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マスメディア信頼失墜の背景にある本当の理由 国分太一氏やフジテレビ問題から振り返る

危機管理/広報コンサルタント
社会構想大学院大学 橋本純次准教授(本人提供)

2025年はフジテレビ問題発覚による信頼失墜、日本テレビの国分太一氏コンプラ違反対応への疑義など、マスメディアの組織としての危機対応が注目されました。こうしたマスメディア不信の背景にある本質的な問題はどこにあるのか、どうすれば信頼回復できるのか、メディア論をご専門とする橋本純次(はしもと・じゅんじ:社会構想大学院大学 准教授)さんにお聞きしました。

テレビ局の女性役員比率は極端に低い

石川:国分太一さんのコンプラ違反に対する日本テレビの一連の対応はどのように見えますか。

橋本:被害者である社員のプライバシーを守るという観点からは大きく間違っているわけではないと思いますが、実際のところ何が起きているのか外からはわからないので、正直に申し上げて評価は難しいです。ただ、国分さんが記者会見を開いたことで、両者の認識が完全に食い違っていることが露呈し、元TOKIOメンバーも日本テレビとのコミュニケーション不全を指摘していますから、このまま放置してしまうと「日本テレビがなにやら不誠実な対応をしている」というイメージを世間に持たれてしまう可能性はあります。

石川:日本テレビはフジテレビ問題を教訓としていることは容易に推測できます。フジテレビだけではなく、マスメディア全体に共通する問題点があるのでしょう。改めてですが、フジテレビは何が問題だったと思いますか。

橋本:フジテレビについては第三者委員会の調査報告書が指摘する「ハラスメントに寛容な企業体質」が信頼失墜の源泉と評価できます。性暴力・人権侵害に至るまでにはいくつかのステップがあり、性的冗談が許される空間が徐々に物理的接触にも寛容になり、結果として性暴力へとエスカレートしていく、という海外の研究論文(K. D. Erdos, et al. , 2019)*1もありますので、今回の問題は企業体質に原因のひとつがあると整理できそうです。とはいえハラスメントや人権侵害に寛容な風土はフジテレビに特有の問題ではなく、他社でも同様の事案につながりかねない状況があります。

たとえば2022年度に行われた調査(民放労連女性協議会)では、民放テレビ局において女性役員の割合がきわめて低く、女性役員が一人もいないテレビ局が63.8%にのぼると報告されました。男性優位の組織ではいやな思いをした女性が声を上げづらいわけで、こうした状況は多くのマスメディア企業に共通する課題ではないでしょうか。

もちろんこうした構図はマスメディアに限らず、残念ながら国内の企業では一般的ともいえるかもしれませんが、マスメディア企業は「現に人権侵害が確認されている」ことと、「そうした人権意識がコンテンツを通じて社会に流布されうる」という2点において、通常の企業よりも高い意識を持たなければならないことは明白です。

石川:女性役員比率とセクハラ寛容度の相関関係はその通りでしょう。女性取締役がいても非常勤の社外取締役にとどまっていることも課題だろうと思います。マスメディアに関しては、女性役員が少ないのは今だけではなく、以前から女性が声を上げにくい風土ではあったはず。それでも社会から信頼されていたということですか。あるいは乖離していったのか。いや、待てよ、そもそも過去においてマスメディアは信頼されていたのでしょうか。

橋本:「何をもって信頼と捉えるのか」によると考えます。「笑える番組を作ってくれるから信頼できる」ということもあるでしょうし、「多角的に報道してくれるから信頼できる」と考える人もいるでしょう。社会において「信頼できるメディア」の共通認識が育っていないというのはひとつの問題だと思います。とはいえ一方では、人権デューデリジェンスのような概念が産業界において認知されてきているのに対し、テレビ局はそうした状況に追いついておらず、結果として社会との乖離が大きくなっている、ということが指摘できそうです。社会の流れを把握することができていないことは信頼を失うひとつの要因であると考えます。

石川:なぜ一般社会の感覚から乖離していったのでしょう。

橋本:背景要因として大きく3つのことがあると考えています。1つ目が、組織・業界内の権力構造、とりわけ経営層と現場の乖離です。芸能事務所やスポンサーとの関係性の維持が経営にとって強い影響力をもつため、現場が本来果たすべき責任を果たすことができない、というのは長く指摘されてきたことでもあります。こういうことを言うと「広告モデルの代替案を出せ」と言われることもあるのですが、それを考えるのが経営者の役割ではないのでしょうか。

