第304話 お風呂
「えっ」
驚いた。愛さん側からこんな強烈なアプローチをしてくるなんて予想外だったから。
「そんなに驚かないでください。私たち、恋人同士……ですよね?」
顔を真っ赤にしながらもあえて力強い視線をこちらに向けてくる。
「そうだよな……」
何気ない会話のはずなのに、それ以上に深い意味を込められていると感じる。
「どう……ですか?」
彼女の声は震えている。
「うん」
自分で言っておきながら、かなり初々しい反応になってしまったと余計に恥ずかしくなる。俺たちの目線はうまく交わらない。お互いが緊張して恥ずかしくなっている。
「じゃあ、お風呂の準備はできているので、先に入っていてください。私は別の準備をしますので」
一応、お風呂グッズは用意してきたので問題はない。むしろ、精神的な余裕のなさが問題だった。
別の準備……そんな意味深な言葉に思わず震える。深い意味はないはずだとわかっているのに、それ以上の意味を期待している自分がいた。
「うん」
バスタオルを渡されて、愛さんは自室に消えていく。ふわりとした甘い香りがリビングに残った。いつまでもこの幸せな雰囲気に包まれていたい。
※
身体を洗って、広い湯船につかる。この湯船なら余裕で二人はいることができるだろう。まだ寒いから少し温かめのお湯だ。リラックスしたことで現状がよりリアルに伝わってきた。もうすぐ彼女がここに来る。早鐘を打つように心音が大きくなっていく。
ドアが開いた音がする。そのあとでゆっくり衣擦れも聞こえる。もうすぐ彼女がこちらにやってくる。
「今から入りますね。恥ずかしいから、少し暗くしてもいいですか?」
彼女の声は落ち着いているようにも、震えているようにも聞こえた。
「うん」
俺の返事の後に、明かりがほんのり暗くなった。
ガラガラと浴室のドアが開く。少しわかりにくかったが、彼女の身体はバスタオルで隠されていた。どこかで安心した俺がいた。
「入りますね」
澄んだ声が浴室で反響する。暗いから彼女の表情をうまく覗き見ることはできなかったが、どこか清らかな微笑を浮かべているように見えた。
なぜか俺に身体を預けるようにして……
「あ、あの愛さん? こういう時は向き合って入ったほうが?」
その俺の抗議にもならないような声を聴いて、彼女はくすくすと笑う。
「せっかくのお風呂なのだから、あなたをゆっくり感じたいんですよ」
そう言ってさらに体重を預けてきた。
「それとも私の身体をもっとよく見て見たいですか?」
愛さんからそんな挑発的な言葉を聞いて、いろいろと心のせめぎあいが生まれる。
「うんと言ったら?」
思わず本音が漏れてしまった。愛さんはクスクスという笑いを続けながらも、真面目な口調で続けた。
「残念ですが、タオルの下に水着をつけています」
最後の口調は少し高くて、うまくからかうことができたという嬉しさを隠せずにいる様子だった。おかげで余計に恥ずかしくなった。
「うまくからかわれたな」
自虐気味にそう言って苦笑すると、愛さんは嬉しそうに首を横に振った。
「からかいましたけど、嘘じゃないですよ?」
彼女はそう言ってゆっくりと身体を覆っていたバスタオルをゆっくりとはぎ取っていく。
ビキニ姿の彼女のシルクのような肌が眼前にあらわとなった。
「なっ……」
俺の声に気を良くしたのだろう。
「私の身体を見ていいのは、センパイだけですよ」
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