第3話

 男のポケットから、一枚の紙が出てきたのだ。細かく文字が刻まれている。


「メモ、なの……?」

「んー? 任務内容も暗記できないザコなんですっ?」


 エルナとアネットはそのメモをじっと見つめた。

 どうやら暗号の類は使われていない。肉眼でも確認できる文字。掌ほどの紙片に刻まれているのは、人物のリスト。そのリストの正体は、メモの裏面に記されていた。



「異端者集団『門出セレモニー』……?」



 二人が初めて見聞きする、組織だった。


 この男は何を企み、銃を求めていたのか。『門出』とやらの関係は、なんなのか。

 エルナは、リストを上から順に眺めながら首を傾げる。


「もしかして、この組織がディン共和国にあるって――」

「――エルナちゃん」


 言葉を遮ったのは、アネット。

 彼女は既に男の身体漁りを放棄し、部屋漁りを始めていた。狭い1DKの部屋を警戒しながら探索し、やがて足を止める。


「ここ――この男の部屋じゃないようですっ」

「ん? そうなの?」


 購入したばかりの銃を運ぶなら、自宅か隠れ家が相場だった。


 さすがに寄り道はしないのではないか、と首を捻るが、部屋の小物が妙に女性らしいことに気が付き、考えを改める。ここは女性が暮らしている。

 エルナが息を呑んだ時、部屋の奥からなにかが倒れる音が聞こえてきた。


「今すぐ出てくるなら、殺しはしませんっ」


 禍々しいほどの殺気を込め、アネットが脅迫する。

 エルナは拳銃を取り出し、じっと身構える。サラが聞き出した情報によれば、男は女と無縁な人生を送ってきたという。ならば、この部屋の主はなんなのか。


 やがて奥の寝室から出てきたのは――やせ細った女性。


「の……?」

「……何者なんですか? テメェは」


 コバルトブルーの華やかな髪色をしている。海色と言ってもいいか。灰桃髪や蒼銀髪など、多種多様の髪色の人間が交じる世界と言えど、ここまで目を引く髪色は珍しい。そして同じ色の澄んだ瞳やピアスが目を引く。まるで海の世界から来たお姫様。