2つ目は働き方の問題。現在のビジネスモデルではマスメディアは今日の番組・明日の紙面を埋め続けないといけないため、番組や新聞を作ること自体が目的化してしまい、結果として振り返りのための時間を十分に取ることができません。ジャニーズ問題やコロナ報道も十分に自己検証されていない場合が多いですね。

3つ目は、社員による「学び直し」が必ずしも組織内で評価されないことです。昨今の産業界では自分の感覚や知見をアップデートすることは当たり前のように行われていて、それが人事評価にも繫がる時代なのに、マスメディア業界では「学び直し」の場に飛び込んだ社員が「この忙しいのに……」と白い目で見られることすらある。そのため、社員が自らの「OSのアップデート」に取り組む機会が限られてしまい、結果として組織にも新しい考え方がもたらされづらい、という状況が起きているわけです。

自分達にカメラを向ける自己開示型報道で説明を

石川:マスメディアの信頼維持、あるいは失墜から回復に向けて取り組んでいる事例はありますか。

橋本:重要なことは「外の視線を入れること」と「自分たちの考え方を社会に共有すること」のふたつです。たとえばある地方新聞社ではシリコンバレーに駐在員を置き、イノベーターマインドを社員に根付かせる取り組みを長く行っています。これは「世界の情報産業全体の流れのなかで日本の地方新聞社がどんな位置づけなのか」を俯瞰するための視点の醸成にも繫がりうるものです。

また、上記のふたつを同時に実現する動きとして、昨今では自社にカメラを向けるような番組、いわゆる「セルフドキュメンタリー」がいくつか見られるようになりました。代表例は東海テレビが開局60周年を記念して制作した『さよならテレビ』という作品で、映画や書籍にもなりました。「普段は報道する側」の自分たちにカメラを向けることで自らの存在意義を問い直す、というチャレンジングな番組で、ずいぶん話題になりました。実は2025年だけでも「送り手としてのマスメディア」が何を考えて仕事をしているのかを省察し、社会と共有するようなコンテンツがいくつか出てきています。

たとえば「揺さぶられっ子症候群(Shaken Baby Syndrome):通称SBS」をめぐる報道の反省をテーマにした関西テレビ制作のドキュメンタリー映画『揺さぶられる正義』*2がそれにあたります。2010年代、赤ちゃんを揺さぶって虐待したと疑われた親などが逮捕・起訴される事件が相次ぎ、マスメディアも多数報じてきたものの、実際には無罪判決が続出しました。この映画では、容疑者をあたかも犯人であるかのように報道し、無罪判決が出た後も十分な訂正を行わなかったマスメディアに対して厳しい目が向けられます。もともと企業内弁護士として入社したディレクターが制作したという意味では「外の視点を入れる」ことに成功した作品ともいえそうです。

ほかにも、2024年の兵庫県知事選では「選挙期間中にマスメディアが従来通り選挙報道の『公平性』に過剰な配慮を行った結果ネットの言説が広がってしまい、適切な情報を有権者に提供できなかったのではないか」という指摘がありました。そこでMBS毎日放送は選挙報道の「公平性」のあり方を正面から再検討し、事前選挙報道に力を入れることにしたのですが、その議論のプロセスが『選挙報道は変わるか ~MBS報道の60日~』という番組になっています。報道する側の悩みや議論を開示すること、ひいては「マスメディアにはなにができて、なにができないのか」を共有することは、社会との信頼関係構築の第一歩です。

また、フジテレビでは今般の問題を受けて、『当事者たち ~フジテレビ入社4年目の記録』というドキュメンタリー番組が放送されました。若手女性ディレクターが制作した作品ですが、冒頭「真剣に会社を辞めようか悩んでいました」という率直な語りから始まるのが印象的です。若手のディレクターも「組織文化に染まりきっていない」という意味では「外の視点」としての側面もありますね。番組の途中、当時の社長にインタビューをするシーンがありますが、思わず唖然としてしまうほどまったく話がかみ合わないんですね。経営者と現場の感覚の乖離を見事に描いています。問題は、この番組がTVerで配信されなかったことです。視聴者にとってフジテレビ内の問題の根幹や社員の感情を知るせっかくの機会なのに、そうした責任が十分に果たされなかったのは残念です。

