アポロと狼
原作では絶対デレないだろう(そこがいい)光ちゃんを二次創作で司先生に甘えさせたかった仲良しひか+つか(Notカプ)です。そのうち息の揃った掛け合いとかアイコンタクトが出来るようになって、それぞれの師匠と弟子を「どっちにモヤれば…?!」ってヤキモキさせてほしい。ライリー先生とのサンドイッチも美味しいです。
あと私は司先生をめちゃめちゃ可愛い人だと思ってるのでいつも可愛く書いてしまうけど、大前提として強くて格好いい司先生が好きだという話でした。つよつよな司先生が好きな人の前というか夜鷹さんにはよわよわで可愛くなっちゃうのが好きです。
p.1~3本編/p.4おまけ/p.5あとがき(2026.6.9追記)
※原作沿いですがいろいろ捏造・ジュニア期数年後設定・大会のしくみとか全部妄想※
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【アポロと狼】
〈一〉
フィギュアスケーターのトップ選手が出場する大会と言えば、グランプリシリーズとファイナル、全日本、ワールドが主要どころだ。ジュニア選手でもそれは変わらない。
しかし今回、狼嵜光が忙しいシーズンの合間を縫って出場したのは、そのどれにも当たらない国内の競技会だった。
光はノービス時代から全日本本選で優勝してきた実力者で、度胸も人一倍だ。今さら国内大会の経験値稼ぎは必要でないのに、コンディション次第では見送ってもいい大会に出場したのは、早い話がスポンサーへのお披露目だった。金があっても健康面や時間上の制約から国際大会の生観戦が難しい支援者へのサービス、あるいはその候補者にアピールする場として都内で開催される競技会に出ることにした。
普段はクラブの専用施設で練習しているが、今回の会場である常設リンクは都予選や連盟の合同練習に使われることが多いのでわりと馴染みがある。移動の負担もそれほどなく、光はコーチのライリー・フォックスとともに万全の状態で会場入りした。
「今回のピカるんの目標はブラッシュアップしたステップシークエンスでレベル四を取ることだね!」
「はい」
「上半身の振付も密度が濃いからペース配分を意識してね。最後までバテない全力、掴んでいこ」
「絶対ものにします」
光もライリーも、今さら金メダルなんて目標は掲げない。全日本でもない国内大会、優勝は必然だ。
それより今回は、シーズンの集大成である世界ジュニアに向けたプログラム調整に重きを置いていた。ジャンプもスピンもジュニア選手では一流の自負がある光だが、伸び代があることも自覚している。そしてもっとも成長の余地があるのはスケーティング、つまりステップだ。
一番特別視しているライバルがステップで常にレベル四を取る上に加点が付く子なので、光も意識せざるをえない。あの子に負けないくらい綺麗で、見ている人の心を躍らせるような滑りがしたい。あの子のスケーティングを磨いているコーチにも対抗心を抱いている。
ひそかな闘志を燃やしながら公式練習のためにリンクに向かう。するとどういう訳か、先ほど思い浮かべた人物の姿がリンクサイドにあった。結束いのりではない。彼女は今回の大会にアサインしていなかった。
均整の取れた長身、明るい髪色。日本人離れしたスタイルは自然と周囲から際立って、後ろ姿でもその人だと判別できた。
「あれ、司先生だ」
ライリーも気が付いた。明浦路司。光の特別な結束いのりのコーチで、元はアイスダンス選手でありながらたった数年で女子シングルのトップ選手を育てた男。
熱血で子供に甘くて、自分勝手に他人を振り回すのになぜか周囲からは信頼されたり尊重されたりしている。大した実績もなく、いのりの成長の足手まといになっているくせに。そんなふうに昔の光は思っていた。
今では彼がいのりの枷ではなく、光の元まで辿り着くためのブースターだと知っている。序列が低いように見えても影響力があるのは、司が人との繋がりに真心を尽くしているから。目に見えるスケートの実績がなくとも、周囲の信頼を裏切らず、自らも他者を尊重し、誰かのために我が身を削って一生懸命になれる人だから。
