「婚活女の高望み!」を科学する
前の記事で触れたことがあるように、私は婚活をしている。
婚活といえば、SNSの男たちの間では婚活をしている女性はかなり悪しざまに罵られている。曰く、彼女たちは高望みをしているとのことだ。確かに、非現実的な年収や男性のスペックを求める女性が悪目立ちをすることはある。ただ、私がこれまで婚活をしてきた中では、そうした女性は見たことがない。
婚活女性が高望みをしているという主張には、2つの可能性がある。第一に、本当に高望みをしているというパターン。そして、実はさほど高望みをしているわけではないのに男側が一方的にそう感じているだけというパターンだ。
どちらの可能性にせよ、この疑問に答えを出してくれるかもしれない本を今回は紹介しよう。
書誌情報
デヴィット・M・バス (2024). 有害な男性のふるまい――進化で読み解くハラスメントの起源 草思社
いい本ですよ、これは
まず、本書の全体的な印象と感想を述べたい。本書はいわゆる、進化心理学や進化生物学の知見を利用して男女の違い、とりわけ配偶戦略や生殖行動について説明することを試みる書籍だ。
このようなテーマを扱った書籍は、多くの場合、信用性に欠ける。著者の傲慢さにより、生物的な特徴を現代社会の倫理観へ無批判に援用して自明視する態度が見られたり、進化心理学以外の学問、とりわけ社会学やジェンダー学に対する軽視を平気でしたりすることが多い。
だが、本書はそうした俗物的な書籍とは一線を画す慎重さと丁寧さで描かれている。そのことを象徴するのが以下の文章だ。
私の説は、これらの先行理論が行ってきた「観察」を否定するものではない。一部の男性は女性への支配を維持するために暴力を使う、という点については、どの説を唱える学者も同意することだろう。これは、否定できない事実だ。家父長制説を提唱する人たちは、たとえば夫による妻の虐待を許す法律などのかたちで制度化された家父長制が、女性に対する男性の暴力を助長している、という説得力のある主張を行っている。また、私の理論的視点は、社会的学習という要素も否定していない。人間は他者から学ぶことに長けているということには、疑いの余地はない。(中略)だがこれらの説に加えて、進化的な視点からの考察を行うことが、パートナーによる暴力に関してすでにわかっている事実を理解する助けになる。
パートナーによる暴力には適応上の役割があるという主張は、もちろん、その適応が必ず行動として表れるということを意味しているのではない。ましてや、パートナーによる暴力が許容され、弁解され、なんらかのかたちで正当化されるべきだ、という意味でもない。むしろ、その適応的な機能を知ることで、パートナーによる暴力がどのような状況で起きるのかを理解し、ひいてはその発生を減らすための対策を考えるうえで、有用な情報を得られるはずなのだ。
著者は配偶者間の暴力を、進化生物学の視点から説明する。しかし、それは社会学やフェミニズムがこれまでしてきた議論を無視するものではなく、それに加えてさらに説明を補強する観点で行われている。そして、当然ではあるが、生物の特徴が反法的な行為を正当化するものではないことも明言している。
こうした態度は当然のものだが、専門家においてすら、忘却してしまう者が少なくない。この点を明確に書ける著者の説明なら、信用しても問題ないだろうと思わせられる。
男女の配偶戦略の違い
男は誰でもよく、女性はハイスぺじゃないと困る
では本題に入ろう。なぜ、男は婚活女が高望みしていると思うのだろうか。まずは、本当に高望みしている可能性から考えよう。
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