決められない」
格好としては司は夜鷹に向かってタンカを切った形だが、司自身まだつかみ損ねていた自分を鼓舞していたと言ってもいいだろう。
もちろん、司はその後何回も夜鷹の夢に見た。
夢の夜鷹は優しい事が多かった、「君のスケートってとっても上手だったよ」なんて美しい声と顔で言ってくるし、夢の中の自分は「わーい」なんて言ったりして。
目覚めてそんな自分を司は許せない。あんなこと言われたのに!お前の覚悟ってそんなもんか!?このやろう!
逆に、夜鷹と光を前に負け、「きみたちはそのていど、ばーか、アホ」などと言われる夢を見たこともある。夢の中の司は「ぐぬぬ」と悔しがって。
目覚めてそれはそれで司は自分が許せない。自分の力不足を夜鷹が性格悪いみたいに言うなんて、恥ずかしいやつ!
誰もいないリンクで、夜鷹に手を引かれて司は夜鷹とスケートをする夢。
『おいで』
その夢で司は子供に戻っていた。
それ以上交わす言葉はない、けど、その夢は一番みじめだと思った。
夢には自分の願望があらわれるなんてよく言われることだ。
そしてこの夢は身に覚えがある。スケートを始めたばかりの時によく見た。
司はずっと誰かに見出して選んでほしかった。
自分の前に画像と映像でしか見たことのない夜鷹があらわれてコーチになってくれる夢。
その夢に声がついた、現実の夜鷹純はこんな声をしているんだって司は知ってしまったから。
司はずっと誰かに見出して選んでほしかった。
目覚めて司は自分が許せなかった、みっともなくて泣きそう。けど、この夢を忘れることが司はできる気がしなかった。
とはいえ、司の恋はここでもひとつ終わらせたし、ひとつ始まったかもしれなかった。
なのに運命はまたしても司と夜鷹を引き合わせる。この場合運命とは鴗鳥慎一郎ということになる。
中部ブロック大会の夜に、二度目の遭遇だった。
あれよあれよとリンクへ連れ出され、司は本物の夜鷹純を見てしまった。
本物の夜鷹純、などといえば夜鷹は顔をしかめるだろうが。
刀は抜いて斬ってこそというが、夜鷹は氷に乗ってこそが本物なのだ。
名港杯のあの階段下がもしも氷の上だったら、司は夜鷹に言い返すことはできなかったかもしれない。
一瞬そう思ってしまった。
それぐらい夜鷹のスケートがもたらす圧倒的な力が、画面越しではなく眼球に直接叩き込まれる。
憧れとは夢だ、どちらもさめて終わる。
なのにさめない夢がそこにあって、しかも現実だ。これは悪夢というのかもしれない。
「この動画を持ってアイスショーのキャストオーディションもう一度行きなよ」
「慎一郎くんに頼めば絶対に受かるよ」
ここまでは、司の理性が保てていた。
「君はまだ滑れるはずだ。右も左も分かっていない子供の夢に奉仕する必要はあるのか?」
もう遅い。ぜんぶ終わってしまった。今更なんだって言うんだ。
司はずっと誰かに見出して選んでほしかった。
導いてほしかった。
それは貴方だ。貴方にそうして欲しかった。貴方に導かれたかった。
俺がどれだけ貴方を。
そんなこと夜鷹からしてみれば知ったこっちゃないだろう。
片想いっていうのは独りよがりなものだ。
ようやくここで、司ははっきりと失恋することができたのだと思う。
夜鷹純への恋は終わったと思った。
だいたい、俺、夜鷹純のことを何も知らなかったじゃないか。
なんて急にまともなことを言い出す。Wikipediaを暗唱して恋が叶うなら東大生はみんな恋愛マスターだ。
何も知らなかったからこそできた恋というのもあるのだ。
でも、夜鷹純は引退から15年も経とうとするのに夢よりも完璧で――
いや、終わりだ。
はっきりとしない、でもずっと一緒にあった恋心と決別できたこと。
これもまた門出だ。そう思うしかない。
だが司は気づかない。
偶像夜鷹純への恋が終わったものの、その恋は人間夜鷹純への恋の種を生んでいたことに。
第一印象はさいあく!なのに……なんだか気になっちゃって……
こんなもの、よくある恋のお話なのだ。
そんな司の恋なんかもちろん夜鷹はご存じなわけもなく。
狼嵜光の影のコーチを降りた夜鷹は名古屋の家に戻って来た。きっと心配しているだろう慎一郎へ電話して、
「光のコーチは辞めた、僕は名古屋に戻って来たところ。一緒に氷に乗らない?」
