保健医療経営大学の閉校から見える、大学経営の“怠慢”という真実
はじめに:「大学が潰れると地域が死ぬ」という言葉の違和感
「大学が潰れると地域が死ぬ」
——この言葉を、あなたもどこかで耳にしたことがあるのではないだろうか。
2025年3月、毎日新聞が「定員割れ加速の私立大、『淘汰政策』に悲痛 『事実上の倒産必至』」という記事を掲載した。
記事では、私立大学の経営陣の声を中心に、定員充足率に満たない大学への支援打ち切りが「地方大学を殺す」として、文部科学省の制度設計を非難していた。
しかし、この手の報道や論調を目にしたとき、私はどうしても違和感を覚えてしまう。
本当に大学が消えたら、地域は「死ぬ」のだろうか?
あるいは、「死にかけていた大学が、地域とともに静かにフェードアウトした」だけなのではないか?
大学の閉校は、本当に“被害”なのか?それとも“必然”なのか?
私は、地方大学の実例をもとに、ひとつひとつデータで事実を積み上げてみることにした。
対象とするのは、2023年に閉校となった福岡県みやま市の保健医療経営大学である。
この大学を選んだ理由は、閉校となった今その地域に大学がないからだ。閉校した大学の中には合併なども多く、地域に存在している。
完全にBefore/Afterのデータが欲しかったからこの地域を選んだのである。
この大学の軌跡と周辺のデータを追いかけると、「大学が潰れたせいで地域が死ぬ」という主張が、いかに大学側の論理と感情に偏った一面的なものかが見えてくる。
1. 大学が潰れて地域が死ぬ——それは「感情」か「事実」か?
大学が閉校すれば、教職員の雇用が失われる。
地域の飲食店や不動産業者も、一定の打撃を受けるかもしれない。
高齢化と過疎化が進む地方において、大学が持つ象徴的・実利的な意味は決して小さくない。
——そうした意見があるのは理解できる。だが、忘れてはならないのは、それがどれだけの規模・影響を持っていたのかという「事実」である。
ここで重要なのは、主語を大きくして議論を曖昧にしないことだ。
たとえば「地方大学」といっても、学生数1万人を超える大規模な国公立大学と、学生数数十人の私立大学では、地域社会への影響は天と地ほど違う。
「大学」という言葉が持つ社会的イメージに引っ張られたままでは、実態に即した議論はできない。
2. 保健医療経営大学——数字が語る現実
◆ 開校当初から定員割れ
保健医療経営大学は2008年に、医療・福祉分野の専門人材を育成する目的で福岡県みやま市に開校した。
医療福祉と経営を組み合わせた教育という、ある意味ニッチで時代を先取りしたテーマを掲げてはいたものの、初年度の入学者はわずか27名。
当時の定員数に対しても半数以下という状態だった。
この数字は、開校時点ですでに「需要がない」ことを示していたとも言える。
設置認可を受けたこと自体は評価されるべきだが、マーケット(=18歳人口と保護者)に対するリサーチと戦略が甘かった可能性は否定できない。
◆ 2013年:定員を150名から80名に削減
需要の低迷はその後も改善されなかった。
2013年には定員を150名から80名に削減。
このタイミングで「地域密着型」「少人数教育」をうたう大学も多いが、実際には「定員が埋まらないから減らす」だけの、後ろ向きな調整であることが多い。
そして、2018年にはその80名の定員に対して、入学者数は22名(定員充足率27%)にまで落ち込んだ。
◆ 2020年時点の在学生数はわずか33名
さらに衝撃的なのは、2020年5月1日時点の在学生数だ。
大学に在籍していたのはたった33名である(4年生のみ)。
この時点で、大学の学生数は、みやま市の総人口(35,861人)の約0.09%に過ぎない。
これほどまでに存在感が希薄な大学に対して、「潰れたら地域が死ぬ」と主張するのは、正直なところ無理がある。
◆ 人口・税収の推移に現れた事実
この大学の開校年(2008年)から、閉校後の直近(2024年)までの約15年にわたる、みやま市(旧3町を含む)の人口・税収の推移を見てみよう。
• 2008年人口:42,951人
• 2020年人口:36,930人
• 2023年人口:35,191人
• 2024年人口:34,700人
市税収入(地方税)は、2010年度の約35.5億円から2024年度には37.55億円へと、人口減少に反して微増・維持傾向にある。
つまり、大学の開学によって人口減少に歯止めがかかった形跡はなく、逆に閉校によって地域財政が傾いた様子もない。
みやま市はバイオマスセンターの建設や地場産業の振興など、大学に頼らない自律的な施策に投資しており、大学の存在が地域全体の「エンジン」であったとは言い難いのが、数字から見える現実である。
3. 大学の存在は、本当に地域の命綱だったのか?
