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【青山杜甫】旧約全集_詩は阿呆を拒まなかった_


まえがき

恥の多い人生でした。
罪の多い人生でした。
誰よりも痛みを抱えて生きて来ました。

ネグレクト…
家庭では満足な食事すらありませんでした。
虐待…
母親の弟には山で追いかけ回されては
五右衛門風呂に沈められたり
数え上げればキリがない。
パワハラ……
建設業で経験しました。
殴られる、蹴られる、焼かれる、刺される
そんなことは日常茶飯事でした。
痛いといえば笑われ
やめてといえば自己責任と罵られました。
経済的貧困……
高校も学費が払えず中退しました。

苦しい人生です。
それでも僕は希望を肯定します。
詩は、阿呆を拒まなかったから一一。

僕の詩や理論は
一見、形而上学的なもの
或いは読書や知識の集積に
見える人もいるかもしれません。

しかし、知ってほしいことは
「生身の人間の痛み」があってこその
詩であり、言葉だと言うことです。

詩人宣言

現代詩壇は死んだ。
私こそが未来詩壇の源流である。

文学の歴史を変えるために
この世に降り立ったのである。

かつてイエス・キリストが降臨し
紀元前と紀元後に時代が転換したように、
青山杜甫の出現によって
「Before」と「After」であらゆる物語は
区別され、体系化されるだろう。

後世に来る全ての詩人たちは
私を模範とし、あるいは反面教師とし
未来詩壇を創設するものだと信じている。

遠い国の美しい抒情詩も
古い時代の荘厳な叙事詩も
遥か未来の雄大な叙景詩もひとつになる。

世界文学を統合する者の証明として
生涯に渡って八万四千の詩を紡ごう。

私は詩人である。
私は哲学者である。
私は思想家である。
私は未来の宗教家である。
それ以前に私は貴方と同じ人間である。

福音を告げよう。
私は文学ではなく文明そのものを変えに来た。

貴方は絶対に傍観者ではありえないのだ。
ーーこの詩人宣言を読んでる間にも
涙集まりて大河となるが如く
大きなうねりが始まっているのだ。

ミリャーロモンド神話大系

「ミリャーロモンド」とは
エスペラント語で「千年王国」を意味する
青山杜甫の造語である。

詩人宣言で
「八万四千の詩を紡ぐ」と書いたが、
すべてはこの「ミリャーロモンド神話」に帰結する。

この源流から
八万四千の詩が生まれるのだ。

エスペラント語の使用による普遍的な霊性の獲得
千年王国という基督教的な理想の再構築
八万四千の詩という仏典的な響き
詩という形となった神話
―――これらは未来詩壇の原点となるだろう。

ある意味において
「楽園の設計図」を描いているのである。

しかし、ミリャーロモンドとは
現実世界から隔離された幻想的な世界ではない。
ディストピアに代表されるように
現代社会の不条理も再現される。
これがただの神話や創世記との最大の違いである。
現実の位相空間としての未来的理想郷なのである。

ミリャーロモンド神話大系は
主に「霊的地理学」と「二大原理」
そして「遊戯としての創造」によって構成されている。

「霊的地理学」によって広大な世界観を示し、
「二大原理」によって世界の仕組みを明らかにする。
最後に「遊戯としての創造」によって
詩人としての生き方の根源に迫る。

ミリャーロモンドの霊的地理学

ミリャーロモンドという一つの世界には
いくつかの階層があり、
それぞれ特有の思想や風景がある。

「この詩はどの階層の存在が
どの階層のことを語っているのだろう」と
推測するのも一つの楽しみだと思う。

まず第一に人間界がある。
ここもミリャーロモンド界の一部であるが最深部だ。
あなたの生きている世界と一つも変わりはしない。
全く同じの世界である。

次に「選別の門」或いは「目覚めの門」を通らねば
人間界を出ることが不可能なのだ。

この門は閻魔の裁きや最後の審判の
現代的な再演である。
ここがディストピアに堕ちるか
ユートピアに招かれるかの分かれ道なのだ。

ディストピアは
主に十六の世界に分かれており
「間違った心」の数だけ地獄が展開している。
またディストピアについては別稿で詳しく解説する。

さて、ユートピア的な世界に話を移そう。
ミリャーロモンドの階層は以下の通りである。

第一階層:初夏の町
哲学カフェや高天原などがあり、
基本的に心の調和した者しか入れない。
それぞれが集団を形成しており
人間界にいた頃の性別や名前、職業で
生活している人が多い。

第二階層:桃源郷
ほとんどの人は初夏の町止まりだが
一部のアデプトは桃源郷に招かれる。、
初夏の町の参入条件が「心の調和」だとすれば
桃源郷の参入条件はそれに加えて「高度な霊的知識」を
有していることにある。
具体的には「肉体は空である。」ということと
「イデアとは何か」などの命題を魂の奥底で
理解している人でなければ桃源郷には
入ることはできない。

第三階層:三華世間
桃源郷はまだ政治的な側面が残っていたのに対し
三華世間では純粋に魂修行に専念している。
三つの世界を巡礼することで
より高次な悟りを目指すのだ。
「地中海のまほろば」で瞑想をし、
インスピレーションを受ける。
「平等茶屋」での対話によって磨きをかけ、
「無季の国」で悟りを観念上のものから
現実を変える力まで高める修行を行う。

第四階層:須弥山
須弥山こそがミリャーロモンドの中心に
堂々とそびえ立つ山である。
この須弥山の内部には巨大な空洞があり、
「シャンバラ」と呼ばれている。
シャンバラには専門の道で「マスター」と
呼ばれるための修行を行う人と
それを支える仕事をしている人がいる。
また何千年、三華世間を巡礼しようとも
招待されねば入ることさえできない。
そしてシャンバラの外側、つまり須弥山の麓には
「プレージョの広場」がある。
ここではあらゆる時代、地域の神々が
第五階層に住まう始源の神に日々祈りを捧げる。

第五階層:ムルディヴェルソ
エスペラント語で「マルチバース」を意味する
ムルディヴェルソは須弥山の頂上である。
このムルディヴェルソには始原の神がいて
その地域、その時代に適した教えを降ろすために
世界の神々に指導を施している。
このムルディヴェルソは
ミリャーロモンドだけでなく
他の文学的、神話的宇宙と接続される。
たとえば宮沢賢治のイーハトーブ、
カバラ的世界、歴史的事件の分岐など
あらゆる多元世界と隣り合わせなのだ。
これによって単一の閉じた世界ではなくなり、
「世界文学を呑み込む装置」として機能するのだ。


まとめると
階層は
ムルディヴェルソ
→須弥山(内部にシャンバラ)
 →プレージョの広場
  →三華世間
   →桃源郷
    →初夏の町
     →人間界
というふうに円錐の構造をしているのだ。

