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この作品「俺はヒモです理由は言えない」は「よだつか」「夜明」等のタグがつけられた作品です。
俺はヒモです理由は言えない/ととたの小説

俺はヒモです理由は言えない

13,601文字27分

本誌・SP8話内容含。原作軸53話直後位。🐺ちゃんが名古屋に里帰りで来て☀とご飯を食べる話。ほとんど🦅は出ませんがやることやっててデキてないよだつか
大注意:53話後🦅が名古屋に帰って来たご都合ifです。今後の原作展開と大いに離れる可能性も大(すべて願望)
中注意:🐺ちゃん「ヒモ」発言。よだiじゅんLINE使用
=追記=
※こちらの作品は実はんよぺそ様(user/115349462)の素敵な作品『鋏』に触発されて書いたものでした。この度ご本人様から「いいよ!」と言っていただけたのでここに大声で公開させていただきました。
なぜ作品ページではなくユーザページをリンクしたかと言えば、全作品読んで欲しいからです

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「私が先生を!世界で一番最強で幸せな選手のコーチにします!」
あの時本当に世界が輝いたんだ。


光と熱と動きと音、あの息を吹き返したメリーゴーランドの前で、司といのりもまた再び同じ方を向き立ち上がる事ができた。
メリーゴーランドも、二人もおしまいにならなかった。
ふたたび輝き動き始めたメリーゴーランドを背に、いのりが言ってくれた言葉を光景ごと司は一生忘れられない、忘れたくないと思う。
あの時、いのりさんには後光がさしていた。もう一度俺を信じてくれてありがとう。昔の冷たい気持ちの俺ごと助けてくれてありがとう。

いのりはいのりで、背中を輝きが押してくれた気がしていた。司先生の過去がなければ自分と会えなかったのだということはもうわかっている。
なら、私が世界で一番最強で幸せになって、それを含めて司先生も幸せにするのだと決めたんだ。
オリンピックで金メダルを獲りたいと言った時と同じぐらい熱くて、でも自分だけの熱ではない熱に心臓がうるさかった。

おしまいにならなかった二人は、過去も否定せず、未来へ向かって歩き出した。


情熱や集中力によって普段以上の実力を出せることがあるし、逆にそれにより普段できていたことができなくなってしまう事も司は知っている。
あのメリーゴーランドの前での一件から翌日、翌々日、司は後ろめたさと祈るような気持ちでシフトでもないのに昼前から出勤した。
和風とんこつラーメンを食べながら、せっかく安定し始めた脚のためにも決めた練習量は守ろう、といのりと司は改めて約束をしたのだ。
だが、ごめん!心配で!信じられない俺でごめん!たまたま片づけてしまいたい仕事があったからというたまたまを装って出勤した。
「あら司くん、今日夕方からよね?」
「おはよう瞳さん、えっと~~……昨日ちょっとやり残したことがあって……」
「……そう、」
瞳は何か気づいたようだったが、それ以上は言わなかった。伊達にカップルを組んでいた相手ではない、それに瞳や洸平、美蜂には当日のうちに「いのりさんと話ができた」と伝え、翌日には内容を共有してある。
過去についても伝えたと司が手短にまとめたのを、瞳は眉一つ揺らさず聞き終えた。洸平はぐっと喉をつまらせた。それを見て美蜂は、司の過去には何かがあったのだと全てでなくとも正しくを理解する。
シーズン中にはどうしても後回しになっている書類整理や、主に紙にかきつけた練習ノートをExcelに反映していく等やることは幸いにしてたくさんあった。
気付けば14:00近くにもなっていた、
「司くん、ちょっと」
「はいはー、え、何……」
瞳は笑顔だ、だが、これは「何かある」時の笑顔だ。伊達に以下略である。腕組みをしたまま顎をひとつしゃくって促された、有無もハムも言えない。
事務所から出て二階からリンクサイドを覗き込むと、
「か……狼嵜選手」
狼嵜光が居た。薄手の黒いコートを羽織り、黒のマスク、伊達眼鏡。あれがサングラスだったなら師匠の夜鷹純と師弟おそろいコーデ♡とかで雑誌の誌面を飾れるだろう姿だった。
「なんで光ちゃんが居るの!?」
「わかんない……」
「夜鷹純連れ戻しに来たとか!?」
「あっ……」
そう、先日スケート靴を残して狼嵜光のコーチを辞めたという昭和のアイドルみたいなことをした男、夜鷹純は今、名古屋に居る。ふつうに居る。
周りの大騒ぎをよそに自宅にしれっと戻って来たのだ。そこを捕まえた。捕まえられた夜鷹は自分の家に戻って何が悪いのとすら言いたげだった。
もちろん瞳や司もその捕獲大騒動に一枚も二枚も噛んでいるのだが、それは別件である。
彼が東京に残してきたのは靴だけではない、狼嵜光もそうといえばそうだ。
魂を燃やし尽くすようなあの演技の直後でコーチから一方的に別れを告げられた少女が、たとえそれに理解を示したとしても心に衝撃は残っているはず、大人たちはそこについてガッチリ団結している。
そんな狼嵜光が、平日大須のリンクに現れた。
「私鴗鳥先生に連絡するわね!司くんは、」
「……あ、瞳先生、こんにちは~~」
「ひャあ!こ、こんにちは」
はっきりと澄んだ声が階下よりかかった、司と瞳、思わず手すり裏に一度隠れてから、そろそろと顔を出す。
気付けばすぐ下に光は立っていた。伊達眼鏡の奥でいたずらっぽく目を輝かせている。色のついていないレンズでは輝きが全然殺せない。
平日昼間の人出まばらなリンクだが、ぽつりぽつり、リンクサイドの少女に気づき始めたものもいる。