「大学があれば、地域は活性化する」
「大学がなくなれば、若者がいなくなり、地域が死ぬ」
こうした言葉は、耳障りがよく、直感的に“それっぽく”聞こえる。
だが、果たしてそれは本当なのだろうか?
保健医療経営大学の事例を見る限り、どうやらこの言葉はあまりにも単純化されすぎた幻想でしかない。
◆ 地元に根差していたか?という視点
まず考えたいのは、「その大学が、どれだけ地元と結びついていたのか?」ということだ。
保健医療経営大学は、その名の通り、医療・福祉分野の人材育成を掲げていた。
だが、地域の病院や福祉施設とどれだけ強固なパートナーシップを築いていたのか、どれだけ卒業生が地元で就職・定着していたのかを示す明確なエビデンスは、外部からは見えにくい。
仮に本当に“地域のための大学”だったのなら、地元の医療・福祉機関と連携した地域包括ケアシステムの担い手として機能していてもよかったはずだ。
だが、保健医療経営大学の存在が、みやま市の地域医療の中核を担っていたという実感や、住民からの熱烈な擁護の声は、少なくとも閉校報道の中では聞かれなかった。
◆ 経済効果という側面からの冷静な評価
大学の存在が地域にもたらすもう一つの大きな効果として、「学生による経済波及効果」がよく語られる。
学生がアパートを借り、地元の飲食店やスーパーでお金を使い、地域に活気を与える——たしかに、これは大学周辺の都市部でよく見られる構図だ。
だが、それは“ある程度の学生数”があってこそ成立する話である。
保健医療経営大学の2020年時点の在学生数は33名。
1人あたりが月に10万円を地域で消費したとしても、年間で約3,300万円。
さらにそこから、家賃や学内で完結する支出を除けば、地域外に流出するお金も多いだろう。
仮に教職員を加えても、地域経済への寄与は極めて限定的だったと考えるのが妥当だ。
「学生がいなくなって商店街が閑散とした」といった声も、見当たらない。
つまり、大学の存在=地域経済のエンジンとは言えなかったのである。
◆ “命綱”と呼ぶには細すぎたロープ
繰り返しになるが、2020年時点での人口は36,930人、学生数は33人。
これは地域人口の0.09%に過ぎない。
加えて、みやま市には工業団地や農業法人もある中で、大学は決して“唯一の希望”ではなかった。
産業政策や移住施策によって活性化を図る余地はあり、大学の存在が地域維持の決定的要因であったとは、とても言いがたい。
仮に、大学が高度な研究機能を備えていて、地域企業との共同研究を通じて産業創出を行っていたなら話は別だ。
だが、保健医療経営大学は、あくまで“地方にある小規模の教育機関”であり、研究機関や産業ハブとしての役割も担っていなかった。
◆ 地域の“命綱”という言葉の軽さ
「命綱」とは、本来、それが切れたら即死につながるような、生命線を意味する。
もし本当に大学が地域の命綱だったのなら、閉校が決まった段階で、地元に猛烈な反対運動や存続署名が起こっていたはずだ。
議会での白熱した論戦や、新聞・SNS上での地域住民の悲痛な叫びがあったはずだ。
だが実際には、報道されたのは大学側の苦悩と、文科省への批判が中心だった。
地域社会からの声は、ほとんど聞こえてこなかった。
これはすなわち、大学が“命綱”として認識されていなかったことの何よりの証左ではないだろうか。
4. “淘汰された”のではなく、“淘汰に足る”運営だったのでは?
