「男も育児家事をしろと言うから離婚が複雑化する」という趣旨のツイートを見た。まあピピピー先生のツイートですがw
これ、過激なんだけど、構造としては一理あると思っている。親権は基本的に「主たる監護者は誰か」で決まるからね。
- 昭和型の家庭では、父親は育児をしない代わりに親権も争わなかった。 「金を払えば育児は勝手に回る、俺は仕事に邁進する、あと俺は自由だ」という世界観。 子との心理的距離も遠く、そもそも争う動機が薄かったのかなと。さらに前の世代では、子は「家」に紐付いていたでしょうから。 個人ではなく家に帰属する以上、これもこれで争いは起きない。 つまり、かつて親権争いが少なかったのは、制度や役割分担の副産物なんですよね。今みたいに父親も育児をする社会になれば、子との心理的距離は縮まり、親権を争う動機も当然生まれる。 母親が親権を取れないケースも、離婚後に完全な絶縁が困難な現状も、この構造変化の帰結として受け止めるしかないのかなと。これを避けたいなら、おそらく昔の価値観に戻すしかない。もちろんそれは現実的じゃない。 だからいま必要なのは「争いは起きる」を前提に、争い方と収め方を設計すること。共同親権も親子交流の重視も、おそらくその文脈にあるんだろうね。