路の辺の壱師の花のいちしろく 人皆知りぬ我が恋妻を
お付き合いを内緒にしているはずなのに、皆に知られている気がする司先生のお話。
タイトルは柿本人麻呂の歌から。
「壱師の花」は諸説ありますが、彼岸花というのが有力候補とのこと。
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「司先生、夜鷹コーチのこと見ませんでした? 光ちゃんがさがしてるんです」
「またスマホ壊したのか…。見てないけど、俺も探してみるね」
「次の大会のホテル、予約しておいたわよ。司くんを信じてるけど、夜鷹さんを連れ込んだりしないでよね」
「はぁっ!? 連れ込むわけないじゃないですかっ!」
「明浦路先生から、クソジジイの匂いがする気がする」
「き、気のせいじゃないかなぁ」
「純くんに頼まれていた試合映像です。明浦路先生にお預けしても大丈夫ですか?」
「大丈夫です。いつまでに返却をしたらいいですか?」
「明浦路コーチ、また夜鷹コーチを怒らせましたよね。昨日のレッスン、コーチの機嫌が最悪でした」
「ご、ごめんなさい…」
「今日、純くんに会うよね? この前の蟹のお礼、伝えといて! 次は純くんも一緒に、ご飯食べに来たらいいのに」
「伝えます。あの人食事が苦手なので、見てるだけになっちゃうかもしれませんが、誘ってみますね」
いのりさん、瞳さん、理凰さん、鴗鳥先生、狼嵜選手、加護さん。
挙げだしたらきりがないことに気付き、指折り数えていた手を止めた。
「みんなが、なぜか俺に純さんの話をするんだよね」
鴗鳥先生から預かってきた過去のシニア女子の試合映像を観ながら、純さんは煙草を吸っている。
健康のために煙草の本数は減らしてほしいと伝えているが、オールAの健康診断の結果を無言で掲げられたこともある。
嗜好品が少なく、偏りのある人なので、それ以来あまり口うるさくは言わないようにしているが、吸う本数は以前より減りつつあるらしい。
「へえ」
俺の言葉にそう返事をするだけで、会話が終わるのかと思っていたら、こちらをじっと見る金色の瞳と目が合った。
純さんは表情の変化に乏しいタイプだが、感情は結構表に出る。この顔は面白がっている顔だと思う。
どういうわけか、俺と純さん(あの夜鷹純だ。出場した全ての大会で金メダルを獲ったあの夜鷹純だ。オリンピック金メダリストのあの夜鷹純だ)が恋人同士として付き合うようになったときに、二人でしっかりと約束をした。
「マスコミからも注目される未来のオリンピアンのコーチ同士だから、けじめはしっかりとつけましょう」
「うん」
「純さんとのことを隠したいわけではないですが、多感な年齢の子どもたちには、関係は秘密にするべきです」
「へえ」
「夜鷹純の大ファンだって皆知ってるので、付き合ってるって知られるのは恥ずかしいんです。もう少し、俺の知り合いにも内緒にしていて大丈夫ですよね」
「ふうん」
ほとんど俺しか話していなかったが、純さんだって頷いてくれた。
性格も気性も酷い人だけれども、そんなことで嘘をつく人ではない。……はずだ。
「俺たちのこと、言いふらしたり、してないですよね?」
「していない」
大きく煙を吐いた純さんのどこか満足そうな顔。
これは何かしているな、と思ったが強くは問い詰めないことにした。
文字通り言いふらしはしていないだろうけど、親しい人に匂わすくらいはしているだろう。
「みんながみんな、夜鷹コーチは? 夜鷹さんは? 純くんは? って、俺に話してくるから、なぜ俺に? って思っちゃいます」
聞かれるとどう答えたらいいのか戸惑うが、ちょっと嬉しくなるのも正直、事実だ。
ずっとずっと憧れだった人と、仲良くなったと思われているのなら、それはそれでファン心として、嬉しいものがある気がする。
「それなら、僕もよく、司くんの話をされるよ」
「そうなんですか? 例えば?」
灰皿に煙草を押し付けながら、純さんがおもむろに語りだす。
「司先生に近付かないでください!」
「いのりさん……」
「何かあった時のマスコミ対応はそちらでお願いしますね〜」
「瞳さん……」
「明浦路先生に近付くな! こっちにも近付くな!」
「理凰さん……」
「結婚式のスピーチと余興の準備は、いつでも大丈夫だから安心して。理凰は泣いちゃうだろうからリングボーイには向いてないかもしれないけど、リングガールに汐恩はどうだろう。いや、光といのりさん二人にリングガールとフラワーガールをやっていただくのも良いですね。引き菓子の候補もいつでも準備できるよ」
「鴗鳥先生……」
「お付き合いする人は、もうちょっとちゃんと選んだほうがいいと思います」
「狼嵜選手……」
「純くんに会うときの司くん、僕が買ってあげた服も着てくれるんだよね。ようやく練習着以外も日の目を見てくれて嬉しいよ」
「加護さん……」
いのりさん、瞳さん、理凰さん、鴗鳥先生、狼嵜選手、加護さん。
この勢いなら、関係者全部に、お付き合いのことがバレていてもおかしくない気がしてきた。
「内緒にするって約束したじゃないですか!」
「僕は言ってないよ」
「じゃあ、なんで皆にばれてるんですかっ!?」
思わず純さんの肩を握って、問い詰めるために肩を揺らそうとしたが、ピクリとも動かない。
現役を引退して久しいのに、全く衰えない、なんなら進化している素晴らし過ぎる腹筋と背筋に、キュンと来てしまう。
けど、ここで問い詰めないと、いつまで経っても関係がバレ続けてしまう。
「慎一郎くん曰く」
「はい」
「『純くんは、明浦路先生と一緒にいることが、幸せでたまらないんだね』らしいから、僕の態度のせいかも」
平然とそんなことを言ってくる、夜鷹純の破壊力はすごい。オリンピアン怖い。
この人、俺のことが本当に大好きなんだ。
「というか、純さんめちゃくちゃモノマネ上手いですよ! 才能あります!」
「そう?」
いのりさんと理凰さんと狼嵜選手には、いつか認めてもらえるよう努力する、と星に誓う。
ただ、今は考えることを止めて、意外な才能を発揮してくれた恋人を、抱きしめることにする。
お互い幸せならまあ良いか!