「文部科学省の基準が厳しすぎる」
「支援が打ち切られたせいで大学経営が立ち行かなくなった」
——保健医療経営大学が閉校に至った際、大学関係者や一部報道が繰り返した言葉である。
こうした主張は、一見すると「被害者の声」として同情を誘う。だが、果たしてそれはどれほど説得力があるのだろうか?
その大学は、本当に「支援さえあれば十分やっていけた」のか?
それとも、支援がなくとも自立して運営できるだけの努力を怠っていたのではないか?
この章では、“淘汰された”という受け身の言い訳を、「いや、むしろ淘汰に足る運営だったのではないか」という視点から問い直す。
◆ 開校以来、慢性的な定員割れ
保健医療経営大学の最初のつまずきは、開校初年度(2008年)の入学者数にすでに表れていた。
定員に対して、実際に入学したのはわずか27名。
これは、制度上の“許可”は得ていても、社会のニーズや市場への“共感”は得られていなかったことを意味する。
さらに、大学が本格的に拡張しようとした2013年には、定員を150名から80名に縮小している。
2018年には、80名の定員に対し22名の入学者という厳しい現実。
つまり、10年以上にわたり、定員を埋めることすらできない状態が続いていたのだ。
これは、「文科省が厳しくなったから」ではない。
構造的に“選ばれない大学”だったことを如実に示す数字である。
◆ 学生募集停止までの“静かな崩壊”
2019年、ついに学生募集を停止。
2020年には、在学生数がわずか33名となり、2023年の閉校を迎える。
大学関係者にとっては、「長年かけて育ててきた大学が終わる」ことへの無念があったのは想像に難くない。
だが、同時にこれは、「10年以上、社会に選ばれなかった大学」がようやくその役目を終えたということでもある。
もっと早く、事業構造の見直しや地域連携の強化を図っていれば、道は違ったかもしれない。
だが、それをしなかった
——あるいは、しても効果が出なかったという結果こそが、淘汰の根拠である。
◆ 経営戦略・地域連携・ブランド構築の欠如
地方の小規模大学が生き残るには、大きく3つの力が必要だ。
1. 明確なミッションと独自性(他にはない専門性や強み)
2. 地域との密着・共創関係(地元企業や自治体との連携)
3. 入試戦略とブランド力(少ない資源でも“選ばれる大学”になる力)
保健医療経営大学には、たしかに「医療×経営」というテーマがあった。
だが、それをどれだけ外部に伝え、形にし、学生に「ここに行きたい」と思わせる工夫をしてきただろうか。
ホームページや広報物を見ても、目を引くようなビジュアルやストーリーは乏しく、SNSでの情報発信やオンラインオープンキャンパスなど、現代的な学生募集の方法がほとんど見られない。
言い換えれば、20世紀型の“作って待つ”大学運営を、令和になっても続けていたのだ。
◆ 他責思考の限界と、反転する“被害者ポジション”
文部科学省の「定員充足率が著しく低い大学への助成打ち切り」政策は、確かに小規模大学にとって厳しいものである。
だが、それは“不公平”ではない。
税金によって支えられる大学教育において、「明らかにニーズがない大学」や「努力しても学生が集まらない大学」への支援を永続させることは、国家財政的にも、倫理的にも持続可能ではない。
むしろ問題なのは、「なぜ選ばれないか」を分析し、再建する方向ではなく、「なぜ支援してくれないのか」と他責的な姿勢に陥ってしまった点だ。
支援がなければ運営できないのなら、それは「支援が打ち切られた被害者」ではなく、「持続可能なビジネスモデルを構築できなかった経営体」としての限界を示すだけだ。
◆ 閉校は“非情”ではなく、“妥当”だった
現場の教職員にとっては無念かもしれない。
だが、社会全体として見れば、保健医療経営大学の閉校は、感情的には辛くても、制度上・市場上は妥当な帰結だった。
10年以上もの間、定員を埋められず、特色も打ち出せず、地域にも定着しなかった。
そして、学生からも、地元からも、明確なニーズを持って選ばれることがなかった。
それは、文科省が“切った”のではなく、大学自身が生き残れる体力と魅力を、積み上げられなかったということなのだ。
5. 地方大学に求められる真の役割とは?