「きのう名古屋に帰ったんです、忘れ物を取りに。夕方には東京に戻ります」
ドキ!元カップルの大人二人は固まった。まさかコーチの話してる?
きょどきょど挙動不審な大人たちへクスクス笑いながら、光は手にした紙袋を見せた。
「ああ!コーチじゃないです、これ、替えのブレードです。あっちでも買えるし送ってもらえばいいんですけど、ライリー先生が取りに行けって言うんです」
変な先生、と肩をすくめて光は笑う。だが光は正しく理解している、名古屋から東京に移籍してきていい区切りだから、ちょっと名古屋に顔を見せてこいということだ。
「……明浦路先生、」
「はァい!」
大声で返事してしまい、瞳の肘鉄を食らう。注目を集めるな!ごめぇん!
「ねえ明浦路先生、私とお昼ご飯食べに行きませんか?お腹空いちゃった」
救いを求めるように元カップル相手の顔を見れば、瞳はもう一度顎をしゃくって見せた。今度は外へ向けて。
(二時間は帰ってこないで)
くちびるをパクパク動かして、厳命された。背中をバチッと叩かれた司はロッカーへ飛び込み、まず財布の中身を確認した、なんとか5,000円札の存在を確認。



走って駆け付けて来た司を一瞥するなり、光は大通りへ向けて歩き始める。到着を待たない。
「狼嵜選手」
「……」
歩きながら首をわずかに捻って目線だけ振り返る少女にはじっとりした威圧があった、そうだった、今や狼嵜光は有名人なのだ。
司は呼び方を改めた。
「あの、狼嵜さん」
「もう一声」
「ひ、光さん」
「……いいでしょう」
ようやく光は立ち止まって司を振り返った。長い黒い髪、薄手の黒いコート、黒い靴下と黒の占める面積が多いのに、きらきらと輝いて見える。
そういえばこの少女と司が言葉を交わしたのは太陽の光の下ではなく、夜闇や雨の中だった。
「えーと、何、食べたい?」
「明浦路先生が考えてください」
「えっ……えー……」
この年代の少女が喜びそうなもの、司の脳にそんな店の心当たりはない。
「パンケーキ、とか……?」
「女子はパンケーキ食べさせたら喜ぶと思ってます?」
安直。ありありと顔に書かれている。これは司に読ませようとして書いてある。
「ヴ……検索してもいい?」
「ダメ」
光は光で、意図しないところで師匠の夜鷹と同じ感情を味わっていた。
こんな風に図体の大きいくせに弱い立場の人間がおずおずと上目に『してもいいですか』と聞かれたら、『ダメ』と言いたくなる。
獣たちの理屈に振り回されるこの男に、なぜ夜鷹が搔き立てられるのを光は一つ理解してしまった。
とはいえこうしてばかりもいられないので、わざとらしく藁を投げた。
「あー……いのりちゃんが食べてたラーメン、おいしそうだったなーーっ……」
いのりはあの日の写真をSNSに挙げていた、もちろん光はいいねをつけている。
「!ああ!和風とんこつラーメン!そこでいい?」
司は藁を掴む。
「いいですよ」
「すぐ近くだから!」
勇んで司は光を追い抜き、歩き出して、立ち止まった。
「狼嵜選手、ライリー先生と慎一郎先生に連絡しておいてくれるかな。明浦路とお昼ご飯を食べるって。俺からももちろん言っておくよ!」
「え?」
「あなたは有名人だけど、未成年の女子だから。平日昼間におじさんと外歩いてたなんて人づてに言われたくないと思うよ、二人とも」
「なるほど。明浦路先生のおごりでご飯食べるって言いますね」
「う、ウン……!」
二人は道の端へ立ち止まり、それぞれに連絡を入れた。
即、光のスマートフォンへ返信を知らせる通知音がする。ライリーや慎一郎から光へどんな返信があったか司はちょっとばかり気になった。
「二人とも、了解だそうです」
「俺も今二人から返信が来たところだよ、……あ」
「どうしました?」

