何にもないけど全部ある。
風邪でぶっ倒れていたら、俺の女(隣の家のおばあちゃん)が「風邪引いちゃったのぉ〜!長引かせちゃったらやよぉ〜!」と、梅干しをくれた。感謝を告げたら「いつも畑を使わせてもらってるから」と、逆に感謝された。熱海の家の裏には、なかなかの広さの畑がある。私は怠惰なので、畑仕事をしない。俺の女(隣の家のおばあちゃん)が使わせてちょーだいと言うからどうぞどうぞと無料で貸していたら、収穫物を分けてもらえるようになった。現在は、夏野菜が取り放題である。
朝起きたら、玄関に梨が一個置いてあった。ごんぎつねが来たのかなと思った。多分、私が「風邪を引いた」と投稿したのを見て、誰かが見舞いに来てくれたのだと思う。最近寝るのが早いから、電気が消えている家に入るのを遠慮して、玄関に置いて行ってくれたのであろう。ありがとう。ごんぎつね。毒が入っていたらどうしようと思わないこともなかったが、美味しくいただきました。梨は喉にいいと聞く。ちょうど、私は喉が痛い。
玄関に出し入れ自由の財布を置いてある。お金に余裕のある人はお金をダンク、お金に余裕のない人はここから持ち帰っていいことにしている。家の鍵も原チャの鍵も電動自転車の鍵(言うまでもないことですが、家も原チャも電動自転車も、心ある人からいただいたものになります)も、使いたい人が勝手に使ってくれと言うスタイルにしていたら、しばらく家を留守にした後に「あれ」と思うことが増えた。食料が増えていたり、ガソリンが増えていたり、財布の中のお金が増えていたりするようになったのだ。熱海の家は、ファンタジックな家である。優しさの国が、ここにある。
家や自分を開放していて怖くないのですかと聞かれるが、女性一人でカフェをやっている人も同じだと思う。居場所も連絡先もバレている。怖いっちゃ怖いが、普通と言えば普通。メールだけでも「この人は怖い」とか「この人はいい人だ」とか「この人は面倒臭い」とか、なんとなくわかる。あとは自分の見る目次第。痛い目に遭った時は、相手を責めるのではなく、自分に見る目がなかったことを恥じる。このような体験を繰り返していると、次第に結界を張れるようになる。結界を張ると、来れる人しか来れなくなり、会える人しか会えなくなる。嫌な人に会いたくないからと自分を閉じてしまったら、好きな人に会えなくなる。
こういうことをしていると「本を出しませんか」とか「コミュニティを作りませんか」とか「オンラインサロンをやりませんか」とか「自給自足をしませんか」とか「私と結婚してくれませんか」とか言われるが、しない。私は、しない。普通ならしちゃいそうなことをしない。そのまま行く。最近、一度だけ会った人から「私と結婚してください」と言われて、婚姻届が家に届いた。これにはちょっとびっくりしたが、丁寧にお断りした。お会いした人たちから「いつまでこんな生き方をするつもりですか」と、ディスられているかのような質問を受けるが、明日やめるかもしれない。死ぬこと以外に予定なし。決まっていることは、死ぬまで生きる。これ一択です。死なないように死なないように生きても、最後には死にます。他の人と被ると大変なので、熱海の家を使いたい方は、事前にご連絡をいただけましたら幸いです。
坂爪さん、こんにちは☺️
神戸のライブ、ありがとうございました。
澄んだギターの音色と、お二人の力強い歌声と言葉の数々に、胸の中がグッと掴まれたり、静かでありながらも揺れたりしていました。
それに浸っている内に、むくむくと「聞いてみたい!」という気持ちが湧き、私事ですが兄弟格差についてお聞きしました。
あの時は最後まで丁寧に耳を傾けて下さって、本当にありがとうございます。
坂爪さん自身が20代の頃、精神的に弱って実家に帰られた時、「母が自分の存在を隠さずに居てくれて安心出来た」と話して下さったことを思い出し、「発達障害を持ち、家でずっと過ごしている兄はどうなのだろう?」と思いました。
苦手な外との関係を最小限にすることは出来ていますが、実際には「自由なようでいて自由がない」と感じたし、グラグラな土台の上に成り立っている安心だとも思いました。(→これも私の主観でしかないですが)
そこで「私はどうだろう?」って自分のことを考えた時に、「自分には自由がある」と思いました。
「なんだ、お互いに得たものもあるし、得れなかったものもある。私達には格差なんてなかったんだ」、そんな気持ちになりました。
一人ひとりの生、そんなことが母への執着で見えなくなっていたと気づきました。
今はあんなに欲しかった母からの関心を得ることよりも、自分自身の感情を震わせ生きることに意識が向いています。
坂爪さんが「話を聞いて、私はここまでやったのに…って気持ちがくっついてると感じた」と話された時、正にドンピシャで「家族なんだから…」という思いと、母から私への関心が欲しかったという理由で動いてました。
そこに「やりたいからやる。やりたくないからやらない」がすっぽり抜け落ちていることにも気づき…。
自分があるようでなかった、いわば亡霊になってたと思います。
私があれこれ先のことを考えるのは、家族の関係を壊したくないというエゴと、母や兄の自分で生きる力を信じてなかったからだと思いあたり…。
先回りするのをやめました。
私の今後の目標は「やりたいからやる。やりたくないからやらない。ひとでなしになる練習をする」ことです。
【愛したまま絶縁する。
絶縁するとは、自分の力だけで生きることができなくなった時は、それが寿命であると定めて、家族だからこれくらいのことをしなくちゃとか、義務感で動くことをやめることである】
この考え方を知って、凄く心が軽くなりました。
私はあの日、新たな視点をもらいに行ったのだと思います。
私にとって、新たな視点は希望になりました。
あれから「渡水看花」を何度も脳内で再生してます。
あの優しくあたたかい場所に辿り着くことができて、言葉には出来ないものをたくさん頂きました。
本当にありがとうございました。
暑くなっていますので、お身体に気をつけて。
(追伸) 私にお話をして下さった2人の方、一緒に泣いてハグして下さった方、あの場で話を聞きあたたかい拍手を下さった皆さん、本当にありがとうございました!!
おおまかな予定
8月1日(土)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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