これまで見てきた通り、保健医療経営大学は「淘汰された」のではなく、「淘汰に足る状態を自ら作り出してしまっていた」と言える。
では逆に、“淘汰されない地方大学”とは、どんな大学なのか?
地方大学が本当に地域に必要とされ、持続可能であるためには、どのような役割を果たすべきなのだろうか?
◆ 「そこに大学がある」だけでは、もう価値はない
かつては「大学があるだけで若者が集まる」時代が確かに存在した。
しかし今や18歳人口は右肩下がりで、2040年には88万人程度にまで減少するとされている(文科省推計)。
全国どこにいても情報や教育にアクセスできる時代において、「ただ存在するだけの大学」は、真っ先に選ばれなくなる。
つまり、“そこに大学がある”こと自体には、もはや価値がない。
大切なのは、「その大学が、地域と社会に対してどのような価値を提供できるか」ということに尽きる。
◆ 生き残る地方大学の条件:3つの視点
保健医療経営大学のケースを反面教師とするならば、今後の地方大学には、以下の3つの視点が不可欠だ。
1. 【目的の明確化】地域社会における「存在理由(パーパス)」を定義せよ
地方大学は、「大都市で行き場を失った学生の受け皿」ではない。
本来はその地域の文化・産業・課題に根ざした目的型大学であるべきだ。
たとえば:
• 農業の街なら「スマートアグリ」「6次産業化」を支援する実践的な教育・研究
• 高齢化が進む地域なら「地域包括ケア」を支える福祉人材の育成
• 災害の多い地域なら「防災科学」「コミュニティ再建」に特化した研究
「この大学がなくなったら、地域が機能しない」
——そんなふうに言われるほどの存在理由があるかどうかが、生死を分ける。
2. 【関係の構築】“地域とともにある”大学であれ
地元自治体、企業、NPO、学校、医療機関……
地域のあらゆるステークホルダーと“共創”の関係を築けているかが問われる。
単に「地域に学生を派遣しています」「地域課題についてゼミをやっています」では足りない。
もっと踏み込んだ連携
——たとえば:
• 大学が主導する地域の産業支援センター
• 教職員が自治体職員と兼務する「学官融合モデル」
• 学生が地域に長期滞在し、事業の立ち上げまで関わる「地域インターン型実習」
こうした関係があって初めて、大学は「地域にとって欠かせない存在」となる。
3. 【魅力の伝達】“選ばれる大学”であるためのブランドづくりを怠るな
小規模大学こそ、ブランド戦略が重要だ。
「何を教えているか」「どんなキャリアにつながるか」「どんな人生観が得られるか」
これを1枚のビジュアルや一言のキャッチコピーで伝えられるかが、選ばれるか否かを分ける。
• 魅力的なホームページやパンフレット
• SNSでの発信、学生によるPR動画
• 卒業生のキャリア追跡と成功事例の見える化
これらの要素が揃って初めて、大学は“憧れられる場所”になる。
どんなに中身が良くても、それが伝わらなければ意味がない。
◆ 大学は「教育機関」であり「地域インフラ」である
都市部の大学と地方の大学とでは、求められる役割が違う。
都市部の大学は、最先端の研究やグローバル人材の輩出が期待される一方で、
地方大学には、地域社会に根差した「人材の地産地消」や「知のインフラ化」という役割が強く求められる。
つまり、地方大学は教育機関であると同時に、地域の持続可能性を支えるインフラでなければならない。
この認識を、大学側も、自治体も、社会全体が共有することが必要だ。
◆ 「潰れる大学」と「生き残る大学」の分かれ道
• 「大学があるから来てくれ」ではなく、「この大学で学ぶ意味があるから来たい」と言わせる。
• 「地域のために存在している」ではなく、「地域とともに新しい未来をつくっている」と言える。