例の、和風とんこつラーメンチェーンはまもなくというところまで来たのだが。
店としては幸運だろうが、平日14:00を過ぎて店は外から見てもまあまあに混雑していて、店前に並びもできていた。
大須のリンクに近い事もあってか、それとも先日のいのりの投稿のためか、数人がスケートシューズを入れる独特の形をしたバッグを持っているのが見えた。
他人に興味がないと言われがちな東京ですら、先日の一件以降、駅で道で「狼嵜光ちゃんだ!」と声をかけられたりすることもある。
「バレるだろうな……」
「……」
ちら、と光を司は横目で見ると隠さずにしょんぼりとしている。
「ねえ光さん」
「はい?」
「和風とんこつもいいけど、美味しいラーメン食べない?」

こっちだよ、司は元気に再び歩き出した。秘密でとっておきの場所を教えてくれる、犬の散歩みたいだ。


大通りから路地を二つ裏へ入ればすっかり人の通りも乏しくなる。あそこだよ、と司が指さしたところにはくすんだ赤のノレンが地味に店前で揺れていた。
のの字を並べたような、いかにもの中華料理屋で、ランチ時が終わっていることもあって店前に人だかりも無い。
店の名を、毎毎軒(まいまいけん)と言う。
すりガラスの引き戸をカラカラ開けた。カウンターとテーブルが二つだけの小さな店である。
客は手前のカウンターに座った一人が新聞を読んでいるだけ。
店に入れば寸胴鍋に炊き続けているスープのためかむわっとした湯気が顔に触れた。
「あーい」
いらっしゃあい、の最後のところだけで髪をひっつめた五十代頃と見える女性店員が迎えた。司は指を二本立て、二名ですと伝える。あいてるとこどうぞ、言われて二人はテーブル席へ腰かけた。
オシャレに言えばスツール、がたつきのある丸椅子に光が腰を下ろす。
好奇心から物珍し気に見れば、壁には黄ばんだのかそれとももとからそういう色なのか判別できない色の短冊がいくつも。
ラーメン
チャーシューメン
特製ラーメン
チャハーン
エビチャーハン
半チャーハン
餃子
半ギョザ
皿チャーシュー
メンマ
トリカラアゲ
などなど
「チャハーン」
思わず光は呟いてしまった、司は何も言わなかったが、ほほえましい顔をしていたので机の下で蹴っ飛ばしてやりたくなる。

赤い卓上には白コショウ、唐辛子の粉がびっちり沈んだラー油、つまようじ、お酢、醤油のセット。ぎちぎちと箸立てには割り箸が詰め込まれている。
清潔な厨房には大きな鍋や調味料、切り置きのチャーシュー等が見えておもしろい。
いわゆる「昔ながらのラーメン中華料理屋」という風情だが、年若い光は実はこうした店は初めてである。
店の端っこには本棚が置いてあり、いくぶん号の古そうな雑誌や子供が読まなさそうな漫画が並んでいた。上にはさすがに今日のものらしい新聞。
新聞や漫画を読みながらご飯を食べる……ちょっとした光にはカルチャーショックだ。
『それはねえ奥さんが悪いわよ、旦那さん満足させてなかったんじゃない、マグロって男は傷つくわよ、夜って大事よ』
カウンター上にあるテレビから、大声で昼過ぎの下世話なワイドショーが流れる。語っていたのは女性でなく女性の格好をした男性だ。
女性店員がチャンネルを変えた、『この青汁を飲んでから、人生が……』変えた、『今なら送料無料』変えた、
『そうさせるってことは、された側にも原因があるという見方もあります』
『頻度は二カ月に一度、一週間前から申告制のセックス』
どうやら、直近で芸能人の不倫に関してのニュースがあったらしい。子供が学校で勉強しているであろう時間帯だからと好き放題だ。
『やはりウニ!ウニですよ~』
女性店員はチャンネルをウニに着地させた。

