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そもそも「同意」とは何か?

同意というのは、決して性的な同意に限られた概念ではありません。皆さんは同意と聞くとどんなことを思い起こすでしょうか? 医師である私は医療行為のインフォームドコンセントがまず思い浮かびます。

医療行為の前に医師はどんな治療や投薬を勧めるか、患者さんにとって必要な医療行為に関するリスクとベネフィット(効果)を十分に説明し、患者さんの疑問を解消し、希望を聞きながら治療などのステップを決めていきます。患者さんは説明を受けたうえで、「この医療行為をすることに同意します」とサインする。これがインフォームドコンセントです。では、「セクシャルコンセント(性的同意)」についてはどうでしょうか。

「同意」とは、自分の意思で「イエス」「ノー」の返答ができて、かつそれが受け入れられるということ。上司と部下、教師と生徒、コーチと選手、先輩と後輩といった上下関係によってパワーバランスが不均衡な状況、あるいは暴力などで脅されて「怖い」という感情がある状況の中での「イエス」は、言葉で「イエス」と言ったとしても同意を得たことにはなりません。女性が仕事を失ってしまうことを恐れて上司の性的なアプローチに「ノー」と言えない状況での「イエス」も「同意」ではありません。

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同じように、同意を理解するうえでとても大切なのが、「欺瞞(ぎまん)」「威圧」「脅迫」「孤立化」といった要素がある中での同意は同意ではないということです。

たとえば、性加害報道の中で、「飲み会に来たのだから、彼女は性行為に同意した」と言及する人もいますが、それはどうなのでしょうか?「飲み会だと思ったら、実は性的上納システムだった」は〝提示された情報の欺瞞〞に当たります。「この飲み会では、あなたはセックスをすることが望まれています」という情報を提供されたうえで、「私はセックスしてもいいです」というつもりで参加に同意したのか。おそらくそうした情報を提供されていない可能性が高い。

「社会の中で圧倒的に力のある人から求められた」は〝威圧〞であり、「粗相があった場合は君の仕事がなくなる」は業界内のパワーバランスを使った〝脅迫〞となります。外界との連絡手段である携帯電話を取り上げられ孤立させられることは、〝サポートラインを断ち切られた状況〞を意味しています。こういった状況の中での「同意」は、同意ではありません。「ノー」が受け入れられない環境の中での同意は、同意ではないのです。

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