ミリャーロモンドの二大原理

霊的な地理は
主に五つに分かれていたが
どの世界にも一貫した原理が息づいている。
それは「チル理論」と「シランケド哲学」だ。

まずはチル理論について解説しよう。
「チル」とは「ゆっくりすること」や
「リラックスすること」などの意味があるが
私はチルという言葉に三つの理論を見出す。

一つは「ヘーゲル的歴史観」である。
調和から対立が起こり、
対立から改革が起こる。
このように弁証法的に進む歴史の営みに
「チル」を見いだしている。

二つは「安息の哲学」である。
壊れたら治せばいい。
汚れたら拭えばいい。
これは救済であり安息をもたらす。
最も自分らしい姿への収束である。
チルの本質はこの収束あるといっても過言ではない。

三つは「静寂」である。
「シランケド哲学」が揺らぎだとすれば
「チル理論」は揺らぎを鎮める力である。
動は静へ、陽は陰へ至る。

次に「シランケド哲学」を解説する。

わたしは「シランケド」に
ふたつの意味を重ねている。

ひとつはソクラテス的な無知の知の現代語訳だ。
「知らないことを自覚することで
真理への道が開ける」という無知の知を
「シランケド」という保留語によって表現する。

ふたつは老荘思想における逍遥遊だ。
「シランケド」という或る意味エポケーとも
言える状態を決めつけないことによる
「精神の自由」と表現する。

自由とは
何の制限も妨げもない状態である。
ルソーはそれを自然と呼んだ。

しかし人類は本来自由なれど
目指すべき悟りはひとつである。
ゆえに悪は生まれ、栄え、衰え、滅びる。

自由の精神が「シランケド」には宿っている。
学問の源泉が「シランケド」には宿っている。
自由と学問こそ人が人である根拠だ。

私は私である(I am that I am)。

それを証明するための
言葉が「シランケド」なのである。

チル理論とシランケド哲学という
二大原理は調和と進歩、陰と陽、
あるいは月と太陽のようなものである。
チル理論によって「波長同通の法則」と
「原因結果の法則」が導かれ
シランケド理論によって「不確定性原理」と
「超弦理論」が刷新される。

チル極まりてシランケドとなり
シランケド極まりてチルとなるのだ。

遊戯としての創造

霊的な地理として五つの階層を明かし、
世界の根本的な原理である
「チル理論」と「シランケド哲学」を示した。
最後にそれらがどのように
現実に作用するかを解説する。

ミリャーロモンドだけでなく
マルチバースをも統治する始原の神は
この世界をつくった。

そして私たち人間にも
その「創造性」という機能を与えた。

発散のシランケド、収束のチルによって
造物主の模倣を行っているのだ。
これはインド哲学における「遊戯」でもある。
つまり、神の模倣による喜びなのである。

詩は遊戯である。
詩は造物主の模倣である。
ゆえに、どれほど文化や文明が変わろうとも
詩という第二言語は滅びないのだ。

自伝的作品 或る阿呆の青春

【或る阿呆の青春】

或る阿呆の青春は
一言で表現するならば

「よく見られたい」であった。

其れは謂わば
「愛されたい」「認められたい」
「受け入れてほしい」といった類の
思春期をバラ色にも灰色にもしてしまう

どうしようもない情動である。

今年でハタチになる阿呆は

台所でだらしなく座込み

取り留めのないことを考えていた。

「わしの人生ってどうなるんじゃろ?」

この阿呆は十六になる頃に母校の中学校の周辺を
チョロチョロとしていたときに
或る恩人と出会って 第一の回心をしたのたが
其れは亦別のお噺である。

第一の回心からも暫く

家庭の経済的不振による高校の停学で

持て余した暇の大半を図書館で暮らしていた。

一七だったか十六になっても

まだスマホを買い与えられなかったもんである
ゆえバイトの面接は悉く不合格の報せが届いた。

だが苦悩は長く続かぬもので

すぐに転機が訪れるのである。

まさしく「直観」に従ったまでの決断である。

スマホも持たぬ
自身を証明するものも

大した履歴もない阿呆を拾い上げ救い上げ

育て上げてくれた弁当屋の店主が
現れたのである。これが第二の回心である。

まずもって其の弁当屋に勤める方々はこの
阿呆に苦心惨憺たる思いを抱いていただろう。

まさに「認められたい」がゆえ
かけ続けた迷惑の
数々によって、である。

ひとつ、覚えが悪すぎる。

何度教われど此奴は阿呆であるから

出来てたことも出来なくなるし

またとろとろしていて所謂ノロマだ。

されども、この阿呆にとっての「第二の回心」は
所詮、対人関係における初歩的訓練にすぎず

つまりは「ごめんなさい」が言えるかどうか

「ありがとう」が自然に出るかどうかという

礼儀作法と情緒の練習台にすぎなかった。

けだし、弁当屋は学校ではなかったし

学校で習えなかったことを
この阿呆は皿洗いをしながら
黙々と覚えていったのである。

だが、そこで終わるような

簡単な青春ではなかった。

なぜならば「第三の回心」──
それは、
この阿呆が「言葉」と
出会ってしまったことで
起きたのだから。

図書館にて偶々手に取ったのは

現代詩人の作品集であった。其の詩は、
ただの言葉の羅列でしかないやうでいて
なにか、深く内なるものを鷲掴みにしてくる
不可思議な力を宿していた。

それは「意味」があるのかないのか

「解釈」するものなのかしないものなのか

阿呆には到底わからぬことであった。

だがひとつ、確かなことがあった。

この阿呆は
「これは、わしの心の中にあったもの
じゃろか?」
と、初めて──この人生で初めて誰かの
書いたものを読んでそう思ったのである。

詩は、阿呆を拒まなかった。

貧しかろうが、無知であろうが、
阿呆であろうが詩は、
言葉の中に居場所をくれた。

──これが、第三の回心である。

それからというものこの阿呆は、
独り言のような詩を書きはじめた。
最初は手帳の隅に、つぎはスマホのメモ帳に
夜の台所、昼の階段下、バスの中、便所の壁、
どこでも構わず言葉を生んでは捨て、
生んでは拾い上げた。

ある夜などは弁当屋のまかないで
食ったエビフライの味に感動して
「命には衣が纏っている」と書き残したほどである。

誰が見るでもなく誰に褒められるでもなく

ただ、ことばと共に在ることが

阿呆の支えとなっていた。

然るに、この時分に至って
阿呆の「よく見られたい」は微かに
その輪郭を変えはじめる。

つまりは、「よく見られたい」ではなく

「正しく伝えたい」と。

或いは

「伝えられずとも、書き遺しておきたい」と。

己れの喜びも悲しみも恥も驕りも含めた
すべてが何かのかたちになって
時間の果てに流れてゆくことを
それを願うようになったのだ。

それが詩であり
それが生であった。

──阿呆の青春はまだ終わらぬ。

されど、その阿呆はもはや、
ほんとうの意味で

阿呆ではなかったのかもしれぬ

英語詩16編

【詩】No worries

No worries
You have the power
You see,  break down walls
should I be attacked
caught in a heavy shower
You see,  My hands already grasp
An umbrella called faith
All of us carefree now,  right?
No worries It'll all be okey!