「好きなもの食べてね」
「はい、お金足りなかったら貸してあげます」
「ヴ、……だいじょうぶだよ、たぶん……」
司の顔色と口調からして、一万円は持っていないなと光は判断した。あんまり無茶をすると理凰もうるさいだろうし……と冷静な分析の上で決定する。
「ご注文お決まりですか」
店員が銀盆から水のコップ、それからぺらぺらの灰皿を置く。
「私、特製ラーメンと餃子にします」
「俺はラーメンと半チャーハンのセット」
「はーい」

「特製とラーメン、半チャーと餃子、二名さんでーす」
「あーい」
なんとカウンターに座っていたのは客ではなく料理人だったようで、女性店員から注文を聞くと読んでいた新聞を置いて立ち上がって厨房へ戻って行った。


「――」
正面に座る少女の顔を司は見た、こうした店に来た事はないのだろう、くるくると大きな瞳が動いている。
いのりと接する時間が長いため忘れがちだが、こんなにも雰囲気が違っても狼嵜光もまた、少女なのだ。
「何ですか?」
「あ、いや――」
司の視線はたやすく爪に捕まえられた、とっさに乗せようとした言葉を水の力を借りて飲み下す。小さな氷も一緒に飲んでしまったので、喉奥から管、胸の裏側までその氷のひややかさは健在だった。
「うん、つい見てしまって、それをあなたに言い当てられたから気まずくて……」
「へえ」
「それから、この間のあなたの演技のことを言おうとして、止めたんだ」
「なぜ」
胸元にフリルのあしらわれたリボンタイ付きのブラウス、その両肘をテーブルについてあどけない頬杖をついた。
この少女の獰猛を司は知っている、半端に言い逃れやごまかしをしたら食い破られるか、泥を食らわされる。
「あの演技はいのりさんのためのものだったから――なら、俺が先に感想を伝えるべきじゃないと思う」
「ふ」
にこっと光は満足そうに笑った。あれが誰のためのものだったのか理解し、立場をわきまえているのなら光は寛大だ。
辞書で『鷹揚』という言葉を先日授業の中で辞書に見つけた。鷹揚とは、鷹がゆったりと空を飛ぶ様からつけられている。
ゆったり、上品?あれが?あんなに必死に跳ぶ人を――
「一言だけならいいですよ」
「……すばらしかった」
泣きだしそうに司が胸をおさえて言った。塞がったばかりの傷はまだ生傷で、ぴりぴりと痛むのだろう。
そうこなくちゃ、そうじゃなきゃ!
そう簡単に治られては困る傷を負わせた自覚がある光は、だからにっこりと笑顔を向けてやった。ファンサービスである。
「ありがとうございます」
あなたも私に焦がれて向かってきていいよ。そうしたいなら。
「あれ、狼嵜選手、何か……雰囲気変わった?」
「私のこと知った風に言うの、好きじゃないです」
「あ、ご、ゴメン!」
また狼嵜選手って呼んだなこの人。物覚えが悪いったら。
でもあの人、躾とかちゃんとしなさそうだから仕方ないか。
「光さん、何か悪い顔してない……?」
「いーえ?あー、お腹空いたなーっ、ラーメン、一年半は食べてないです」
「え゛えっ!?一年!!」
「はい」
光の食事管理は徹底している、もちろん、リンクメイトの焼いてくれたクッキーやみんなでこっそり食べるチョコレート等の味を知っている。
師であった夜鷹は現役時代の徹底した食事管理の影響で、食に対する欲求が無くなるどころか疎ましく思ってすらいる。光の第二の父であり師の鴗鳥慎一郎はそれが光に伝わる事を危惧した。
食べたっていいんだ、もちろん管理は必要だけど、美味しいものを美味しいと感じることは悪い事じゃない。慎一郎とエイヴァは光へそれを長年をかけて伝えてくれた。
夜鷹もそれを咎めなかった、光が食事を楽しむことを許した。許すというよりは自分のようになる事を避けろと言ってくれたのだと光は思っている。
「一年……」
そんな光の感慨をよそに、司はハラハラとし始めた。司はラーメン、結構好きである、交通整理などの夜勤時代にはカップラーメンにお世話にもなった。
一年以上ラーメンを食べない生活とは想像するだけでも厳しい、ラーメンとは暴力に近い、店の前を通りがかってあの香りを嗅いだら、ラーメンが食べたいというよりラーメン以外食べたくないぐらいに掴まれてしまう食べ物だ。
失礼だが特製とはいえ超有名店とは言い難いこの店のラーメンでいいのか、ハラハラハラ……こうである。
「はい、お嬢さん特製~お兄さんラーメンね、餃子と炒飯このあとね」
「はーい」
ドンドン、目の前に赤い丼が二つ運ばれてきた瞬間司の心配は吹っ飛んだ。
なみなみと注がれたうす濁り茶褐色の丸鶏とモミジのスープ、その香りは腹に直接訴えてくる。
ほどよくムチムチの縮れた中太麺、柔らかい鶏ハム、圧巻のバラチャーシュー、しっとりロースチャーシュー、黄身がつやつやとゼリー状の味玉、鮮やかな緑の茹でほうれんそう、材木みたいに太いメンマ。
海苔が二枚丼のフチにひっかかっているが、スープを吸った端から輪郭をほころばせている。
中心にみじん切りの生玉ねぎがひとさじ。とどめにナルト。
特製ラーメンは正正堂堂と、狼嵜光を魅了した。