意識してなんでもないことのように言った。なんでもないことを意識しすぎて普段の夜鷹と比べると饒舌だ。
なんでどうして、と慎一郎が思う事ぐらい夜鷹にもわかっている、この振る舞いが無神経なことだって知っている。
でも、そうするしか夜鷹にはない。
『……………………いいね』
ものすごい沈黙の後、慎一郎は短く、いいねと言った。
そして、
『ねえ純くん、よかったら明浦路先生も呼んでいいかい?ああ、明浦路先生っていうのは――』
「いいよ」
一も二もなく夜鷹は頷いていた。
明浦路司を認めたわけでは決してない、夜鷹のこの不器用な生存報告を受け入れたことへの感謝だけだ。
だが、明浦路司。
名前を聞いて思い出す。忘れてしまっていてもよかったのに覚えていたのが夜鷹には少し不思議である。
夜鷹純の脳内には膨大なスケートの記憶がある、知識も積極的に取り入れた。
わざわざ夜鷹がそれをひけらかすことはほとんどなかったけれど、ライブラリ・ジュン、なんてクラブメイトに呼ばれたことも。
そういう意味では夜鷹の記憶に残る演技というのは多い、しかし司の演技というのはどうも『違った』
だって司の演技は失敗している。全日本という大舞台で司は要のリフトを派手に失敗し、メダルを獲得できなかった。
この事実だけで言えば夜鷹の記憶に残る資格を満たしていない。
逆に言えば、記憶している演技のほとんどに理由がある。
すばらしいスピン、複雑な入りからのジャンプ、変拍子曲でのステップシークエンス……そうしたラベルを貼って。
ただ夜鷹はそれを見た、リフトの失敗でいつもなら見るのをやめていただろう。
なのに最後までそれを見て、記憶の中に無記入のラベルを貼って未分類に放り込んだ。
麦茶で滑って転倒し、気を失っている司の顔を見て、その記憶がよみがえった。
たしかに夜鷹は人に見つかりたくなかったし騒ぎになりたくもなかった、けど、あの少女に誰か大人を呼んでくるように言うことぐらいはできた。
『こういう時は大人をまず呼ぶんだよ!』彼もそう言っていた。
なのに夜鷹は司の顔から視線が離せなくてその対応が遅れた。
夜鷹は司の目が開くのを待った、彼の目を見ればきっと思い出せる、そんな気がして。
「……いのりさん、倒れてる人に水をかけると窒息したりするから……」
司は目を開けた。その顔に、夜鷹の記憶が現実と結びつく。
「君確か……アイスダンスの選手だったよね」
夜鷹自身も不思議だが、思い出せそうで思い出せないというのはモヤモヤする、まではわかる。
思い出せた、それはごくかすかだが夜鷹にむずむずとした好奇心をもたらしたのだ。
きみはアイスダンスの選手だったはず、先生と呼ばれている、なぜ、聞くまでもない、彼がコーチだからだ。
コーチなのがわかっているのに、わざわざ「なぜ」がわきおこるのか。
「でも……なんだろうな」
なんでだろう。
「君の顔見て……思い出すくらいには記憶に残る演技だった」
これは確実に言わなくてもいい事だった。なぜ自分はそんなことを言ったのか。
夜鷹にはわからない。
ねえ慎一郎くん、なんで僕がそんなことを言ったかわかる?
後年になって夜鷹が慎一郎に尋ねると、慎一郎は微笑むだけで答えてくれなかった。
別に夜鷹はそれを思い悩んだわけではない。
だってこの後、夜鷹の発言に対して司が言い返してきたことに腹を立ててすっかり忘れていたからだ。
「君はまだ滑れるはずだ。右も左も分かっていない子供の夢に奉仕する必要はあるのか?」
あの時、夜鷹は司へこう言った。
どれだけ慎一郎が夜鷹の言葉に驚いたか。
なんであんなことを?と聞かれても夜鷹は「まだ滑れると思ったから滑れと言っただけ」などと言いそう。
慎一郎は夜鷹のすべてを知っているわけではない。
それでも夜鷹がどれだけ氷から下りた生活になじめず、かといってプロスケーターにもならず苦しんでいたかは少しはわかるつもりだ。
煙草を吸うのは現役に戻らないための戒めのような意味合いもあるとうっすら気づいていた。
そんな男が、慎一郎が連れて来た青年に向かって氷に戻れと言う。どころか慎一郎のコネを使ってでもオーディションを受けろなんて。
また、「慎一郎くんに頼めば絶対に受かるよ」なんて、あのあと司から(いつも鴗鳥先生に無茶を言っているのかな……)なんて顔をされたけどとんでもない!
