クオンツはテクニカル分析を寄与度分解の中で見ている
AlpacaTechの北山です。最近Noteもはじめました。
ちょっとおもしろいネタがあったので、ブログにまとめようとおもいました。
2026年7月、テクニカル分析の有用性を巡る議論がXで再燃しました。今回の発端が生成AIによる分析というのが新しかったです。
起点は @syakkin3 さんの実験報告です。東証20年分のデータをAI(fable5とcodex)に与え、トークンを大量に消費しながら、窓埋めや三尊といった定番パターンに優位性があるかを総当たりで検証した、というものでした。
結果、過去パターンから導き出せる優位性はほぼ存在せず、唯一残った空売り側の優位性も、データ上に空売りできない銘柄が混入していたことが原因で、現実にはポジションを取れない取引だけが儲かって見えていた、とまとめています。
この報告で、テクニカル分析の定番の論争が今回は「AIで総当たりしたが何も出なかった」という一次データ付きでディスカッションが広がりました。
議論の中で、マケデコでもたびたびお呼びしている駄犬さんから『テクニカル分析の迷信』(原著: David Aronson "Evidence-Based Technical Analysis"、2006年。日本語版はパンローリング)も紹介されました。S&P500に対して6,000を超えるバイナリールールを検証し、データマイニングバイアス(大量に試せば偶然良く見えるルールが必ず出てくる問題)を統計的に補正した上で、伝統的なルールの大半に統計的有意性が確認できない、と結論した本で、めちゃくちゃ有名な本です。
ここまでの議論はテクニカル分析は意味がない、という話になってしまいますが、テクニカル分析に意味がないかというと、実務の整理は少し違います。
僕はこの流れで次のような投稿をしました。
勝つための道具ではなく、負けないための道具。この整理の背景にあるのが、クオンツがリターンを眺めるときに利用する 寄与度分解 です。
テクニカル分析の成分は2つしか検出されない
エッジがないと結論された道具が、なぜ実務では現役なのか、説明します。
クオンツの世界には、ポートフォリオのリターンを共通成分に分解して眺める「リスクモデル」という道具があります。代表格がBarra(バーラ)モデルです。個々の銘柄のリターンを、市場全体・業種、そしてバリュー、サイズ、ボラティリティ、モメンタム、(日本株向けモデルでは)短期リバーサルといったスタイルファクターへのエクスポージャーで説明し、説明しきれない残差を銘柄固有のリターンとして扱います。式で書けば、ポートフォリオリターン = Σ(ファクターエクスポージャー × ファクターリターン) + 特異リターン、という分解です。
以前、yoshisoくんが、自分のモデルの寄与度分解を投稿していましたが、クオンツでは良いモデルというのは、このオレンジのspecific部分でリターンを稼ぎ、代表的な成分には多く依存しないのがよいとされています。この画像は圧倒的にspecificですね。ここまで徹底するのはすこし猟奇的ですが。絶対に損をしたくないという鋼鉄の意思を感じます😀
この分解をポートフォリオに適用するのが寄与度分解で、「今月のリターンのうち何%がモメンタムに乗っていたことによるもので、何%がリバーサルで、何%が銘柄選択そのものの成果か」が数字で出てきます。ファンドマネージャーにとってこれは成績表のようなもので、リターンの大半がモメンタム寄与で説明されてしまうと、「それはあなたのスキルではなく、モメンタムに賭けていただけですね」という評価が下ります。
テクニカル分析をこの枠組みで説明すると、トレンドフォローはモメンタムファクター、逆張りはリバーサルファクターとして、リスクモデルの中に正式な成分として認識されています。一方、三尊や窓埋めはこの共通成分としては検出されません。「モメンタムとリバーサル以外は存在さえ認められていない」というのは、こういう意味です。
「多少は取ってもいい。ただし取りすぎない」
では、成分として認識されている2つは堂々と取りにいってよいのかというと、扱いはむしろ慎重です。Barra的な整理では、モメンタムやリバーサルのエクスポージャーは「多少取ってもいいが、取りすぎるのは避けるもの」に分類されます。リターンの源泉になる時期は確かにあるのですが、ファクターローテーションで符号が反転し、しかも反転のタイミングを事前に読むことが極めて難しい成分だからです。
この「取りすぎ」の怖さは、ちょうどいま進行形で観測できます。モメンタムファクターは2026年前半、直近3ヶ月で30%を超える上昇という歴史的な強さを見せていました。それが7月に入って一転、ゴールドマン・サックスのTMTモメンタムバスケットは17営業日で約40%のドローダウンに見舞われました。一個の成分に頼った戦略はドローダウン覚悟になります。
アルファの源泉ではなく、管理対象のリスク。テクニカル分析の成分は、クオンツではこちら側に記載されています。
ニュートラライズが効かない場所を直接切る
管理対象のリスクなら、ファクターニュートラライズでエクスポージャーをゼロに寄せれば済むのではないか、と思った方もいるはずです。基本的にはそれで十分な場面が多いと思います。ただ、この処理には構造的な弱点があります。ニュートラライズは線形回帰で行うため、分布の真ん中ではよく効く一方、外れ値の領域では大多数の成分に引っ張られて効きが弱くなるのです。
そして、直近で急騰・急落した銘柄や、直近ボラティリティが跳ね上がった銘柄は、まさにこの外れ値側です。機械学習モデルにとってもこの領域は学習データが薄く、うまく扱えているモデルができている可能性はかなり低い。しかも、リターンだけで普通に学習させると、SHAPやImportanceを見ればわかるとおり、リバーサル成分をかなり使うモデルが勝手にできあがります。つまり意図せずこの外れ値領域に踏み込むのが、MLシグナルのデフォルトの挙動です。
なので実装は、モデルを賢くする方向ではなく、ユニバースから直接外す方向になります。たとえば直近20営業日のボラティリティ上位5〜10%を投資対象から除外する。直近5〜10営業日のリターンが外れ値的に沈んでいる銘柄を外す。これだけです。リターンの絶対値は減りますが、ドローダウンが大きく抑えられ、月間リターンのシャープレシオで見ると改善することが多い。具体的なパラメータや注意点(低ボラ効果でチューニングしすぎると数字が良くなりすぎる問題など)は2023年に書いた記事にまとめてあるので、そちらを参照してください。
今回の議論で僕がおもしろいと思ったのは、冒頭の実験の @syakkin3 さんの返信です。この整理を知らないままAIに1,900パターン×27年分を総当たりさせた結果、生き残ったのは「急騰しすぎ・急落しすぎを避けろ」系だけで、ツールが最終的に「買うな」しか言わなくなったというオチでした。
さいごに
なお、今回の議論には「買うべきものが統計で見つからないなら、結局パッシブでいいのでは」という反応もありました。これは帰結として十分に合理的な答えです。それでもアクティブに踏みとどまるのであれば、本題は外れ値を除外したその先、つまりプロが何を見て銘柄を選んでいるのかという話になります。ファクターの合成やニュートラライズのコツについてはニーズがあればまた今度書きたいと思います。
こうしたトピックはマケデコというDiscordコミュニティで日々議論しています。マケデコは株式関連のマーケットAPIを活用し、分析や予測モデルを構築しているbotterのコミュニティを僕がCEOをしているAlpacaTechとJPX総研様とで運営しているものです。興味がありましたら、ぜひご参加ください!
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