「うわおいしそう!」
「光さん、箸」
司から箸を受け取る。マスクを外すと、なお一層いい香りが直接ぶっつかってきた。
「はい、いただきます」
「いっただっきまーす!」

ラーメンを食べ慣れない光は何処から手をつけたものか、と箸先を迷わせた。ちらりと司を見れば、なんとラーメンに白コショウを振っている。
「えっ」
「え?あ、いる?」
コショウ。
「いりません……そういうの、」
そういうの!ダメなんじゃないですか!?まずはそのままの味とか、ダメだこの人、やっぱり……
光は陶製のレンゲを手にして、ひしめく具をよけながらスープをすくい一口すすった。
「ぁち」
上顎にピリッと軽いやけどだ。司は黙って光のコップに水を足した。
よく見ればあまり湯気が立っていない、丼の全体を覆う薄い油膜が熱を逃がさず、見た目よりずっと熱いのだ。
「光さん、これよかったら着て、練習前だから臭くはない……と思う」
司が自分のパーカーを脱いでTシャツ一枚の姿になり、パーカーを差し出す。
「?」
胸元を司は指さした、白のブラウスに汁が跳ぶと言いたいのだろう。ありがたく借りることにした。
羽織って前を閉じ袖をまくる、臭くはないが、
「……熱い」
「あは、いのりさんには電気毛布の強って言われたことあるよ」

司が麺をごそっと持ち上げて、あふ、ずずっと啜った。眉がひくひくして、うま~~!とうるさいほど伝えてくる。
光も麺を一口ぶん箸で持ち上げる、と、閉じ込められていた湯気がもうっと立って伊達眼鏡を曇らせてくる。片手で乱暴に外してテーブルに置いた。
ふーっふーっと吹き冷ます、どれぐらい冷ませばいいんだろう、わからないけど熱い方がきっとおいしい、意を決して啜った。
熱い。しょっぱい、いや、味が濃い、うまみというやつかな、脳に響く味だ、普段一口15回は咀嚼することを心がけている光だが、この時ばかりは数回噛んだだけで騒ぐ胃袋へ叩き込んだ。
喉をぐっと麺が通っていく感覚と、鼻に抜ける香りがたまらなかった。
悪いいけない味がする。どきどきしながら視界にはらはら入る前髪を払っていると、
「お嬢さんゴム使う?ボロいやつでごめんね、あげる」
「あ、りがとう、ございます……」
女性店員は素っ気なく、一部切れかかった黒いゴムを置いた。光の鞄にゴムは入っているが、この親切を受け取りたかった。
「餃子、半チャーハンね、これ取り皿」
「あひはとうぼはいはふ」
ちょうど麺を啜っていた司が慌てて口を閉じ、くぐもったお礼を言う。
光が髪の毛を括っていると、司が口元に手を当て、
「……ここ、餃子一人前5個なんだけど、二人だと6個にしてくれるんだよ」
出前をやっていた時代の名残なのか電話番号と屋号が書かれた楕円型の皿には、確かに6個餃子がのっている。
テレビなどで見る餃子はもっと三日月型をしていたように光は記憶しているが、ぽっちゃりとした餃子たちだ。
「誰かとよく来るんですね?」
問いかけながらカツン、と光は爪で灰皿を弾いた。
「ヴ」
一口食べる前からコショウをラーメンに振りかけた。
普段の餃子の数を知っている。
明浦路は煙草を吸わない、それなのに灰皿が置かれた。
ひやひやと冷や汗をかきながら司は、
「た、たまに……」
お茶じゃないので濁らないお水を司はぐっと飲む。夜鷹は言いたくない事があるとすぐ煙草を吸って煙に巻くが、司はそうもいかない。
氷の上に立つと別人だと理凰は言ってたけど、この人どんな表情演技するんだろう。
「あの人ここで何食べるんですか」
「……エビチャーハンのエビとか」
「わぁ……」
やりそう。残った素チャーハンを司が食べているところまで光には想像がついたが、全部食べ物を下げさせておいてエビだけ食べる夜鷹純の想像がつくのは、少しばかり悔しかった。