たしかに狼嵜光の生活面のフォローを頼まれた、でもこれは訳が違う。
彼が現役時代に使えるものは全部使って金メダルを獲得した時のような力の入り方があった。
夜鷹の氷への尽きない愛と、そして、自分が叶えられないのに、他人の持つ氷への愛を後押ししようと思う健気さを見た気がした。
これは神視点での情報解明だが、夜鷹は後日慎一郎に謝る。後日というのがいつというかについては、追ってご確認ください。
「……あの時はごめん」
「なに?」
「慎一郎くんに頼めば絶対に受かるよって言ったこと」
「!ああ、明浦路先生の」
「うん、ごめんね」
「いいよ」
夜鷹は傍若無人に見えて、まあ傍若無人なのだけど、それはかたわらにひとなきがごとしにふるまうといいうだけで、誰かを自分の手足のように使って当然なんて全然思っていない。
慎一郎の力を承諾なしに使おうとしたことは、慎一郎の記憶の中であれきりなのだ。
ねえ純くん、なんであんなこと言ったかわかる?
慎一郎が尋ねると、夜鷹はムスと口を結んで答えない。
慎一郎はずっと思っていた。
しかしこのあと、夜鷹の「ははっ」なんて声を上げて笑うなんていう一大事の衝撃ですっかりそれどころじゃなかった。
あの時の純くんの笑顔すごく怖かったなあ、めちゃくちゃ怖かったですねえ、慎一郎と司は頷き合うのだった。
明浦路司は夜鷹にとって取るに足らない男だ。
無謀で、才能や時間を捨てて子供を助けることを選んだ間抜けな男。
氷に戻りたいという渇望があるくせに、選ばなかった男。
その司は今も結束いのりの側にいて、金色のメダルを狙い続ける、証明を続けようとしている。
畏れるに足らないどころではない、取るに足らない。
夜鷹は狼嵜光を導いて、その役目をちゃんと終えた。だから、光が負けるなどという事はあり得ない。
「こんばんは、本日はよろしくお願いいたします」
「こんばんは明浦路先生、よく来てくれました」
そんな、愚かな目障りにもならない間抜けな男はなぜか、名古屋に戻って来た夜鷹の貸切に顔を出した。
なぜかではない、親友鴗鳥慎一郎が「明浦路先生も誘っていいかな」とたずねたからだ。
なぜかではない、夜鷹純がそれを「いいよ」と応じたからだ。
もう夜鷹はコーチではないのだ。
夜鷹は慎一郎の申し出を可能な限り受けたかったというのがまず第一として。
とても感謝している、返しきれないほど。だからそんな、取るに足らない男をひとり氷に乗せるぐらい別に。
明浦路司は邪魔にならなかった、ここで、その節は証明に失敗しましてェどうも……などとグズグズと言って来たら無視を止めて叩き出していたかもしれない。
夜鷹は世界のほとんどの人間に興味がない。
オレかオレ以外か、などと有名ホストは世界をそう分けるそうだが、夜鷹は別にそういうわけでもない。自分にもそこまで興味がないからだ。
けれどこの明浦路司についてはすこし、難しい。
なぜなら彼のスケートが夜鷹の記憶に残ったのは確かで、まだ無記入のラベルはそのままで、彼に証明しますと食って掛かられたときに弾んだ胸も確かだったのだ。
でもそれだけだ、明浦路司は失敗した。
なのになぜ許すのか、聞かれたことはないが夜鷹はもし聞かれたときのために答えを用意してある。
別に、僕の邪魔にならないのなら。
司はおどおどやってきた。しかしひとたび夜鷹が滑り始めるとあの目を向けてくる。
ひらいて落とし込むあの目。
あの目に見られるのは夜鷹は心地よかった、夜鷹は自分で自分の体をすみずみまで把握している。
だから自分で整体することもできる。
その目で僕を解明したい?やってみればいい、できるものなら。
解明とは解き明かすと書く。夜鷹は誰かに解かれてみてもよかった。
それに司が氷へ描きつける図形は美しかったから。もくもくとただ同じ動作を繰り返しているだけなのにそこへ喜びが見えたから。ほら、君は氷を愛している。
