「親不孝ばかりだった」 所持金1万5000円で島を飛び出した放蕩息子 キャバクラ暮らしから一変の激動人生
勢いで渡った大阪での初日は路上で寝泊まり
正社員を約2か月で辞め、アルバイトを転々とする生活をはじめてから約2年。ずっと、地元の淡路島で暮らしていた原口さんは、20歳で大阪へと向かった。 「いつか『島を出る』とは言っていました。でも、できなかった。そんな中で、高校時代の後輩が大阪に引っ越したと聞いて焦りを感じたんです。ちょうどそのタイミングで、先輩が食事中に『車で今から大阪に行くぞ!』と言ってくれて、急いで実家に帰ってバッグに荷物を詰め込み、そのまま淡路島を後にしました」 大阪に到着後、先輩はさっそうと地元に帰っていった。1人残された原口さんの所持金は、わずか1万5000円。その日は路上で寝泊まりし、翌日には住み込み可のアルバイト先の面接に行った。 「無料のアルバイト雑誌に『寮完備のキャバクラのウエイター』と書いてあったので、即応募したら受かったんです。ただ、寮完備ではなく、寝床は店内のソファで(笑)。それでも、日払いで5000円の仕事は自分にとってありがたかったです」 その後、約3年で勤めたキャバクラは2店舗。キャッチやウエイター、働くキャバクラ嬢の送迎と業務は多岐にわたった。そんな日々の中、出会った1人のキャバクラ嬢と恋仲に発展。いわゆる“水商売”から、原口さんが足を洗うきっかけとなった。 「同棲もした彼女からある日、お店の子への出金確認などで他の女の子に連絡するのが嫌だからと『キャバクラを辞めてほしい』と言われたんです。僕も将来に不安があったので受け入れたんですけど、店長に『辞めたい』と言ったら、スーツがビリビリになるほどぶん殴られて。でも、無事に辞められて、約2~3か月は無職のまま仕事を探していました」 現在の勤務先がある、大阪市中央卸売市場が職場になったのは24歳。当初は「将来はバーのようなお店を持ちたい」と思い、市場内にあった酒屋で約4年働いた。そこでのつながりが、原口さんの人生をさらに動かした。