日本民間放送連盟は長年にわたって「メディアリテラシー助成事業」に取り組んでいて、その理論的基盤は2000年前後に提示された「送り手のメディアリテラシー」や「送り手と受け手の循環」という概念です。送り手(マスメディア)が受け手(視聴者)の感覚を取り込み、自らの業務を自己検証することの重要性はこの頃から指摘されていましたが、危機的状況に置かれたことでようやくこうした実践がみられるようになったと考えられます。

石川:若手には危機感があると思いますが、若手は権力がないですし、女性役員も少ないとなると、信頼回復の道が遠いように感じます。誰が何をすれば回復できるのでしょう。

橋本:それぞれの事業者が「マスメディアへの信頼」について議論し、それを社会との間で構築するための動きを全社的に行っていく必要があります。そこにはたとえば「マスメディアはなぜ自分たちの情報がネットより正しいと考えているのか」、「マスメディアは報道する/しないの基準をどこに置いていて、日常的にどんなことに悩んでいるのか」、「災害時にマスメディアはなにができて、なにができないのか」といったことを社会に対して開示するプロセスも含まれるかもしれません。まずは自社内で「信頼」について議論するところから始めて、次にその結果を社会と共有する。別の言葉を使うなら「広報」(パブリック・リレーションズ)を図ることが大切です。視聴者からすれば、マスメディアは何をやっているかわからないから信頼できず、外から見ると「公共性」を果たしていないように見えてしまうわけですが、内部では一生懸命働いている人がいるわけです。マスメディアは自分たちの仕事についてもっと説明をする必要があると思います。先ほど事例で上げたような自己開示型の報道を含めて、現在の情報社会におけるマスメディアの価値を自分たちの言葉で説明していくことが信頼につながると思います。

エンゲージド・ジャーナリズムの広がり

石川:悲観論に戻ってしまいそうです。自分達の資産がわかっていないとしか言いようがないです。マスメディアの存在意義は何でしょうか。信頼を取り戻し社会で機能するために何が必要でしょうか。SNSではマスメディア不要論が活発ですが、不要論を払拭させる手立てはありますか。

橋本:ひとつは「公共性」がキーワードになると思います。私自身はマスメディアの公共性を、「市民社会の擁護に貢献するため、組織ごとにできる範囲内で『人が普通に暮らしていたら知らずにいてしまうものごとに出会わせてくれる』性質」と定義付けていますが、これを発揮するための新しい手段を開発するとともに、これまでの取り組みが本当に「公共性」に資するものだったのか省察する必要もあるでしょう。たとえば「報道の早さ」や「中立性・不偏不党」が本当に「公共性」と関係があるものなのか、よく考える必要があります。

この点、最近では「エンゲージド・ジャーナリズム」の考え方が広がってきています。簡単にいうと、記者がコミュニティの内部で市民との関係構築を図り、共に課題を解決していくなど、「市民をパートナーとして扱う」ジャーナリズムの総称です。従来型の「情報提供型ジャーナリズム」が限界を迎えているのであれば、「市民との関係構築」に正面から取り組むことは有効かもしれません。国内では西日本新聞の「あなたの特命取材班」などが代表例ですが、フジテレビも2025年9月から「スポットライト 調査報道プロジェクト」をスタートしています。これまでと異なる形で視聴者とのチャネルを形成し、信頼関係構築に繋げようとする試みですので、私も注目しています。

すこし話が逸れますが、マスメディアがなぜコンテンツ産業というレッドオーシャンから抜けないのか私にはわからない。私もテレビバラエティが大好きではありますが、「面白いコンテンツ」の一点で本当に外資や個人と競争し続けるつもりなのでしょうか。この点、上述した「公共性」の発揮はブルーオーシャンです。これまでの知識と技術と倫理の蓄積もあり、しかも一定の規模もある。こうした主体がエンゲージド・ジャーナリズムをはじめとする新しいジャーナリズムにいち早く算入し、たとえば志を同じくする組織とともにマネタイズの方法を考える、といった方向性に舵を切ったほうが建設的だと思います。もちろん「そうしたマスメディアが社会にとって重要だ」という意識の醸成もセットです。

