おはよう御座います
慶長15年7月11日木俣守勝公京都にて死去。
9歳の時に徳川家康に近習として出仕し、19歳の時に仔細あり京都に出奔。
その後明智光秀に50石で仕えたが、1581年27歳の時に徳川家康に呼び戻される。
本能寺の変の時には家康に供する。
その後井伊直政と共に武田旧臣の調略を行い、その縁で井伊直政の与力となる。
井伊直政が関ヶ原の戦いの傷が元で亡くなった後も徳川家康の命により井伊家に仕え、筆頭家老として幼君に代わり彦根城天下普請を差配した。
その後も木俣家は彦根藩筆頭家老家として井伊家を支え続けた。
関ヶ原戦国甲冑館にて木俣家伝来の甲冑をデザインした木俣土佐守守勝甲冑印、本日から発売します!よろしくお願いいたします🙇
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