「……………………」


 二十代前半と思しき女性は、無言でエルナたちの方に近づいてきた。

 構えた拳銃が目に入らないらしい。足元をふらつかせ、歩み寄り、やがて倒れこむ。


「のおおぉっ⁉」


 エルナは倒れかかってきた女性を、なんとか抱き留める。


「お、お前、一体、なんなのぉ……⁉」

「……活動限界」

「は、はぁ⁉」

「……アナタたちから、良い匂いがする……お腹が空きすぎて…………無理……」


 なおもエルナによりかかる、海色の女性。

 アネットが苛立たしげに舌打ちをして、女性の襟元を掴んだ。無理やりエルナから引きはがし、情け容赦なく床に投げ飛ばす。


「おい、セクハラ痴女ヤロー。エルナちゃんに手を出すんじゃねーです」

「……ひどい。謝罪を要求する……」

「そこの寝転がっている男とテメェは、知り合いって何度も聞いてんですよっ」


 アネットは彼女に顔を近づけ、威嚇する。

 エルナが丁寧に「今、初めて尋ねたの」とツッコんだ。


 床に倒れこんだ女性は身体だけを起こし「……知らない」とだけ呟いた。まるで捨て猫のような寂しげな瞳で「……アナタもいい匂いする……」とアネットを見つめ返した。


 アネットは顎を上げ、鼻で笑う。


「誤魔化しは通じません。知り合いでもない男が、テメェに密造銃を届けたんですか?」

「でも……知らないのは、事実だから……」


 きょとんとした顔でシラを切る女性。


 アネットとエルナは互いに見つめ合った。どうやら彼女は本心で言っているようだ。

 彼女は密造銃の男とは知り合いではない――ならば、可能性は一つ。


「アナタ、名前は?」とエルナが尋ねる。

「……? デルミーラ=パラッシュ」

「もしかしてデルミーラさんは、『門出』とやらの一員なの?」


 デルミーラは微かに躊躇するように目線を泳がせた。

 が、逃れられないと観念したように頷く。


「……そう呼ばれている」

「何者なの? 密造銃を手渡されるほどの危ない集団なの?」

「そんな……違う。ただの、不法入国者……先月、ディン共和国に来たばかりの」

「ん、それは説明になってない。ただの不法入国者が銃を渡される理由は?」

「………………」


 そこでデルミーラ黙り込んでしまった。

「のぉ……」とエルナもコメントに困り、肩を落としてしまう。


 擁護してやりたいが、さすがに怪しすぎる人物。このままでは彼女も尋問部隊に引き渡すしかない。たとえ心が進まなくても、国家のため仕方がない。


 アネットが、異端者サークル『門出(セレモニー)』のリストには、デルミーラの名も記されている事実を確認した。やはり放置するには、あまりに訳アリすぎる。

 二人がこの女をどうすべきか、結論を出そうとした時だった。


「あの男は、きっとワタシを殺しにきた」


 そんな呟きが聞こえてきた。無論、デルミーラからだ。

 エルナは瞬きをしていた。彼女は殺されるほどの罪人には見えない。


「どうして?」

「――同性愛者だから」


 その答えはハッキリとした輪郭を伴っていた。

 まるで絶対に言ってはならない秘密を、吐き出さざるをえなかったように。


「……今、ガルガド帝国から迫害されている……同性愛者だからだよ……」


 エルナは、デルミーラの整えられた爪に視線を落としている。

 アネットはあんぐりと口を開け、その言葉の意味を噛みしめるように固まっていた。



 ◇◇◇



「…………美味すぎるぅ……っ!」


 邂逅から二時間後、地下のバーには打ち震えるデルミーラの姿があった。


 緊急事態のために普段より早く閉店したため、店内にはもうエルナたちしかいない。リリィたちも翌朝にライラット共和国に向かう必要があるらしく、既に退店した。


 デルミーラはバーカウンターでチキンステーキを頬張り、涙を流していた。


「……て、天才シェフがいる…………慄く……慄くっ……!」

「ありがとうございます。自分のレシピではないっすけどね」

「……幸福の塊……ギリ合法……食べる聖典……なのに不思議……懐かしい味っ……」

「褒めているかどうかわからない言葉もありましたが、喜んでもらえて嬉しいっす」


 次の料理を手早く用意しながら、サラがご機嫌に微笑んでいる。

 デルミーラは付け合わせのブロッコリーを口に入れ、目を細めた。


「あぁ、天国はここにあった……」


 そのうえでサラが差し出したワインを一口入れ、熱を帯びた視線をエルナたちに送る。


「そして……天使が二人もぉ…………」


 表情こそクールなのだが、言動にセクハラ味が含まれている気がする。

 アネットが心底嫌そうに目を細めた。


「俺様っ、さっさと追い出すべきだと思いますっ」

「いや、さすがに可哀想なの」


 今すぐにでもつまみだしそうなアネットを、エルナが制止する。デルミーラを一旦、『アカシア・クヴェレ』に招く提案をしたのは彼女だった。


「警察に見つかったら、帝国に送還されちゃうの。不法入国者なんて」

「それで、いーじゃないですかっ。真っ当な道です」

「デルミーラさんは殺されちゃうの」

「俺様は、知ったことじゃありません。じゃあ、スラムに放り込むとか――」

「――せめて事情だけでも聞いてあげるの」


 一歩も引かないエルナの態度に、アネットが「うぐ」と拳を握りこむ。


 無論スパイとしては、不法滞在者を保護する理由はなに一つない。

 しかし、それでも見放さないのがエルナの善性。最近はアネットも従っている。

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