夜鷹は別に石や木でできているわけではない。話す必要が無かったから話さなかっただけで、たとえば人間に故郷の村を焼かれたとかそういう過去があるわけでもない。
鴗鳥慎一郎を始め、尊敬する人間だっている。
つまり何かといえば、貸し切りに現れた明浦路司とぽつりぽつり会話することだってあった。
きっかけはたぶん、雨の日だった。
ある日の帰り、手続を済ませた慎一郎が雨を知らせた。
「雨が降っていますよ、私の車でお送りしましょう」
「わざわざ悪いですよ、方向も逆ですし。すぐそこのコンビニで傘買えるので大丈夫です」
「そうですか……純くんは」
「タクシーを呼ぶ」
夜鷹は自分が呼んだタクシーを待っている間、コンビニで煙草を買おうとした。わざわざ連れ立っているわけではないが司もすぐ近くを歩く。
なのに司が『すぐそこのコンビニ』の前をすたすた素通りしていこうとしたので、思わず呼び止めた。
「ねえ」
「わっ!はい」
呼び止められるとは思いもしていなかったのだろう、司は大きく驚いた。
「傘を買うんじゃなかったの」
「ああ、これぐらいの雨なら別に大丈夫そうだなって」
これぐらいの雨と司が言った雨は、一般的にはけっこうな雨だ。
リンクからコンビニまでさほど距離は無かったのにしっかり濡れている。
少なくとも洗濯物を干していたらびしょびしょになるだろう。
「風邪を引くよ」
「買います……」
いかにもしぶしぶ司はやって来た。そして、
「体調管理も知らないのかな、って言うのかと思ったのに」
「……言われたいの」
「いいえ!なんか優しいなって」
「……」
優しいと言われることは少ないけど別に意識して優しくしてないわけじゃない。
夜鷹は少し、ムッとした。
そのムッとした顔を見て司は目尻に浅く皺をつくって笑った。見たことのない笑顔だった。
それから、それから。
そうか、彼は僕が好きなのか。
ある時夜鷹は気づいた。
はあ、と純度の高いため息を漏らす。
他人から熱のこもった視線を向けられる事に、夜鷹は慣れている。
わずらわしいが、仕方がないとも思っている。
だが明浦路司の視線については少し違う。
司の夜鷹への視線に徐々に熱がこもる。夜鷹には覚えのある熱だった。
夜鷹に恋をするものたちの視線だ。
くさるほどはいてすてるほどいた。自分のスケートに恋をする人間なんか。
なので夜鷹は司に尋ねたのだ。
「ねえ」
「はい?」
「君は僕のことを好きだね」
「えっ」
「答えて」
答えて、と言っておきながら夜鷹の言葉は質問の形式をとっていない。
「はい、俺は……あ、貴方が……好きで」
「いいよ」
「えっ」
「いいよ」
「えっとぉ……」
そういうことになった。
いや、司はちょっと持ち直した。ハイと手を挙げてから司は言いだした。
「いいよってことは、なくないですか」
「なくないってなに」
「まず俺が貴方を好っ……きなこととか、その」
「ああ。別に構わない、僕に恋をした人間は多いから」
ナルシストみたいな発言だが、夜鷹純は自分に対して陶酔をしない。
じっさいスケートをする人間で、夜鷹純を無視できる人間などそう多くない。皆が彼に一度は恋をしてしまう。
司のように10年以上胸に根深く残ったものもいるはずだ。
「……それで?」
僕はいいよと言ったよ。と夜鷹は腕を組んで細い顎をしゃくった。
もういい?氷の上に載っていられる貸切の時間は有限だ、いのちとおなじ。
一分一秒を無駄にしたくない。
「えっと……いいよと言って下さって、ありがとうございます……?」
「うん」
おそるおそる司が感謝を表すと、夜鷹は満足して滑り出した。
「純くん」
「うん」
出せなかった。親友、鴗鳥慎一郎がそこにいたからだ。まるで壁みたいに立ちはだかった、いやそびえたっていた。
「明浦路先生」
「はいっ」
号令みたいに司が答えた。
「いま、明浦路先生が好き、と言わ……言って、純くんはいいよ、と言ったよね」
「……うん」
『好きと言わされて』って言いかけた?