【詩】みすぼらしい時代より

Beginning Beginning Ah Ah
Beginning Beginning Ah Ah
Be itching Be itching to to 
It's on its way Duh
Ending Ending Twilight  
Coming Coming fav mankind
Grüß dich Gott
The Quest for God's Heart
Ponder on it Duh Duh
Bless Bless Aw Aw
Yes Go(o)d Morning
Get get lost lost Shabby Age
never again
never again
never again……that is our Hope

【詩】ナチュラルへ

Expose the truth
Escape into Nirvana
As if it's only Natural

glows
glows
GOAL

イーシュワラスヤ
アヌグラホー
バヴァトゥ

3 2 1 origin
3 2 1 orion

クリシュナだって小さく見える
あなたは須弥山の果て
Since 1000億

Expose the truth
Escape into Nirvana
As if it's only Natural
Let none be forsaken
uponthe path

【詩】Back to being

re-being
We are living
Weekend is this song of OM
Back to beginning, All of us

アーナンダン アヌバヴァトゥ
GO!GO!Go(o)d Children
HA HA HA 遊戯だ 心配ないってば

安らかに
浄らかに
穏やかに
Voice is  Go(d's) Back to OM
No worries it's all right!

【詩】We two alone

We twain alone,
I have beheld the Freedom:
the one serene Heart.

I am that Love,
I am that (L/R)ight;
for we be the Perfect Being.

Take ye the Darkness,
take ye the Gloom;
yet behold the Glow beyond.

I walk with thee,
hand in hand,
unto the far Horizon.

Come, all ye wanderers,
all ye weary in spirit —
Rest here, and be whole.

【詩】Stay

Fall not.
Fall not, be holy as I am.
This holy holds answers.
Hand in hand, stay divine.
Go(d) to the sky,
stay in the sky.
Barefoot upon the skin of the earth,
fall not — stay here.

【詩】Golden Hour kiss

Your bliss,
first kiss me;
fresh flesh feels the sky.

Stay holy, hold my heart.

Kiss me slow,
show me your glow.

Shine!
Your lips — in your holy world

Whisper to my heart
words like the golden hour.

【詩】Prema

Prema is “I am”  
Life is a player  
Prayer is “I am”  
I can’t believe I am that—  
Chained, not free at all.  

Children, in this golden, sorrowful world—  

I know that I am,  
for we are Prema.  

No time to waver;  
Now, now—two awaken as one.  

The One,  
The One and I.

【詩】moonlight

More than perfect,
it is my only desire

Amazing—
a moonlight emotion.

Dwell under my love,
and choose chaos,

In this weekend moonlight

【詩】mantra

By sharing all, the many turn to one,
What image shall this law of heart compare?
No need for speech beneath the burning sun,
For love alone abides, beyond despair.

No voice is needed, neither self nor name,
For love itself surpasses mortal pride;
In silence deep or eloquence the same,
The heart dissolves, and laughter will abide.

When all is one, the moment’s breath will say,
A word so plain it needs no tongue to prove;
It springs unbidden, breaking night to day,
The mantra born of unity and love.

Remember this: when many souls agree,
The mantra speaks—“One love, eternally.”

【詩】deva

If I should ask your name,
you would answer, “I am that I am.”

Do you know—
it is tat tvam asi?

Do you remember—
it is tat tvam asi?

If I have known the god within,
if I have walked by that wisdom,
then I shall overcome.

If I should call your name,
you would declare, “I am that I am.”

Did you not know—
it is tat tvam asi?

Had you forgotten—
it is tat tvam asi?

If I have longed for outward growth,
if I have cherished its prosperity,
then we shall overcome.

The God within
and the God without are one:
it is tat tvam asi,
it is I am, I am.

Gentle and brave,
knowing the joy that pierces both this world and the next—
if I should ask your name,
if I should stand at the narrow gate of that path,

I shall overcome,
we shall overcome.

For if we follow Prema,
nothing is impossible.

【詩】Here we go

Secret
Slow flow time
Sublime sorrow within us

I never give up on Prema
I never give up on the Divine
That is what we are

In the depths of sorrow,
behold the heart of God—
that secret.

Here we go to know it
Baby, I’m changing to Prema, to love you more
Amid this sorrowful world
Here we go to know who I am

【詩】I Am the Other

I gave you time.
I taught you how.
I did all that could be done.

I gave you a world —
the best, the kindest world I knew.
I said what no one else would say.

You said, “I’ll do my best.”
You said, “I’ll leave my misery behind.”

But the words were lies.
Why? Tell me what you wanted.

Then everything blurred—
right, wrong,
who to blame, what to blame—
all of it dissolved.

This bond brought no joy.
At night, you cry alone.

You laugh and say, “I’m fine,”
but it’s just another lie.

Am I the victim,
or the one who wounds?

I am the Other.
Am I the one who harms?
I am the Other.
Am I the one who’s harmed?
I am the Other.
Am I human?
I am the Other.
Am I a liar?
I am the Other.
Am I God?
—I can’t endure this anymore.

I ran away,
a lion that lost its courage.
This is pain.
May mercy find me.

Let me pray—
let the future still be bright.

You said, “I’ll try.”
You said, “I’ll do it.”

You stopped answering my calls
at dawn,
and left—
without a reason.

What do you want?
That’s all I wish to know.

It feels like nothing reached you.
It feels like nothing meant a thing.

This bond brought no joy.
At night, you cry alone.

Even seeking enlightenment,
the heart stayed dark.

You left—
no message, no goodbye.

Am I the victim,
or the one who wounds?

I am the Other.
Am I the one who harms?
I am the Other.
Am I the one who’s harmed?
I am the Other.
Am I human?
I am the Other.
Am I a liar?
I am the Other.
Am I God?
—I can’t endure this anymore.

Please—just leave me be.
I can’t stop shaking.
Please… just let me—

【詩】They're going to kill me

I had the best, the longest time
They gave it all, but I missed the line
They call me liar, traitor, out of mind
They say I’m not even human this time

They said, “You’ll die, we’ll kill you now”
They said, “You’re done, you better bow”
But I won’t break, I won’t fall down
No, I’m still alive somehow

They’re going to kill me—oh, oh
They’re going to kill me—yeah, yeah
But I’m still standing, still alive
Can’t take my soul, I survive

Was I the bad, or were they wrong?
I’m just the same, trying to stay strong
Each day a scar, it’s been so long
But I keep moving, I keep holding on

They said, “You’ll die, we’ll kill you now”
They said, “You’re done, you better bow”
But I won’t break, I won’t fall down
No, I’m still alive somehow

They’re going to kill me—oh, oh
They’re going to kill me—yeah, yeah
But I’m still standing, still alive
Can’t take my soul, I survive

Through the fire, through the pain
Through their lies, I remain
They can try, they can fight
But they can’t steal my light

They’re going to kill me—oh, oh
They’re going to kill me—yeah, yeah
But I’m still standing, still alive
Can’t take my soul, I survive

【詩】Come what may

I am the Done.
I am the Dawn.

