第6話

 休日明けの朝、教室でコレットたちから話しかけられた。


「先週末は楽しかったですわね」


 話題は映画撮影。朗らかな笑顔でエルナに話しかけてくる。


「あの映画はいつ上映されるのでしょう。連絡先を聞いておくべきでしたね」

「だね。今度、近くの映画館に尋ねてみない?」

「いいですね。関係者なら何か知っているかも。ぜひいきましょう!」

「ただ、まずは発表会が優先かな。セリフもしっかり練習しないと」


 劇の発表が近づいているため、この日は一日準備に割り当てられていた。朝の支度を終えた生徒たちは早速着替えはじめ、体育館に向かう。発表会に向けての熱気が教室中に満ちていた。


 当然のことのようにコレットたちは、エルナの手を引いてくる。

 エルナは彼女たちの腕を振り払った。不思議そうに首をかしげる二人に質問を投げかける。


「……あの王国劇場は、国民の税金で建設された」

「「ん?」」

「戦災からの復興という名目の特別増税。三年前、全国民に定額の税金が徴収された。人口割合から考えても支払った大半は庶民。貧困層は子どもが多いからより大変。最悪なのは孤児院。食費を削っても、どうしても払えなかった孤児院は子どもをマフィアに貸し出すことで金を工面した……けれど、そうやって集められた税金の使用先は、あの王国劇場の改修だった」


 唐突に語りだしたエルナに対し、二人はきょとんと目を丸くさせた。

 サンドラが、どうしたんだい、と肩を叩いてくる。


「劇場だって立派な復興じゃないか。市民だって平等に使える施設だよ」

「一般市民は高額な使用料は払えない。劇場に入るチケット代さえ払えない」

「どうしたの? 全国民が払ったなら平等じゃない? 貧乏なのに子どもを作る方が悪いし、孤児院が飢えたのは孤児が増えたせいよ。つまり大戦争ね」


 続くように説明するコレット。

 やがて二人の声が重なった。


「「悪いのは、ガルガド帝国の悪鬼じゃないか」」

「……戦争は十二年前に終わった」


 深い底に沈んでいくような、暗鬱たる気分に苛まれる。会話の前提がまるで違う。この国の上流階級が持つ常識と、エルナが見ている現実はまるで異なる。

 物心がつく前に終わった戦争を、彼女たちは当然のように持ち出すのだ。


 固く唇を嚙み締める級友を見て、彼女たちは何かを感じ取ったように目を丸くした。手を振り、フォローするように白い歯を見せる。


「確かにこの国に増える孤児は悩ましい問題ですわね」

「そうだね。来月提出のレポートは、子どもの貧困をテーマにしようかな」

「いいですわね! ちょうどテーマを悩んでいたところですの」

「今月は、油彩画の歴史を調べたからね。毎月違う題材に挑戦しないと、教養が広がらない」

「ただ、そんなことより今はセリフの練習をしませんと」

「うん、レポートの話は公演の後でね。でも、良いと思うよ」


 エルナは力なく作り笑いを返すしかなかった。


「そうなの、レポートの話をしたかったの」と思ってもない言葉を返して、彼らに付き従いながら体育館に向かう。他のクラスメイトからも「エルフィンちゃん、もっと出番を増やさない?」や「小道具手伝ってよ」と温かく迎えられる。


 孤独とは一人でいることではないのだ、と思い知る。


   ♢


 任務前、クラウスから『聖カタラーツ高等学校に潜伏しろ』と指示があった時は、納得できなかった。


 ──なぜ上流階級の子どもが通う学校に?


 エルナたちの役割は、大衆──つまり、下流階級の人たちと呼応し、革命の流れを作り出すことだった。せっかく学校で人脈を作り上げても、目的が嚙み合わずかし切ることができない。


 最初から、労働者階級が集まる工場などに忍び込み、宿舎で政治結社を作り上げる方が直接的に貢献できる。

 しかし、今ならば理解できる。



 ──聖カタラーツ高等学校は、革命から最も離れた空間だ。



 生まれた時から差別思想を植えつけられ、自分たちの発想を疑うことはない子どもたち。貧困とは歴史や科学と同様、授業で習って知る者。そこに善も悪もない。教師や保護者の誰もがこの国の素晴らしさをたたえている。


 スパイが身を隠すには、打ってつけの場所だった。


 聖カタラーツ高等学校で反政府を考える者などいるはずもないのだから。

 シミ一つない、純白のような空間で笑顔の偽り方が上手くなる。


   ♢


 放課後、エルナはバイト先の弁護士事務所にいた。


 宿泊先以外で唯一、気を抜ける場所だった。

 仕事を全く選ばず、結果としてもうけにならない反政府案件ばかり舞い込む、奇特な弁護士事務所──ガブリエル法律事務所。そこで顧客データを集め続ける。いずれ王政府を憎む顧客同士を繫げ、大きな流れを作るために。


「今日も働いてもらうよ! 昨晩棚が壊れちゃって、書類が散らばっちゃったからね」


 唯一の弁護士、ガブリエル=マシュは気のいい笑顔を浮かべている。


 大きな眼鏡をかけた、三十代半ばの既婚男性。人のさだけで渡り歩いているような男で、人見知りのエルナも温かく受け入れてくれた。格安の相談料しか受け取らないためロクに人を雇えず、しかも常に十以上の訴訟を同時進行しているため、事務所内は散らかりっ放し。


 エルナは黙々と書類をファイリングし直す。

 その際にライラット王国で起きた事件を把握するのが、スパイの仕事。新聞に載らなかった過去の事件も、この事務所には保管されている。


 この日目に留まったのは、とある落書き事件だった。



 ──ピルカ市庁舎の壁面に、無許可のアート作品。



 ペンキで大きく描かれたのは、国王クレマン三世の似顔絵。

 みっともなくおびえ、縮こまり、諜報機関『創世軍』に頼み込む姿。国民からの税金で自らの宮殿の警備を増やすことを嘲笑った風刺画。

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