「光さん、炒飯たべる?」
「少しだけ」
せっかく出してもらった取り皿を無駄にしたくないから、という理由で光は頷いた。
チャーハンなんて油で炒めた米である、少しって言ったのにしっかりよそってくる、カロリー制限してるのに!
貰ってばかりというわけにはいかない、しかるべき対価を。
「餃子あげます」
「ありがとう~!」
嬉しそうに司が「餃子はね!お酢とコショウで食べるのが美味しいんだよ!」などと講釈を垂れる。
はちはち、妙な声を上げてかぶりつくから憎むに憎めない。
光もふーふー冷ましてから食べた餃子は本当に熱くて、丁寧に細かくされた野菜とよく練られた餡で、食べる肉野菜スープのようだった。
ニンニクがめちゃくちゃ効いてる!新幹線に乗る前にどこかで歯磨きしなきゃである。


「……何か話したいことがあるんじゃないですか」
ラーメンというのはうつむいて喋ってもいい食べ物だ。光は司と視線を合わせずにたずねる。
「えっ……と」
意図をはかりかねる、テキストでのやりとりではなくリアルタイムなので猶予はないが、ラーメンが伸びるまでは待ってくれるはずである。
ラーメンを食べ慣れている司と比べて光の箸は遅い、少し考えてから、
「……いのりさんは、前に進みはじめたよ」
「はい」
ぐっと光は喉を詰まらせた。それはスープが熱すぎるからでも、麺を頬張りすぎたからでもない。
「俺も今度こそ同じ方向を見られたと思う、というか!あなたの演技見て触発されちゃって大変だったんだからね!学校はサボるし!」
ぶわ!司が大声を出した、溺れかかった人間がやっとのことで岸へたどり着いた人間はこんな顔をするのかもしれない。
「前々からあなたのスタイルを真似したかったところへきて、火がついちゃって手が付けられなかったよ!」
「あはははっ」
突き落としたのは光だが、引っ張り上げたのもまた、光だ。
「いのりちゃんまだまだだなあ~、ああいうのコツがあるのに、あ、これおいしい」
スープがしみた海苔と鶏ハムを一緒に食べるとその美味しさに光は感激した。
たんぱく質豊富な鶏ハムは寮でもよく出るが、ここのはしっとりしていてとても美味しい。
もともと目玉焼きは好きだが、味玉もとてもいい味だ。これなら寮でもやれるかもしれない。
「絶ッッ対吹き込まないでねソレ!」
「吹き込みません、いのりちゃんとはLINEやってないし、誰かさんたちと違って」
「ヴ」
しっかりと司と夜鷹を当て擦るのも忘れない。
いのりと光は本当ならきっと、いい友達になれる。
学校であったことの話をしたり、近所で猫が生まれたことや、新しく買った服の話だって、どんな話だって楽しくできる。
でも、しない。
二人で話し合ってそうしようと取り決めたわけではない、もちろんSNSでフォローぐらいはしているが。それは周りに「不仲」とか言われるを避ける意味もある。
語り合うなら氷の上がよかった、すべてをスケートでやりとりしたい、スケートだけがいい!
きっと楽しいだろうおしゃべりができなくてもいい、スケートだけがいい。
だから、LINEなどの個人的なコミュニケーションツールで二人は繋がっていない。
だというのに、大人たちったら!光はちらりと司を睨んだ。大人と言うのはしょうがないのだ。
「……はい、どうぞ」
光は自分の丼からバラチャーシューを箸でつまんで、司の丼に入れてやった。こうやって自分の皿から人の皿に入れるのって、きっと行儀が悪い行いだ。
「え?」
「すてきな情報への対価です」
「あり、がとう……?んー!おいしい!」
バラチャーシューのぐるんとした脂身は、こんがりあぶられてほどよく落ちている。
じゅうぶん対価を味わって、司の唇はつやてら輝いた。