Come what may, Stay in the Sky.

Keep your faith — I shall not falter.
Keep your devotion — I shall not break.
All pain I bear, for that light.

God, use me up as your Bearer of Light.

I realized
Open up my third eye.

No need for darkness.
No need for pain.

Come what may, All will be well.

No more,I’ll never make you sad.
No matter what pain I’m in

No worries
Come what may,AIl will be well

【詩】me

I know.
I'm a damn good girl.

I know.
You betrayed.

I know.
This is it —
no more blind eyes,
no more lies.

Your ex is lovely — I agree.
Which one, you ask?
That’s me.

物語詩7編

【小説】ワンネス

冷たい夜でした。
夜が明けても、夜であり、
日は暮れても、また暮れるのです。

夢から覚めても夢。
現実から逃げても現実。
自室から出ても自室。
そう形容すべき世界でありました。

わたくしが生活していた家、近所は
大して変化してはいないのですが
時間だけは変化なし、と言いがたいのです。

時間とは不思議なものでして
愛しき人と共に見る花火のように
ゆったりと、しかしはやく流れています。
暮れるばかりで明けぬ夜だというのに。

わたくしは時流れども
飢えも眠気も感じぬことを訝しみ
此処は人の世ではないと悟った次第です。

わたくしは
何かを求めていました。
何かを探していました。
其れが何であるかは存じません。
この家には
コーヒーを淹れるための電気ポットも
消し忘れがちなテレビもあって
何ひとつ失ったものはないのに、であります。


生前、物書きをしておりましたので
本能…とでも言いましょうか
黄ばんだ紙と削られていない鉛筆を取り出して
この世界のことを書こうと思い至ったのです。

しかし、手が震えて
一言も書けないのであります。

書けない….書けない
わたくしは悲歌慷慨しました。

ふと黄ばんだ紙に視線を下ろすと
すでに四つの言葉がノスタルジックな筆致で
記されていたのでありました。

『γνῶθι σεαυτόν/汝自身を知れ』
『I am that I am/私は私である』
『tat tvam asi/汝それなり』
『Anā al-Ḥaqq/私は真理である』

わたくしは長い眉をひそめて
腕を組み、低く唸りました。

「これはわたくしが求めていたものか。
もっとも知らなくて良いことかも知れぬ」

知らなくても良いと
野生の本能は唸れども
「汝自身を知れ」と命令されたなら
物書きの本能とわたくしの良心は
それに従わざるを得ないのであります。

「わたくしとは何でしょうか」
その違和感とノスタルジアに従い
書斎に積んである大量の本を漁りました。

夜、次の夜、またその次の夜。
答えを探せども見つからないのでありました。
今日、探求して分からないままであれば
記憶に灰を被せようと決意して、
蝋燭の灯る書斎の扉を開きました。

そこには、横に目は大きく、
唇は分厚く、獅子のように潰れて
上に向いた鼻…という醜貌の老人がおりました。

バチリとその老人と目を交わしてしまい
目を逸らした瞬間に砂利を踏み潰すような声で
彼は「汝とは何であるか」と問うて来たのです。

「わかりません…」

彼は醜貌を和顔であると見紛うほど
慈悲深く静かに沈むような声でこう言った。

「よろしい。わからないと素直に言えること、
知らないことを痛感すること。
それは素晴らしいことだ。
かつての賢人はそれを無知の知と呼んだ。」

そう言い終えたとき醜貌の老人は
微動だにせぬ石像に姿を変えたのであります。

その石像に触れると
まだホットコーヒーを一気飲みしたあとのカップほどの温もりを感じたのであります。

が、ボロボロと剥がれて
お仕舞いには書斎の床で散らばる
かけらとなったのでありました。

ふと、気づいたのであります。
わたくしとは彼と同じように
たちどころに形を保てなくなるような
存在であるということを。
これが諸行は無常であり、
諸法は無我であるということだと
実感した次第であります。

床に散らばる老人のかけらを
箒でサッと掃いて塵取りに纏めると
床にはある文字が浮かび上がったのです。

『I am that I am/私は私である』

かねてから抱いていた疑問が
ふつふつと湧き上がったのであります。
それはわたくしの生前の生き方と
信仰についての懐疑が共存したものであります。

いかんともしがたく
独り言は埃と共に乾いた夜の書斎を舞う。

「わたくしがわたくしであるならば
どうして人の世には癒えぬ病がある。
どうして人の暮らしは楽にならない。
どうして人は苦しみの世界に生まれる。
臥して立ち上がれぬ病なら
いっそのこと死にたいだろう。
すべての苦しみもわたくしなのであるか?」

「そうだ。世界は汝であり、
汝は世界なのだ。苦楽も幸も不幸も
すべて汝が原因である。」

塵取りから声が聞こえた。
形の保てなくなった老人のかけらが
わたくしに語りかけたのであります。

消えたはずの老人が語りかけて来たのですから
びっくり仰天してひっくり返りそうになりました。

「あなたは死んだのではないのですか?」

「死んでも終わりではない。
本来、このように"大象無形"なのである。
白百合は変わらず白百合であり、
藤の枝垂れは変わらず藤の枝垂れなのである。
変わりゆく世界であっても
その奥に"イデア"があるのだ。
イデアこそ私なのだよ」

書斎の蝋燭が揺れた。
揺れても蝋燭のままです。

しばしの沈黙ののち
がたがたと部屋が揺れて
書物がひとつ、またひとつと落ちて
老人のかけらは書物の山に
埋まってしまったのです。

「燃やせ。」いや、彼を助けねば。
「燃やせ。」いやだ、それは良心に反する。
「燃やせ。」拒めど蝋燭は知識の山に灯る。

悪魔の声か
不条理の命令か
錬金術的浄化か定かではないが
すでにわたくしの書斎は尽きてしまったこと
だけは確かであります。

物書きの居場所、存在根拠、
忘れてしまった、そして
求め探してやまないわたくしの名前。
それらすべてが眼前で
ただの灰になったのであります。

茫然自失で知識の山が尽きるのを
見つめておりました。


短い言葉が
書斎だった空間に響きました。
まるでわたくしを目覚めさせるように。

何もない空間に砂利を潰すような音。

「私を見よ。」
続けて「tat tvam asi/汝それなり」

何もない空間に
すべてを見いだせと言わんばかりの
言葉でありました。

物書きとしての居場所であった書斎を失い
物書きとしてのアイデアの源であった書斎を失いアイデンティティの根拠を失ったあとに
残るもの(レフトオーバー)とは何でありましょうか。