「それはつまり、二人はお付き合いをするということかな?」
「……」
「そにどりせんせい!?」
夜鷹は少し慎一郎から顔を背けた、それは面倒だなと思ったからだ。そして夜鷹は、夜鷹が面倒だと思ったことを慎一郎にバレたくなかった。
たぶんバレていた。
「明浦路先生」
「はひっ」
「純くんはこのとおり少し素直でなく、言葉も足りないことがありますが、名前の通り純粋で、とてもやさしい人なのです」
「そうなんですか」
司がはんぶん白目を剥きながらそうなんですかと言った。そうなんですかってなに。
「二人とも世間一般的に言えばいい年齢です、もちろん僕も」
司と夜鷹は顔を見合わせた。
「明浦路先生のお仕事に支障のないよう、協力させてくださいね」
「ありがとうございます……?」
「恋愛の先達だと思って、頼ってください」
「れんあいのせんだつ」
司が慎一郎の言葉をぼうぜんと繰り返し、
「……えっおれ、もしかしてよだかじゅんと恋愛するの……」
まるで恐ろしい呪文でも唱えるように唇を動かした。
彼が僕を好きでいることを許したし、いいよって言ったけど、実際に付き合うのは面倒だな。
そんなのとっくにバレてて、慎一郎に逃げ道を塞がれた。
そういうことになってしまった。
なってしまったからには仕方がない、夜鷹はリカバリーも上手い。まずは釘をさすべきだ。
「ハァ……僕の邪魔をしないこと。いいね?それから、僕が君を幸せにすることは絶対にないよ」
「ああ、それは別に……」
「それは別にってなに?」
夜鷹としては司が自分を好きだと言う事を認めさせたかった。
認めさせて、それを許したと言いたかった。それだけだ。
許すよ、好きにしたらいい。
僕を掻き立ててくれるなら。僕を掻き立ててくれるんだろう。
だが司の顔にはさっぱりとした諦めの色が浮かんでいたのが見えて腹がたった。
記念受験という夜鷹には理解の出来ない言葉がある。
到底無理だし合格するとは思えないけど記念になるから受験する。
あまりに縁のない単語だから夜鷹は覚えていてそれがあの瞬間思い浮かんだ。
さすがに言えないが、夜鷹は癇癪を起したのだ。
君は僕に記念受験告白をしたのか、しかもこの氷の上で。
言わせておきながら、
要するに癇癪を起して「いいよ」と言った。
あの時、司は告白することによって恋を終わらせようとした。
夜鷹にはわかった。
「俺は貴方が好きでした」
司は過去形を使うつもりだとわかった。
許さない。
そうはさせてたまるか。
終わらせるのは僕だ、僕が飽きて、君は飽きられる。
そうでなくてはいけない。僕が終わらせるのだから、君が終わらせるな。
君は僕を掻き立てるんじゃないのか。許さない。
気付いた時には、
「いいよ」
と言っていた。
さすがにこれは慎一郎にも司にも言っていない。
そうして夜鷹と司はお付き合いをすることになった。
同意があるのに不本意なのだからおかしい。しかもラベルは無記入のままだ。
不本意ながらそういうことになってしまった、なってしまったからには。
夜鷹はつくづくの面倒さをため息に込めて、髪の毛をうっとうしそうにかき上げてから言った。
「ハァ……おいで」
「!」
冬が終わるころの、そんな夜だった。
「さて……このお話はここまでです。この後彼らが大団円を迎えることは前回教えたとおりです」
S先生は教科書を閉じた。
「それでは問題です、この問題に正解はありません――しかし、考えてみましょう」
校庭からは高い声が聞こえてくる、きっと勝ち負けのある何かをやっている。
「なぜ、明浦路司のスケートは純く――夜鷹純の記憶に残ったのでしょうか」
S先生は我々に質問した。
「先生」
我々のうちの一人が手を挙げた、起立。
「はい」
「わたしは――顔が好みだったんじゃないかと思います」
「顔が好み」
「はい、何故なら、明浦路司はかわいい顔をしているからです」
S先生は少し考えて、
「それも……あるかもしれません」
とやさしい顔でおっしゃった。
そろそろ春も終わるだろうな。午後の授業は眠たい、けど、S先生のことをみんな大好きなので頑張って起きている。