最初のコーチだった夜鷹純が失踪して、彼と再会しその交流を再開させるまでに、光はそんな司の献身に助けられてしまった。だからもうかつてのような、司への敵愾心はない。
しかし司への恩義、いってしまえばわずかな敬意が芽生えると、彼のなりふり構わない感激屋な性格や妙なところで抜けている迂闊さがもどかしくなってしまって、あまり友好的な態度は取れないままでいる。
ーーもっとしゃんとして。油断しないで。だらしないところ見せないでください。
いのりへの注目が高まるにつれて、コーチの司も人目に触れる機会が増える。しかし司はリンクサイドやキスクラで跳んで跳ねて大号泣するオーバーリアクションのイメージが強過ぎて、今では芸人枠として認知されている。本質はインテリ系のくせに。
スケート歴一年の生徒を全日本に、その翌年にはグランプリファイナルに送り出した指導力は一般に評価されない。少しでも点数や順位を稼ごうとする戦略家な一面も、結束いのりのスケーティングを育てた現役顔負けの技術力も。
ーー舐められないで。あなたは氷に乗れないような人たちに馬鹿にされていい人じゃないのに。
ライリーや慎一郎は司を侮りがたい実力派コーチとして意識している。あの夜鷹ですら一目置いているというのに、何も知らない人たちには道化のように笑われて。
それが周りを警戒させないための演技というなら光だって気にしない。そういうことならライリーだって同じだ。わざとおちゃらけることで親しみやすさを演出し、周囲が自身を崇拝しすぎないように対人関係をコントロールしている。しかし計算でキャラ作りしている彼女とは違って、司は無意識だった。それにライリーはパブリックイメージはちゃんと守っている。
光はだらしない大人が嫌いだ。自分の認めた人には立派でいてほしい。何より司に軽薄なイメージが付くと、それは彼の教え子でもあるいのりにも影響することだ。
よって光が司に向けるのは『いのりちゃんのコーチとしてもっとしっかりしてください』というつんとした態度で一貫していた。
今日の司はスーツ姿に青いダウンを羽織り、首からは関係者証を下げていた。どう見ても選手に帯同するコーチの格好だ。いのりの専属だと思っていたが、別の生徒を受け持ったのだろうか。
「ん、アイスダンスのカテゴリにルクス東山所属のカップルが出場してるから、その引率じゃないかな?」
「なるほど……」
ライリーがスマホで大会情報を調べてくれて、それらしい仮説を立ててくれる。女子シングルの前にアイスダンスの公式練習があった。光は少しほっとした。
コーチは複数の生徒を受け持っているのが当たり前で、いのりと司のような完全専属はどちらかといえば珍しい方だ。光が口を出せる問題では当然ないのだが、いのりの強さは司の全力が彼女だけに注がれていることも大きいと感じているので、内心では現状維持を望んでいた。
「ちょっと挨拶に」
リンクは製氷中で、ウォーミングアップをするとしても滑走までしばらく時間がある。光が視線で司の方を指し示すと、ライリーは面白がるように笑った。
「おっけー」
光はそろそろと司の背後に歩み寄った。心持ち足音を忍ばせて、獲物を追い詰めるように。ライリーもその後を気配を殺してついてくる。
司は光がスケートでも私生活でも長らく世話になってきた慎一郎と同じくらいの背丈だ。目の前まで近付くと、広くて大きな背中に懐かしさを覚えた。
後ろからちょんちょんと肩を叩き、振り向くだろう方向に人差し指を伸ばしておく。狙い通り光の指先は、意外と柔らかな司の頬にずむ、と刺さった。
「こんにちは、明浦路先生」
「……こんにちは、狼嵜選手」
「敵情視察ですか?」
「ううん、まあそうなんだけどはっきり言われると……」
ずむ。
「応援とでも? いのりちゃんならともかく、あなたからの応援なんて別になぁ」