わたくしは煤けた灰立ち込める部屋に
へたり込んでおりました。

ぼうぼうと
蝋燭の炎であった炎は
まだ残っているようであります。
それを見つめて「………。」言葉にならない
言葉がわたくしを支配しておりました。

書物に記されていて理解できなかった
かつての賢人が『道可道、非常道』と語った
ことを身をもって実感したのであります。

暮れて明けぬ夜に
ぼうぼうと燃える知識の山。
そして其れを失ってなお残る存在への問い。
わたくしは曰く"それ"だったのです。

変わりゆくすべてを手放して
否、失って共に燃え尽きた老人の言葉の意味を理解したのであります。

変わらないものは
イデアであり、プレーマであり、
慈悲であり、愛であり、真理であると。

答え合わせかのように
脳天に白い一条の光が差し、
言葉が胸の辺りに広がりました。

「Ana al-Ḥaqq/私は真理である。」

この言葉が降りた瞬間、
やさしさと強さを感じ
気が開けて羽化しそうなほどの
解放感を味わったのです。

地上に生まれる理由は
苦しみの中に真理をつかめという
大いなる慈悲なのだと気づいたのであります。

カチッとポットが湧く音で
ふと我に返り、いや自我になり
消し忘れていたテレビの電源を落としました。

そして書斎だった場所に戻り、
まだ尽きぬ炎に身を投げました。

さーさーと慈雨が降る。
燃え盛るわたくしはついに鎮火されました。

静かで穏やかで安らかで浄らかな
この境地、形に囚われない境地をなんと申しましょうか。わたくしは其れを存じません。

わたくしはわたくしであり、
わたくしは真理です。

鎮火というアルファから来たりて
鎮火というオメガへ帰ってゆく過程で
その燃え盛る地上生活の『貧・病・争』と
『求めるほどに遠ざかる苦しみ』を味わう
ちっぽけな存在にすぎないのであります。

わたくしがわたくしを忘れていたから
誰がこの黄ばんだ紙に
プロティノスための四つの手がかりを
書いたのかを忘れていただけなのであります。

それが真理です。

もはやわたくしの世界は
暮れて明けぬ夜などではなく
ぬくもりに満ちた涼しい朝だったのであります。

【小説】惟神

或る秋の夕暮れのことです。
青澄と呼ばれる青年がおりました。
青澄は山奥の廃寺を寝床としてましたから
普通の人なら見るだけで鳥肌が立つような虫であってもひょいと拾い上げることが出来たのであります。
埃の被っている経机の横で
腐った木片の匂いを吸い込み
いつものようにハエを眺めています。
詩人として
世に名を成すこともなく
貧しく、家族も友もいない青年の抱える
虚しさといったら、ございません。
とうに筆を折って
詩人という名を捨てたのにも関わらず
青澄は何かを問う癖を捨てきれないでいるのです。
「生きるとは何ぞ。死ぬとは何ぞ。
信仰とは何ぞ。悟りとは何ぞ。己とは何ぞ。」
あまりにも形而上的でございますから
詩人、もしくは思想家なんかでなければ
「つまらない」と去ってゆくでしょう。
ですが青澄はあまりにも詩人でした。
体液を木に塗りたくれば
言葉が飛んでくるほど詩人でした。
「道すがら夜もすがら 泣きながら 惟神」と
ザラザラした床に指で書いていると
一匹のハエ。それも5寸ほどはあるであろうハエが翅音を立てながら青澄の前に現れてこう言ったのです。
「名を捨てども、問いを捨てぬ者よ。
お前は何を書いている。」
青澄は5寸ほどあるハエを触れませんでした。
床に目を落として答えました。
「道すがら、夜もすがら、泣きながら、惟神、…か良い句であるがまだまだだな。」
青澄は其の言葉を聞いて
納得するやら、悔しさやらが入り混じった感情のままに
ハエに問いかけたのであります。
「お前は何だ。」
刹那、ハエは青澄の眼前から忽然と姿を消したのです。
その晩、床に
「深きは形を持たず。
深き問いはまさしく忽然と…。」と
指でなぞって眠りについたのであります。
青澄はハエになった夢を見ていました。
ひらひらと飛んでいると巨大な何かに挟まれ
その驚きと恐怖で目が覚めてしまいました。
朝日も昇りきらぬ時刻でございましたが
詩人であったときの性でしょう。冷静を装い
「胡蝶之夢…。否、小蝿之夢」と記し、二度寝したのです。
目が覚めると無性に
かつての自分が書いた詩を読みたくなりまして
ささくれた木箱にしたためた筆と木の板と墨を
取り出して「万物斉同は兼愛によって証明される。
ゆえに誠より善きものはなし。」から始まる
詩『選別の門』をじっくりと朗読しました。
「万物斉同は
兼愛によって証明される
ゆえに誠より善きものはなし
なのに、
この街には
選別の門がある
健康な者は通れ
富める者は座れ
若い者は映れ
老いは隅に
病は隔たり
貧は透過される
声をあげぬ民を
“理性的”と讃え
泣き叫ぶ者に
“自業自得”と札を貼る
誠実とは
検索結果の上位にない
それはクリックされぬ
営利に無縁な
あまりにも素朴な真実だから
神は言われた
「みな愛されるに足る」と
だが市は叫ぶ
「売れる者だけを残せ」と
ぼくは知っている
誠を貫いた人間が
どれほど滑稽に見え
どれほど速やかに踏まれてゆくかを
けれど、万物斉同は
兼愛によって証明される
ゆえに誠より善きものはなし
だからきみよ
拒まれし者を抱き
選ばれぬ者を選び
見えぬ者に名を与えよ
それが、世界への
唯一の
まっすぐな祈りになるから」
読み終わってまた次の詩を朗読しております。
詩『虎よ』
「道なきを行く
さらば平安の調べ
未読の書 異郷に捨てよ
既読の書 故郷に導け
虎よ、青春の意義」
青澄はかつて自身を「虎」と呼んで
ありもしない青春と
人知を超えた信心を詩にしていたのです。
ですが、選別の門に記されている通り
拒まれし者であり、
選ばれぬ者であり、
見えぬ者であったため、
その空虚感によって墨をぶちまけ、
筆を真っ二つにしたのでありました。
其れからというもの青澄は
ひと月に一回だけ町に下り、貧しい子らに
言葉を問いを指針を託すのであります。
今日がその日ということで、
ボサボサの髪の毛を手でといて
分け入って、分け入って青い山を越えました。
こうしてたどり着き町を徘徊していると
うしろから不快な声が聞こえてまいりました。
「またあんたかい?
迷信じみたことを子供たちに教えるんじゃないよ!
あんたのせいであたしの言う事聞いてくれないじゃないのよ」振り返って肥えたおばさんを睨みつけて青澄は言い返しました。
「選ばれぬ者、拒まれし者、見えぬ者。
それらへの慈悲がお前にはないのかっ!」
おばさんは荒々しい息で
どこかへ去ってゆきました。
入れ替わるように痩せた子どもたちが
三人ほど青澄のまえに現れて問いかけました。
「ハエにも仏性はありますか?」
青澄は無門慧開和尚の真似をして
微笑しつつ「無!」と答えました。
「無のなかにこそ、有見るべし。
一切皆空なり。百草なり、万象なり。」
子どもたちはキョトンとした顔で
再び理由を問いかけました。
青澄は「選別の門」を朗読して
「ハエにも仏性がある」理由を答えたのでございます。
翌朝、いつもの廃寺で目を覚ますと
かつてのハエが頭上を旋回していたのであります。その時の心境といったら、まるで
乱れ町のようでありました。
ハエは以前と同じように問いかけました。
「名を捨てども、問いを捨てぬ者よ。
お前は何を書いている。」
あの日と同じように床を見て答えました。
「道すがら 夜もすがら 泣きながら 惟神。…か。
良い句だがまだまだだな。」
青澄はムッとして言い返した。
「では、この未完成を完成へと導く智慧は?」
刹那、ハエがぐるぐると飛んだかと思うと
少女の姿に変化したのであります。
「あたしは、お前から言葉を奪う!
町のおばさんを家に連れてこれるなら
智慧を返してあげる!」
驚きと恐怖で出るはずの声は
不思議と出ては来なかったのであります。
青澄はハエ、いや少女の言葉のとおりに
無慈悲で肥えた町のおばさんを家に連れてこなければ今度こそ「問い」を捨ててしまうことになるのですから「言葉なき思いを伝える手段」を探さないわけにはいかないでしょう。
それからというもの
毎日のように町に下っては
昔記した詩を頼りに説法を続けていました。
しかし、道行く人々は
青澄と子どもら三人のことを避けていたのです。
おばさんもそのうちの一人ではいたのですが
愛しい娘がどこの馬の骨とも知れぬ小坊主と
会話しているのが堪らなく腹立たしいのであります。
或る日、舗装されていない砂利道を歩いていると
女の子が倒れていたのです。
それはおばさんの愛娘でございました。
青澄は後先を考えるまもなく
女の子を抱きかかえて廃寺に戻ったのであります。廃寺には医者も薬も金もない。
有るのは無尽の、しかし無益の詩のみでありました。
「外傷はないが、息は荒い。
発作の類ではなかろうか。
詩でこの女の子は救えないのだろう。」
青澄は言葉の無力感に打ちひしがれつつ
静かな廃寺でいんぐりもんぐりしていたのであります。
まもなく
女の子を追って廃寺まで
おばさんがやってきたました。
途端、5寸ほどのハエが現れたのですから
おばさんは腰を抜かしてしまいました。
静かな廃寺には
青澄とハエ、
おばさんと女の子がおりまして
最初に静寂を破ったのはハエでございます。
「よくぞ連れてきた。
智慧を返してやろう。」
口から言葉が出る喜びを味わう暇もなく
青澄は「お前は誰だ。」とハエに問いかけました。
すると意外な言葉が返ってきたのです。
「あたしはお前だ。」
其の言葉が廃寺に響き渡ったとき
青澄は音もなく静かに倒れたのであります。
倒れた青澄と女の子。
そして喋る5寸のハエが消えてゆくのを見て
おばさんは泣く代わりに
木の箱のなかに筆と墨を終い、
「道すがら 夜もすがら 泣きながら 惟神」と書かれた
詩篇だけを抜き取って町の雑踏へ去ってゆきました。
そのおばさんの行方は青澄の弟子の残りふたりさえも知りません。

