「ママ戦争止めてくるわ」
2月の選挙の時に起こったムーブメントだけど、私はこの時まだ左翼ではなかったので得も言われぬ気持ち悪さを感じていた
理由は3つ
①身内ノリ感
②戦争の不安への未共感
③ヒロイックな響き
だと思う
外野がどう受け取っていたのか参考になるかなと、投下します
- ①身内ノリ感 これは「ママ」という属性から感じるものだと思う もちろんこのムーブメントは女性の危機感へのアンテナの高さから起こったものなので自然だが、「私ママじゃないからな〜」と思っていた そして誰に語っているのかわからないというのもひとつある②戦争の不安への未共感 当時は左翼が過大に不安を煽っているのだと思っていた 戦争になりそうな理由、今の政治が危ない理由、そういうのが届いてないまま、不安感だけ共有されても共感できない もちろんそういうのを共有していた人はいるだろうけど、ここには外野との認識の齟齬があったと思う③ これは社会運動においては連帯と表裏一体なものではあるが、何か自分がその役割を担うことに対する陶酔を感じるのにこちらにアクションを求めているのかわからないムーブメントで、置いてきぼりにされたような感覚だった 言葉だけが一人歩きしているような、勝手にやってください……と思っていた以上をからこのようなムーブメントの将来について考える 重要なのは一目で「感情や行動の理由がわかること」や「ムーブメントの外側にいる人が次にどのような行動をすれば良いか」が見えることだと思う 「ママ戦争止めてくるわ」が惜しかったのは接点のない宣言で止まってしまったことだそこに対話を促す構造があること、危機感が共有されること、見た人の次の行動がわかること もちろんムーブメントは自然発生なのでそこを設計するのは難しいが、それでも共感を得たいのなら、属性やコミュニティの連帯感と、共感していない人を入口まで連れてくる役割は意識的に分けたほうが良いと思う私自身も自分の中の危機感が芽生えたところに、「オタク」として参加するきっかけを与えられた側だから、このムーブメントを否定したいわけではない ただ、自分が何かを作る側に回るなら、「今ここにいない人」にも届く言葉を考えていきたいと思った