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なぜ松阪を「まっつぁか」に?東京物語に見る小津安二郎のふるさと観

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鈴木裕
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 なぜ「まつさか」ではなく、「まっつぁか」なのか。東京・深川で生まれ、三重県の松阪や伊勢で青春時代を過ごした映画監督小津安二郎(1903~63)。その代表作「東京物語」のセリフから見える小津のふるさとへの思いを、映画評論家吉村英夫さん(85)=津市=が新著「『東京物語』から『男はつらいよ』へ」で考察している。

 1953年に公開された「東京物語」の終盤、広島県尾道市の実家で亡くなった老母の枕元に、国鉄に勤める三男の敬三が出張先から到着したシーンがある。ここで「まっつぁか」は登場する。

 「生憎(あいにく)と松阪の方に出張しとりましてな。おくれましてどうもすんません。電報貰(もろ)うた時おらんだんや、姉ちゃん」

 敬三を演じた俳優大坂志郎はこのセリフで、松阪を「まつさか」「まつざか」でなく、「まっつぁか」と発音している。

江戸時代は「まつさか」も「まつざか」も

 吉村さんは「シナリオは、ふ…

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この記事を書いた人
鈴木裕
名古屋報道センター|尾張東部地区、教育
専門・関心分野
教育問題、貧困・格差、多文化共生、起業

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