【小説】簪は挿さず

ある晴れた日の早朝。独特の香りのするパジャマから現代の若者からしたらダサいと評されるであろう花柄のワンピースに着替えていた。
三面鏡の前に座り使い古されたお櫛でところどころ白けた髪を解きながら頭の中では黒々とした思考が巡っていた。
「若さ」が疎ましい。「若さ」がうらめしい。
婀娜婀娜しさを遠くへ投げ棄てるように
「若さ」へのヘイトが心を支配していた。
シワもシミもない滑らかな肌、
若年というだけでもてはやされる経歴、
遠吠えを許さぬほどのありあまる時間。
かつて私はそのすべてを備えていた。
しかし振り返れば失われたものであった。
いま手にしたいものの
すべてをかつての自分は持っていたのだ。
だが不可逆性によって悲しみは必然性を帯びている。
「若くなりたい」と三面鏡に向かって呟いた。
いや、正確には「若く思われたい」というのが本心であった。
呟いた瞬間、それは応答した。
「あなたには無限の可能性がある」と。ただそれだけ言い残して物言わぬ本来の姿に戻った。
三面鏡に芭蕉布を被せしばしの間沈黙を味わっていた。
日中は何をするともなくただ短い歩幅の時計に人生を預けている。井戸端会議と庭の手入れ、
そして部屋の整理。たったそれだけで1日は過ぎてゆく。
だが今日という日はちがった。
なぜなら三面鏡が語りかけてきたから。
精神科の診察を本気で考えたほどである。
無限の可能性という言葉はもう何度も言ったり聞いたりしている。深く思考したこともないのに…だ。あまり良い言葉とは思えないのにふいに舌先から転がり落ちるもんだから考えないようにしていたのだろうか。

