「発達障がい」って聞いても自分とは関係ない話だと思う人が多いんじゃないだろうか。特別な人の特別な話。自分は普通だから関係ない。
…本当にそうか?
ちょっと思い返してみてほしいんだけど、
会議中に急に別のことが頭に浮かんで、話が全然入ってこなかった経験はないだろうか。
スマホを置いた場所を3分で忘れた経験はないだろうか。
やらなきゃいけないことがあるのになぜか関係ないことから始めてしまう経験はないだろうか。
人の名前が覚えられない。さっき聞いた話を忘れる。締切がギリギリにならないとエンジンがかからない。一つのことに集中しすぎて周りが見えなくなる。逆に何にも集中できない日がある。
…全部、心当たりはないだろうか。
これは発達特性だ。
発達特性は、ある人とない人に分かれるものではない。
グラデーションのようなもので、全員が持っている。濃いか薄いかの違いでしかない。
「自分は普通だから関係ない」と思っている人の「普通」は、ただ特性が薄くて日常生活に支障が出てないだけ。特性がゼロなんわけじゃなくて気づいてないだけ。
不注意。
メールを打ってる途中で別のことが気になって、気づいたらブラウザで全然関係ないものを検索してる。
買い物に行ったのに目的のものだけ買い忘れて帰ってくる。
話を聞いているのに、途中から頭の中が別の場所に飛んでいて最後の方は何も覚えてない。
…これはADHDの特性として挙げられているやつだ。でもこれを読んで「あ、自分もやるわ」って思った人はめちゃくちゃ多いんじゃないだろうか。
多動。
貧乏ゆすり。ペン回し。爪をカチカチ鳴らす。じっと座ってるのが苦手。会議が長いと体がソワソワする。
多動って聞くと、教室や病院を走り回っている子どものイメージがあるかもしれないけど、大人の多動はもっと地味なものだ。座ってはいるけど体のどこかが常に動いてる。足を組み替える。髪を触る。スマホを意味なく手に取る。
心当たりだらけじゃないだろうか。
衝動性。
言わなくていいことを言ってしまう。思ったことが口から出る前にブレーキがかからない。ネットショッピングで衝動買いする。ダイエット中なのにコンビニでスイーツを買う。
「なんであれ買っちゃったんだろう」「なんであれ言っちゃったんだろう」。後悔するのに次もやる。
こだわりの強さ。
自分のルーティンを崩されるとイライラする。物の置き場所が変わっていると気になる。いつもの道順を変えたくない。自分のやり方にこだわりがあって、人のやり方が受け入れられない。
これはASD寄りの特性だけど、程度の差はあれ大体の人にある。
「自分のボールペンを勝手に使われてイラッとした」。それもこだわりに近いものだからね。
感覚の過敏。
特定の音が苦手。蛍光灯の光がしんどい。服のタグがチクチクして気になる。人混みにいるだけで疲れる。匂いに敏感すぎて電車がきつい。
これも発達特性の一つ。でも「人混み苦手なんだよね」「あの音無理なんだよね」ってみんな普通に言ってるでしょ。
それも特性。
コミュニケーションの癖。
空気を読みすぎて疲れる。逆に空気を読まずに発言して後悔する。雑談が苦手。何を話していいか分からない。人の話を遮ってしまう。逆に自分の話をするタイミングが掴めない。
飲み会の後にどっと疲れる。一人の時間がないと回復できない。大人数が苦手。電話が苦手。
全部、発達特性に関連してる。でも全部、「分かるー」って言われるやつだよね。
ここまで読んでもらって気づいたと思う。
発達特性は、何も特別な人だけが持っているものなんじゃなくて、全員が持っていてその濃さが違うだけ。
じゃあ「発達障がい」と「普通」の境界線はどこにあるのか。
日常生活に支障が出ているかどうか。それだけ。
忘れ物が多いけどなんとかなってる。集中力にムラがあるけど仕事は回せてる。こだわりが強いけど人間関係は保てている。これなら「特性がある」で済む。
でも忘れ物が多すぎて仕事に支障が出てる。集中できなさすぎて日常が回らない。こだわりが強すぎて人間関係が壊れている。ここまでくると支援が必要になる。
境界線は、能力の違いではなく困り度の違い。
なのに世の中は、この境界線の向こう側にいる人をまるで別の生き物みたいに扱うことがある。
「あの人、発達じゃない?」と笑うヤツ。「ADHDでしょ」と陰で言うヤツ。
お前も同じ特性を薄く持ってるくせに。
あなたが会議中にぼーっとしているのと、ADHDの人が集中できないのは、同じ特性の濃淡の違いでしかない。あなたがこだわりでイラッとするのと、ASDの人が変化に対応できないのは同じ特性のグラデーション上にある。
笑ってる側と笑われてる側には明確な線なんかない。
これを分かっておいた方がいい。
発達特性は欠陥じゃない。人間の脳の仕様のバリエーションでしかない。
全員が同じ仕様で動いていたら、それはそれでこの世界はつまらないでしょ。違う仕様があるから違う発想が生まれる。違う視点も違う強みも生まれる。
あなたの中にもある特性を「個性」と呼ぶのか「障がい」と呼ぶのかは、環境と程度の問題でしかない。
だからもう発達特性を他人事だと思うのはやめないか。
あなたも持ってて、あなたの隣にいる人も持ってて、あなたの親も子どもも持ってる。全員がこのグラデーションのどこかにいる。
「あの人は発達だから」じゃない。「みんな発達特性を持ってる中で、困り方の度合いが違うだけ」。この理解が広まるだけで、生きやすくなる人がたくさんいる。
自分の中にある特性に気づいてみて。あ、これ自分もあるなって、そう思えたら、隣の人への見方が変わるはず。
みんなちがって、みんないい。って金子さんも言ってたのはマジ。
だから世界は楽しいんだな。