上野千鶴子さんも通った「女の本屋」 京都から始まった思いのリレー

論説委員・高重治香

「時をよむ」論説委員室から

 京都市の「シスターフッド書店Kanin(カニン)」は、幼なじみの女性2人が営む、フェミニズムやジェンダーに関する本を中心に古本新本を問わず扱う店だ。6月中旬、「新版 女の本屋の物語」(晶文社)という本が店頭に並んだ。

 著者は中西豊子さん(92)。1982年、日本で初めて性や仕事や歴史など女性に関する様々なテーマの本を扱う専門書店「ウィメンズブックストア松香堂書店」を京都に開いた。家業が老舗の印刷会社(中西印刷)であるいとこの男性と恋愛結婚し、専業主婦をしていた中西さんは、72年、身内の空き家を改装して開店した書店の店長に。周囲の官庁街で働く人たちが常連になったほか外商も行い経営は順調だったが、海外には女性の本の専門書店があると知り、家族を説得して専門書店へと衣替えさせた。

 本を紹介する情報誌の発行や女性団体のミニコミ誌の販売などを通じ、全国や世界の女性とつながった。一大プロジェクトであった「からだ・私たち自身」(88年)「資料日本ウーマン・リブ史」(92~95年)などの出版事業、イベントの企画運営など、女性らの求めに応えるうち仕事は広がった。

 2階は運動や研究をする女性たちの作業や交流の場に。30代の頃の勤務先である平安女学院短大(当時)が店に近く、本の中にたびたび登場する社会学者の上野千鶴子さん(78)は、「大学に行くと寄っていた。古いきしむ階段を上がった2階にいろんな人が出入りしていた。畳敷きで何人来てもぎゅうぎゅう押し込んだらなんとかなる。そこから様々な企画が生まれた」と振り返る。本では、上野さんが初めて来店した際に本の並べ方に注文をつけたり、最初に米国で出版された「からだ・私たち自身」を日本でも出す場合の権利関係について中西さんが口にした途端に英語で問い合わせの手紙を書き出したりした逸話が紹介されている。

 女性のための情報を提供し、活動をつなぐ役割は、その後2009年に中西さんらが創設したポータルサイトWAN(ウィメンズアクションネットワーク)へと引き継がれた。初代の牟田和恵さん(大阪大名誉教授)、2代目の中西さんの次の3代目WAN理事長を、今年5月まで務めたのが上野さんだ。

 開店時に「婦人問題」の本の情報を求めて出版社に手紙を出すと料理や華道の本の資料が届いたこと。今でいうDVやストーカー被害を受けた人が駆け込むことがあり、女性のための相談室を立ち上げたこと。本には、苦労しながらも仲間たちと道を開いていく様子が、軽やかにつづられている。

京都に再びともった灯

 Kanin店主の井元綾(あや)さん(51)と京極祥江(さちえ)さん(51)は、書店を開くことを考えていた頃、06年に出た旧版に図書館で出会った。何十年も前、同じ京都で「女の本屋」を始めた女性がいたことに後押しされ、23年に開店した。ふいに中西さんが友人らと訪れ、買い物やお茶をしていったことも。翌年には蔵書の寄贈も受けた。店のSNSで同書を推し、約1年半で50冊以上売り、昨年3月に旧版の在庫がなくなった。

 なんとか復刊したいという2人の思いから、「リレー」が始まった。

 昨年6月に店を訪れた国際協力コンサルタントの渡辺知子さん(54)は、欲しかった同書が品切れだと聞く。渡辺さんはWANでボランティアをしており、上野さんに相談。上野さんは幻冬舎の編集者、竹村優子さん(51)に相談。同社では企画は通らなかったが、竹村さんは、フェミニズムに関心を持つ晶文社の編集者で文筆家の吉川浩満さん(54)に相談。竹村さんも編集を手伝い、晶文社から復刊が成った。編集者2人が京都市内の高齢者施設で暮らす中西さんを訪ねると、復刊を喜んでくれたという。

 「リレー」を貫くのは、歴史を埋もれさせたくないという思いだ。

 近年は#MeTooや韓国からの波など海外発の運動に関する情報の影響もあり、フェミニズムは若い世代の間でも盛り上がるが、国内でのこれまでのフェミニズムの歴史は十分には知られてはいない。

 本には、「関西圏の希代のネットワーカー」(上野さん)だった中西さんを結節点に、「日本の女性たちが草の根で築いてきた歴史の厚みが詰まっている」(竹村さん)。吉川さんは、「今はネット上での草の根のフェミニズムが活発。前の時代を作った『偉大』に見える人たちが、ドタバタでやっていた等身大の姿を知ると、若い人たちもエンパワーされるのでは」と話す。出版後の反響に、熱量を感じている。

 Kaninの店主2人は、離婚など人生の荒波を経験する中で、フェミニズムの本を読み、自分たちのしんどさの背景には女性を取り巻く社会的な構造があると知り、救われてきた。それぞれ別の仕事で生計を立てながら店を続けている。井元さんは、「フェミニストを名乗っていると、誤解や攻撃をされることもあるけれど、この本はとてもパワフルで勇気づけられる。また取り扱えることがうれしい」。

 店を訪れリレーのきっかけを作った渡辺さんは、今年3月にあった「女性の休日」のスタンディングイベントなど、運動の様子を映像記録として残そうとしている。復刊された本を読み、イベントの瞬間だけでなく、その開催に至るまでのかんかんがくがくと議論する過程を含め、次の世代へと記録を残す大切さをあらためて感じたという。

 復刊はくしくも、WANの理事長が上野さんから、次の代の共同代表理事へと15年ぶりに交代したタイミングとも重なった。新版には、WANができた頃を中西さんと上野さんが回想した22年の対談も収録された。

 リレーはこれからも続いていく。

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高重治香
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