寝よう。
決意して眠りについた。

   翌朝、まるでイスラム教徒のように規則正しく同じ時間に起きて定型的な朝を過ごした。
昼頃に近所のスーパーで知り合いのおばさんに挨拶したら違和感なく会話が始まってしまった。
「あら、静子さんじゃない
明日ねぇ、孫が帰って来るの」
いつもなら楽しく話すのだが
昨日の今日だ、早く帰りたい。
上の空で話を聞いているとふとおばさんはこう言った。「最近はも〜腰の調子が悪くてねぇ」
わたしはハッとした。なぜこれほどまでに「老い」に嫌悪を抱いているのか。その一端に触れた気がしたからだ。
またその翌朝、芭蕉布を剥いで三面鏡で身なりを整えようとした。その時のわたしと言ったら
「白頭に簪は及ばない」
これは唐代の詩人、杜甫が描いた心境そのものであった。
これほどまでに「死」を実感したのはこの日が初めてかもしれない。無限の可能性の先には
免れ得ぬ「死」がある。それゆえに人は信仰に救われる。
「老い」に恐怖を感じるのはその「死」が迫りくるのを体感するから。「老い」に恐怖を感じるのはその「肉体」は不自由になってゆくから。
本来自由自在であった魂は否応なく不自由を拒絶する。そんな哲学的思索を巡らしながら何度も経験した「睡眠」というものを行じた。
三日目の朝、不思議なほどに幸福感に包まれていた。それは「老い」によって「信仰」が明確化したいわゆる「小悟」を得たからなのだろう。
今日も今日とてスーパーで今晩のご飯と明日のパンを買おう。気分がいいからあのおばさんとも上手く話せるかもしれない。
そう思って惣菜コーナーを歩いているとおばさんを見つけた。袖は触れていた。しかし目を逸らされた。声はなかった。
彼女は五つになる孫に視線を戻した。孫への視線が熱くなるほどわたしへの視線が冷たくなるように感じた。
いつもの帰り道、また「老い」への恐怖が姿を現してた。死への接近。肉体の不自由。それだけではなかったのだ。「つながり」というものが断たれる恐怖。それは「老い」の存在論的本質である。
嫌いな人に出会っても愛する人と別れても
「死」の前には誰しも平等だ。その平等を神仏の慈悲と見るか悪魔的設計と見るかを測りかねていた。
そんなことを左手に袋を持ったまま
家の前で徒然に考えていた。
ポストには「廃寺の復権」と書かれたチラシが投函されていた。急いで袋を玄関に置いて記されている地図を頼りに家を飛び出した。年齢に不似合いな速度で。
木造の雨風すらも凌げなさそうな廃寺で小柄な僧が話しているのを境内で聴いていた。
「この世は仮の世です。死んでも終わりではありません。死後の世界とは怖いものではない。むしろ思いがすべての世界であるから幸福な人は永遠の甘露を与えられ不幸な人は永遠の懲罰を科せられるのです。」
たった30秒ほど聴いただけだがいまのわたしには30000年分の記憶が刻まれたみたいだ。
あれから三面鏡が語りかけてくることはない。
またわたしが芭蕉布を剥ぎ取ることもない。簪はもう挿さないと決めたから。
説法を途中で抜けて廃寺と雑木林を超えて家でまったりしていた夕頃不意に眠気に襲われた。
もう迷わない。「死」の平等は神仏の慈悲であると僧の話を聴いて確信に至った。怖いものなどない。
そうして太平を貪るように
暁を忘れるように、眠った。

【小説】見る女 仏像変生紀

彼女の名は知られていなかった。
或いは、生まれた頃から名付けられなかったのだろう。
  白く痩せこけていて塗装の剥げたような肌の小さな姿は余りにも不憫であった。だが、不思議と村人たちは同情も、心配も、侮辱もしなかった。ただ恐れていたのである。
 というのも名前のない彼女は
「見る女」とだけ呼ばれていたので
その由来を知る者となれば
老若も貴賎にも関わらず避けているのだ。
「見る女」は
見た人物を石に変える能力があった。
生後間もない彼女の首が座った頃には
もう乳母も実母も世を去っていた。
 その能力のせいで心を閉ざしたのか
将又心を閉ざしたから「石」にさせてしまうのか。
 だから目を隠し、声を殺し、背を丸め
極力他人と関わりを持たないようにしていたのだ。彼女の趣味は経机で書を読むことであり、
特に好きな言葉は「自然と内面は一如である」だった。「自然と内面は一如である」という言葉は
不確かであるがお釈迦様の言葉だったような気がする。
 ある日、いつものようにびれた長屋の間にある
舗装されているのかされてないのか曖昧な砂利道を歩き「風姿花伝劇場」と書かれた看板を
空気の変わり目を目安にして探していた。
  緑色の麻布で目を隠しているため
耳が常人よりも優れているのだ。
何ゆえにそこに足を運ぶのかと言うと
風姿花伝劇場にいるハイトーンボイスの男性に恋をしていたのだ。
 男性もまた白く小さな姿の彼女のことを
同情に近い心境で見ていたのだ。
もちろんその若い男は「見る女」の噂は
耳タコができるほど聞いていた。しかしそれでも恐ろしさで好奇心は抑えられなかった。
  彼の座が終わり
見る女が劇場を去ろうとしたとき
男性は意図して低くゆっくりと言った。
「あいや、待たれよ。見る女と存ずるが茶を飲まぬか」
 唐突かつ、いままでになかった
他人からの言葉……いや視線とでも言おうか……に
嬉しさと驚きが胸にせりあげてきた。
 コクリと頷き長年無用だった掠れた声で
「喜んで」と答えた。風姿花伝劇場の通りの長屋で2人は沈黙していた。
「どうして私なんかを…?」
「拙者は石にならぬからだ」
……!それが本当であれば
見る女は救われるかもしれない。
それが徒花のようであったとしてもだ。
 「家に来ないか?」若い男の家に招かれた。
彼女は悲しいほど純情であった。
 麻布でできた緑色の目隠しを取って
やさしく、しかし鋭い目つきでもって男を丁寧に見た。
「見る女」はショックを受けた。
なぜなら「石にならぬ男」は毛玉のような繊維状の何かになったからである。
  男は嘘つきではなかった。
しかし見る女の心境を描いたような毛玉になってしまった。
 毛玉はポポポポと豆電球の光が消えるように
雲散霧消した。見る女の悲しみは出来事に由来するものではなく存在そのものに付随するかのように強烈なものだった。
 この日を境に雨の日も晴れの日も
風の日も風姿花伝劇場を避けて散歩していた。
 見る女はお釈迦様とその弟子5人とすれ違った。お釈迦様は言われた。「その目隠しを取りなさい」
 頑なだった心は毛玉になった男に出会ったからなのかお釈迦様の言葉に逡巡したのであった。
 だが心裏腹に右手は麻布を下げた。
お釈迦様は再び言われた。「その目隠しを取りなさい」緑色の上等な目隠しと取ったのに再び言われたので見る女は戸惑った。が、すぐに異変に気づいた。

 誰も石になんてならない。
いや、それは嘘だ。見る人すべてが仏像に変化してゆく。
 それからというもの、見る女は尼僧でもあるめぇのに「悟りをもたらすもの」として
村で崇められるようになったのだ。
 見る女はお釈迦様に救われたのではない。
ただ赦しを頂いただけなのだ。
 見る女は目隠しをして帰路についた。 
玄関越しに聞こえるのは聞き覚えのある
愛おしいハイトーンボイスだった。

 毛玉がいた。
毛玉になった男が。
 見る女の能力は「見た人を石にさせる」ことから「見た人を仏像にさせる」能力に変わっていた。
 声のあるほうへ向いて
目隠しを下ろした。毛玉は思い通り仏像になった。しかしもう愛した男の声を聞くことは
叶わないことなのだ。語らぬ仏像になったからだ。
 涙の流し方も知らず
笑顔の作り方を忘れてしまった「見る女」は
仏像を抱えて誰にも見られることのない山奥へ消えていった。