ずむ、ずむ。
「うう、視察です、勉強させてもらいに来ましたぁ!」
司が頭を下げると光は悪戯っぽく微笑んだ。そんな光を見てライリーも笑う。
場の空気を良く読み、年長者には基本的に礼儀正しい光が司をからかっている。警戒心が強い光がこんなふうにじゃれつくなんて、司はすごい人だ。
「アイスダンスの引率で来てるんじゃないんですか?」
「そうだよ。でも情報収集の機会は逃せないからね。生徒たちには瞳先生とホテルに戻ってもらって、俺は残りました」
「お目当ては?」
「分かってるでしょう……あなたの演技です、狼嵜選手」
「ふふ……それなら存分に見ていってください」
女王の貫録というべきか、光はひどく挑戦的で小悪魔のような笑顔を司に向けていた。傍目からも仲良さげなその様子を、会場の端から注目している人影があった。
「……なんだあの男」
ずっと見守ってきたのに。少女のあんな顔を始めて見た。
警備員の制服を身に纏った男の表情は嫉妬で醜く歪んでいた。
◆
グループごとに行われる公式練習で滑走の順番が回ってくるまで、光は人通りの少ない廊下でアップしていた。
そこに警備のスタッフが近付いてきた。すぐそばで足を止められたので、何の用かと視線を向ける。
「どうしました?」
男はじっとりした眼差しで光を見下ろしていた。異様な雰囲気に呑まれて思わず固まってしまう。
「あの男はなに?」
「え?」
「光は俺のことが好きなのに浮気?」
何を言っているのだろう。理解が及ばない間にも、べったりと肩から二の腕を撫でられる。薄手のジャージ越しに伝わる体温に怖気が走った。
「ただでさえやらしい衣装でエロいポーズしてんだからさ、もっと気を付けないと勘違いさせるよ」
そう言っていきなり抱き付かれた。耳元に生温かい息が吹きかけられる。
「それとも嫉妬させたかったの? ひかる……」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。気持ち悪いのに、喉が引き攣って声が出ない。
腕を突っ張ろうとしても、震えて上手く力が入らなかった。そんな状態ではびくともしない。
「ちょっと貴方! 何やってるの、その子から離れて!」
少し離れた場所にいたライリーが光たちのやり取りに気付いて駆け寄ってくる。
びくりと男が動揺した隙に、光は満身の力を込めて男を突き飛ばした。拘束されていたのはほんの数秒だったけれど、拷問のような時間だった。
ついで結構な勢いでライリーのスマートフォンが飛んできて、男はとっさに身を躱した。
正しいと言ったらおかしいかもしれないが、投擲されるべき状況で投げられる機器を光は初めて見た。壁にぶつかる音で硬直していた足が動くようになる。
「光ちゃん!」
真剣なライリーの声に呼ばれるまま走った。
男の脇をすり抜けるとき、伸ばされた手が腕を掠めそうになった。悲鳴を上げたつもりだったが、喉で潰れた擦れ声が漏れるだけだった。
なんとか捕まらずにライリーの腕の中に飛び込む。激情した男がいきなり怒鳴り出した。
「邪魔するな!」
突然の絶叫でわずかに震えたものの、ライリーは一歩も引かなかった。光を抱き寄せて男を警戒する。
騒ぎを聞きつけて人が集まってきた。
「ライリー先生! っ、狼嵜選手!」
その中には司もいた。状況が分からないまま駆けつけたが、ライリーが光を守るように抱き締めているので、二人を庇うように前に出る。
光の視界は青いダウンの大きな背中に埋められて、あの男が遮断された。
「この子に何をした」
「お前は……」
司の登場に男は一瞬怯んだものの、背後は廊下の突き当たりで逃げ場がない。後に引けず追い詰められた男がポケットから取り出したのは折り畳みナイフだった。
「どけ、刺すぞ!」
「やってみろよ」
場が騒然とする中で、男の恐喝より司の静かな一言の方がよほど迫力があった。そこからは電光石火の制圧劇だった。