そんな大学だけが、淘汰の波を超えて生き残る。
逆に、それができない大学は、どんな支援を受けても、やがて静かに姿を消していくだろう。
6. 終わりに——誰のための大学か、をもう一度考えたい
「大学が潰れると地域が死ぬ」
この言葉は、インパクトがある。報道で取り上げられやすく、人々の同情や支援を引き出しやすい。
だが本当に、それが事実だったのか?保健医療経営大学の事例は、私たちに静かに問いかけている。
結論は明らかだ。
この大学は、地域において決定的な存在ではなかった。
そして、存続に足る経営努力や教育的価値を十分に示せていなかった。
結果として、淘汰された。
これは冷酷な話ではない。真っ当な競争の果てにある、必然の結果である。
◆ 本当に守るべきものは“仕組み”ではなく“意味”
大学は守られるべき存在なのか。
もちろん、すべての大学がただの市場原理で切り捨てられていいとは思わない。
教育は未来をつくる投資であり、即時的な収益だけで語るべきものではない。
だがそれでも、守るべきは“大学の数”ではなく、“大学の意味”である。
なぜその大学が必要なのか。
誰にとって、何を実現するために、その大学があるのか。
この問いに答えられない大学が淘汰されるのは、残念ながら当然なのだ。
◆ 「大学があるから地域が生きる」時代は終わった
もはや地方に大学があるだけでは、人は集まらない。
進学先として選ばれないだけでなく、住む理由にも、働く理由にもならない。
逆に、大学がなくても生きている地域はある。
観光、農業、IT、移住政策……
地場の力と人のつながりで再生している地域は、全国各地にある。
だからこそ、私たちはこの神話に終止符を打つべきなのだ。
「大学さえあれば地域は救える」
——それは、もう通用しない。
◆ “閉校”を“終わり”にしないために
大学が閉じること、それ自体は悪いことではない。
問題は、閉じた後に何が残るのか、だ。
保健医療経営大学は、その最期において、大学の存在価値とは何かを、私たちに突きつけた。
だからこそ、その事例を“感情論”ではなく“事実”と“検証”によって記録することには、大きな意味がある。
「経営努力を怠れば淘汰される」
この当たり前のルールが、教育の世界でも機能するということを、私たちはこの事例から学ぶべきだ。
◆ 最後に:誰のための大学か
大学は誰のためにあるのか?
教育のため、若者のため、地域のため、社会のため
答えは一つではない。
だが少なくとも、その問いに正面から答えようとしない大学は、存在してはならない。
そして、そうした問いを無視し、「淘汰された」と嘆くだけの大学が消えていくのは、悲劇ではない。
それは、正常な選別のプロセスであり、未来への通過儀礼なのだ。
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コメント
2前提として、開学年が1998年ではなく、2008年です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D%E5%81%A5%E5%8C%BB%E7%99%82%E7%B5%8C%E5%96%B6%E5%A4%A7%E5%AD%A6
ご指摘いただき、誠にありがとうございます。
確認いたしましたところ、おっしゃる通り開学年は2008年(平成20年)が正解でした。こちらの確認不足で誤った情報を記載してしまい、失礼いたしました。
ご指摘に基づき、本文内の開学年および、それに伴う運営期間(20年以上→10年以上など)の記述をすべて修正いたしました。2008年という少子化が進む中での開学であった事実は、本稿の「経営戦略の甘さ」という論旨をより補強するものと感じております。
貴重なフィードバックをいただき、心より感謝申し上げます。