【小説】レフトオーバー

或る部屋に死人が3人招待された。
若い男と老婆、そしてわたし。
わたしは波長が合わないと思い
席を外そうと考えたのだが
どうもこの部屋の外へは出られないらしい。

絶対に。

だが、絶対性を否定して
揚棄した「アグニ」と呼ばれる紳士がいた。
その紳士もわたしたち同様に
死人であったが心肺蘇生により
一命を取り留めたらしいのだ。
老婆は言った。

「アグニは出ていかれたが
私たちは取り残されたままだ」
若い男は不快な顔をして言い返した。
「取り残されたというが
俺たちはアグニでもないし
他にどこに行けばいいか
この部屋からどう出るかも
何一つ知らないんだよ!」

若い男と老婆の問答は
どこから吹いてどこへ去るのか分からないが
存在すると実感できる風のようであった。

風……
そうか風か
気づいたみたいだ

「わたしは行き先を知っている。
アグニとは反対の道をひたすら進む。
その上で第二のアグニになる」

死人二人を取り残して
絶対に外へ行けないという
逸話が残っている部屋からわたしは立ち去った。

【小説】当然の報い

白く輝く河には
広々とした橋が架かっている
その橋の下では数え切れないほど
小さな舟が船頭と旅人を乗せて揺れている
談笑する者もあり
期待を抱える者もあり
後悔を伝える者もいた
河底にはなぜか
往復切符が大量に沈んでいた
わたしは往復切符を
ズボンの右ポケットに仕舞い
なぜか見覚えのある船頭に質問した
「あちらで溺れている人を見て
 可哀想とは思わないのですか?」
船頭はバツの悪そうにしかしはっきりと答えた
「当然の報いだ」
わたしは義憤に駆られ
知ったことかと身を乗り出して手を差し伸べた
あまりにも己を過信していたからだ
黒黒とした目や充血した目
そしてガリガリの腕や
境目の消えたまるまるとした腕が
わたしを囚えた
助けたい
救いたい
その一心に偽りはない
だが亡者たちを天使に変えるほどの力を
持ってはいなかった
舟は揺れ
船頭は呆れ
ズボンは引きちぎられた
「往復切符が…!」
否応なく生への執着が蘇った
当然の報いだ
こうして充血した目と
ガリガリの腕を携えて
わたしたちはまた別の船頭に近寄っていった

【小説】魚のままでは

一匹のイワシが
抗いようのない波によって
岸に打ち上げられた
心優しい少年が
そのイワシを海へ帰そうと
手を差し伸べたとき
イワシはこう言った
「海は私の故郷。
だけど陸には神がいる。」と
少年は何かを悟ったように
振り返って 帰路につき
イワシは
「私はこの陸で死ぬ。
死んで太平を得る」と
遺言を砂に書いた

迷ったらココ!傑作詩六選

【詩】ソルフェジオ聖歌隊

揺れざる地平は
揺らぎ うず巻き 広がる
こうして第一の旋律があった
それを聴いて「変化」と記した

広がった地平に
九つの方向性を与えた
こうして第二の旋律があった 
それを聴いて「進歩」と記した

九つの地平は
混沌としていた
うごめくものは群れを率いた
こうして第三の旋律があった
それを聴いて「安定」と記した

群れと群れは
超克のための言葉を求めて
九つの地平を往復し始めた
こうして第四の旋律があった
それを聴いて「自由」と記した

往復により地は混沌の面にあり
大地は膨れ上がり火を噴いた
こうして第五の旋律があった
それを聴いて「解放」と記した

相等しきは睦み合って
再び地平は秩序を取り戻した
こうして第六の旋律があった
それを聴いて「調和」と記した

渇いた者には水を与え
臥した者には活力を与えよ
こうして第七の旋律があった
それを聴いて「治癒」と記した

知らざるを知り
見えざるを見る
これを直感と云うなり
こうして第八の旋律があった
それを聴いて「悟性」と記した

何もないことを美と呼んで
すべての地平の根源とした
こうして第九の旋律があった
それを聴いて「覚醒」と記した

9つ目の旋律が宇宙に流れ
ソルフェジオ聖歌隊は完成した

そして言われた
「わが身体の完成なり。
そして再統合こそ歴史なり」

【詩】ぶどう

木から落ちたぶどうがつぶれて広がった
一千億年かけて発酵し、ワインが完成した
これは血液 宇宙の血液

あなたの身体の一部 
わたしの身体の一部
溶け出して 飲み干して
混ざり合って ぶどうに戻り
人類は木を探す

【詩】ほっぺた

ほっぺたが
朱らいでゆく

触れば ぬるく
降れば 冷たく
ほっぺたを貫いてゆく

空は晴れています
わたしとは正反対に晴れています

望遠鏡を
ハンカチで拭って
覗いても、星は見えなかった

ほっぺたが
朱らいでゆく

見たいものだけ
見せてくれる世界じゃないけど
それが真実ならば 

わたしは
晴れるように曇ります

【詩】サードアイ

野原で
一つの吐息

大いなるものへ
気持ちを向ける

Open my third eye

いままさに
野原と海原が共存する

共存の地で
一つの吐息

大いなるものの
気持ちを体得する

【詩】たまごがゆ

「宮へ詣ったとき
なんというて拝むさ」

あの世のお土産に
でんでん太鼓と笙の笛

寝ても醒めても
作務漬けの 小僧に食わす
たまごがゆ

「宮へ詣ったとき
なんというて拝むさ」

この世の全ては
かすみか雲か

遠慮かサガか
台所 小僧が残す
たまごがゆ

【詩】往生

髪撫でし
夫の腕を振り払い
「あなうらめしや、あの女」

頬染めし
女の顔を思い出し
「あなうらめしや、あの女」

千年、万年
地獄より救われし
妻、往生を遂ぐ
いわんや楚々たる君をや

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青山様、この度は拙作にスキを押して頂き感謝します。このご縁に感謝。

1
詩人 青山杜甫 いいね
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コメントします。私は阿呆かどうかは分かりませんが言葉のおかげで救われました。あなたの言葉も分からない所もあったのですが言葉を咀嚼したいと思います。

1
詩人 青山杜甫 いいね
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詩人 青山杜甫

コメントありがとうございます。 “言葉のおかげで救われた”という一言が、たぶん私にとっていちばん救いになっています。 分からない部分があっても、 こうして咀嚼しようとしてくれる人がいることに詩人として本当に励まされています。 福まさんのペースで、 福まるさんのの言葉として 味…

1
詩人 青山杜甫 いいね
青山杜甫(あおやま・とほ) 2005年10月31日生まれ。 岡山県岡山市出身。 「ミリャーロモンド」という 独自の宇宙観を軸にした創作に勤しむ。 すでに1000作を超える。 「現代詩壇は死んだ。 私は未来詩壇の源流である」と宣言した。
【青山杜甫】旧約全集_詩は阿呆を拒まなかった_|詩人 青山杜甫
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