「他には?」
司はわかってきた、光が聞きたいことを話せ、そう言う事だ。彼の話の番だった。
「んー……氷には、まだ乗ってないよ」
「……」
光は続きを待った、
「ちゃんと寝てるし、ご飯は食べてる!……煙草は止めてないけど。っていうか慎一郎先生が毎日食べたものをLINEで送って、それに返信するためにしぶしぶ食べてるって感じかな」
残り少なくなってきた炒飯を指さした、
「エビチャーハンの写真送ったのはズルだよね!本当はエビしか食べてないのに」
「ふ」
光はレンゲを使って、手付かずだった生玉ねぎのみじん切りをすくうとこれも、司の丼に入れてやる。
「あ、報酬……いのりさんの情報よりは下なんだ……」
「先生は言わなくていい事を結構言いますよね」
なお、光の苦手な食べ物は生の玉ねぎである。対価にもならない対価をどうぞ、明浦路先生。


「……先生の2Lzですけど」
「ん?」
「先生も両手上げしたら、3Lz跳べるんじゃないですか」
合宿でいのりの3Lz再習得のために行われたルッツジャンプ勝負のことを光は言っている。理凰には忘れちゃったと言いはしたが。
「おっ……いや、考えたことなかった、今度やってみるよ、ありがとう」
「へえ……」
お腹にあったかいものが溜まったからか光の気持ちもまるくなっている、昔読んだ童話に『おなかがくちくなる』という書かれ方をしていたが、こういうことかもしれない。
「明浦路先生は『俺なんか無理だよ』とか言うかなって思いました」
「あはは、ちょっと言いかけたけどね!でもあなたは俺に嘘やお世辞は言わないから。あなたが言うならきっとそれはそうなんだろうって思ったんだよ」
それに、と司は炒飯についてきたスープに口をつけてから言った。スープがダブってしまった。
「それに、以前も俺が実演した時にいのりさんにはいい影響があった。試せることがあるなら試したい」
「あの人は?」
すっかり、あの人で会話が成立してしまう。ハリーポッターのヴォルデモート(名前を言ってはいけないあの人)で会話が進んでしまう。
「言われたことないな、あ、ずっと前にだけど、なんで跳べないんだろう……?僕が跳ぶのを見てるのに……みたいな、こう、猫みたいな顔されたことはある。見ただけで跳べたら苦労しないっつうの!って」
「あはははッ」
つい、大声で笑ってしまった。見ただけで跳べたら苦労しないんだよ、そんなの一番光が言ってやりたい事だった。
コホン、光は咳ばらいをひとつした。つい子供みたいにはしゃいじゃったな。
「……うん、よかったですね、じゃあこれは貰います」
「あーッ」
ひらり、光は司のどんぶりからナルトを掻っ攫った。
一番いい位置に陣取って、ラーメンをラーメンたらしめて、ラーメンぐらいにしか居場所のない、お日様みたいなナルト。
「なんですかその顔」
「前に同じことやられた。あなたたち、似てるよねって思って」
誰にってそりゃ、そういうことだ。


二人して躍起になって食べてしまった、もちろん司が途中から光のどんぶりから麺を引き取ったし、餃子だって4個は司が食べている。
特製ラーメンはとにかく具が豪華でボリュームがあった。
実は常連などは蕎麦屋でやるように『抜き』といって具でビールをやり、最後に少しだけ汁そばを貰うのだった。
額に汗をかいて食べるなんて何年ぶりだろう、光がぼうっとしているところへ、
「お嬢さんかわいいからサービス」
コトッと小さな器に杏仁豆腐が提供された。恩着せがましさを感じさせないヒットアンドアウェイの素早さ。
光は目を大きく見開いて、口をパクパクさせて、
「あ、りがとうございます……!」
満腹だったが、それ以上に嬉しかった。嬉しそうな光に向かって、司は良かれと思って失言をした。
「光さんよかったね、あの人もそんなサービスされたことないよ!」
「……そこと比較するの止めてもらえませんか?」
中学生女子と無職のアラフォーのかわいさを比べるなんて不届きすぎる。こんどこそ光はテーブルの下で司の脛を蹴っ飛ばした。
「痛った!」