司は男に構える隙を与えなかった。素早く踏み込んで距離を詰めるとともに、長い脚を頭より高く振り上げて一閃。睨み据えられてその気迫に男が意識を取られている隙に、死角から外回しの軌道で旋回された踵がほぼ垂直から男の手元を直撃した。
鋭い打撃に堪え兼ねて取り落としたナイフを、司の着地した足が蹴り飛ばして遠くに滑らせる。
司はさらに一歩踏み込んで男の胸倉を掴んだ。男が体勢を崩して踏ん張ったところに足払いが掛かる。スパンッと重心を刈り取られた男の体が宙に浮いた。踵落としから一連して鞭のようにしなやかな足捌きだった。
そのまま後ろにひっくり返って頭でも打てば大事故に繋がっただろうが、司は警備服の胸倉と奥襟を掴んだ腕をけして緩めなかった。後頭部を打たせるどころか、足の方が先に地に落ちるまで、完全に男の上体を仰向けに吊っていた。頭に血が昇って力任せに押し倒したのではなく、理性で制御した上で転ばせたのだ。
転倒の衝撃をほとんど殺してから、司は男の背中を着地させてのし掛かった。
「くそくそくそ! 離せ!」
「お前は警察に引き渡す。ライリー先生、後は任せてここから離れてください」
「ええ、ありがとう」
司に促され、ライリーは光を抱き寄せたまま背中を押す。大人たちが光を加害者から遠ざけようとするが、光は足が棒になったように動けなかった。
司の影になって男の顔は見えなかったが、ジタバタともがく脚が虫ケラみたいだった。虫より気持ち悪かった。その醜悪な声を光の耳は過敏に聞き取ってしまう。
「光が悪いんだ、光が! ずっと俺が守ってきたのに、お前みたいな男に媚を売りやがって、誰にでも脚ひら、ぐ、ヴッ」
「黙れ。あの子の耳が汚れる」
あまりにも低い声を誰が出しているのか、光は一瞬分からなくなった。襟元を締め上げられて、男の口も足もピタリと動きを止めた。
「二度と彼女に近付くな」
今にも喉笛を噛みちぎりそうな唸り声が廊下に響く。初めて聞く司の声だった。
ずっと守ってきたなんて妄言を吐いたこの男は、いつから光を見ていたのだろう。こんなヤツ知らない。勝手な思い込みと欲望を光に向けて、司に気圧されてあっさり大人しくなって。
こんなちっぽけで卑劣な輩が、震えが止まらなくなるほど怖かった。それが悔しくて堪らない。
バタバタと別の警備員が数名走って来た。加害者と同じ制服の男性が近付いてきて、光の体がびくりと緊張する。ライリーは光の後頭部にそっと手を当てて肩の上に伏せさせた。
「警備です。拘束代わります」
「それより先に選手を安全なところまで誘導してください。コイツを視界に入れさせるのは精神的に悪影響なので」
司の声が彼のそれだと分かる程度まで戻る。それでもいつもよりかなり硬質だったが、指示する内容は光の知る通りの司だ。
「その役目はコーチさんにお願いします。あまり手荒なことをすると貴方が過剰防衛になってしまいますよ」
「怪我はさせてません。それにコイツをここで取り逃がして選手に被害が出るくらいなら警察に捕まる方がマシです。警備さんたちはコイツの同僚ですよね? 油断しませんか?」
「……仕事に私情は持ち込みません。同僚でも、同僚だからこそ手加減しません」
「……分かりました」
司は男を押さえ付けている体勢から警備員を振り向いて、その奥でライリーに抱き寄せられている光を見た。
光はライリーの肩に顔を伏せていたので知ることはなかったが、華奢な体躯を震わせる姿の痛ましさに司は顔を歪めた。
「……来い」
司は再び胸倉を掴み上げて男を立たせた。いくら司の体格が良いとはいえ、中肉中背の成人男性をあまりにも容易く持ち上げるのでライリーは目を丸くした。
「顔下げろ。周りを見るな」
襟首を掴んで力づくで下を向かせる。警備員は物言いたげだったが、司と周囲の大人たちが一様に険しい顔で現行犯を睨みつけるので心情を汲んで黙った。何よりも騒ぎを遠巻きにしている少女たちの不安げな表情が胸を突いた。
廊下の端側に男を寄せるようにして、その前後を警備員が、隣を司が固めて連行していった。