逆に、市民社会にとって不要な組織、しかも動画プラットフォームやVODとの困難な競争を強いられる組織ということになれば、優秀な社員は離れてしまうでしょう。そして組織から多様な視点が失われれば行き着く先は冒頭の「ハラスメントに寛容な企業体質」となりかねないわけで、そうなってしまったら「不要論」にも対抗できないでしょうね。

橋本純次氏提供
橋本純次氏提供

社員、役員、タレントも学び直しができる組織へ

石川:さきほど信頼失墜の要因の1つにマスメディアでは、社員の学びに対する評価がされないからと指摘されていました。むしろ管理職になった人ほど学び直しが必要なのではないでしょうか。

橋本:おっしゃる通りだと思います。実際、私の勤務する大学院では、現場の方だけではなく管理職も含めてメディア関係者が学びに来るケースが増えています。そうした人達に聞くと、「勤務形態を考慮してもらった」、「チームを再編してもらった」など、組織全体で学びを支援する体制が取られているように感じます。「学び直し」に取り組んだ従業員は知見を自社に持ち帰り、周囲への波及効果をもたらすわけですから、そうした点まで含めて評価の対象とする仕組みができるとよいですね。

石川:マスメディアに共通する課題、現場の取り組み、学び直しに必要な体制づくりなど明確になりました。国分太一さんは専門家から倫理や社会規範の大切さを学んだと記者会見で語っていました。中居正広さんも国分太一さんも学んでいれば避けられたトラブルといえます。学びが組織と個人のリスクマネジメントにつながると思いました。ところで、橋本先生はなぜメディア論を専門領域としたのでしょうか。問題意識の原点を教えていただけますか。

橋本:東日本大震災が原点です。2011年3月は大学3年生になる直前で仙台にいました。当時の松本龍復興大臣が宮城県庁で村井知事を叱責するという出来事があり、大臣は報道機関に対して「書いたらその社は終わりだから」などと発言したのですが、TBS系列の東北放送がいち早く報道しまして、これが驚きでした。東京で暮らしていると、地方局はある種キー局の子会社かのように感じていた部分もあったのですが、実際はまったく違った。NHKもキー局も報じないことを「県民のため」という存在意義を果たすために報道する気概を感じました。研究を進めると、地方局にせよ地方紙にせよ、単なるテレビ局や新聞社の枠を超えて「あらゆる手段を用いて地域に貢献する」ための取り組みを行っていることがわかり、こうした事業者の持続可能性を高めるためにどうすればよいのかを考えるようになりました。

マスメディアの持続可能性について研究を進めるなかでは、各社の理念が似通っていてオリジナリティがないことを危惧しています。報道機関としての「あるべき論」はわかるのですが、「会社としてこうありたい」というメッセージが希薄で社会と共有されていないように感じます。自分達が何のために存在しているのか、どういう考え方で仕事をしているのか、それを社会と共有し透明性を高めていくことが信頼回復の第一歩です。その際、外の目線を入れるために他の組織と連携する、あるいは社員に「学び直し」をしてもらうといった手段をとれば、人権やジェンダーを含めた感覚のアップデートが追い付き、結果として組織のレジリエンスも高まるのではないでしょうか。


*1:K. D. Erdos, et al. (2019) 'A Gateway Theory-Based Model of the Escalation of Severity of Sexually Harassing Behavior in Organizations.' Journal of Managerial Issues, 31(2), pp.198–215.

*2:映画『揺さぶられる正義』公式サイト

【橋本純次氏略歴】

東北大学法学部・大学院法学研究科,ロンドン大学ゴールドスミス校を経て、2019年に東北大学大学院情報科学研究科修了。博士(学術)。地域メディア論、メディア制度論、リスク・コミュニケーションといった観点から「民放地方テレビ局の持続可能性を高める制度/組織/コミュニケーションのあり方」を探究。2019年に広報人材を養成する社会人大学院(社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科)に入職し、2023年度より現職。受賞歴として,第35回 電気通信普及財団賞 テレコム社会科学学生賞 佳作,情報通信学会 第17回論文賞 優秀賞など。

■国分太一氏問題の時系列動画解説 リスクマネジメント・ジャーナル(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会提供)

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ありがとうございます。
危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科 教授

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