テーブルに置かれたまま静かにしていた司のスマートフォンが、新着通知を告げた。
『今日は泊まる?』
「……」
「……」
司は残り少ない水を、氷ごとごきゅっと飲んだ。喉がかわくのはラーメンがしょっぱいからだから、少しでもこの熱を冷ましたいから。
「……見た?」
「はい」
瞳孔をかっ開いて司の顔を凝視してくる光に、ひぃと司はのけ反った。
「ちょ、ちょっとお手洗い……」
「どうぞ」
ラーメンのスープに炒飯のスープ、それから水も飲めばお手洗いに行きたくもなったっておかしくない、逃げるわけじゃない。
司が店の奥に消えた瞬間、光はひらめいた。小声で店員さんを呼ぶ。

「すみません、お会計」
「えっ」
大人の男の人と来てたよね?という顔で女性店員が目をぱちくりさせている。財布からサッとお金を差し出しながら、
「あの人、私の『ヒモ』なので――!」
はっきりと大きな声で言ってやった。思った通り奥のお手洗いまで声は届いたようで、
「だわーーッッ!!!?今なに!!?ちょっと待って!!?今何言った!!!??待っっっって!!?待って!!」
どがしゃん、と壁だかにあの図体がぶっつかるような音がした。
光はあはははとくの字に体を曲げて笑う、『もちろん冗談ですよ、いつもお世話になってるから今日はお返ししたかったんです』と女性店員にウインクしてみせた。

「杏仁豆腐、美味しかったです」
「あっ……」
ようやく女性店員はこの瞬間、この女の子がTVでも見る天才少女の狼嵜光ちゃんだと気づいたのだ。
お会計は光1,500円(特製ラーメン1,000円、餃子500円)+司1,100円(ラーメン+半チャーハンセット)で合計2,600円也。
三千円でお釣りが来たことに光は結構びっくりした、天才少女狼嵜光じゃなくても女子中学生が十分払えちゃうのである。
「まいど~」


光は店を出て歩き出す、店内から路上に出ただけで自分がいかに強い香りの中にいたのかを気づかされる。
「狼嵜選手!狼嵜選手ってば!お金!」
大声で司が追いかけてくるから愉快だ、また狼嵜選手って呼んでるけど許してあげてもいい。わざと冷たい顔で、
「手、洗いました?」
「洗ったよ!お金!」
「――貸しです」
「へ」
「明浦路先生は私のヒモです」
あと一つ角を過ぎれば大通りだ、いつも通りに戻る。
「ヒ、ヒモってちょっと」
「――私とあの人をつなぐヒモです、いつかあの人がまた私の前に現れてくれたら――お金を受け取ります」
はたと司が大きな目を見開いた、
「そうだ、パーカーありがとうございました。お礼にTシャツへサインしてあげますね」
「え?あり、がとう……?」

光はパーカーを返すとバッグからペンを出して、司のTシャツの胸にさらさらと書きつけた。生地がよれて薄くて書きづらい。スープもハネてる。筋肉もムチムチ。

『俺はヒモです 明浦路司』

「狼・嵜・選・手ゥ!!?」
「うるさ。はい終わり、じゃあこれで今日あの人の家に行ってくださいね、利子です」
「ちょちょちょちょ」
「上着を脱がなければいいんじゃないですか?」
「そんな!」
「あの人に何も言っちゃダメですからね」
「待って!」
大通りに出て、二人は別れた。おおいにわめく司の言い分を光は一つも聞かなかった。
ヒモは繋がっているのだから振り向く事も無い。いまは。

すっごくラーメン美味しかった、一年後また行こう!今度はいのりちゃんと。光は決めた。あの人たちはまあ、ちょっと考えておこう。


もちろんその晩しっかり揉めた。
『俺はヒモです 明浦路司』
「どういうこと?」
よいしょとパーカーをひん剥いたらこれである、さすがに夜鷹が説明を求めるのも無理からぬことである。
「……ふ、言えません」
「へえ」
「君は誰かと結ばれたいの」
少女に勝手に結ばれた俺と言う紐のもう一端が、何が何でも聞きだしてやるからなという怒りの気配に強くひかれている。
ひしひしビシバシ視線が肌に刺さった。
ああそう言えばいのりさんは俺のパーカーの紐、両手で握ってくれていたな、司はおぼろにそんなことを考えていた。そんな場合でもないのに。
俺はヒモです理由は言えない聞かないで!えっ身体に?そんなこと言う?まさか。

コメント

  • ヨスガ
    2025年11月28日
  • ゆん
    2025年11月21日
  • ゴンタ

    (キャプションより)鋏と紐だったのですね!素敵な連作、シビれました~!神々の悪戯を拝ませてもらって…!ありがとうございます

    2025年6月29日
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